「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第6部
蒼天剣・黄色録 6
晴奈の話、第349話。
蘇る「彼女」。
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6.
ヘックスはもう一度妹を説得し、自分たちが生き残る道を模索しようと試みた。
「何度言っても無駄よ」
だが、キリアと一緒にいたモエが強硬姿勢を執り、ヘックスの意見に突っかかってくる。
「せやけどな……」
「あなた、そんなに死にたくないの?」
「そら、そうやろ」
「じゃ、逃げればいいじゃない。いいわよ、逃げて。その分私の活躍が増えるし。むしろせいせいするわ、余計な人が減るから」
にべも無い言い草に、ヘックスはカチンと来た。
「……あ?」
「あなたみたいな腰抜けなんていなくても、影響無いんじゃない?」
「てめえ……」
「二人とも落ち着いてよ」
ヘックスとモエの空気が険悪になったところで、キリアが諌める。
「兄さんも、今日はもう部屋に帰って。これ以上話すことは無いわ。私もモエも、考えが変わることは有り得ないもの」
「キリア……」
「モエも、いい加減にして。血はつながって無いけれど、ヘックスは私の兄よ。そんな風に侮辱されて、私が何も感じないと思う?」
「ああ、ごめんなさいね。でも本当に、つまらないことを言うものだから」
「つまらん?」
「やめてって言ってるでしょう?」
キリアがもう一度抑えようとするが、二人は言い争いを続ける。
「私には、あなたが何をそんなに嫌がってるのか分からないもの。
私たちは兵士、この組織においては一個の駒に過ぎない。生きるとか死ぬとか、そんなことを……」
唐突に、モエが黙り込んだ。
「……?」「モエ? どないした?」
キリアも、言い争いをしていたヘックスも、いぶかしげに彼女を見つめる。
「……そんなこと、を……」
そして突然、モエは倒れた。
「お、おい!?」「どうしたの、モエ!?」
(……だれ……?)
床に倒れ行く一瞬の間に、モエの頭の中で様々な光が明滅する。
――おかみさん、私たちに死ねと?――
先程自分が放った言葉から、記憶がくるくると再生されていく。
――殿がうっかり放してしまった実験体たちを、屠って欲しいの――
――実験体? それはまさか、あの……――
――ええ、櫟様だったものをはじめとする、魔獣化実験の被験者たちよ――
――そんな! だって、殿は極めて凶暴だと――
――そうよ。それが、どうかしたの?――
――おかみさん、私たちに死ねと?――
――あのね、巴美ちゃん――
脳裏に黒髪の、眼鏡をかけた猫獣人の姿が映る。
――あなたたちは兵士、私たちの一派においては一個の駒に過ぎない。だから生きるとか死ぬとか、そんなことを考える必要は無いわ――
――……――
絶句した自分に、その猫獣人はやさしく声をかけた。
――でもね巴美ちゃん、わたしはあなたがこんな指令で死ぬなんて、微塵も思ってやしないわよ――
――え……?――
――兵士を生かすのも殺すのも、上官の役目であり責任よ。約束するわ、あなたがむざむざ死ぬような作戦は、わたしは絶対に与えたりしないから。
大丈夫、これはあなたが十分にこなせる任務よ――
――おかみさん……!――
「……い! おい! しっかりせえ、モエ!」
「……」
倒れこんだ自分に声をかけてくる者がいる。
「モエ……?」
顔を上げると、心配そうに見つめてくる狼の兄妹と目が合う。
「あ、気が付いたか?」
「大丈夫、モエ?」
「モエ、って……?」
思わず、そんな質問が自分の口から漏れた。
「……は?」「何て?」
「あ、……いいえ、何でもないわ。……ごめんなさい、私ちょっと、気分が悪くなっちゃって」
「大丈夫か?」
先程まで言い争っていたヘックスが心配そうに見つめてくる。
「……大丈夫よ。悪いけど、今日はもうこれで休ませて」
「あ、ああ。……その、……おやすみ、モエ」
「ええ。お休みなさい、ヘックス、キリア」
平静を装い、そのままそそくさと二人の元から去ることにした。
歩きながら、自分の頭の中を整理する。
(……モエ? モエ・フジタ? 藤田萌景? 誰、それ! 私はそんな名前じゃない!)
歩けば歩くほど、硫黄臭い霞がかかっていた記憶が鮮明になっていく。
(そう、そうよ! 全部思い出した! 私は篠原一派、新生焔流の精鋭だった女よ!)
今までぬるま湯の中で漂っていた精神が、しっかりと地に足を着くのを実感する。
(私の、私の本当の名前は――)
彼女は立ち止まり、顔に当てていた布を剥ぎ取った。
(――私は、楓井巴美よ!)
彼女は、全てを思い出した。
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6.
ヘックスはもう一度妹を説得し、自分たちが生き残る道を模索しようと試みた。
「何度言っても無駄よ」
だが、キリアと一緒にいたモエが強硬姿勢を執り、ヘックスの意見に突っかかってくる。
「せやけどな……」
「あなた、そんなに死にたくないの?」
「そら、そうやろ」
「じゃ、逃げればいいじゃない。いいわよ、逃げて。その分私の活躍が増えるし。むしろせいせいするわ、余計な人が減るから」
にべも無い言い草に、ヘックスはカチンと来た。
「……あ?」
「あなたみたいな腰抜けなんていなくても、影響無いんじゃない?」
「てめえ……」
「二人とも落ち着いてよ」
ヘックスとモエの空気が険悪になったところで、キリアが諌める。
「兄さんも、今日はもう部屋に帰って。これ以上話すことは無いわ。私もモエも、考えが変わることは有り得ないもの」
「キリア……」
「モエも、いい加減にして。血はつながって無いけれど、ヘックスは私の兄よ。そんな風に侮辱されて、私が何も感じないと思う?」
「ああ、ごめんなさいね。でも本当に、つまらないことを言うものだから」
「つまらん?」
「やめてって言ってるでしょう?」
キリアがもう一度抑えようとするが、二人は言い争いを続ける。
「私には、あなたが何をそんなに嫌がってるのか分からないもの。
私たちは兵士、この組織においては一個の駒に過ぎない。生きるとか死ぬとか、そんなことを……」
唐突に、モエが黙り込んだ。
「……?」「モエ? どないした?」
キリアも、言い争いをしていたヘックスも、いぶかしげに彼女を見つめる。
「……そんなこと、を……」
そして突然、モエは倒れた。
「お、おい!?」「どうしたの、モエ!?」
(……だれ……?)
床に倒れ行く一瞬の間に、モエの頭の中で様々な光が明滅する。
――おかみさん、私たちに死ねと?――
先程自分が放った言葉から、記憶がくるくると再生されていく。
――殿がうっかり放してしまった実験体たちを、屠って欲しいの――
――実験体? それはまさか、あの……――
――ええ、櫟様だったものをはじめとする、魔獣化実験の被験者たちよ――
――そんな! だって、殿は極めて凶暴だと――
――そうよ。それが、どうかしたの?――
――おかみさん、私たちに死ねと?――
――あのね、巴美ちゃん――
脳裏に黒髪の、眼鏡をかけた猫獣人の姿が映る。
――あなたたちは兵士、私たちの一派においては一個の駒に過ぎない。だから生きるとか死ぬとか、そんなことを考える必要は無いわ――
――……――
絶句した自分に、その猫獣人はやさしく声をかけた。
――でもね巴美ちゃん、わたしはあなたがこんな指令で死ぬなんて、微塵も思ってやしないわよ――
――え……?――
――兵士を生かすのも殺すのも、上官の役目であり責任よ。約束するわ、あなたがむざむざ死ぬような作戦は、わたしは絶対に与えたりしないから。
大丈夫、これはあなたが十分にこなせる任務よ――
――おかみさん……!――
「……い! おい! しっかりせえ、モエ!」
「……」
倒れこんだ自分に声をかけてくる者がいる。
「モエ……?」
顔を上げると、心配そうに見つめてくる狼の兄妹と目が合う。
「あ、気が付いたか?」
「大丈夫、モエ?」
「モエ、って……?」
思わず、そんな質問が自分の口から漏れた。
「……は?」「何て?」
「あ、……いいえ、何でもないわ。……ごめんなさい、私ちょっと、気分が悪くなっちゃって」
「大丈夫か?」
先程まで言い争っていたヘックスが心配そうに見つめてくる。
「……大丈夫よ。悪いけど、今日はもうこれで休ませて」
「あ、ああ。……その、……おやすみ、モエ」
「ええ。お休みなさい、ヘックス、キリア」
平静を装い、そのままそそくさと二人の元から去ることにした。
歩きながら、自分の頭の中を整理する。
(……モエ? モエ・フジタ? 藤田萌景? 誰、それ! 私はそんな名前じゃない!)
歩けば歩くほど、硫黄臭い霞がかかっていた記憶が鮮明になっていく。
(そう、そうよ! 全部思い出した! 私は篠原一派、新生焔流の精鋭だった女よ!)
今までぬるま湯の中で漂っていた精神が、しっかりと地に足を着くのを実感する。
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彼女は立ち止まり、顔に当てていた布を剥ぎ取った。
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双月千年世界 目次 / あらすじ

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短編・掌編

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雑記

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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
おお~~モエちゃんが戻った・・というべきなんでしょうかね。
いずれグッゲンハイムでも出したいですけど。。。
いつになることやら・・。
という段階ですけどね。
なかなか面白いです。
ベタですけど、やっぱり書き方がよいのでしょうね。
いずれグッゲンハイムでも出したいですけど。。。
いつになることやら・・。
という段階ですけどね。
なかなか面白いです。
ベタですけど、やっぱり書き方がよいのでしょうね。
- #977 LandM(才条 蓮)
- URL
- 2012.06/17 21:33
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NoTitle
しばらくお貸しできないキャラです。
新作「白猫夢」の方でも現役で大活躍しちゃってる、
というのも理由の一つですが、
キャラの把握が非常にし辛い、というか、
把握しても数週間後にはガラっと変わっていたりするためです。
僕の作品に登場するキャラの中でも、扱い辛さは特A級だと思います。
もしそれでも使ってみたい、ということがあれば、
またその時に、入念な相談を。