「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第6部
蒼天剣・白色録 7
晴奈の話、第392話。
不可視の剣舞。
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7.
「……?」
晴奈は曲がった剣を握ったまま、倒れたフローラに背を向けて突っ立っていた。
「せ、セイナ……」
フローラの弱々しい声で、晴奈はようやく我に返る。
「えっ……?」
右腕を断たれ、床に倒れたフローラを見て、晴奈は驚いた。
「……!」
「何よ、その顔……。まるで気が付いたら、相手が倒れてたみたいな」
晴奈は既に無力となったフローラの横にしゃがみ込み、上半身を助け起こしながら、半ばうろたえつつも応えた。
「い、いや。……いや、そうかも知れぬ。まるで私は、天空から己を操っていたような、そんな感覚で戦っていた」
「天空から、自分を……。まるで、マリオネットね」
「まりお、ねっと?」
フローラはニコ、と笑う。その笑顔には今までのような悪辣な影がなく、すっきりと澄んでいた。
「糸で動かす、操り人形のことよ。……分かったような気がする。あなたの姿を、追えなかったわけが」
「何?」
「わたしは地上からの視点で戦い、あなたは天空からの視点で戦っていた。
わたしには前しか見えなかったのに、あなたは真上からすべてを見つめていた。そりゃ、見えないはずね」
そう言われても、晴奈には何がなんだか分からない。
「その……いや……」
「ふふっ……。『阿修羅』となり地に墜ちたわたしには、絶対に見ることのできない視点。そして修羅の道から脱したあなただったから、天に昇ることができた。
……わたしの、負けよ」
フローラは弱々しく左腕を上げ、ガラスの腕輪を晴奈の鼻先に掲げる。
「わたしは……、何でも知っているわ。何でも、調べたわ。
この、ガラスの腕輪。元々は、ドミニクが央南での暗殺を行った際、とあるガラス職人の家で奪ったものらしいわ。そう、キリムラとか言う職人から」
「桐村? ……まさか、良太の」
「多分、そう。……返してあげなさい、セイナ。殺刹峰潰しは、あなたの弟からの頼みでもあったんでしょう? これが、その証明になるわ」
晴奈は腕輪を受け取り、自分の腕にはめた。
「……ずっとね」
フローラの声が、段々と弱々しくなっていく。
「ずっと、何もかもが憎かったの。
セッカ母様を奪ったあの本が。その本を自分のものにして、母様を見殺しにしたクリス母様が。わたしを道具としか見ていなかったドミニクとドクターが。五体満足なユキノが。
そして何より、そんな境遇を変えられなかった自分が。人形の、怪物の、自分が」
「……」
「憎かったから、妬ましかったから。ずっとずっと、ユキノについて調べものをしてた。そうやって、幸せに生きているユキノを、陰からずっと妬んでいたわ。実際に、会ったことはないけれどね」
フローラの目が、光を失っていく。
「セイナ……。あなたも憎らしかった。ユキノと、姉妹みたいに振舞うあなたが。
わたしはもう、心の中がねじけて、腐って、おかしくなっていたのよ。こんなにも、何もかもを憎んでいたなんて。……あなたに倒されてようやく、心の中がすっきりと晴れてくれた。
ありがとう……ごめんなさい……」
「おい、フローラ?」
「……来世では……ちゃんと……人間になりたい……」
フローラはすっと、目を閉じた。
次の瞬間――。
「あっ……」
フローラの体は、バラバラに分解してしまった。
それはどう見ても、木と綿、金属で造られた人形の残骸であり、人間には見えなかった。
数分後、何とか息を吹き返したモールが、全員を回復した。
それとほぼ同時に、呆然とした顔の小鈴とミューズ、シリン、瞬也が合流し、続いてシグマ兄妹が恐る恐る近づいてきた。
「終わった、……んか?」
「ああ」
晴奈は精魂尽き果ててしまっており、壁にもたれた状態で返事をした。
「フローラは?」
「……人形に戻った」
「そう、か」
この時点で事実上、殺刹峰のトップであるミューズの前に、ジュリアが立つ。
「ミューズさん」
「何だ?」
「投降、していただけますか?」
「ああ。……もう終わった、何もかもが」
その言葉に反応するように、通路の両側からぞろぞろと、憔悴した顔の兵士たちが現れる。
「……お前たちはどうする?」
「あなたと、同じように。……正直言って、こんな穴倉で暮らすのは、もう嫌ですから」
「そうだな。……先生が死んでしまってから、こんなことを言うのも卑怯かも知れんが」
ミューズは晴奈の横に座り込み、彼女と同様に壁にもたれる。
「殺刹峰は幹部のわがままで動いてきた組織だ。我々下っ端は、どこまでも道具でしかなかった。
……もう、あいつらの勝手な幻想で動かなくていいんだ」
その言葉に、緊張の糸が切れたのだろう。
兵士は一人、また一人と座り込み、嗚咽が聞こえ始めた。
こうして、十数年の間「大陸の闇」として活動してきた組織、殺刹峰は壊滅した。
蒼天剣・白色録 終
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7.
「……?」
晴奈は曲がった剣を握ったまま、倒れたフローラに背を向けて突っ立っていた。
「せ、セイナ……」
フローラの弱々しい声で、晴奈はようやく我に返る。
「えっ……?」
右腕を断たれ、床に倒れたフローラを見て、晴奈は驚いた。
「……!」
「何よ、その顔……。まるで気が付いたら、相手が倒れてたみたいな」
晴奈は既に無力となったフローラの横にしゃがみ込み、上半身を助け起こしながら、半ばうろたえつつも応えた。
「い、いや。……いや、そうかも知れぬ。まるで私は、天空から己を操っていたような、そんな感覚で戦っていた」
「天空から、自分を……。まるで、マリオネットね」
「まりお、ねっと?」
フローラはニコ、と笑う。その笑顔には今までのような悪辣な影がなく、すっきりと澄んでいた。
「糸で動かす、操り人形のことよ。……分かったような気がする。あなたの姿を、追えなかったわけが」
「何?」
「わたしは地上からの視点で戦い、あなたは天空からの視点で戦っていた。
わたしには前しか見えなかったのに、あなたは真上からすべてを見つめていた。そりゃ、見えないはずね」
そう言われても、晴奈には何がなんだか分からない。
「その……いや……」
「ふふっ……。『阿修羅』となり地に墜ちたわたしには、絶対に見ることのできない視点。そして修羅の道から脱したあなただったから、天に昇ることができた。
……わたしの、負けよ」
フローラは弱々しく左腕を上げ、ガラスの腕輪を晴奈の鼻先に掲げる。
「わたしは……、何でも知っているわ。何でも、調べたわ。
この、ガラスの腕輪。元々は、ドミニクが央南での暗殺を行った際、とあるガラス職人の家で奪ったものらしいわ。そう、キリムラとか言う職人から」
「桐村? ……まさか、良太の」
「多分、そう。……返してあげなさい、セイナ。殺刹峰潰しは、あなたの弟からの頼みでもあったんでしょう? これが、その証明になるわ」
晴奈は腕輪を受け取り、自分の腕にはめた。
「……ずっとね」
フローラの声が、段々と弱々しくなっていく。
「ずっと、何もかもが憎かったの。
セッカ母様を奪ったあの本が。その本を自分のものにして、母様を見殺しにしたクリス母様が。わたしを道具としか見ていなかったドミニクとドクターが。五体満足なユキノが。
そして何より、そんな境遇を変えられなかった自分が。人形の、怪物の、自分が」
「……」
「憎かったから、妬ましかったから。ずっとずっと、ユキノについて調べものをしてた。そうやって、幸せに生きているユキノを、陰からずっと妬んでいたわ。実際に、会ったことはないけれどね」
フローラの目が、光を失っていく。
「セイナ……。あなたも憎らしかった。ユキノと、姉妹みたいに振舞うあなたが。
わたしはもう、心の中がねじけて、腐って、おかしくなっていたのよ。こんなにも、何もかもを憎んでいたなんて。……あなたに倒されてようやく、心の中がすっきりと晴れてくれた。
ありがとう……ごめんなさい……」
「おい、フローラ?」
「……来世では……ちゃんと……人間になりたい……」
フローラはすっと、目を閉じた。
次の瞬間――。
「あっ……」
フローラの体は、バラバラに分解してしまった。
それはどう見ても、木と綿、金属で造られた人形の残骸であり、人間には見えなかった。
数分後、何とか息を吹き返したモールが、全員を回復した。
それとほぼ同時に、呆然とした顔の小鈴とミューズ、シリン、瞬也が合流し、続いてシグマ兄妹が恐る恐る近づいてきた。
「終わった、……んか?」
「ああ」
晴奈は精魂尽き果ててしまっており、壁にもたれた状態で返事をした。
「フローラは?」
「……人形に戻った」
「そう、か」
この時点で事実上、殺刹峰のトップであるミューズの前に、ジュリアが立つ。
「ミューズさん」
「何だ?」
「投降、していただけますか?」
「ああ。……もう終わった、何もかもが」
その言葉に反応するように、通路の両側からぞろぞろと、憔悴した顔の兵士たちが現れる。
「……お前たちはどうする?」
「あなたと、同じように。……正直言って、こんな穴倉で暮らすのは、もう嫌ですから」
「そうだな。……先生が死んでしまってから、こんなことを言うのも卑怯かも知れんが」
ミューズは晴奈の横に座り込み、彼女と同様に壁にもたれる。
「殺刹峰は幹部のわがままで動いてきた組織だ。我々下っ端は、どこまでも道具でしかなかった。
……もう、あいつらの勝手な幻想で動かなくていいんだ」
その言葉に、緊張の糸が切れたのだろう。
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~ Comment ~
NoTitle
意外にこういう団体は結構あっけなく滅ぶものですよね。
風魔小太郎にしても、北条氏がいなくなるとなくなってしまいましたしね。結局のところ、卓抜した人と財がないと長く持たないということなんでしょうけど。
風魔小太郎にしても、北条氏がいなくなるとなくなってしまいましたしね。結局のところ、卓抜した人と財がないと長く持たないということなんでしょうけど。
- #1593 LandM
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- 2013.04/07 21:01
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NoTitle
相手が悪かった……、というのも一因です。
なお、遠因もいくつかありますが、それはおいおい……。