「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第6部
蒼天剣・死淵録 3
晴奈の話、第379話。
モールの「奥の手」。
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3.
モノがフローラに討たれた丁度その頃、モールとクリスの戦いも佳境を迎えつつあった。
大広間全体が激しく揺れる程の上級魔術が次々に繰り出されるが、モールもクリスも、いまだ致命傷を受けてはいない。
とは言え――。
「はっ……、はっ……」
「うふ、ふふふ、……ゲホッ」
共に世界最高峰の魔術を持つ賢者たちではあるが、片方は重病人、もう片方は――。
「ゼェ、ゼェ……、う、ふふふ。モール、一体どうしたのかしら、その腕は?」
「……ふん」
モールの左腕が、真っ白に染まっている。そして薬指と小指がパラパラと、灰になって散り始めているのだ。
「やっぱりうわさは本当だったのね。……ますますあなたが欲しいわ、モール・リッチ!」
「気色悪いババアだね……! 『この体』も魔術も、私のもんだ! 誰がやるもんかってね!」
二人のやり取りが把握しきれず、ジュリアはきょとんとしている。その様子を見たクリスが、息を整えながら語りだした。
「何がなんだか分からない、って顔ね。教えてあげるわ」
「……やめろ」
モールが怒りに満ちた声で止めるが、クリスは構わず続ける。
「モール・リッチが何故、何百年も生きているのか。何故、時代や場所によって姿や種族、性別が変わるのか。そして何故、モール・『リッチ』と呼ばれるのか。
リッチ(Lych)――それは『死せる賢者』の意。とっくの昔に死んだはずの、元、人間」
「やめろって言ったはずだ!」
「彼は何百年も昔に死んだ、古の賢者だったのよ。でも、その魂は冥府に行くことも無く、この世に留まり続けている。
そして死んだ人間の体を次々に借り、世界中をただただ無為に巡り、旅をし続けている――それが彼の正体よ」
「……」
ジュリアはチラ、とモールに目を向けた。
「……この、クソババアが……ッ!」
よほど、この話はされたくなかったのだろう――モールはわなわなと、怒りに打ち震えていた。
モールは既に灰になりつつある左腕を挙げ、クリスに向ける。
「『フレイムドラゴン』! お前が先に燃え尽きろーッ!」
「ふふ、あはははっ」
モールの放った火炎は二条の槍となり、クリスを目がけて飛んでいく。だが、クリスの前に半透明の壁が現れ、火炎はその壁に弾かれてしまう。
「効かない、効かないわよモール!」
「なら、こいつはどうだッ!」
先程放った火炎が、今度は5つに増える。
「無駄よ、モール。何故、術が通らないか、分からないわけじゃないでしょう?」
「知ったこっちゃないねッ!」
モールの怒りとは裏腹に、クリスの前にある壁は一向に破れる気配が無い。
「まさか、あなたほどの賢者が気付かないわけじゃ無いでしょうね?」
「……知るかッ!」
モールはまた、火炎を放つ。今度は8つ、先程よりもっと赤く燃え盛って飛んでいく。
だが、これもクリスに当たることは無かった。
「クスクス……、言いたくないのね?
そうよね、まさか『自分の体はもう、限界を迎えている。当然、魔力も底を突き始めているから、今見せた火炎はただのこけおどし、花火みたいなものでしかない』だなんて言えないわよねぇ、あはははっ」
「……っ」
クリスの言ったことは、どうやら本当らしかった。
パラパラと粉を吹いていたモールの左手が、乾いた粘土のようにぼろりと崩れ落ちたのだ。
「私たちは、ずっとずっと、ずうっと調べていたのよ。あなたが何者なのか、どんな魔術を使うのか、どうやったらあなたのすべてを奪うことができるか、って。
そして知ったのよ――あなたのその体はもう、寿命が近いと言うことを。その体に替わってから5年、いいえ6年かしら? その間にあなたは近年珍しく、非常に魔力を使い続けた。それは何故? そう、アマハラの隠れ家で、私が売ったコピー本を見つけたから。
それからずっと、あなたは躍起になって私の本を焼いて回っていた。半ば怒りに任せて、半ばセッカへの哀悼を込めて、ね」
「……」
モールは崩れる左手を見ようともせず、クリスをにらみ続けている。
「その行動が、その体の寿命を早めることになった。
結果、この大事な大事な大事な、だあいじな、この瞬間に、魔力切れだなんて! なんて考えなし! なんて間抜けなの!
バカね、モール! あなたが賢者だなんて! 智者だなんて! そう呼ばれているだなんて、まったく、おかしくておかしくて、おかしくてたまらないわ、あっはははははははははっ!」
「……」
散々になじられるが、モールは黙々とクリスをにらみ続けている。
いや、よく見れば――恐らく罵倒することに夢中になっているクリスは気付いていないのだろうが――モールは小声で、何かを唱えている。
賢者のモールが唱えているのである。
それは紛れも無く、呪文だった。
「……」
「えぇ? 何? 何か言ったかしら?」
「……吹っ飛べ、クソババア」
モールは右手で灰になりかけた左腕をつかみ、引きちぎった。
「え? 一体、何を……」
「そんなに私の術が欲しいなら、その全身でたっぷり味わってみろ!
取って置きの切り札だ――『ウロボロスポール:リジェクション』!」
次の瞬間、クリスに向かって投げられた左腕が光を放ち、大爆発を起こした。
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モールの「奥の手」。
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3.
モノがフローラに討たれた丁度その頃、モールとクリスの戦いも佳境を迎えつつあった。
大広間全体が激しく揺れる程の上級魔術が次々に繰り出されるが、モールもクリスも、いまだ致命傷を受けてはいない。
とは言え――。
「はっ……、はっ……」
「うふ、ふふふ、……ゲホッ」
共に世界最高峰の魔術を持つ賢者たちではあるが、片方は重病人、もう片方は――。
「ゼェ、ゼェ……、う、ふふふ。モール、一体どうしたのかしら、その腕は?」
「……ふん」
モールの左腕が、真っ白に染まっている。そして薬指と小指がパラパラと、灰になって散り始めているのだ。
「やっぱりうわさは本当だったのね。……ますますあなたが欲しいわ、モール・リッチ!」
「気色悪いババアだね……! 『この体』も魔術も、私のもんだ! 誰がやるもんかってね!」
二人のやり取りが把握しきれず、ジュリアはきょとんとしている。その様子を見たクリスが、息を整えながら語りだした。
「何がなんだか分からない、って顔ね。教えてあげるわ」
「……やめろ」
モールが怒りに満ちた声で止めるが、クリスは構わず続ける。
「モール・リッチが何故、何百年も生きているのか。何故、時代や場所によって姿や種族、性別が変わるのか。そして何故、モール・『リッチ』と呼ばれるのか。
リッチ(Lych)――それは『死せる賢者』の意。とっくの昔に死んだはずの、元、人間」
「やめろって言ったはずだ!」
「彼は何百年も昔に死んだ、古の賢者だったのよ。でも、その魂は冥府に行くことも無く、この世に留まり続けている。
そして死んだ人間の体を次々に借り、世界中をただただ無為に巡り、旅をし続けている――それが彼の正体よ」
「……」
ジュリアはチラ、とモールに目を向けた。
「……この、クソババアが……ッ!」
よほど、この話はされたくなかったのだろう――モールはわなわなと、怒りに打ち震えていた。
モールは既に灰になりつつある左腕を挙げ、クリスに向ける。
「『フレイムドラゴン』! お前が先に燃え尽きろーッ!」
「ふふ、あはははっ」
モールの放った火炎は二条の槍となり、クリスを目がけて飛んでいく。だが、クリスの前に半透明の壁が現れ、火炎はその壁に弾かれてしまう。
「効かない、効かないわよモール!」
「なら、こいつはどうだッ!」
先程放った火炎が、今度は5つに増える。
「無駄よ、モール。何故、術が通らないか、分からないわけじゃないでしょう?」
「知ったこっちゃないねッ!」
モールの怒りとは裏腹に、クリスの前にある壁は一向に破れる気配が無い。
「まさか、あなたほどの賢者が気付かないわけじゃ無いでしょうね?」
「……知るかッ!」
モールはまた、火炎を放つ。今度は8つ、先程よりもっと赤く燃え盛って飛んでいく。
だが、これもクリスに当たることは無かった。
「クスクス……、言いたくないのね?
そうよね、まさか『自分の体はもう、限界を迎えている。当然、魔力も底を突き始めているから、今見せた火炎はただのこけおどし、花火みたいなものでしかない』だなんて言えないわよねぇ、あはははっ」
「……っ」
クリスの言ったことは、どうやら本当らしかった。
パラパラと粉を吹いていたモールの左手が、乾いた粘土のようにぼろりと崩れ落ちたのだ。
「私たちは、ずっとずっと、ずうっと調べていたのよ。あなたが何者なのか、どんな魔術を使うのか、どうやったらあなたのすべてを奪うことができるか、って。
そして知ったのよ――あなたのその体はもう、寿命が近いと言うことを。その体に替わってから5年、いいえ6年かしら? その間にあなたは近年珍しく、非常に魔力を使い続けた。それは何故? そう、アマハラの隠れ家で、私が売ったコピー本を見つけたから。
それからずっと、あなたは躍起になって私の本を焼いて回っていた。半ば怒りに任せて、半ばセッカへの哀悼を込めて、ね」
「……」
モールは崩れる左手を見ようともせず、クリスをにらみ続けている。
「その行動が、その体の寿命を早めることになった。
結果、この大事な大事な大事な、だあいじな、この瞬間に、魔力切れだなんて! なんて考えなし! なんて間抜けなの!
バカね、モール! あなたが賢者だなんて! 智者だなんて! そう呼ばれているだなんて、まったく、おかしくておかしくて、おかしくてたまらないわ、あっはははははははははっ!」
「……」
散々になじられるが、モールは黙々とクリスをにらみ続けている。
いや、よく見れば――恐らく罵倒することに夢中になっているクリスは気付いていないのだろうが――モールは小声で、何かを唱えている。
賢者のモールが唱えているのである。
それは紛れも無く、呪文だった。
「……」
「えぇ? 何? 何か言ったかしら?」
「……吹っ飛べ、クソババア」
モールは右手で灰になりかけた左腕をつかみ、引きちぎった。
「え? 一体、何を……」
「そんなに私の術が欲しいなら、その全身でたっぷり味わってみろ!
取って置きの切り札だ――『ウロボロスポール:リジェクション』!」
次の瞬間、クリスに向かって投げられた左腕が光を放ち、大爆発を起こした。
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