「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第2部
蒼天剣・指導録 1
晴奈の話、31話目。
頼りない後輩くん。
1.
免許皆伝を果たしてから、晴奈の環境は変わり始めていた。
まず、第一に。師匠、柊と一緒に過ごす時間が減った。
「また、別な子の指導を頼まれちゃって」
「そうですか。では、私の弟弟子、となるわけですね」
柊が新たな門下生に指導を行うこととなり、免許皆伝の身、即ち「教えるもの無し」である晴奈と付き合う時間は、相対的に減るからである。
とは言え晴奈もそれを寂しく思うような年頃でもないし、柊もそうは思っていないらしい。
「ええ、そんなところね。その子が起きたら、また改めて紹介するわね」
「起き、たら……?」
柊は困ったように、クスクスと笑った。
「心克堂で、泡を吹いて倒れちゃったのよ。先が思いやられるわ」
「な、なんと」
第二に。自分自身が門下生の指導に当たるようになった。
と言っても、晴奈は免許皆伝こそ果たせど、まだ「師範」では無い。まだ弟子を取るような身分では無いため、他の門下にいる者たちを集めて基本的な内容を教え、監督すると言う、師範格の補佐のような立場に就くこととなった。
「わ、私、が、本日の指導に当たる、黄、晴奈だ。……んん、皆、その、精進するように」
「はい、先生!」
指導初日であがっている晴奈とは裏腹に、門下生たちは皆初々しく、さわやかな挨拶を返してきた。
「で、では、えーと、んん。まずは、柔軟体操、からかな。各自、えー、私に合わせて、屈伸を始め、なさい」
「はい!」
挨拶はたどたどしかったものの、体を動かし始めると段々、調子が乗り始める。
「よし、それでは素振り、百本行こうか」
「はい!」「え」
多くの者が快活に応える中、小さく戸惑ったような声をあげる者がいる。
(ん? 入門したての者には多すぎたか……?)
晴奈も一瞬戸惑ったが、ともかくやらせてみる。
「……はじめっ」
晴奈の号令に合わせ、ほとんどの者が軽々と百回、竹刀を振り終わる。
ところが一名、30回を越えたあたりでへばっている者がいた。
「ゼェ、さんじゅ、う、さん……、さん、ゼェ、さんじゅう、よん……」
(お、おいおい)
第三に。紅蓮塞での交友関係も、新しい広がりを見せた。
「まったく、『お坊ちゃん』にも困ったものだ」
「そうですねぇ」
晴奈と同じく、ここ最近指導に当たるようになった者たちと集まり、碁を囲んだり茶や酒を酌み交わしたりしつつ話をする機会が増えていた。
「確かに、あれはひ弱だ。剣士に向いていないのでは無いのだろうか」
碁を指しつつそう評する晴奈に、一同は揃ってうんうんとうなずいている。
「言えてますねぇ」
「あのもやしっ子、本当に焔の血筋なのか?」
「さあ……?」
続いて、全員が首をひねる。
「正直に言えば、そうは信じられんよ」
「まあ、家元が自分の孫であると仰っているし、疑う道理もあるまい」
「いやー、でもあの子、家元には全然似てませんしねぇ」
「しかし魔力は、あるようではある。座禅などの修練は、いい成績だった」
晴奈の言葉に、碁の相手は腕を組んでうなる。
「ふーむ、そうですか。それなら体を鍛えれば、それなりになるかも知れないですねぇ」
「今のところは気長に観るのが、いいのではないかと」
「それがいいかもですねぇ。……ほい、と。へへ、黄さん、悪いですねぇ」
話している間に、相手が盤上に並んだ晴奈の石を、ひょいひょいと取り上げる。
「む、うー。……投了」
先程から晴奈の話に上ってくる、このひ弱で気も弱い、短耳の少年。この少年はその年、塞の話題の中心人物となっていた。
焔流家元、焔重蔵の孫だと言うのだが、16歳の男子にしては体力も腕力も無く、剣士と言うよりは書生の雰囲気をかもし出している。
名前は桐村良太。いかにも頼りなげなこの弟弟子を、晴奈も当初、あまり良くは評価していなかった。
(不安だな、どうも。師匠にいらぬ苦労や心配が増えぬと良いのだが)
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頼りない後輩くん。
1.
免許皆伝を果たしてから、晴奈の環境は変わり始めていた。
まず、第一に。師匠、柊と一緒に過ごす時間が減った。
「また、別な子の指導を頼まれちゃって」
「そうですか。では、私の弟弟子、となるわけですね」
柊が新たな門下生に指導を行うこととなり、免許皆伝の身、即ち「教えるもの無し」である晴奈と付き合う時間は、相対的に減るからである。
とは言え晴奈もそれを寂しく思うような年頃でもないし、柊もそうは思っていないらしい。
「ええ、そんなところね。その子が起きたら、また改めて紹介するわね」
「起き、たら……?」
柊は困ったように、クスクスと笑った。
「心克堂で、泡を吹いて倒れちゃったのよ。先が思いやられるわ」
「な、なんと」
第二に。自分自身が門下生の指導に当たるようになった。
と言っても、晴奈は免許皆伝こそ果たせど、まだ「師範」では無い。まだ弟子を取るような身分では無いため、他の門下にいる者たちを集めて基本的な内容を教え、監督すると言う、師範格の補佐のような立場に就くこととなった。
「わ、私、が、本日の指導に当たる、黄、晴奈だ。……んん、皆、その、精進するように」
「はい、先生!」
指導初日であがっている晴奈とは裏腹に、門下生たちは皆初々しく、さわやかな挨拶を返してきた。
「で、では、えーと、んん。まずは、柔軟体操、からかな。各自、えー、私に合わせて、屈伸を始め、なさい」
「はい!」
挨拶はたどたどしかったものの、体を動かし始めると段々、調子が乗り始める。
「よし、それでは素振り、百本行こうか」
「はい!」「え」
多くの者が快活に応える中、小さく戸惑ったような声をあげる者がいる。
(ん? 入門したての者には多すぎたか……?)
晴奈も一瞬戸惑ったが、ともかくやらせてみる。
「……はじめっ」
晴奈の号令に合わせ、ほとんどの者が軽々と百回、竹刀を振り終わる。
ところが一名、30回を越えたあたりでへばっている者がいた。
「ゼェ、さんじゅ、う、さん……、さん、ゼェ、さんじゅう、よん……」
(お、おいおい)
第三に。紅蓮塞での交友関係も、新しい広がりを見せた。
「まったく、『お坊ちゃん』にも困ったものだ」
「そうですねぇ」
晴奈と同じく、ここ最近指導に当たるようになった者たちと集まり、碁を囲んだり茶や酒を酌み交わしたりしつつ話をする機会が増えていた。
「確かに、あれはひ弱だ。剣士に向いていないのでは無いのだろうか」
碁を指しつつそう評する晴奈に、一同は揃ってうんうんとうなずいている。
「言えてますねぇ」
「あのもやしっ子、本当に焔の血筋なのか?」
「さあ……?」
続いて、全員が首をひねる。
「正直に言えば、そうは信じられんよ」
「まあ、家元が自分の孫であると仰っているし、疑う道理もあるまい」
「いやー、でもあの子、家元には全然似てませんしねぇ」
「しかし魔力は、あるようではある。座禅などの修練は、いい成績だった」
晴奈の言葉に、碁の相手は腕を組んでうなる。
「ふーむ、そうですか。それなら体を鍛えれば、それなりになるかも知れないですねぇ」
「今のところは気長に観るのが、いいのではないかと」
「それがいいかもですねぇ。……ほい、と。へへ、黄さん、悪いですねぇ」
話している間に、相手が盤上に並んだ晴奈の石を、ひょいひょいと取り上げる。
「む、うー。……投了」
先程から晴奈の話に上ってくる、このひ弱で気も弱い、短耳の少年。この少年はその年、塞の話題の中心人物となっていた。
焔流家元、焔重蔵の孫だと言うのだが、16歳の男子にしては体力も腕力も無く、剣士と言うよりは書生の雰囲気をかもし出している。
名前は桐村良太。いかにも頼りなげなこの弟弟子を、晴奈も当初、あまり良くは評価していなかった。
(不安だな、どうも。師匠にいらぬ苦労や心配が増えぬと良いのだが)



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ちなみにこの世界では、僕たちと同じ容姿の人たちは「短耳」と呼ばれています。