「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第7部
蒼天剣・風来録 1
晴奈の話、第407話。
遠路はるばる。
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1.
双月暦520年、3月初め。
中央政府とジーン王国の戦いは、膠着状態にあった。
と言っても、別に克大火と日上風が熾烈な戦いを繰り広げていたとか、幾多の軍艦が海を駆け回っていたとか、そんな躍動的な事情があったわけではない。
央北と北方の間にある海、北海が凍りついており、双方とも船が出せないのだ。いかに大火やフーに人知を超えた力がついていようと、自然が相手ではどうにもならない。
氷が解けるまでの間、戦況も凍結状態にあった。
話は変わるが――北海全域を覆う、この分厚い氷。時に、央北・北方、双方の岸をつなぐことがあると言われている。
とは言え現実的な観点から考えて、ここを渡ろうと言う酔狂な人間はいない。陸より海の方が若干気温が高いとは言え、寒風吹き荒ぶ極寒の海域である。
それに人が乗れるほど分厚いものの、海に浮かぶ流氷である。ところどころに亀裂があり、万一割れて海に落ちた場合、助かる確率は0に等しい。
さらに、実際歩くとなると直線距離でも、全長2000キロ以上もの旅路となる。まともな人間なら、歩こうなどとは思いもしない。
「この海を『歩く』など、自殺行為に等しい。生きて渡りおおせるわけが無い」と、北方沿岸に住む者は皆、そう信じて疑わない。それは北方史始まって以来覆されたことの無い常識であり、定説と言っても過言ではなかった。
だからその日、ウインドフォート砦の高台にいた見張りは、海に立つその影を見て、それが何なのか理解できなかったのだ。
「……ん?」
「どした?」
毛布に包まりながら見張りを続けていた兵士が、相棒の様子がおかしいことに気が付いた。
「あれ、見てくれ」
「どれだよ」
「ほら、あそこ」
「あそこって、海か?」
「ああ。……ほら」
怪訝な顔をする相棒が指差す先を、兵士は双眼鏡で追った。
「……?」
双眼鏡に、黒い影が映る。
「……!?」
その影が何であるか認識した瞬間、兵士は全身に冷汗をかいた。
「なんだ、ありゃ……?」
「何かが、……歩いてくる?」
双眼鏡のレンズの中には、背後にそりを付けた黒い影が、吹雪と海の向こうから歩いてくるのが見えていた。
その光景は二人がまったく想像したことの無いものであり、現状を把握し、対応することにすら、数分を要した。
「……け、警鐘をっ」
相棒の方が我に返り、叫ぶ。
「えっ?」
「警鐘、な、鳴らそう。モンスターの襲撃かも」
「あ、ああ。そう、……だよな」
兵士二人はかじかむ手を必死で動かし、緊急事態を告げる警鐘を力いっぱい叩いた。
ウインドフォートの砦全体にその鐘の音は響き渡り、すぐさま「海の向こうからモンスターが歩いてくる」と言う前代未聞の情報が伝わった。
「本当かよ……」
「ああ、マジらしいぜ。俺もさっき、双眼鏡で見てみたんだけど」
「私にも見えました。本当に何か、黒いのが歩いてきてるんですよ」
「それ、本当にモンスターなのか?」
「現在確認中らしいです。中佐の側近の方が今、確認に向かっているとか」
砦の中にいた兵士たちは皆、騒然としていた。
分厚い毛皮のコートに身を包んだ、背の高い短耳の将校――日上中佐の側近の一人、ハインツ・シュトルム中尉が、兵士数人を連れてその場に向かう。
その影は、ハインツたちが一列に並び、仁王立ちになって威嚇してもなお、足を止めなかった。
「止まれッ!」
ハインツが声を張り上げて制止するが、吹雪に紛れてほとんど伝わらない。
影が静止することなく、そのまま近付いて来るのを確認し、ハインツは部下たちに命令した。
「全員、武器を構えろ! 奴の顔が目視できる程度に接近したらもう一度警告し、従わなければ射殺して構わん!」
「はっ!」
兵士たちは小銃を構え、その影に照準を定めた。
「……」
と、影の方も、兵士たちが銃を向けてきたのに気が付いたらしく、足を止め、すっと両手を挙げた。
「よし、そこで止まれ! 動くんじゃないぞッ!」
ハインツは剣を構え、少しずつ影ににじり寄っていく。
「お前は、……モンスターか? それとも、人間か?」
尋ねながら、じりじりと距離を詰める。
「人間よ」
女の声がする。どうやら、その影は女性であるらしかった。
だがその顔は帽子とマフラーに半分ほど覆われ、さらに仮面をかぶっているため、確認できない。
「どこから来た?」
「中央大陸の、ノースポートから」
「嘘をつけ! この海域は現在凍結している! 船で来られるわけが無いだろう!」
「誰が船で来たって言ったかしら?」
女は腕を挙げたまま、ハインツに向かって歩き出した。
「止まれッ!」
女は自分が引っ張ってきたそりを指差し、平然と答える。
「歩いてきたのよ。人間が乗れるくらい凍ってるんだから、歩くのなんてわけないわ」
「ふざけるな! 本当のことを言え! それから手を下げるな! 挙げろ!」
「正真正銘、私は歩いてここまで来たのよ。……ねえ、いい加減寒いから、手を下げてもいいかしら?」
「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
ハインツの制止も聞かず、女は距離を詰める。
「撃つ? 別にいいけど、当たらないわよ。こんな強風の中じゃ、絶対に」
「な……」
女に挑発され、ハインツの頭に血が上る。
「……撃てッ! 構わん、撃てッ!」
ハインツの命令に従い、兵士たちは小銃を撃った。
だが、女の言う通り銃弾は風にあおられ、一発もまともに直進しない。
「だから言ったのに。……あーあ、下っ端がこんなバカじゃ、上も知れたもんね。折角遠路はるばる、このクソ寒い大陸まで来たのに」
「ぬッ……! 我らがヒノカミ中佐を愚弄すると、容赦せんぞッ!」
「アッタマ悪いわね……」
女は手を下げ、腰に佩いていた剣を抜く。
「かかってくるって言うなら、相手になるわよ」
「りゃーッ!」
ハインツが先に仕掛け、女の頭を狙って剣を振り下ろす。
ところが女はひらりとかわし、ハインツに足払いをかける。
「お、おっ……!?」
「いい加減寒いんだからさっさと案内しなさいよ、このノロマ」
ハインツが立ち上がろうとした時には既に、女の剣が彼の首に当てられていた。
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遠路はるばる。
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双月暦520年、3月初め。
中央政府とジーン王国の戦いは、膠着状態にあった。
と言っても、別に克大火と日上風が熾烈な戦いを繰り広げていたとか、幾多の軍艦が海を駆け回っていたとか、そんな躍動的な事情があったわけではない。
央北と北方の間にある海、北海が凍りついており、双方とも船が出せないのだ。いかに大火やフーに人知を超えた力がついていようと、自然が相手ではどうにもならない。
氷が解けるまでの間、戦況も凍結状態にあった。
話は変わるが――北海全域を覆う、この分厚い氷。時に、央北・北方、双方の岸をつなぐことがあると言われている。
とは言え現実的な観点から考えて、ここを渡ろうと言う酔狂な人間はいない。陸より海の方が若干気温が高いとは言え、寒風吹き荒ぶ極寒の海域である。
それに人が乗れるほど分厚いものの、海に浮かぶ流氷である。ところどころに亀裂があり、万一割れて海に落ちた場合、助かる確率は0に等しい。
さらに、実際歩くとなると直線距離でも、全長2000キロ以上もの旅路となる。まともな人間なら、歩こうなどとは思いもしない。
「この海を『歩く』など、自殺行為に等しい。生きて渡りおおせるわけが無い」と、北方沿岸に住む者は皆、そう信じて疑わない。それは北方史始まって以来覆されたことの無い常識であり、定説と言っても過言ではなかった。
だからその日、ウインドフォート砦の高台にいた見張りは、海に立つその影を見て、それが何なのか理解できなかったのだ。
「……ん?」
「どした?」
毛布に包まりながら見張りを続けていた兵士が、相棒の様子がおかしいことに気が付いた。
「あれ、見てくれ」
「どれだよ」
「ほら、あそこ」
「あそこって、海か?」
「ああ。……ほら」
怪訝な顔をする相棒が指差す先を、兵士は双眼鏡で追った。
「……?」
双眼鏡に、黒い影が映る。
「……!?」
その影が何であるか認識した瞬間、兵士は全身に冷汗をかいた。
「なんだ、ありゃ……?」
「何かが、……歩いてくる?」
双眼鏡のレンズの中には、背後にそりを付けた黒い影が、吹雪と海の向こうから歩いてくるのが見えていた。
その光景は二人がまったく想像したことの無いものであり、現状を把握し、対応することにすら、数分を要した。
「……け、警鐘をっ」
相棒の方が我に返り、叫ぶ。
「えっ?」
「警鐘、な、鳴らそう。モンスターの襲撃かも」
「あ、ああ。そう、……だよな」
兵士二人はかじかむ手を必死で動かし、緊急事態を告げる警鐘を力いっぱい叩いた。
ウインドフォートの砦全体にその鐘の音は響き渡り、すぐさま「海の向こうからモンスターが歩いてくる」と言う前代未聞の情報が伝わった。
「本当かよ……」
「ああ、マジらしいぜ。俺もさっき、双眼鏡で見てみたんだけど」
「私にも見えました。本当に何か、黒いのが歩いてきてるんですよ」
「それ、本当にモンスターなのか?」
「現在確認中らしいです。中佐の側近の方が今、確認に向かっているとか」
砦の中にいた兵士たちは皆、騒然としていた。
分厚い毛皮のコートに身を包んだ、背の高い短耳の将校――日上中佐の側近の一人、ハインツ・シュトルム中尉が、兵士数人を連れてその場に向かう。
その影は、ハインツたちが一列に並び、仁王立ちになって威嚇してもなお、足を止めなかった。
「止まれッ!」
ハインツが声を張り上げて制止するが、吹雪に紛れてほとんど伝わらない。
影が静止することなく、そのまま近付いて来るのを確認し、ハインツは部下たちに命令した。
「全員、武器を構えろ! 奴の顔が目視できる程度に接近したらもう一度警告し、従わなければ射殺して構わん!」
「はっ!」
兵士たちは小銃を構え、その影に照準を定めた。
「……」
と、影の方も、兵士たちが銃を向けてきたのに気が付いたらしく、足を止め、すっと両手を挙げた。
「よし、そこで止まれ! 動くんじゃないぞッ!」
ハインツは剣を構え、少しずつ影ににじり寄っていく。
「お前は、……モンスターか? それとも、人間か?」
尋ねながら、じりじりと距離を詰める。
「人間よ」
女の声がする。どうやら、その影は女性であるらしかった。
だがその顔は帽子とマフラーに半分ほど覆われ、さらに仮面をかぶっているため、確認できない。
「どこから来た?」
「中央大陸の、ノースポートから」
「嘘をつけ! この海域は現在凍結している! 船で来られるわけが無いだろう!」
「誰が船で来たって言ったかしら?」
女は腕を挙げたまま、ハインツに向かって歩き出した。
「止まれッ!」
女は自分が引っ張ってきたそりを指差し、平然と答える。
「歩いてきたのよ。人間が乗れるくらい凍ってるんだから、歩くのなんてわけないわ」
「ふざけるな! 本当のことを言え! それから手を下げるな! 挙げろ!」
「正真正銘、私は歩いてここまで来たのよ。……ねえ、いい加減寒いから、手を下げてもいいかしら?」
「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
ハインツの制止も聞かず、女は距離を詰める。
「撃つ? 別にいいけど、当たらないわよ。こんな強風の中じゃ、絶対に」
「な……」
女に挑発され、ハインツの頭に血が上る。
「……撃てッ! 構わん、撃てッ!」
ハインツの命令に従い、兵士たちは小銃を撃った。
だが、女の言う通り銃弾は風にあおられ、一発もまともに直進しない。
「だから言ったのに。……あーあ、下っ端がこんなバカじゃ、上も知れたもんね。折角遠路はるばる、このクソ寒い大陸まで来たのに」
「ぬッ……! 我らがヒノカミ中佐を愚弄すると、容赦せんぞッ!」
「アッタマ悪いわね……」
女は手を下げ、腰に佩いていた剣を抜く。
「かかってくるって言うなら、相手になるわよ」
「りゃーッ!」
ハインツが先に仕掛け、女の頭を狙って剣を振り下ろす。
ところが女はひらりとかわし、ハインツに足払いをかける。
「お、おっ……!?」
「いい加減寒いんだからさっさと案内しなさいよ、このノロマ」
ハインツが立ち上がろうとした時には既に、女の剣が彼の首に当てられていた。
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第7部、開始です。
晴奈がここに到着するのは5月下旬。
第6部終了後からそれまでに、北方では何があったかというお話。
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2016.09.25 修正
第7部、開始です。
晴奈がここに到着するのは5月下旬。
第6部終了後からそれまでに、北方では何があったかというお話。
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2016.09.25 修正



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~ Comment ~
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やっと7部!!!・・・までコメント残してきてますねえ。私、ここまででいくつぐらいコメント残したのだろうか。マメに残している甲斐は出ていると思いますが。亀の歩みですがよろしくお願いします。
銃がデリケートな武器なのはこちらの世界でも同じですね。
銃がデリケートな武器なのはこちらの世界でも同じですね。
- #1625 LandM
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- 2013.05/18 11:16
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NoTitle
恐らく70~80件はコメントいただいてると思います。
最後まで読んでいただけること、期待してますね。
この世界、銃火器は基本的に魔術なしで動いてます。
物理法則に、非常に左右されやすいです。