「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第6部
蒼天剣・死淵録 9
晴奈の話、第385話。
死の淵に立って。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
9.
「……?」
楢崎は弱々しい目で、瞬也の方を見た。
「……まさ、か?」
「ぼ、……僕、瞬也です。……楢崎、瞬也、です」
「ほ、本当、かい?」
血の勢いが、ようやく弱まってきた。だが、傷が治っている様子は見られない。
「くそ……! もう一度だ、タチバナ! もう一度、術を合わせるぞ!」
「うっ、うんっ!」
二人の魔術師が呼吸を合わせ、高出力の術をかけようとする。だが小鈴もミューズも、「テレポート」でほとんど魔力・気力を使い切ってしまい、唱えている途中で次第にタイミングがずれていく。
「……まだだ、もう一回!」「うん……っ!」
小鈴たちが懸命になっている間に、楢崎と瞬也は10年ぶりの再会を噛み締めていた。
「そうか……、ようやく、会えたんだね……、瞬也」
「はい、はい……っ。会えました、とっ、父さんっ」
楢崎の目がにじんでいる。瞬也はボタボタと、涙を流していた。
「元気で、良かった。……ずっと不安だったんだ。もしかしたらもう、会えないかもって」
「うぐっ、うぐ……っ」
「はは……、泣くんじゃない。ようやく、会えたんだ。喜んで、くれよ」
「父さん、父さぁん……」
楢崎は弱々しい手つきで、瞬也の頭を撫でた。
その間に、小鈴たちが何とか呪文を唱え終わる。
「行くぞ! 『リザレクション』!」
楢崎の体がうっすらと輝き、傷は今度こそふさがった。
「やった……! 成功したぞ!」
「良かった、よがっだぁ……!」
ミューズは顔面蒼白になりながら、また、小鈴は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらも、術の成功を喜んだ。
しかし――。
「……父さん?」
楢崎は瞬也の頭に手を当てたまま、動かなくなる。
「え……?」
ミューズと小鈴の顔がこわばる。
「馬鹿な……! 術は、完璧だったはずだ」
「え? ……ちょ、えっ?」
二人は楢崎の傷をもう一度確認する。
「ふさがってるわよ、ちゃんと……」
「ああ。傷は治っている。治っているんだ!」
小鈴は恐る恐る、楢崎の胸に手をやる。
「ねえ、……眠ってるだけよね? 疲れたのよね? ねえ、起きてよ」
だが、小鈴の指先は、楢崎の鼓動を見つけられない。
「起きてってば……、ねえ、冗談やめてよ、ねえってば!」
「……くそ……!」
小鈴は涙を流しながら、楢崎の体をゆする。ミューズは呆然と地面に手を付き、顔を伏せる。
「父さん……、そんな……、そんなのって……」
「起きてよぉぉ! いやぁぁぁぁ!」
瞬也も小鈴と同じように、楢崎の体を揺さぶる。
「父さぁぁぁぁん……!」
だが、その声に楢崎が応えることは、二度と無かった。
ヘックスとキリアは壁に埋まった晴奈の体を掘り起こそうと、適当な道具が無いか周りを探していた。
「……これ、使えるかしら?」
「ん? これ……、コウの刀、かな。真っ二つやん」
「圧倒的、過ぎるわね。……もう誰も、フローラには勝てないかも知れない」
「ああ……」
二人は絶望感に襲われつつも、晴奈の周りの壁を「大蛇」の残骸で掘り始めた。
「……ちょっと、期待しとったんや」
「え?」
「コウ、もしかしたらフローラとか、ドミニク先生とか倒してくれへんかなって。前に戦った時、めっちゃ強かったんや」
「相変わらずね、兄さん。他力本願が過ぎるわ」
「……うん」
ヘックスはうなだれつつも、壁を掘る手を止めない。
「……でも、私も期待した」
「……そっか」
「斬られて朦朧としてる時、コウを見て……、敵だって言うのに、希望を持ったわ」
「……」
「味方だったのに、フローラにはもう、絶望しか感じられなかった。……コウは、そうじゃなかった。
……正直言って、今も私、コウが生き返ったらって思ってる」
「オレもや。せやから、こんなことしとるんや」
「……うん」
二人の会話がやむ。
部屋の中にはただ、ザクザクと言う音が響いていた。
晴奈はぼんやりと、川岸に座っていた。
(……ここは……)
辺りは静寂に包まれ、上を見上げるとキラキラと星が輝く夜空が見える。
いや、夜空と言うには妙に暗すぎる。満天の星空だと言うのに、星々の間にある夜空は吸い込まれそうなほどに暗く、黒い。
そして良く見れば、輝く星は通常見ている星のように、空中を回転したりはしていない。静かに、そしてゆっくりと、すべての星が一様に落ちてきている。
真っ暗な空を、ひたすら星が沈み続けている。
どう考えても、この世の風景ではなかった。
(……冥府……)
不意に、晴奈の頭の中にその言葉が浮かんできた。
(そうか……私は死んだのか……)
空を見上げているうちに、ぼんやりと思い出してきた。
(そうだ……私はフローラと戦い、彼奴の技に貫かれて……そして、死んだのだ)
ぼんやりと立ち上がった思考が、またぼんやりと沈み始める。
(そうか……。死んだか、黄晴奈は。
何と言う半端者か……。あのような邪悪に、手も足も出ずに負けるとはな。何が英雄だ、何が、侍だ。所詮私など、瑣末な者でしかなかったと言うことか)
晴奈の意識が徐々に薄れていく。
(星が落ちていく。星が墜ちていく。
墜ちて、落ちて……、墜落し、果てる。
私も現世から落ち、墜ちたのだ。後はただ……、果てるだけ……)
意識が薄れると共に彼女は目をつぶり、その場に仰向けに倒れようかと手を広げた。
だが、その手を誰かが引っ張る。
《ざけんな、セイナ》
「え……?」
晴奈は目を開ける。
《まだ……、終わっちゃいねえだろうがよ》
そこには、全身真っ黒な狼獣人が立っていた。
蒼天剣・死淵録 終
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死の淵に立って。
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9.
「……?」
楢崎は弱々しい目で、瞬也の方を見た。
「……まさ、か?」
「ぼ、……僕、瞬也です。……楢崎、瞬也、です」
「ほ、本当、かい?」
血の勢いが、ようやく弱まってきた。だが、傷が治っている様子は見られない。
「くそ……! もう一度だ、タチバナ! もう一度、術を合わせるぞ!」
「うっ、うんっ!」
二人の魔術師が呼吸を合わせ、高出力の術をかけようとする。だが小鈴もミューズも、「テレポート」でほとんど魔力・気力を使い切ってしまい、唱えている途中で次第にタイミングがずれていく。
「……まだだ、もう一回!」「うん……っ!」
小鈴たちが懸命になっている間に、楢崎と瞬也は10年ぶりの再会を噛み締めていた。
「そうか……、ようやく、会えたんだね……、瞬也」
「はい、はい……っ。会えました、とっ、父さんっ」
楢崎の目がにじんでいる。瞬也はボタボタと、涙を流していた。
「元気で、良かった。……ずっと不安だったんだ。もしかしたらもう、会えないかもって」
「うぐっ、うぐ……っ」
「はは……、泣くんじゃない。ようやく、会えたんだ。喜んで、くれよ」
「父さん、父さぁん……」
楢崎は弱々しい手つきで、瞬也の頭を撫でた。
その間に、小鈴たちが何とか呪文を唱え終わる。
「行くぞ! 『リザレクション』!」
楢崎の体がうっすらと輝き、傷は今度こそふさがった。
「やった……! 成功したぞ!」
「良かった、よがっだぁ……!」
ミューズは顔面蒼白になりながら、また、小鈴は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらも、術の成功を喜んだ。
しかし――。
「……父さん?」
楢崎は瞬也の頭に手を当てたまま、動かなくなる。
「え……?」
ミューズと小鈴の顔がこわばる。
「馬鹿な……! 術は、完璧だったはずだ」
「え? ……ちょ、えっ?」
二人は楢崎の傷をもう一度確認する。
「ふさがってるわよ、ちゃんと……」
「ああ。傷は治っている。治っているんだ!」
小鈴は恐る恐る、楢崎の胸に手をやる。
「ねえ、……眠ってるだけよね? 疲れたのよね? ねえ、起きてよ」
だが、小鈴の指先は、楢崎の鼓動を見つけられない。
「起きてってば……、ねえ、冗談やめてよ、ねえってば!」
「……くそ……!」
小鈴は涙を流しながら、楢崎の体をゆする。ミューズは呆然と地面に手を付き、顔を伏せる。
「父さん……、そんな……、そんなのって……」
「起きてよぉぉ! いやぁぁぁぁ!」
瞬也も小鈴と同じように、楢崎の体を揺さぶる。
「父さぁぁぁぁん……!」
だが、その声に楢崎が応えることは、二度と無かった。
ヘックスとキリアは壁に埋まった晴奈の体を掘り起こそうと、適当な道具が無いか周りを探していた。
「……これ、使えるかしら?」
「ん? これ……、コウの刀、かな。真っ二つやん」
「圧倒的、過ぎるわね。……もう誰も、フローラには勝てないかも知れない」
「ああ……」
二人は絶望感に襲われつつも、晴奈の周りの壁を「大蛇」の残骸で掘り始めた。
「……ちょっと、期待しとったんや」
「え?」
「コウ、もしかしたらフローラとか、ドミニク先生とか倒してくれへんかなって。前に戦った時、めっちゃ強かったんや」
「相変わらずね、兄さん。他力本願が過ぎるわ」
「……うん」
ヘックスはうなだれつつも、壁を掘る手を止めない。
「……でも、私も期待した」
「……そっか」
「斬られて朦朧としてる時、コウを見て……、敵だって言うのに、希望を持ったわ」
「……」
「味方だったのに、フローラにはもう、絶望しか感じられなかった。……コウは、そうじゃなかった。
……正直言って、今も私、コウが生き返ったらって思ってる」
「オレもや。せやから、こんなことしとるんや」
「……うん」
二人の会話がやむ。
部屋の中にはただ、ザクザクと言う音が響いていた。
晴奈はぼんやりと、川岸に座っていた。
(……ここは……)
辺りは静寂に包まれ、上を見上げるとキラキラと星が輝く夜空が見える。
いや、夜空と言うには妙に暗すぎる。満天の星空だと言うのに、星々の間にある夜空は吸い込まれそうなほどに暗く、黒い。
そして良く見れば、輝く星は通常見ている星のように、空中を回転したりはしていない。静かに、そしてゆっくりと、すべての星が一様に落ちてきている。
真っ暗な空を、ひたすら星が沈み続けている。
どう考えても、この世の風景ではなかった。
(……冥府……)
不意に、晴奈の頭の中にその言葉が浮かんできた。
(そうか……私は死んだのか……)
空を見上げているうちに、ぼんやりと思い出してきた。
(そうだ……私はフローラと戦い、彼奴の技に貫かれて……そして、死んだのだ)
ぼんやりと立ち上がった思考が、またぼんやりと沈み始める。
(そうか……。死んだか、黄晴奈は。
何と言う半端者か……。あのような邪悪に、手も足も出ずに負けるとはな。何が英雄だ、何が、侍だ。所詮私など、瑣末な者でしかなかったと言うことか)
晴奈の意識が徐々に薄れていく。
(星が落ちていく。星が墜ちていく。
墜ちて、落ちて……、墜落し、果てる。
私も現世から落ち、墜ちたのだ。後はただ……、果てるだけ……)
意識が薄れると共に彼女は目をつぶり、その場に仰向けに倒れようかと手を広げた。
だが、その手を誰かが引っ張る。
《ざけんな、セイナ》
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双月千年世界 目次 / あらすじ

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短編・掌編

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雑記

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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
セイナが死ぬ~~~!!!!????
って死んだら話にならないか。
グッゲンハイムだと主人公が死んでも、書き続けますけどね。
これはそういう話ではないですものね。
・・・というかウェイバー君が久々登場ですね。
って死んだら話にならないか。
グッゲンハイムだと主人公が死んでも、書き続けますけどね。
これはそういう話ではないですものね。
・・・というかウェイバー君が久々登場ですね。
- #1557 LandM
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- 2013.02/23 14:43
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次節は作中でも最大級に熱い展開となります。
お楽しみに。
あと、ウィル君は調味料じゃありません。
「ウィルバー」です。