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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第6部

    蒼天剣・剣姫録 1

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    晴奈の話、第351話。
    剣姫の半生。

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    1.
     黄晴奈が女傑、剣豪であるように、彼女もまた剣豪だった。

     その才能が開花したのは晴奈より8年も早い、6歳の時。今はもう、ほとんどその名を知る者もいない幻の大剣豪、楓井希一の孫であり、彼女の才能を見出したのも、焔流に入門したのもその祖父あってのことだった。
     幼い頃から類稀なる剣の才能を見せた彼女は、焔流家元・焔重蔵をして「この子は剣術の歴史に名を残すだけの才、素質を持っておる。将来、剣豪や剣聖、……あるいは剣鬼(けんき)と呼ばれるやも知れぬ」と言わしめたほどである。
     この発言と、その可憐な顔立ちから、誰とも無く彼女をこう呼ぶようになった――「剣姫(けんき)」楓井巴美と。

     その人生に不要な波風が立たなければ、後の歴史に名を残すのは晴奈ではなく、巴美だったかも知れない。



     はじめに彼女の人生が歪み出したのは7歳の春、焔流に入門して1年が過ぎるかと言う頃だった。
     巴美はこの頃、朔美と言う猫獣人の女性に懐いていた。彼女の話は非常に楽しく、そして新鮮で刺激的だったので、巴美は毎日のように彼女と遊んでいた。
     その日も楽しい話を聞かせてもらおうと、彼女のいる修行場に向かった。
    「しつれいしまーす」
     明るく声を出し、修行場の門を開く。
    「さくみさーん、きょうも……」
     今日もお話聞かせて、と言いかけて、巴美は口をつぐんだ。
    「……」「……」「……」
     修行場に集まっていた他の門下生たちが、一様に思いつめた顔をしている。その輪の中心には、朔美が座っている。
    「あら、巴美ちゃん。どうしたの?」
    「え、えっと」
     ただならぬ空気を感じ、巴美は修行場から離れようとした。しかし朔美は手招きをし、巴美を呼ぶ。
    「そんなところにいないで、こっちにいらっしゃい。今日もお話、聞かせてあげるから」
    「……はい」
     まだ7歳の巴美に、大人からの誘いを断れるような度胸は無い。非常に嫌な気配を感じながらも、巴美は朔美へと近付いた。
     巴美がすぐ前まで来たところで、朔美はポンポンと自分の膝を叩き、座るよう促す。
    「さ、こっちに」
    「は、はい」
     促されるまま、巴美は膝に座った。
    「今日のお話はね、とっても大事な話なの。よーく、聞いていてね」
    「はい……」
     朔美は巴美をぎゅっと抱きしめ、優しく、そして甘い猫撫で声で語り始めた。
    「今日のお話は、お姫さまのお話よ。剣術が上手で、正義のために戦う、『剣姫』ちゃんのお話」

     それから巴美は朔美によって、己が選ばれた者だ、正義の使者だと言い聞かされた。それは何日にも及び、幼い巴美の頭は朔美の佞言に汚染された。
     そして朔美は焔流家元である重蔵が悪の親玉、魔王であるとさえ言い放ち、巴美はこれも信じた。だからその後の新生焔流による反乱にも参加したし、離反した時も何の疑問も抱かずに付いていった。



     己が選ばれし者だと言う妄執・妄想は、彼女が22歳の頃までずっと付きまとっていた。
     実際、幼い頃から認められてきた剣の才能は篠原一派の中では随一、親方である篠原に次ぐ腕前にまで成長したし、彼女がいたからこそ新生焔流の真髄である「風の魔術剣」も完成に至ったのだ。
     この剣術は彼女が使えば、小屋くらいであれば一刀両断できたし、軽く振っただけでも大人の一人や二人、軽々と弾き飛ばすことができた。それがますます彼女を増長させ、「自分はこれほど強いのだから、何をしても正当化されるはず。自分こそが正義の顕現だ」とすら考えるようになっていた。

     そんな妄想が砕け散ったのは同じ女剣士、同じ焔流剣士である晴奈と戦った時だった。
    「貴様に刀を振るう資格など無い!」
     一瞬のうちに、自分の顔が斜めに引き裂かれた。油断していたとは言え、これまで一度もそんな深手を負ったことは無い。
    「ひ、ぎぃ……っ」
     熱と痛みが怒涛のように押し寄せ、巴美はボタボタと涙を流してうめいた。
    「かお、顔が……」
    「顔がどうしたッ! 貴様は顔と言わず手足と言わず、多くの者たちをぞんざいに斬り捨てただろうに! 己がそんなに可愛いか、この外道ッ!」
     怒りに燃える晴奈の攻撃は、彼女の顔だけではなく心まで深々と斬った。これまでに受けたことの無い、鋭く、かつ爆発するような猛攻に、彼女はまったく手も足も出なかった。
    「いや、やめて……っ」
     のどから勝手に悲鳴混じりの嘆願、哀願がこぼれ落ちる。だが、晴奈の攻撃は止まない。
    「ハァ、ハァ……」
     混乱と恐怖がようやく落ち着き始め、巴美は今一度刀を握り直して体勢を整えようとした。
    (こんな苦戦、予想しなかった……! 何なのよ、この女!? いきなり強くなった……!
     待って、待ってよ! 何でこの私が、こんな目に遭わなくちゃいけないの!? 私は選ばれた人間じゃ無かったの!?)
     だが、無理矢理に抑えつけようとしても、恐怖はグツグツと音を立てて煮え立ち、とめどなく噴き出し、あふれてくる。
    「楓井」
     そこに、晴奈の静かな、しかし怒りに満ちた声が聞こえてくる。
    「そろそろ、覚悟しろ」
    「……え?」
     晴奈が何を言っているのか分からず、巴美は半泣きで聞き返した。
    「お前は何人も殺したことだろう。だが、その逆を考えたことはあるか?」
     晴奈が上段に構えるのを見た巴美は、先ほどから焼け死にそうなほどにぶつけられていた殺気が、より一層強く吹き付けられるように感じた。
    「さあ……、行くぞ」
    「ひ、い……」
     巴美はもう、刀を持っていられないくらいに狼狽していた。
     既にこの時、巴美は「自分は選ばれた人間なんかじゃ無かった」と痛感していた。



     それだけの恐怖を味わったせいか、殺刹峰による洗脳も良く効いた。
     洗脳されてまだ1年、2年も経っていなかったが、彼女はモノやオッドと言った幹部たちに対し、非常に従順になっていた。
     それが結果的に、功を奏したのだろうか――慢心によって鈍り始めていた剣の腕は、殺刹峰にいた2年半で急成長を遂げた。

     彼女が記憶を取り戻し、自分に与えられていた部屋を破壊した時、彼女はその成長ぶりに気付いた。
    (これは……!)
     たった一振りで姿見、たんす、ベッド、床、壁、天井に至るまでバッサリと斬れた。前述の通り、彼女は以前にも小屋を斬ったことがあったのだが、その時とは桁違いに、切れ味が鋭くなっている。
     太刀筋にしても、以前はバリバリと裂けるような、荒削りなものだった。しかし今斬り払った家具は、綺麗に真っ二つに割れ、中の衣類も一切ボロボロになることなく、まるで良く研がれた裁ちバサミで斬ったように、すんなりと割れた。
    (何、これ? 私はいつの間に、これほど剣の腕を上げたの? まるで、自分が自分じゃないみたい。
     ……ああ、そうね。そうだったわ)
     もう一度、剣で部屋を払う。先程と同様、部屋は剃刀で紙を切ったように、すっぱりと割れた。
    (そう。私は、私じゃ無かった。今の私は、言うなれば『もう一人分』加わったようなもの――楓井巴美と藤田萌景の二人が、私の中で合わさったのね。
     今の私は巴美であり、萌景である。……言うなれば、『トモエ・ホウドウ(楓藤巴景)』かしら? ……クスクス、面白いわ。今からそう名乗りましょう。
     私は、楓藤巴景。『剣姫』、巴景。
     さあ、巴景。あの猫女のところに行きましょう。あの憎き仇敵、黄晴奈のところにね……!)
     巴美――いや、巴景は己の決意を刻み込むように、部屋がズタズタになるまで剣を振るい続けた。

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    2016.08.13 修正
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    LandMさんの作品に晴奈が登場する日、楽しみにしてます。
    ウィリアムも登場したので、そう遠くなさそうw

    NoTitle 

    おお~流石の晴奈貫禄ですね。
    強いですね、
    この辺はユキノでも反映したいと思いますけど。。。
    時間かかりそうですね。。。
    すいません、スピードが遅くて。
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