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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
    双月千年世界 短編・掌編

    KCN 3

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    番外編。
    一線を超える。




    3.
     これまでの犯行を踏まえて、公安は市民にいくつかの注意を呼びかけていた。

     まず、刺激臭を感じたらできる限り素早く、建物から避難すること。聞き込みと現場検証により、毒ガスは嗅覚の敏感な者によっては、鼻腔がしびれるような臭いがすることが分かっている。
     次に、襲われた場合は抵抗しないこと。体の自由を奪う毒ガスで身動きできなくなるのだが、それでも人によっては若干の耐性を持っていることもある。かと言って、まったく効かないと言う人間は稀であるし、そんな体で抵抗しようものなら、返り討ちに遭うのは目に見えている。
     そして、犯人らしき人物を見かけたら、もしくはそれらしい人物に心当たりがあったらすぐに連絡すること。ヘレンは現行犯逮捕を考えてはいるが、市民の安全の確保と言う面を考えれば、新たな被害が出る前に犯人の身柄を確保した方が良いのは確かである。
     これらの注意を、公安は新聞やチラシ、各地区の掲示板を使って何度も呼びかけた。



    「『臭いに注意! KCNがすぐ近くかも!』、……ですって。アホよねぇ、公安も」
     ぺら、とそのチラシが投げ捨てられ、床に横たわっていた行員の顔に張り付いた。
    「でも確かに、ちょこーっと臭いがするわね、コレ」
     コツコツとハイヒールの音を響かせながら、犯人らしき人物は金庫へと近づいていく。
    「ねぇ、責任者ってどこにいるのーぉ?」
    「あ、あっちろ、ほう、り……」
    「あっちじゃ分かんないわよ、どっちよ?」
    「きんこ、ろ、すぐよこ、り、へやら……。そこに、とうろり、ら」
    「とうろり? ……ああ、頭取ね。ありがと」
     犯人は金庫の前に立ち、右を向く。
    「あ、アレね。じゃ、金庫の番号教えてもらっちゃおうかしらねーぇ」
     と、背後でカタ、と音が鳴る。
    「……ん?」
    「お、おりゃあああッ!」
     犯人が振り向くと、屈強な体躯の警備員らしき男が警棒を振り上げて襲いかかってくるのが確認できた。
    「あら? アンタ、このガス効かないの?」
     犯人の問いかけを無視し、警備員は警棒を振り下ろした。
    「……ッ!」
     犯人はその攻撃をひょいと避ける。
    「でもやっぱり、ちょこっとは効いてるみたいねーぇ。動きがトロっちいもの」
     そう言って犯人は、体勢を低くして警備員の脚を蹴る。
    「うおっ!?」
    「なーにが『うおっ』よ、どん臭い」
     警備員は体勢を崩し、金庫に頭をぶつけてしまった。
    「ぐ、ふぅ……」
    「さて、と。邪魔も消えたし」
     犯人は足取り軽く、頭取室に向かおうと踵を返した。
     だが――。
    「ま、待てええッ!」
    「えっ?」
     ブン、と言う音が鳴り、続いて犯人のうめき声が聞こえた。
    「うっ……。まだ、息があったのね……」
     犯人は左肩を押さえ、うずくまった。

     倒れていた行員には、犯人と警備員のやり取りは耳でしか察知できなかった。
    「か、観念しろ、この猫女……」
    「……フン。観念ですって?」
     どうやら警備員が何かして、犯人を押さえ込んだらしいと言うことは分かった。しかし、この後犯人が何をしたのかは、良く分からなかった。
    「……ごぼっ」
     くぐもった水音が聞こえてきた。続いて、大量の水が流れる音もする。そして最後に、びちゃっと言う音を立てて、警備員の声はしなくなった。
    「……アンタが、いけないのよ。大人しく、……大人しくしてれば、命まで、そんな、取ろうなんて、……そんなコト」
     犯人らしき声は、震えているようだった。

     これがオッド事件の、初の犠牲者となった。



    「……それで、被害者の死因は何やったんです?」
     事件発生から2日後。ヘレンは公安の遺体安置所にいた。
    「ええ。間違いなく、毒物によるものでしょう。……見ますか?」
     検死した医師が尋ねてきたが、ヘレンは首を横に振った。
    「……いえ、遠慮しときますわ」
    「それは残念。なかなかお目にかかれませんよ、全身緑色に染まった死体なんて」
    「うぇ……」
     猫獣人の医師は、ニヤニヤと笑って話を続ける。
    「それで、これも犯人は『KCN』と?」
    「ええ。現場に例のアレがありましたからな」
    「アレ、と言うと?」
     ヘレンはかばんから、硬い紙で作られたカードを取り出した。
    「『怪盗KCN参上』、ですわ。……でももう、怪盗やありませんね」
    「え? どう言う意味です?」
    「人を殺した以上、もう凶悪犯として対応を取らざるを得ませんわ。強盗、不法侵入だけやったら、まだ罪も軽かったやろうに」
    「……そうですね。これでもう、世間の評判も地に堕ちるでしょうね」
    「評判、なぁ」

     この時点までは、KCNを「鮮やかに犯行を行う怪盗」として評価する者も少なくなかった。しかしこの事件以降評判は一変し、許しがたい凶悪犯と評されるようになった。
     犯人も、この一件で良心のタガが外れてしまったのだろう――殺人の数が、事件の度に増えていくようになった。
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