「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第6部
蒼天剣・通信録 1
晴奈の話、第393話。
送られてきた手紙。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
「はぁ……」
屏風山脈の頂点、黒炎教団の一室。その管理手腕が認められ、36歳の若さで大司教となったウェンディは、膨大な書類に目を通しながらため息をついていた。
「つくづく、管理職になんてなるもんじゃないわね」
大司教に任命されてから三ヶ月ほどが過ぎたが、来る日も来る日も書類整理でうんざりしていた。
「たまには体動かさないと、腰がどうにかなりそう。……『弧月での布教活動、順調』か。ようやく、あの疫病神の付けた傷跡が癒えてきた感じね」
抗黒戦争で多くの信仰を失い、一時は教団の危機とうわさされていたが、ウェンディの地道かつ確実な布教戦略によって、徐々に央南での信仰は取り戻されつつあった。
「さて、次の書類は……」
机に載せられた書類を手に取ったところで、パサ、と言う乾いた音がする。
「……あら?」
書類にしては、重量のある音である。
「手紙? 嘆願書かしら」
床に落ちた封筒を拾い、宛先を確認する。
「『ウィリアム・ウィルソン4世猊下ならびにその親類ご一同』へ。……変な充て方ね。何で、私たちにまで挨拶を?」
ウェンディは不思議に思いつつも、封を開けて中を確認してみた。
「……!」
3行ほど読んだところで、ウェンディの尻尾が毛羽立った。
「……と、父さ、……コホン、猊下にお伝えしないと!」
ウェンディは書類が雪崩を起こすのも構わず、バタバタと席を立って部屋を出て行った。
「ウィリアム・ウィルソン4世猊下ならびにその親類ご一同へ
まずは匿名での報せを、お許しいただきたく存じます。
私は央中、ゴールドコースト市国を旅していた者ですが、その街において昨年行方不明となったウィルバー・ウィルソン元僧兵長と思しき人物についての情報を得たため、このような手紙を送らせていただきました。
ウィルバー氏は記憶を失っていたらしく、その街ではロウと名乗って暮らしていました。そのうちに天帝教の尼僧、シルビア・ケインズと言う女性と結婚したそうです。
さらにその女性との間には子供もできたとのことですが、非常に不幸な出来事がウィルバー氏の身に降りかかり、彼は帰らぬ人となりました。
現在、その女性はウィルバー氏が設立した孤児院を引き継ぎ、経営しておりますが、何分身重な身ですので、少なからず助けを必要としています。
異教徒であり、また、勘当されたご子息が関係していることですから、大変筋違いであることは重々承知しておりますが、どうか彼女に何らかのご慈悲を与えていただければと、切に願っております」
「そ、それで、あの、わたしのところに?」
黒炎教団の重鎮に突然訪問され、シルビアは目を白黒させた。
「ええ。確認をしたくて。……子供ができた、と言うのは本当のようですね」
ウェンディはシルビアの大きな腹を見て、短くうなっている。
「ふむ……」
「あ、あの」
シルビアはおどおどしながらも、ウェンディに座るよう促す。
「今、お茶をお持ちしますから、あの、どうぞ」
「……あ、はい」
ウェンディがおずおずと着席したところで、シルビアが立ち上がりかける。
「よい、しょ……」
「あ、お母さん。私が淹れとくから、座っててよ」
と、二人の様子を傍観していたアズサがやって来る。
「え? あ、うん。ありがとう、アズサ」
「それまで、えっと……」
どうやらアズサは母だけではなく、母の相手も対応に困っていることに気付いたらしい。
「伯母さん、になるのかな? ウェンディ伯母さんとゆっくり話でも、ね?」
アズサがにこっと笑顔を作りながら放った言葉に、ウェンディは面食らった様子を見せた。
「お、伯母さん?」
「うん。お父さんのお姉さんなんでしょ?」
「え、ええ。そうだけれど、……多分だけれど」
「お茶はミルク? レモン?」
「あ、ごめんなさい。甘いものはいただけないから、ストレートでお願い」
「はーい」
パタパタと足音を立ててアズサが離れた途端、ウェンディとシルビアは互いに困ったような、気恥ずかしそうな顔をする。
「えっと」「あの」
同時に口を開きかけたが、被ってしまったため、また黙り込む。
「……その」「……あのですね」
また被る。
「……そ、そちらから、どうぞ」
今度は何とか、シルビアが先手を取って話を勧めた。
「え、あ、はい。……確認させていただきますね。あなたの、その、夫である、いや、あった、ロウと言う方。ある筋から、その、私の弟だった可能性が、と」
「つまり、黒炎教団の教主一族だった、と」
「ええ」
シルビアは腹に手を当て、不安げに口を開く。
「確かに、ある方からも教団の人間ではないか、とは聞いていました。もしかしたら本当に、弟さんだった可能性は高いかと」
「……どちらにしても、亡くなってしまった今となっては、確かめようがありませんが」
「んー」
そこに、茶を持ってきたアズサが戻ってきた。
「でも、伯母さんって本当に、お父さんのお姉さんだと思うな」
「え?」
「だって、その仕草。困ってる時すぐ口に手を当てて、唇を揉んでたし」
「あ」
そう指摘され、ウェンディは上唇に当てていた手を離す。
「他にも、何だか似てるもん。顔つきとか、尻尾とかの毛並みも」
「……」
あれこれと指摘され気恥ずかしくなったのか、ウェンディはアズサから目をそらしたところで、彼女は「あら?」と声を上げた。
「あれは?」
「え? ……ああ、夫が闘技場で使っていた武器です。確か、えっと」「……三節棍」
ウェンディは壁にかけられた三節棍に近寄り、手に取る。
「……!」
そして鎖が革紐で結ばれているのを見て、涙声でつぶやく。
「この、下手くそな紐の結び方。……小さい頃から、何度教えても変な片結びしかできなくて。……ええ、こんな結び方をするのは、……ウィルしか」
ウェンディは三節棍を抱きしめ、泣き崩れた。
それから一ヵ月後、シルビアは元気な狼獣人の男の子を産み、名前は「ウィル」と名付けられた。ウェンディとの交流も続き――異教徒同士なので、あまり大っぴらにはできなかったが――孤児院の運営も、わずかながら手伝ってもらうことができた。
なお、この孤児院は創始者の名前を取って、「ウィアード孤児院」と名付けられたそうだ。
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送られてきた手紙。
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「はぁ……」
屏風山脈の頂点、黒炎教団の一室。その管理手腕が認められ、36歳の若さで大司教となったウェンディは、膨大な書類に目を通しながらため息をついていた。
「つくづく、管理職になんてなるもんじゃないわね」
大司教に任命されてから三ヶ月ほどが過ぎたが、来る日も来る日も書類整理でうんざりしていた。
「たまには体動かさないと、腰がどうにかなりそう。……『弧月での布教活動、順調』か。ようやく、あの疫病神の付けた傷跡が癒えてきた感じね」
抗黒戦争で多くの信仰を失い、一時は教団の危機とうわさされていたが、ウェンディの地道かつ確実な布教戦略によって、徐々に央南での信仰は取り戻されつつあった。
「さて、次の書類は……」
机に載せられた書類を手に取ったところで、パサ、と言う乾いた音がする。
「……あら?」
書類にしては、重量のある音である。
「手紙? 嘆願書かしら」
床に落ちた封筒を拾い、宛先を確認する。
「『ウィリアム・ウィルソン4世猊下ならびにその親類ご一同』へ。……変な充て方ね。何で、私たちにまで挨拶を?」
ウェンディは不思議に思いつつも、封を開けて中を確認してみた。
「……!」
3行ほど読んだところで、ウェンディの尻尾が毛羽立った。
「……と、父さ、……コホン、猊下にお伝えしないと!」
ウェンディは書類が雪崩を起こすのも構わず、バタバタと席を立って部屋を出て行った。
「ウィリアム・ウィルソン4世猊下ならびにその親類ご一同へ
まずは匿名での報せを、お許しいただきたく存じます。
私は央中、ゴールドコースト市国を旅していた者ですが、その街において昨年行方不明となったウィルバー・ウィルソン元僧兵長と思しき人物についての情報を得たため、このような手紙を送らせていただきました。
ウィルバー氏は記憶を失っていたらしく、その街ではロウと名乗って暮らしていました。そのうちに天帝教の尼僧、シルビア・ケインズと言う女性と結婚したそうです。
さらにその女性との間には子供もできたとのことですが、非常に不幸な出来事がウィルバー氏の身に降りかかり、彼は帰らぬ人となりました。
現在、その女性はウィルバー氏が設立した孤児院を引き継ぎ、経営しておりますが、何分身重な身ですので、少なからず助けを必要としています。
異教徒であり、また、勘当されたご子息が関係していることですから、大変筋違いであることは重々承知しておりますが、どうか彼女に何らかのご慈悲を与えていただければと、切に願っております」
「そ、それで、あの、わたしのところに?」
黒炎教団の重鎮に突然訪問され、シルビアは目を白黒させた。
「ええ。確認をしたくて。……子供ができた、と言うのは本当のようですね」
ウェンディはシルビアの大きな腹を見て、短くうなっている。
「ふむ……」
「あ、あの」
シルビアはおどおどしながらも、ウェンディに座るよう促す。
「今、お茶をお持ちしますから、あの、どうぞ」
「……あ、はい」
ウェンディがおずおずと着席したところで、シルビアが立ち上がりかける。
「よい、しょ……」
「あ、お母さん。私が淹れとくから、座っててよ」
と、二人の様子を傍観していたアズサがやって来る。
「え? あ、うん。ありがとう、アズサ」
「それまで、えっと……」
どうやらアズサは母だけではなく、母の相手も対応に困っていることに気付いたらしい。
「伯母さん、になるのかな? ウェンディ伯母さんとゆっくり話でも、ね?」
アズサがにこっと笑顔を作りながら放った言葉に、ウェンディは面食らった様子を見せた。
「お、伯母さん?」
「うん。お父さんのお姉さんなんでしょ?」
「え、ええ。そうだけれど、……多分だけれど」
「お茶はミルク? レモン?」
「あ、ごめんなさい。甘いものはいただけないから、ストレートでお願い」
「はーい」
パタパタと足音を立ててアズサが離れた途端、ウェンディとシルビアは互いに困ったような、気恥ずかしそうな顔をする。
「えっと」「あの」
同時に口を開きかけたが、被ってしまったため、また黙り込む。
「……その」「……あのですね」
また被る。
「……そ、そちらから、どうぞ」
今度は何とか、シルビアが先手を取って話を勧めた。
「え、あ、はい。……確認させていただきますね。あなたの、その、夫である、いや、あった、ロウと言う方。ある筋から、その、私の弟だった可能性が、と」
「つまり、黒炎教団の教主一族だった、と」
「ええ」
シルビアは腹に手を当て、不安げに口を開く。
「確かに、ある方からも教団の人間ではないか、とは聞いていました。もしかしたら本当に、弟さんだった可能性は高いかと」
「……どちらにしても、亡くなってしまった今となっては、確かめようがありませんが」
「んー」
そこに、茶を持ってきたアズサが戻ってきた。
「でも、伯母さんって本当に、お父さんのお姉さんだと思うな」
「え?」
「だって、その仕草。困ってる時すぐ口に手を当てて、唇を揉んでたし」
「あ」
そう指摘され、ウェンディは上唇に当てていた手を離す。
「他にも、何だか似てるもん。顔つきとか、尻尾とかの毛並みも」
「……」
あれこれと指摘され気恥ずかしくなったのか、ウェンディはアズサから目をそらしたところで、彼女は「あら?」と声を上げた。
「あれは?」
「え? ……ああ、夫が闘技場で使っていた武器です。確か、えっと」「……三節棍」
ウェンディは壁にかけられた三節棍に近寄り、手に取る。
「……!」
そして鎖が革紐で結ばれているのを見て、涙声でつぶやく。
「この、下手くそな紐の結び方。……小さい頃から、何度教えても変な片結びしかできなくて。……ええ、こんな結び方をするのは、……ウィルしか」
ウェンディは三節棍を抱きしめ、泣き崩れた。
それから一ヵ月後、シルビアは元気な狼獣人の男の子を産み、名前は「ウィル」と名付けられた。ウェンディとの交流も続き――異教徒同士なので、あまり大っぴらにはできなかったが――孤児院の運営も、わずかながら手伝ってもらうことができた。
なお、この孤児院は創始者の名前を取って、「ウィアード孤児院」と名付けられたそうだ。
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中国語で、「信」は手紙を指します。
なので「通信」は、信を通す(手紙を送る)ことです。
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2016.09.18 修正
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2020.06.24 誤字と一部文章を修正
中国語で、「信」は手紙を指します。
なので「通信」は、信を通す(手紙を送る)ことです。
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2016.09.18 修正
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2020.06.24 誤字と一部文章を修正



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もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

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他サイトさんとの交流

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短編・掌編

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未分類

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雑記

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クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
ああ、そういえば、家族は知らなかったんですね。
いつぞやか、ウィリアムのとっちゃんはこのこと知っているのかなあ?・・・と思いながら読んでいた記憶を今思い出しました。
いつぞやか、ウィリアムのとっちゃんはこのこと知っているのかなあ?・・・と思いながら読んでいた記憶を今思い出しました。
- #1596 LandM
- URL
- 2013.04/09 19:32
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NoTitle
勘当した息子が知らない街で奥さんと子供作ってて、
しかも惨殺された、……と聞かされたら、
卒倒どころじゃ済まないかも知れません。