「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第6部
蒼天剣・九悩録 9
晴奈の話、第329話。
思いもよらない話。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
9.
ドミニクはいつからか、自分を「モノ」と呼ばせるようになった。
ウィッチから聞いた「陰陽」の思想が余程気に入ったらしく、己を「混然一体の者」――「モノ(単一)」としたのだ。
モノは大陸中を駆け回り、殺刹峰のために働いた。表面上は単なる犯罪者、単なるならず者として活動し、「大火を倒す」と言う本来の目的を覆い隠した。
殺刹峰全体としても同様に本懐をぼかし、普通の犯罪組織、普通のならず者集団として、世間の目を欺いてきた。
そしてモノが加入してから17年が経った、双月暦519年。大火襲撃の準備は、最終段階に来ていた。優れた素質を持つ者たちに訓練を付けさせ、魔術や薬品によって強化を施した超人たちの部隊、「プリズム」は9部隊編成となった。
「9」を味方に付けたモノにとって、この時点でのプリズムはこれ以上無い、理想的な体制となっていた。
だが、後一つだけ足りないものがある。それは「実戦の経験」である。
一個の「戦士」にとって、経験はどんな武器や技術よりも重要な装備なのだ。仮に最終目標である大火とプリズムが、実力では伯仲していたとしても、大火には数百年もの戦闘経験がある。
このままぶつかればどうなるか、モノには容易に予想が付いていた。
(最終計画の実行までに、少しでも戦闘の経験を積ませなければ。
プリズム9名の実力は既に、私のそれをはるかに凌駕するまでに至った。だが、彼らのほとんどは私に敵わない。経験も加味した上での総合力は、私に到底及んでいない。……それは即ち、大火にも及ばないことを示唆している。
それではまったく無意味なのだ……! もし彼らがこのまま進化、成長しなければ、この17年はすべて無駄になる!
もっとだ……! もっと皆に経験を積ませなければならない!
これは最終訓練なのだ――プリズム9名にとっての)
「……とまあ、これがヴァーチャスボックスで手に入れた情報と、俺たちが今まで集めてきた情報を合わせた上での、俺の仮説だ」
バートの長い説明を聞き終え、ジュリアは深くうなずいた。(ちなみにシリンと小鈴は話が長すぎたため、眠ってしまっている)
「殺刹峰の本当の狙いがカツミ、……ねぇ。
『阿修羅』が起こしたと言う暗殺事件は、私も耳にしたことがあるわね。確かに私も、バニンガム伯の暗殺失敗以後、『阿修羅』が一時期姿を消したと聞いているわ。
でも、その仮説は飛躍しすぎじゃないかしら。今も伯爵は、親大火派なわけだし」
「それだけじゃない。他にもいくつか、『阿修羅』とバニンガム伯のつながりを示すものはある。ま、それに関しては議題と外れるからここでは論議しねーけど、ともかくこの仮説は俺なりに確信があるんだ。
間違いなく、殺刹峰の最終目標はタイカ・カツミの暗殺にある。そして俺たちを襲ってくるのも、単に邪魔者ってだけじゃなく、大規模な実戦訓練の一環なんだろう。もし邪魔ってだけなら、ウエストポートに到着した時点で攻撃すりゃ良かったんだからな」
「……うーん」
まだ納得行かないらしく、ジュリアは視線をバートから、机上の資料に落とした。
と、ここでフォルナが手を挙げる。
「会議も長くなりましたし、少々本題から外れてきているご様子ですし、ここで一旦、休憩をとってはいかがかしら?」
「……そうね、休憩しましょう。下でお茶でも飲みましょうか。
ほらコスズ、起きて」
「んえ?」
ジュリアはすっかり爆睡していた小鈴を揺り起こす。フォルナはジュリアの横に立ち、微笑みかけた。
「わたくしもご一緒しようかしら。ほら、シリンも起きて」
「あ、じゃあ僕も」
そう言って立ち上がりかけたエランに対し、フォルナはぷいと横を向いた。
「女同士でお話したいことがありますの。殿方はご遠慮願いたいのですけれど」
「あ、……はい」
エランはしょんぼりした様子で、席に座り直した。
フォルナはジュリア、小鈴、シリン、晴奈の4人を連れて1階の食堂に入った。
「フォルナちゃん、何かあるんでしょう?」
ジュリアは小声でフォルナに耳打ちする。
「ええ、お察しの通りですわ」
「一体何だ?」
尋ねてきた晴奈を、フォルナはじっと見つめる。
「セイナ、わたくしの質問に答えて?」
「え?」
「わたくしが今かぶっている、白いモコモコの帽子。これはいつ、どこで買ったものかしら?」
晴奈は面食らった様子を見せるが、素直に答えてくれた。
「え……と、それは確か、ゴールドコーストでロウに初めて会おうとした時、付いてきたお主が機嫌を損ねたことがあっただろう? その時、機嫌を直そうと思って買った品だった」
「本物ですわね」
「は?」
晴奈は何が何だか分からない、と言う顔をしている。続いてフォルナは、小鈴に指示を送った。
「コスズさん、『鈴林』さんに何か声をかけてくださらない?」
「え、いーけど? ……『鈴林』、元気?」
小鈴が椅子に立てかけていた「鈴林」が、ひとりでにしゃらんと鳴る。
「こちらも、本物ですわね。……シリン、この字はなんと読むのかしら?」
フォルナは紙に「鱈」「鰤」「鱸」と言う字を書く。
「たら、ぶり、すずき」
「本物ですわね」
「……シリン、こんなの読めんの? 文字読めないっつってたじゃん。しかも央南語だし。アタシにも読めないわよ」
横で見ていた小鈴が呆れた声を上げた。
「へっへー、食べ物系はちょー得意やねん。アケミさんにも教えてもろたし」
「逆に、シリンくらい興味が無ければ、なかなか読めませんわね」
「それでフォルナちゃん、私には何を質問するのかしら?」
察しのいいジュリアに、フォルナはにっこりと笑いかけた。
「バートさんと知り合った場所はどちら?」
「……そんなこと、教えたことあったかしら?」
「ございませんわ。まあ、ジュリアさんも本物だと分かっておりましたけれど」
そこでようやく、他の三人もフォルナの質問の意図が分かった。
「偽者がいる、と?」
「ええ。少なくとも今、上に1名偽者が紛れ込んでいらっしゃいますわ」
フォルナの言葉に、晴奈たちは目を丸くした。
蒼天剣・九悩録 終
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思いもよらない話。
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ドミニクはいつからか、自分を「モノ」と呼ばせるようになった。
ウィッチから聞いた「陰陽」の思想が余程気に入ったらしく、己を「混然一体の者」――「モノ(単一)」としたのだ。
モノは大陸中を駆け回り、殺刹峰のために働いた。表面上は単なる犯罪者、単なるならず者として活動し、「大火を倒す」と言う本来の目的を覆い隠した。
殺刹峰全体としても同様に本懐をぼかし、普通の犯罪組織、普通のならず者集団として、世間の目を欺いてきた。
そしてモノが加入してから17年が経った、双月暦519年。大火襲撃の準備は、最終段階に来ていた。優れた素質を持つ者たちに訓練を付けさせ、魔術や薬品によって強化を施した超人たちの部隊、「プリズム」は9部隊編成となった。
「9」を味方に付けたモノにとって、この時点でのプリズムはこれ以上無い、理想的な体制となっていた。
だが、後一つだけ足りないものがある。それは「実戦の経験」である。
一個の「戦士」にとって、経験はどんな武器や技術よりも重要な装備なのだ。仮に最終目標である大火とプリズムが、実力では伯仲していたとしても、大火には数百年もの戦闘経験がある。
このままぶつかればどうなるか、モノには容易に予想が付いていた。
(最終計画の実行までに、少しでも戦闘の経験を積ませなければ。
プリズム9名の実力は既に、私のそれをはるかに凌駕するまでに至った。だが、彼らのほとんどは私に敵わない。経験も加味した上での総合力は、私に到底及んでいない。……それは即ち、大火にも及ばないことを示唆している。
それではまったく無意味なのだ……! もし彼らがこのまま進化、成長しなければ、この17年はすべて無駄になる!
もっとだ……! もっと皆に経験を積ませなければならない!
これは最終訓練なのだ――プリズム9名にとっての)
「……とまあ、これがヴァーチャスボックスで手に入れた情報と、俺たちが今まで集めてきた情報を合わせた上での、俺の仮説だ」
バートの長い説明を聞き終え、ジュリアは深くうなずいた。(ちなみにシリンと小鈴は話が長すぎたため、眠ってしまっている)
「殺刹峰の本当の狙いがカツミ、……ねぇ。
『阿修羅』が起こしたと言う暗殺事件は、私も耳にしたことがあるわね。確かに私も、バニンガム伯の暗殺失敗以後、『阿修羅』が一時期姿を消したと聞いているわ。
でも、その仮説は飛躍しすぎじゃないかしら。今も伯爵は、親大火派なわけだし」
「それだけじゃない。他にもいくつか、『阿修羅』とバニンガム伯のつながりを示すものはある。ま、それに関しては議題と外れるからここでは論議しねーけど、ともかくこの仮説は俺なりに確信があるんだ。
間違いなく、殺刹峰の最終目標はタイカ・カツミの暗殺にある。そして俺たちを襲ってくるのも、単に邪魔者ってだけじゃなく、大規模な実戦訓練の一環なんだろう。もし邪魔ってだけなら、ウエストポートに到着した時点で攻撃すりゃ良かったんだからな」
「……うーん」
まだ納得行かないらしく、ジュリアは視線をバートから、机上の資料に落とした。
と、ここでフォルナが手を挙げる。
「会議も長くなりましたし、少々本題から外れてきているご様子ですし、ここで一旦、休憩をとってはいかがかしら?」
「……そうね、休憩しましょう。下でお茶でも飲みましょうか。
ほらコスズ、起きて」
「んえ?」
ジュリアはすっかり爆睡していた小鈴を揺り起こす。フォルナはジュリアの横に立ち、微笑みかけた。
「わたくしもご一緒しようかしら。ほら、シリンも起きて」
「あ、じゃあ僕も」
そう言って立ち上がりかけたエランに対し、フォルナはぷいと横を向いた。
「女同士でお話したいことがありますの。殿方はご遠慮願いたいのですけれど」
「あ、……はい」
エランはしょんぼりした様子で、席に座り直した。
フォルナはジュリア、小鈴、シリン、晴奈の4人を連れて1階の食堂に入った。
「フォルナちゃん、何かあるんでしょう?」
ジュリアは小声でフォルナに耳打ちする。
「ええ、お察しの通りですわ」
「一体何だ?」
尋ねてきた晴奈を、フォルナはじっと見つめる。
「セイナ、わたくしの質問に答えて?」
「え?」
「わたくしが今かぶっている、白いモコモコの帽子。これはいつ、どこで買ったものかしら?」
晴奈は面食らった様子を見せるが、素直に答えてくれた。
「え……と、それは確か、ゴールドコーストでロウに初めて会おうとした時、付いてきたお主が機嫌を損ねたことがあっただろう? その時、機嫌を直そうと思って買った品だった」
「本物ですわね」
「は?」
晴奈は何が何だか分からない、と言う顔をしている。続いてフォルナは、小鈴に指示を送った。
「コスズさん、『鈴林』さんに何か声をかけてくださらない?」
「え、いーけど? ……『鈴林』、元気?」
小鈴が椅子に立てかけていた「鈴林」が、ひとりでにしゃらんと鳴る。
「こちらも、本物ですわね。……シリン、この字はなんと読むのかしら?」
フォルナは紙に「鱈」「鰤」「鱸」と言う字を書く。
「たら、ぶり、すずき」
「本物ですわね」
「……シリン、こんなの読めんの? 文字読めないっつってたじゃん。しかも央南語だし。アタシにも読めないわよ」
横で見ていた小鈴が呆れた声を上げた。
「へっへー、食べ物系はちょー得意やねん。アケミさんにも教えてもろたし」
「逆に、シリンくらい興味が無ければ、なかなか読めませんわね」
「それでフォルナちゃん、私には何を質問するのかしら?」
察しのいいジュリアに、フォルナはにっこりと笑いかけた。
「バートさんと知り合った場所はどちら?」
「……そんなこと、教えたことあったかしら?」
「ございませんわ。まあ、ジュリアさんも本物だと分かっておりましたけれど」
そこでようやく、他の三人もフォルナの質問の意図が分かった。
「偽者がいる、と?」
「ええ。少なくとも今、上に1名偽者が紛れ込んでいらっしゃいますわ」
フォルナの言葉に、晴奈たちは目を丸くした。
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もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

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短編・掌編

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未分類

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雑記

もくじ
クルマのドット絵

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携帯待受

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カウンタ、ウェブ素材

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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
相変わらずのドミニクの奮闘ぶりがかっこよいです。
・・・最近はなかなか読めずすいません。
仕事がね・・・忙しいのとトラブル続きでですね。。。
余力が・・ないんですよ。。。
それはそうと。
GH1900年前半部終わりました。
今まで読んで頂き誠にありがとうございます!!
ユキノの新作カットも公開しているので、またコピーしてくださいませ。
・・・最近はなかなか読めずすいません。
仕事がね・・・忙しいのとトラブル続きでですね。。。
余力が・・ないんですよ。。。
それはそうと。
GH1900年前半部終わりました。
今まで読んで頂き誠にありがとうございます!!
ユキノの新作カットも公開しているので、またコピーしてくださいませ。
- #752 LandM
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- 2012.04/14 17:05
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NoTitle
悪の道に堕ちたとしても、自分に課せられた使命を全うしようとする志。
ダークヒーローですね、言うなれば。
前半部終了、お疲れ様です。
イラストいただきました。ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。