「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第6部
蒼天剣・黒色録 5
晴奈の話、第405話。
真相と始末。
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5.
「……」
凍りつくような雨の降る、ある春の夜。
彼は寝室で一人、紅茶を飲んでいた。
「……」
ろうそくに照らされた彼の顔は、ひどく哀愁を帯びていた。
「……はあ……」
ため息をつくが、かつて彼の横でそれを優しくなだめた者は、既にこの世にいない。
「誤算……だった……」
紅茶がまだ半分ほど入ったカップを机に置き、彼は頭を抱えた。
「誤算とは、何のことだ?」
突然、声がかけられる。
「……!」
彼は驚き、顔を上げた。
「……かっ、カツミ様!」
そこには自分が信奉する男が、闇に紛れて立っていた。
「な、何故、このような場所に!?」
「そこまで驚かなくともいいだろう、ククク……」
大火は鳥のように笑いながら、彼の向かいの椅子に腰掛けた。
「なに、少しばかり確認したいことがあってな。
単刀直入に聞くぞ。……すべてお前の計画通りだったのだろう? 殺刹峰を創って奴らを欺いたことも、殺刹峰の存在を仄めかしたことも、殺刹峰内部で反乱が起こったことも」
「……! な、何の、ことですかな」
「すべてが早過ぎ、すべてができ過ぎたのだ」
大火は両手を膝の上で組み、彼を嘲笑うようににらみつける。
「最初からお前は、俺を殺すことなど眼中に無かった。だが、そう言わなければドミニクにも、何よりチョウにも殺されかねなかった。そう言って、奴らを抱え込んでいたのだからな」
「……!」
彼の顔が青ざめる。
「チョウとやらはお前に拾われて以降、お前の立身出世を切に願っていた。半ば、病的なほどに、な。そしてある結論を出した。『克大火に取り入り、そして出し抜けば、中央政府の、即ち世界の長になれる』、と。
そう妄想していたところに、ドミニクのうわさが飛び込んできた。いよいよチョウは、己の幻想を本気にし始めた。今となってはどう思ったのか、定かではないが――『年々克大火を狙う者が増えている。今、自分たちが克大火を狙うのも、時代の流れなのだ』とでも思ったのかも、な。
そしてチョウは密かに、ドミニクがお前を狙うように誘い込んだ。お前は元から俺に与する派閥に属していたし、狙わせるのは容易だったろう。そして勿論、お前にもドミニクを誘ったことは伝え、その上で仲間に引き込もうと提案された。そうだろう?」
「……」
彼は下を向き、答えない。
「まあ、お前は乗り気では無かっただろうな。だが、暴走し始めるチョウを止めることはできず、そのまま言いなりになって殺刹峰を創ったのだろう。……ここでもう一つの疑問が浮上する。ウエストとか言う、商人のことだ。
何故この女を組織に引き込んだのか? それはいずれ、反乱してもらうためだ。その反乱に乗じ、危険因子であるチョウとドミニクを消すために、お前はこの女を加入させた。
……だがこれだけでは、この女を入れなければならなかった理由としては不十分。恐らくは、『本来の』愛人だったのだろう?」
「……っ」
うつむいたままの彼から、息が漏れた。
「図星か。なるほど、誤算と言うのはそれだな?」
「……」
また、彼は黙り込んだ。
「愛人面をし、かつ、自分の意思から離れて暴走するチョウ。それに引き込まれ、暴走を拡大させるドミニク。
この二名を真正面から潰すには、お前の力はまるで足りなかった。だから抑止力兼、二人を消すための要員として、ウエストが選ばれた。なるほど、この女は絶大な力を持っていたし、殺刹峰を俺への攻撃などではなく、利益のために使おうと考えていた。この女なら、お前の意思・利害にも合致してくれるから、な。
ところが、予想外の事態が起こった。彼女が重い病に冒されたことだ。余命いくばくも無くなり、お前は慌ててチョウたちを殺し、彼女を楽にさせなくてはならなくなった。
そこで情報を流し、どこかの組織に捜査もしくは襲撃を行わせ、そのどさくさに紛れて殺害しようと試みた。そうだろう?」
「……」
「そうでなければ、長年尻尾のつかめなかったこの組織の情報が、この何年かでいきなり広がるわけが無い。でき過ぎていたのだ、この一連の流れは」
彼はすっかり冷め切った紅茶を、震える手でつかんで一気に飲み干す。大火の指摘に、彼はじっと耐えていた。
「ところが思った以上に、金火公安はその流れに乗って、お前が期待する以上にいい仕事をしてしまった。組織は崩壊し、ウエストも巻き添えになって死んだ。
大誤算だったな、ククク……」
「……仰る、通りでございます」
ようやく、彼は口を開いた。
「一体、どこでお調べに?」
「ウエスト本人からだ」
大火の言葉に、彼は目を見開いた。
「な、ん、……です、と?」
「正確には、ウエストの体からだな。
俺の古い友人が、彼女の遺体を入手したのだ。そして、身に着けていたものやら持っていた日記やらで、調べをつけた。そして俺は、その結論を数週間前にそいつから聞いたのだ」
「……私を、どうなさるおつもりでしょうか」「どうかしてほしいのか?」
大火は嘲るように口の端を歪ませ、席を立った。
「何もしない。ただ、その友人から頼まれたのだ。『確かめてみてほしい』と」
大火が立ち去った後も、彼はブルブルと震えていた。
親大火派であり、今回の殺刹峰事件の黒幕とも目されていたアドベント・バニンガム伯爵が自宅の寝室で亡くなっているのが見つかったのは、この翌日のことである。
死因は、極度の緊張によるショック死と推定された。だが、彼が何故、自分の屋敷でそれほどまでに狼狽したのか――それが解明されることは無かった。
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「……」
凍りつくような雨の降る、ある春の夜。
彼は寝室で一人、紅茶を飲んでいた。
「……」
ろうそくに照らされた彼の顔は、ひどく哀愁を帯びていた。
「……はあ……」
ため息をつくが、かつて彼の横でそれを優しくなだめた者は、既にこの世にいない。
「誤算……だった……」
紅茶がまだ半分ほど入ったカップを机に置き、彼は頭を抱えた。
「誤算とは、何のことだ?」
突然、声がかけられる。
「……!」
彼は驚き、顔を上げた。
「……かっ、カツミ様!」
そこには自分が信奉する男が、闇に紛れて立っていた。
「な、何故、このような場所に!?」
「そこまで驚かなくともいいだろう、ククク……」
大火は鳥のように笑いながら、彼の向かいの椅子に腰掛けた。
「なに、少しばかり確認したいことがあってな。
単刀直入に聞くぞ。……すべてお前の計画通りだったのだろう? 殺刹峰を創って奴らを欺いたことも、殺刹峰の存在を仄めかしたことも、殺刹峰内部で反乱が起こったことも」
「……! な、何の、ことですかな」
「すべてが早過ぎ、すべてができ過ぎたのだ」
大火は両手を膝の上で組み、彼を嘲笑うようににらみつける。
「最初からお前は、俺を殺すことなど眼中に無かった。だが、そう言わなければドミニクにも、何よりチョウにも殺されかねなかった。そう言って、奴らを抱え込んでいたのだからな」
「……!」
彼の顔が青ざめる。
「チョウとやらはお前に拾われて以降、お前の立身出世を切に願っていた。半ば、病的なほどに、な。そしてある結論を出した。『克大火に取り入り、そして出し抜けば、中央政府の、即ち世界の長になれる』、と。
そう妄想していたところに、ドミニクのうわさが飛び込んできた。いよいよチョウは、己の幻想を本気にし始めた。今となってはどう思ったのか、定かではないが――『年々克大火を狙う者が増えている。今、自分たちが克大火を狙うのも、時代の流れなのだ』とでも思ったのかも、な。
そしてチョウは密かに、ドミニクがお前を狙うように誘い込んだ。お前は元から俺に与する派閥に属していたし、狙わせるのは容易だったろう。そして勿論、お前にもドミニクを誘ったことは伝え、その上で仲間に引き込もうと提案された。そうだろう?」
「……」
彼は下を向き、答えない。
「まあ、お前は乗り気では無かっただろうな。だが、暴走し始めるチョウを止めることはできず、そのまま言いなりになって殺刹峰を創ったのだろう。……ここでもう一つの疑問が浮上する。ウエストとか言う、商人のことだ。
何故この女を組織に引き込んだのか? それはいずれ、反乱してもらうためだ。その反乱に乗じ、危険因子であるチョウとドミニクを消すために、お前はこの女を加入させた。
……だがこれだけでは、この女を入れなければならなかった理由としては不十分。恐らくは、『本来の』愛人だったのだろう?」
「……っ」
うつむいたままの彼から、息が漏れた。
「図星か。なるほど、誤算と言うのはそれだな?」
「……」
また、彼は黙り込んだ。
「愛人面をし、かつ、自分の意思から離れて暴走するチョウ。それに引き込まれ、暴走を拡大させるドミニク。
この二名を真正面から潰すには、お前の力はまるで足りなかった。だから抑止力兼、二人を消すための要員として、ウエストが選ばれた。なるほど、この女は絶大な力を持っていたし、殺刹峰を俺への攻撃などではなく、利益のために使おうと考えていた。この女なら、お前の意思・利害にも合致してくれるから、な。
ところが、予想外の事態が起こった。彼女が重い病に冒されたことだ。余命いくばくも無くなり、お前は慌ててチョウたちを殺し、彼女を楽にさせなくてはならなくなった。
そこで情報を流し、どこかの組織に捜査もしくは襲撃を行わせ、そのどさくさに紛れて殺害しようと試みた。そうだろう?」
「……」
「そうでなければ、長年尻尾のつかめなかったこの組織の情報が、この何年かでいきなり広がるわけが無い。でき過ぎていたのだ、この一連の流れは」
彼はすっかり冷め切った紅茶を、震える手でつかんで一気に飲み干す。大火の指摘に、彼はじっと耐えていた。
「ところが思った以上に、金火公安はその流れに乗って、お前が期待する以上にいい仕事をしてしまった。組織は崩壊し、ウエストも巻き添えになって死んだ。
大誤算だったな、ククク……」
「……仰る、通りでございます」
ようやく、彼は口を開いた。
「一体、どこでお調べに?」
「ウエスト本人からだ」
大火の言葉に、彼は目を見開いた。
「な、ん、……です、と?」
「正確には、ウエストの体からだな。
俺の古い友人が、彼女の遺体を入手したのだ。そして、身に着けていたものやら持っていた日記やらで、調べをつけた。そして俺は、その結論を数週間前にそいつから聞いたのだ」
「……私を、どうなさるおつもりでしょうか」「どうかしてほしいのか?」
大火は嘲るように口の端を歪ませ、席を立った。
「何もしない。ただ、その友人から頼まれたのだ。『確かめてみてほしい』と」
大火が立ち去った後も、彼はブルブルと震えていた。
親大火派であり、今回の殺刹峰事件の黒幕とも目されていたアドベント・バニンガム伯爵が自宅の寝室で亡くなっているのが見つかったのは、この翌日のことである。
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