「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第6部
蒼天剣・通信録 6
晴奈の話、第398話。
じわりと上がる、最後の戦いののろし。
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6.
殺刹峰の残党たちの身柄は本拠地の位置と活動内容、その他政治的取引などの理由から、金火公安ではなく中央政府の管轄下、とある刑務所に置かれていた。
それぞれ刑罰を受けた残党たちは、さして不服を申し立てることも無く、粛々と服していた。
ところが彼らの身柄が拘束されてから一ヶ月後の、まだ、刑が確定する前。
拘束されていたはずのヘックス、キリア、そしてミューズが、次のような手紙を残して拘置所から姿を消した。
「現地での助力と情報提供で、こちらの責務は果たしたことと判断した。
他の兵士たちには悪いが、一足先に出所することにする。
ミューズ・アドラー」
ミューズの「テレポート」で脱走に成功したヘックスとキリアは、ガツガツと定食を口に運んでいた。
「うま、うまっ……」
「油っ気のあるご飯、久しぶり……」
拘置所で簡素な飯ばかり食べていたせいか、兄妹二人はほとんど「うまい」しか言わずに定食を平らげた。
「……あー、うまかったぁぁ」
「ごちそうさまでした」
横で眺めていたミューズはそっぽを向き、肩を震わせた。
「どないしたん、ミューズ?」
「……クク、ク。いや、お前たちの食べる様子が、な」
顔を向けず笑うミューズに、キリアは顔を赤くした。
「つ、つい我を忘れちゃって……」
「まあ、構わん。それだけ喜んでくれたのなら、おごる甲斐もあると言うものだ、……ククク」
「そう言えばミューズ、金はどっから出したん?」
「銀行に『テレポート』で忍び込んで、少しばかり、な」
さらりと犯罪を重ねたことを告白され、ヘックスたちは苦笑いする。
「多分そうかなーとは思っとったけど、……オレたち超お尋ね者になっとんねんな、もう」
「まあ、銀行の件は発覚していないだろうが、脱獄したからな」
「……もう表社会に戻れないわね」
飯を食べていた時とは一転して、兄妹の表情が暗くなる。
だが、ミューズは短く首を振って否定する。
「そうとも限らんぞ」
「え?」
ミューズは席を立ち、二人に付いてくるよう促した。
「腕をしっかりつかめ」
「あ、はい」
二人が腕をつかんだ瞬間、ミューズは「テレポート」を使って別の場所へ飛んだ。
「ここは……?」
飛んできたのはゴミと浮浪者の多い、雑多な通りだった。
「ゴールドコーストの中央区南側、裏通りの商店街だ」
「えっ? な、何でわざわざ公安の本拠地に戻ってきたの?」
ミューズはそれに答えず、歩き出す。ヘックスとキリアは、それに付いて行くしかなかった。
「……ん?」
歩いていくうちに、空気が妙に金気臭くなってくる。
「ここだ。……失礼するぞ」
ミューズは赤茶けた看板を掲げた店に入った。
「お、久しぶりだね姐さん」
入るなり、鉢巻をした老人――晴奈の「大蛇」と、ロウの「雅龍」を造った鍛冶屋、ミツオが出迎えた。
「例の物はできたか?」
「ああ、とっくにできてるよ。持ってくる」
ミツオはくるりと背を向け、店の奥に消える。
「鍛冶屋か、ここ? 例の物ってなんや?」
「いつの間に? 何をするつもりなの?」
兄妹は次々に疑問をぶつけるが、ミューズは依然答えない。
「……よっ、とと。姐さん、悪いが持ってくれ」
「ああ」
ミューズはミツオが持ってきた包みを左手で受け取り、右手で懐を探る。
「いくらになった?」
「えー、と。まず、長槍が28000クラム、薙刀が26000クラム、そんで、姐さんが散々注文をつけた剣が、51000クラムだ。締めて、10万5000クラムになる」
「分かった。……ほら、お前たち。自分の武器くらい、自分で持て」
片手では財布が出しにくかったので、ミューズはヘックスたちに包みを差し出した。
「武器?」
「ど、どうして?」
二人はミューズの意図がつかめずおろおろしていたが、とりあえず受け取る。
「よし。……エル貨幣でもいいか? クラムだと、80000ほどしか持ち合わせが無くてな」
「おう。そんじゃ、1クラム25エルとして、えーと、……残り62万か。切り良く60万でいい」
「ありがとう。……少しかさばるが、これで」
ミューズが渡した皮袋を受け取り、ミツオが指差し数えるが、途中で渋い顔をする。
「……ん、ん。ちっと確認してくるから、待っててくんな」
ミツオがまた店の奥に消える。その間に、ミューズはヘックスたちの腕を取って「テレポート」を使った。
2分ほどして、ミツオが戻ってくる。
「姐さん、3万ほど多かったんで……、お?」
三人は何も無い森の中に移り、そこでようやくミューズの話を聞くことになった。
「移動手段はある。武器も手に入れた。後程、もう一度資金調達に行ってくる」
「あ、あの、ミューズ? ちゃんと教えてほしいんだけど」
「む? ……そう言えば、説明がまだだったな」
ヘックスとキリアは、代わる代わる手を挙げて質問した。
「まず、この武器。いつ注文したの? 何で私たちに?」
「拘留中だ。私の『テレポート』があれば、いくらでも抜け出す機会はある。
お前たちに渡したのは勿論、使ってもらうためだ」
「何に使うっちゅうんや? もう殺刹峰も潰れたし……」
「お前たちは何のために武術を磨いてきたのだ? 単に、人を殺すためか?」
「そら、カツミを……」
言いかけて、二人はミューズの本意に気付いた。
「……まさか」「カツミを?」
「そうだ。まさかこのままウジウジとうなだれて、日陰者として生きていくつもりか? そんなくだらぬ人生など、私は御免だ。
それに、だ。あいつを倒せば、大きな名声が手に入る。誰も、罪を咎めたりしなくなるはずだ。その上、あいつには世界を丸ごと買えるほどの資産があると言われている。
この世で最高・最大の富と名声を手に入れられる――この話に乗らぬ手はあるまい?」
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じわりと上がる、最後の戦いののろし。
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殺刹峰の残党たちの身柄は本拠地の位置と活動内容、その他政治的取引などの理由から、金火公安ではなく中央政府の管轄下、とある刑務所に置かれていた。
それぞれ刑罰を受けた残党たちは、さして不服を申し立てることも無く、粛々と服していた。
ところが彼らの身柄が拘束されてから一ヶ月後の、まだ、刑が確定する前。
拘束されていたはずのヘックス、キリア、そしてミューズが、次のような手紙を残して拘置所から姿を消した。
「現地での助力と情報提供で、こちらの責務は果たしたことと判断した。
他の兵士たちには悪いが、一足先に出所することにする。
ミューズ・アドラー」
ミューズの「テレポート」で脱走に成功したヘックスとキリアは、ガツガツと定食を口に運んでいた。
「うま、うまっ……」
「油っ気のあるご飯、久しぶり……」
拘置所で簡素な飯ばかり食べていたせいか、兄妹二人はほとんど「うまい」しか言わずに定食を平らげた。
「……あー、うまかったぁぁ」
「ごちそうさまでした」
横で眺めていたミューズはそっぽを向き、肩を震わせた。
「どないしたん、ミューズ?」
「……クク、ク。いや、お前たちの食べる様子が、な」
顔を向けず笑うミューズに、キリアは顔を赤くした。
「つ、つい我を忘れちゃって……」
「まあ、構わん。それだけ喜んでくれたのなら、おごる甲斐もあると言うものだ、……ククク」
「そう言えばミューズ、金はどっから出したん?」
「銀行に『テレポート』で忍び込んで、少しばかり、な」
さらりと犯罪を重ねたことを告白され、ヘックスたちは苦笑いする。
「多分そうかなーとは思っとったけど、……オレたち超お尋ね者になっとんねんな、もう」
「まあ、銀行の件は発覚していないだろうが、脱獄したからな」
「……もう表社会に戻れないわね」
飯を食べていた時とは一転して、兄妹の表情が暗くなる。
だが、ミューズは短く首を振って否定する。
「そうとも限らんぞ」
「え?」
ミューズは席を立ち、二人に付いてくるよう促した。
「腕をしっかりつかめ」
「あ、はい」
二人が腕をつかんだ瞬間、ミューズは「テレポート」を使って別の場所へ飛んだ。
「ここは……?」
飛んできたのはゴミと浮浪者の多い、雑多な通りだった。
「ゴールドコーストの中央区南側、裏通りの商店街だ」
「えっ? な、何でわざわざ公安の本拠地に戻ってきたの?」
ミューズはそれに答えず、歩き出す。ヘックスとキリアは、それに付いて行くしかなかった。
「……ん?」
歩いていくうちに、空気が妙に金気臭くなってくる。
「ここだ。……失礼するぞ」
ミューズは赤茶けた看板を掲げた店に入った。
「お、久しぶりだね姐さん」
入るなり、鉢巻をした老人――晴奈の「大蛇」と、ロウの「雅龍」を造った鍛冶屋、ミツオが出迎えた。
「例の物はできたか?」
「ああ、とっくにできてるよ。持ってくる」
ミツオはくるりと背を向け、店の奥に消える。
「鍛冶屋か、ここ? 例の物ってなんや?」
「いつの間に? 何をするつもりなの?」
兄妹は次々に疑問をぶつけるが、ミューズは依然答えない。
「……よっ、とと。姐さん、悪いが持ってくれ」
「ああ」
ミューズはミツオが持ってきた包みを左手で受け取り、右手で懐を探る。
「いくらになった?」
「えー、と。まず、長槍が28000クラム、薙刀が26000クラム、そんで、姐さんが散々注文をつけた剣が、51000クラムだ。締めて、10万5000クラムになる」
「分かった。……ほら、お前たち。自分の武器くらい、自分で持て」
片手では財布が出しにくかったので、ミューズはヘックスたちに包みを差し出した。
「武器?」
「ど、どうして?」
二人はミューズの意図がつかめずおろおろしていたが、とりあえず受け取る。
「よし。……エル貨幣でもいいか? クラムだと、80000ほどしか持ち合わせが無くてな」
「おう。そんじゃ、1クラム25エルとして、えーと、……残り62万か。切り良く60万でいい」
「ありがとう。……少しかさばるが、これで」
ミューズが渡した皮袋を受け取り、ミツオが指差し数えるが、途中で渋い顔をする。
「……ん、ん。ちっと確認してくるから、待っててくんな」
ミツオがまた店の奥に消える。その間に、ミューズはヘックスたちの腕を取って「テレポート」を使った。
2分ほどして、ミツオが戻ってくる。
「姐さん、3万ほど多かったんで……、お?」
三人は何も無い森の中に移り、そこでようやくミューズの話を聞くことになった。
「移動手段はある。武器も手に入れた。後程、もう一度資金調達に行ってくる」
「あ、あの、ミューズ? ちゃんと教えてほしいんだけど」
「む? ……そう言えば、説明がまだだったな」
ヘックスとキリアは、代わる代わる手を挙げて質問した。
「まず、この武器。いつ注文したの? 何で私たちに?」
「拘留中だ。私の『テレポート』があれば、いくらでも抜け出す機会はある。
お前たちに渡したのは勿論、使ってもらうためだ」
「何に使うっちゅうんや? もう殺刹峰も潰れたし……」
「お前たちは何のために武術を磨いてきたのだ? 単に、人を殺すためか?」
「そら、カツミを……」
言いかけて、二人はミューズの本意に気付いた。
「……まさか」「カツミを?」
「そうだ。まさかこのままウジウジとうなだれて、日陰者として生きていくつもりか? そんなくだらぬ人生など、私は御免だ。
それに、だ。あいつを倒せば、大きな名声が手に入る。誰も、罪を咎めたりしなくなるはずだ。その上、あいつには世界を丸ごと買えるほどの資産があると言われている。
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もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Comment ~
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クラムとは日本円でどれくらいになるのだろうか。。。なんて、かなりどうでもいいことですね。グッゲンハイムはイェンという日本円まんまなモデルになってますけどね。程度はあれ、剣が5万ということは円とあまり変わりないのかもしれないですね。
- #1605 LandM
- URL
- 2013.04/21 17:57
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NoTitle
3人分でおよそ200万円ですね。
他ではあまり重視していない要素かも知れませんが、
僕の作品は「貨幣」に目一杯こだわっています。