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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第6部

    蒼天剣・青色録 8

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    晴奈の話、第364話。
    ネイビーの裏切り。

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    8.
     戦い始めてから15分以上が経ち、医務室の中は形容しがたい臭いが充満していた。
    「ハァ、は……、ゲホ、ハァ……」
     オッドが撒いた揮発性の高い毒が、医務室の空気を汚しているのだ。
     シリンに比べ体力の劣るバートは既に膝を着いており、実質的にシリンとオッドの一騎討ちとなっていた。
    「しっぶといわねぇ……!」
    「当たり前やっ、……ゴホっ」
     元から優れた肉体をフルに使い、怒涛の攻めを見せるシリンと、薬や魔術で身体強化し、毒薬で牽制するオッド。
     両者の攻防はこの時完全に吊りあっており、双方じわじわと体力を削られながらも、戦いは膠着状態に入っていた。
     シリンとの間合いを取りつつ、オッドは頭の中でこの状況を整理し、この後の展開を予測する。
    (まっずいわねーぇ……。相手は2人。こっちは1人。このままあの虎女と共倒れになったら、算術的に公安の勝ちになるわぁ。
     誰か、助けに来てくれないかしらねぇ……?)
     オッドは先程呼びつけた「プリズム」が一人でもやって来はしないかと、入口に目をやる。
    「……あ」
     と、入口に自分の「息子」、ネイビーが立っていることに気付いた。
    「ん? ……くそ、まだ生きとったんかい」
     オッドの反応を見て、対するシリンも同様に入口へ目を向け、悪態をつく。
     ネイビーの顔色は、まるで自分の「毒手」を食らったかのように、真っ青になっていた。縛られた縄を、腕を無理矢理にねじって解いたらしく、その右腕は半壊しており、左腕も手首から先が無残に砕けている。
     とても加勢できるような様子ではなさそうだったが、それでもオッドは心底ほっとした表情を浮かべる。
    「ネイビー! 早く助けてちょうだい!」
    「こっち来んなや、またどつくぞボケが……!」
     オッドに乞われ、一方ではシリンににらまれる。
     ネイビーはしばらく両者を見つめていたが、やがてオッドの方に歩き出した。
    「ああ、ありがと、ネイビー!」
    「……いえ……」
     だが、ネイビーの様子がおかしい。味方であるはずのオッドに近付きつつも、なぜか警戒したような空気をまとっている。
    「……ネイビー?」
    「ドクター。あなたには感謝してます。僕に色々と、良くしてくれて」
    「……?」
     突然何を言うのかと、オッドは不審がる。
     しかしそれを問う間も無く、ネイビーは折れた右手をオッドの胸に押し付けてきた。
    「……けど、僕は首領に付きます」
     味方であるはずのネイビーから突然「毒手」を当てられ、オッドは面食らう。
    「な……!?」
    「ごめんなさい」
     触れればたちまち体が腐り、全身をむしばむ毒が回る「毒手」である。とは言え前述の通り、オッドに毒は効かない。
     それでもオッドは突然の攻撃に顔色を変え、ばっと飛びのいた。
    「何のつもりよ、ネイビー!?」
    「やっぱりこれじゃ死にませんか、ドクター。……けど」
     ネイビーの右手には、真っ青な薬が入った注射器らしきものが握られていた。
    「毒の効かないあなたでも、この薬の過剰摂取ならどうなるでしょうか……?」
    「……!」
     オッドは愕然とした表情を浮かべ、衣服の胸をはだける。
    「あ、アンタ……!」
     その胸は異様なほど、黄色く染まっていた。
    「あなた自身が、自分にも効果があるように調合した強化薬。一切希釈していない、その濃縮液を大量に摂取すれば、流石のあなたでも……」
    「な、何を、……ッ!」
     オッドは自分の額にびきっと痛みが走るのを感じたと同時に、彼の鼻から、びちゃびちゃと勢い良く鼻血が噴き出した。
    「げ、が、……がっ、ぐっ」
    「あなたとドミニク先生は、この組織を築き上げてきました。でも今は、不要な存在になりつつあります。
     僕たちが、この組織のさらなる発展のために、後を継がせていただきます」
    「あ、アンタっ、何、バカな、コト、をっ」
     薬が回り、オッドの視界が急速に狭まる。
    「今、この組織が混乱の最中にある今、その『掃除』がしやすくなりました。
     ……僕は、ウィッチ首領と、フローラさんに付きます」
    「ふざ、けて、んじゃ……」
     オッドはネイビーに怒鳴りかけたが、最後まで声を絞り出せず――そのまま、床に倒れ伏した。
    「……さようなら、ドクター」
    「お、お前、何してんねや……?」
     突然の事態に、バートもシリンも唖然としている。
    「今、あなたたちを相手にできる力は無い。これで失礼させていただきます」
     ネイビーはそう言うなり、医務室を飛び出していった。
    「あ、待て!」
     バートが立ち上がり、追いかけようとするが、その足取りは覚束なく、とても追いつけそうには無い。
     シリンも完全に虚を突かれていたらしく、追いかけようともせず、そのまま立ち尽くしていた。

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    2016.08.18 修正
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