「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第7部
蒼天剣・風来録 3
晴奈の話、第409話。
巴景の実力発揮。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
フーの一声で、巴景とハインツは砦地下の修練場で仕合をすることになった。
「それではぁ、始めますねぇ」
たまたま暇だったと言うフーの側近の一人が、のたのたとしたしゃべり方で審判を勤める。
「それではぁ、開始ぃー」
「どりゃあッ!」
開始が告げられるなり、ハインツは槍をうならせて突進してきた。
(さっきは剣を使っていたのに、今度は槍?)
武器が違うことを疑問に思ったが、ともかく巴景は剣を構えて受ける。
「ふんっ、ふんっ、ふぬうッ!」
まるで怒り狂った野牛のように、ハインツは突進と打突を繰り返す。
「はぁ、……めんどくさい」
四太刀ほど受けたところで、巴景はけりを付けようとした。
「『ライオンアイ』」
殺刹峰時代に手に入れた身体強化の魔術で腕力を倍化させ、ミューズが忘れていった剣、「ファイナル・ビュート」を力いっぱいに薙ぐ。
「ぬお……っ!?」
恐らく鋼鉄製であった槍が、まるで飴のようにぽっきりと折られた。
「どうかしら、……と」
勝ち誇ろうとした巴景は、ハインツの殺気が消えていないことに気付いて剣を構え直した。
「ま、まだまだぁッ!」
ハインツは柄だけになった槍を捨て、腰に佩いていた剣を抜いた。
「往生際悪いわね、このバカ」
「あ、そうじゃないんですよぉ」
巴景の独り言を聞き拾ったらしい紫髪の側近が、ゆったりと訂正する。
「シュトルム中尉さんはぁ、『人間武器庫』って呼ばれててぇ、一人でいくつもぉ、武器を操るんですよぉ」
「……へーぇ」
巴景は改めて、ハインツの装備を確認してみた。
(さっき潰した槍に、今握ってる剣。
ふーん、背中にももう一本、剣持ってるのね。脇差、って感じかしら。
あら? 後ろからチラチラ見えてるのは尻尾、……ってわけじゃなさそうね。鞭かしら?
あと片方の太腿に5本、いえ6本。両腿で計12本、ナイフを着けてる。小さいし数が多いから、投擲用ナイフってところね。
他にも袖とか裾にも、変なふくらみがある。なるほどね、『人間武器庫』ってのも言い得て妙、か)
「ほら、ほらっ、ほらほらほらあッ!」
剣をビュンビュンとうならせて、ハインツは距離を詰める。
巴景はそれをひらひらと避けながら、紫髪の側近の背後で、椅子へ斜めに掛けていたフーに声をかけた。
「ねえ、閣下」
「ん?」
巴景は冗談めかした口調で尋ねてみる。
「こいつの武器、全部見たことはある?」
「ん……。そう言えば、無いな」
「見たくない?」
「……ハハ、見せてくれるのか?」
「ええ、見せてご覧に入れますわ」
その言葉を聞いたハインツが激昂する。
「吾輩を愚弄するか、女ッ!」
「愚弄? いいえ違うわ」
巴景は剣の腹で、ハインツの剣を思い切りはたいた。
(『愚弄』は同じ人間に対してするものでしょう? ……クスクス)
ハインツの剣は簡単に弾き飛ばされ、部屋の端まで転がっていった。
「さあ、次は何を出すのかしら?」
「ぬ、がっ……」
巴景は心の中で、ハインツを嘲笑していた。
(アンタみたいな単細胞と私が同じ人間だと、本気で思ってるのかしら?)
結局、ハインツは最終的に8種類の武器を放出し、それでも巴景に傷一筋付けることができずに敗北した。
巴景は凄腕の傭兵として、フーの新たな側近に迎えられた。
ハインツをあっさり下した巴景は、すぐにうわさ話の中心に上った。
元々、ここ数年で英雄になったフーを間近で見ようと、彼の拠点である砦周辺に集まった好事家たちが築いたのが、このウインドフォートである。
うわさ好きの住民たちは皆、巴景について語り合っていた。
「それにしても、あの仮面……」
「うんうん、気になるよねー」
「顔にすっごい傷がついてるらしいけど、いっぺん見てみたいわよねぇ」
「うんうん、分かる分かるよー」
街のあちこちで、こんな話が繰り返される。
その側を通りかかった巴景は内心、有頂天になっていた。
(ふふっ……。みんなが私に注目してるわ。
そうよ、世界最強の女はこの私よ。間違っても、あの……)「そう言えばさー」
だが――時折、こんな言葉も耳にする。
「央南人の女傑って言えば、もう一人いたわよね?」
「うんうん、いたよねー」
「何だっけ、名前? えーと……」
「確か、猫獣人で、えー……」
そのうわさを聞く度に、巴景は仮面越しに彼らをにらみつける。
だが、彼らはその視線に気付かない。平然と、巴景が憎み続けている女の名を口にする。
「コウ、だっけ? 確かそんな感じの名前」
「うんうん、そんな感じそんな感じー」
「……ッ」
巴景は仮面の裏で、ギリギリと歯軋りした。
(何でよ? 何で、この街にまであいつの名前が伝わってるの?
ちょっと戦争で活躍して、どこかの大会で準優勝したくらいで、後はほんのちょっと犯罪捜査に協力しただけじゃない。
どうしてそれだけで、それくらいのことで、話題になるのよ……ッ)
巴景は腹立ち紛れに、裏路地の壁を素手で叩き割った。
「……見てなさいよ。この戦争が終わる頃には晴奈の名前なんて、北方人の記憶から綺麗さっぱり消し去ってやるわ!
歴史に名前を遺すのは、この私よ!」
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巴景の実力発揮。
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フーの一声で、巴景とハインツは砦地下の修練場で仕合をすることになった。
「それではぁ、始めますねぇ」
たまたま暇だったと言うフーの側近の一人が、のたのたとしたしゃべり方で審判を勤める。
「それではぁ、開始ぃー」
「どりゃあッ!」
開始が告げられるなり、ハインツは槍をうならせて突進してきた。
(さっきは剣を使っていたのに、今度は槍?)
武器が違うことを疑問に思ったが、ともかく巴景は剣を構えて受ける。
「ふんっ、ふんっ、ふぬうッ!」
まるで怒り狂った野牛のように、ハインツは突進と打突を繰り返す。
「はぁ、……めんどくさい」
四太刀ほど受けたところで、巴景はけりを付けようとした。
「『ライオンアイ』」
殺刹峰時代に手に入れた身体強化の魔術で腕力を倍化させ、ミューズが忘れていった剣、「ファイナル・ビュート」を力いっぱいに薙ぐ。
「ぬお……っ!?」
恐らく鋼鉄製であった槍が、まるで飴のようにぽっきりと折られた。
「どうかしら、……と」
勝ち誇ろうとした巴景は、ハインツの殺気が消えていないことに気付いて剣を構え直した。
「ま、まだまだぁッ!」
ハインツは柄だけになった槍を捨て、腰に佩いていた剣を抜いた。
「往生際悪いわね、このバカ」
「あ、そうじゃないんですよぉ」
巴景の独り言を聞き拾ったらしい紫髪の側近が、ゆったりと訂正する。
「シュトルム中尉さんはぁ、『人間武器庫』って呼ばれててぇ、一人でいくつもぉ、武器を操るんですよぉ」
「……へーぇ」
巴景は改めて、ハインツの装備を確認してみた。
(さっき潰した槍に、今握ってる剣。
ふーん、背中にももう一本、剣持ってるのね。脇差、って感じかしら。
あら? 後ろからチラチラ見えてるのは尻尾、……ってわけじゃなさそうね。鞭かしら?
あと片方の太腿に5本、いえ6本。両腿で計12本、ナイフを着けてる。小さいし数が多いから、投擲用ナイフってところね。
他にも袖とか裾にも、変なふくらみがある。なるほどね、『人間武器庫』ってのも言い得て妙、か)
「ほら、ほらっ、ほらほらほらあッ!」
剣をビュンビュンとうならせて、ハインツは距離を詰める。
巴景はそれをひらひらと避けながら、紫髪の側近の背後で、椅子へ斜めに掛けていたフーに声をかけた。
「ねえ、閣下」
「ん?」
巴景は冗談めかした口調で尋ねてみる。
「こいつの武器、全部見たことはある?」
「ん……。そう言えば、無いな」
「見たくない?」
「……ハハ、見せてくれるのか?」
「ええ、見せてご覧に入れますわ」
その言葉を聞いたハインツが激昂する。
「吾輩を愚弄するか、女ッ!」
「愚弄? いいえ違うわ」
巴景は剣の腹で、ハインツの剣を思い切りはたいた。
(『愚弄』は同じ人間に対してするものでしょう? ……クスクス)
ハインツの剣は簡単に弾き飛ばされ、部屋の端まで転がっていった。
「さあ、次は何を出すのかしら?」
「ぬ、がっ……」
巴景は心の中で、ハインツを嘲笑していた。
(アンタみたいな単細胞と私が同じ人間だと、本気で思ってるのかしら?)
結局、ハインツは最終的に8種類の武器を放出し、それでも巴景に傷一筋付けることができずに敗北した。
巴景は凄腕の傭兵として、フーの新たな側近に迎えられた。
ハインツをあっさり下した巴景は、すぐにうわさ話の中心に上った。
元々、ここ数年で英雄になったフーを間近で見ようと、彼の拠点である砦周辺に集まった好事家たちが築いたのが、このウインドフォートである。
うわさ好きの住民たちは皆、巴景について語り合っていた。
「それにしても、あの仮面……」
「うんうん、気になるよねー」
「顔にすっごい傷がついてるらしいけど、いっぺん見てみたいわよねぇ」
「うんうん、分かる分かるよー」
街のあちこちで、こんな話が繰り返される。
その側を通りかかった巴景は内心、有頂天になっていた。
(ふふっ……。みんなが私に注目してるわ。
そうよ、世界最強の女はこの私よ。間違っても、あの……)「そう言えばさー」
だが――時折、こんな言葉も耳にする。
「央南人の女傑って言えば、もう一人いたわよね?」
「うんうん、いたよねー」
「何だっけ、名前? えーと……」
「確か、猫獣人で、えー……」
そのうわさを聞く度に、巴景は仮面越しに彼らをにらみつける。
だが、彼らはその視線に気付かない。平然と、巴景が憎み続けている女の名を口にする。
「コウ、だっけ? 確かそんな感じの名前」
「うんうん、そんな感じそんな感じー」
「……ッ」
巴景は仮面の裏で、ギリギリと歯軋りした。
(何でよ? 何で、この街にまであいつの名前が伝わってるの?
ちょっと戦争で活躍して、どこかの大会で準優勝したくらいで、後はほんのちょっと犯罪捜査に協力しただけじゃない。
どうしてそれだけで、それくらいのことで、話題になるのよ……ッ)
巴景は腹立ち紛れに、裏路地の壁を素手で叩き割った。
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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
約2年ぶりに同じことを言ってしまいますが、ハインツはバカです。
バランスとかテクニックとか、そういうのは彼の頭には無いです。
「数で圧倒すれば、そんな小賢しい考えなど無用」とか、阿呆なことを考えて(ry
バランスとかテクニックとか、そういうのは彼の頭には無いです。
「数で圧倒すれば、そんな小賢しい考えなど無用」とか、阿呆なことを考えて(ry
NoTitle
武器の形にもよると思いますけどね。
武器をたくさん仕込んでおくに越したことはないですけどね。
ただ、バランスを考えるのが必要ですね。
一流の人だったら、見つからないところに隠しておくものですからね。
武器をたくさん仕込んでおくに越したことはないですけどね。
ただ、バランスを考えるのが必要ですね。
一流の人だったら、見つからないところに隠しておくものですからね。
- #1631 LandM
- URL
- 2013.05/25 06:20
- ▲EntryTop
NoTitle
ハインツは良く言えば頑固でクソ真面目、悪く言えばバカです。
重たいと感じていても、「この重さこそが吾輩の価値ある部分、存在理由なのである」とか、阿呆なことを考えてごまかしてるんでしょうね。
繰り返しますが、ハインツはバカです。
合理的に逃げるだとか、戦術的撤退なんて言う思考は、彼の頭には欠片もありません。
「敵に背中を見せては騎士の名折れ」とか、阿呆なことを(ry
第6部読了、ありがとうございます。
うちのキャラクタは事前申告さえあれば、じゃんじゃん使っていただいて構いません。
悪企みの実ること、期待しています。
重たいと感じていても、「この重さこそが吾輩の価値ある部分、存在理由なのである」とか、阿呆なことを考えてごまかしてるんでしょうね。
繰り返しますが、ハインツはバカです。
合理的に逃げるだとか、戦術的撤退なんて言う思考は、彼の頭には欠片もありません。
「敵に背中を見せては騎士の名折れ」とか、阿呆なことを(ry
第6部読了、ありがとうございます。
うちのキャラクタは事前申告さえあれば、じゃんじゃん使っていただいて構いません。
悪企みの実ること、期待しています。
NoTitle
よく、人間武器庫とかいって、武器を山ほど隠し持っている、という登場人物が出ることがありますが、あれって重くないのかな。
刀が折れたときのためにもう一本と、胸にナイフ一本を入れておいて、「万一主武器である刀が折れたら、予備を抜いて、その予備まで折れないうちに、できるかぎり素早く逃げる。ナイフは最後の手段」というほうが合理的なような気がするんだけども。
どうもわたしは「逃げ足の速さ」と「悪知恵」を得意とする剣士しか書けないらしい。はっ! それって、剣士じゃなく……盗賊!?(^^;)
それはそれとして、第六部を読破したのでいつでもシリンちゃんを「趣喜堂」に再び呼べるなあ。でもシリンちゃんになにを読んでもらおうかなあ。それと、言葉がわかる人間、と……(悪企み考慮中(笑))
刀が折れたときのためにもう一本と、胸にナイフ一本を入れておいて、「万一主武器である刀が折れたら、予備を抜いて、その予備まで折れないうちに、できるかぎり素早く逃げる。ナイフは最後の手段」というほうが合理的なような気がするんだけども。
どうもわたしは「逃げ足の速さ」と「悪知恵」を得意とする剣士しか書けないらしい。はっ! それって、剣士じゃなく……盗賊!?(^^;)
それはそれとして、第六部を読破したのでいつでもシリンちゃんを「趣喜堂」に再び呼べるなあ。でもシリンちゃんになにを読んでもらおうかなあ。それと、言葉がわかる人間、と……(悪企み考慮中(笑))
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