「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第7部
蒼天剣・風評録 1
晴奈の話、第411話。
アランの風評と、もう一人のナイジェル博士。
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1.
アランに「出し抜こうとは考えるな」と言われた巴景だが、そもそも彼女はそんなことを考えてはいない。
フーの下に就いたのは、あくまでも「立身出世」のためである。即ち、北方で戦果を挙げることにより世界に己の名を知らしめ、名声の面においても晴奈を超えようと考えており――巴景は技量や天運など、ほとんどの面において彼女より優れていると確信している。あくまでも「『アイツ』にあって私に無いのは『戦果を挙げた』と言う名誉だけよ」と考えている――フーを出し抜いて自分が軍閥の主になろうなどとは露ほども思っていない。
とは言え、アランは軍閥のナンバー2である。彼の信用を得られなければ、この砦における地位確立もおぼつかない。ひいてはフーに重用されることもなく、立身出世には到底至らないだろう。
(それは困るわ。もうすぐ、中央政府との戦いが再開されると言うのに)
アランの存在を少なからず「自分の立身出世に対する脅威」と見た巴景は、何とか彼に取り入り、信用を得られないかと、彼の素性に付いて調べることにした。
まずは仲良くなった側近の魔術師、ミラから話を聞くことにした。
「あー……、アランさん、ですかぁ」
聞いた途端に、ミラは表情を曇らせる。
「何か、嫌な思い出でもあったのかしら?」
「えー、まあ、はい。あの人ですねぇ、何て言うかぁ、ヤな人なんですよねぇ」
「やな、人?」
「はぁい。すっごく、そのぉ、態度がですねぇ……」
ミラは辺りをきょろきょろと見回しながら、小声で話す。
「中佐のことも平気で顎で使ってますしぃ、その下にいるアタシたちなんてぇ、空気扱いですよぉ。人間だって、全然思ってないみたいなんですぅ」
「そう……」
ミラの話を聞きながら、巴景はアランの姿を思い出す。
(人間じゃない、か。……私からすれば、あいつの方が人間離れしてるわ。この私がどう神経を張り巡らせても、あいつの気配が全然つかめないんだから。
顔もフードと鉄仮面で隠してるし。……って、仮面で隠してるのは私も同じか)
「トモエさぁん?」
「え? ……あ、ごめんなさいね。ちょっと考え事をしていたものだから」
「あ、はぁい。それでですね、あの人のせいで投獄された人も、何人かいるんですよぉ」
「へぇ?」
「例えばですね、ナイジェル博士とか。あの人、首都からわざわざ出向してきてくれたのにぃ、袋叩きにされてぇ、牢屋に入れられたんですよぉ」
「牢に入れるよう命じたのは、閣下なの?」
「直接はそうなんですけどぉ、指示したのは多分アランさんですよぉ、きっと」
それを聞いて、巴景はそのナイジェル博士と言う人物に興味を持った。
(アランによって投獄された人物、か。……もしかしたら、アランについて何かつかめるかも)
ミラに頼み、巴景はそのナイジェル博士に会ってみることにした。
「あの、内緒にしてくださいねぇ。勝手に面会したって言うことがばれたらぁ、アタシも牢屋行きになっちゃいますからぁ」
「はい、了解しております」
心配そうに頼み込むミラの目、いや、胸を見ながら敬礼した看守に苦笑しつつ、巴景は牢の奥へと進んだ。
「あの人?」
「はぁい。あの人がナイジェル博士ですぅ」
一番奥の独房に、生気を失った顔のエルフが座っていた。
エルフは青年期が長い種族なので、見た目からはその正確な年齢はつかめない。その上童顔のため、前もって24だと知らされていなければ、彼は二十歳前の少年にすら見えた。
「……誰かな?」
「アタシですぅ。ミラ・トラックス少尉ですぅ」
「トラックスさんか。今日は、何の用?」
「えっとですねぇ、あなたに会いたいって言う人がいるんですよぉ。この前側近になった傭兵さんなんですけどねぇ」
「傭兵、……が、側近に? へぇ、珍しいね」
長い間投獄されているらしく、顔も服も垢じみており、平常時ならば聡明さを表していたであろう丸眼鏡も右眼側がひび割れ、悲壮感しか伝わってこない。
それでもまだ、知性は失われていないらしい。彼は賢しげな目を、巴景に向けてきた。
「ふーん……。央南の剣士か。腕は相当立つみたいだね」
「え?」
いきなり素性を言い当てられ、流石の巴景も驚いた。博士と呼ばれたエルフは、素性を言い当てた根拠を話し始める。
「女性にしては体格ががっしりしているし、体全体の脂肪も妙に少ない。非常に運動量の多い生活をしていると言うことだ。
それに左手の指、小指以外にたこがある。何か棒状のものを、しょっちゅう握っているってことだ。でも左利きじゃないな、右手の中指にペンだこがあるもの。小指の力を抜いて、左手にウェイトを置いて握る――これは央南地方の剣術に特有の、刀剣の構え方だ」
「……ご明察ね」
「それは良かった。ああ、自己紹介が遅れたね。
僕はトマス。トマス・ナイジェルと言うんだ」
トマスは汚れた顔を袖で拭い、軽く頭を下げた。
「私はトモエ・ホウドウ。よろしくね、博士。……それで、一つ質問したいことがあるんだけど、いいかしら?」
「何だい?」
「何故あなたは投獄されたの?」
「うー……ん」
尋ねた途端、トマスは暗い顔を向けてきた。
「それは……、言えば君にとって、非常に困ることになると思う。それでも聞きたい?」
「……それなら、いいわ。わざわざ危ない橋を渡るのもバカらしいし」
「そうだろうね。他に聞きたいことは?」
巴景はトマスのつっけんどんな態度に、内心苛立ちを感じていた。
(コイツ……、さっきから人のこと、『女にしては』とか『脂肪が妙に少ない』とか、ズケズケ無神経に言ってくれるわね。
案外、投獄されたのも単純に、フーの機嫌を損ねたからじゃないの?)
「無い? あるなら早く言ってね」
トマスはうざったそうに眉をひそめる。プライドの高い巴景は、相手にそんな態度を取られてまで話を聞こうとする気にはなれなかった。
「別に。……さ、戻りましょ、ミラ」
「あ、はぁい。……それじゃお元気で、トマスさん」
「元気にしていられるわけないじゃないか、ははは……」
笑いながら言っているので彼にとっては軽口や冗談だったのだろうが、背を向けたミラはほんの少し顔をしかめていた。
「あなたが気を使ってくれてるって言うのに、無神経ねアイツ」
「え? いえ、そんな……」
「もう聞こえてないだろうし、素直に言っていいんじゃない?」
巴景にそう言われ、ミラは牢の奥を振り返る。
「……いい人なんですけどぉ、もうちょっと周りの空気を読んでほしいですねぇ」
トマスは本に目を通していた。巴景の言う通り、トマスの方も既に、二人への興味を失ったらしい。
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アランの風評と、もう一人のナイジェル博士。
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アランに「出し抜こうとは考えるな」と言われた巴景だが、そもそも彼女はそんなことを考えてはいない。
フーの下に就いたのは、あくまでも「立身出世」のためである。即ち、北方で戦果を挙げることにより世界に己の名を知らしめ、名声の面においても晴奈を超えようと考えており――巴景は技量や天運など、ほとんどの面において彼女より優れていると確信している。あくまでも「『アイツ』にあって私に無いのは『戦果を挙げた』と言う名誉だけよ」と考えている――フーを出し抜いて自分が軍閥の主になろうなどとは露ほども思っていない。
とは言え、アランは軍閥のナンバー2である。彼の信用を得られなければ、この砦における地位確立もおぼつかない。ひいてはフーに重用されることもなく、立身出世には到底至らないだろう。
(それは困るわ。もうすぐ、中央政府との戦いが再開されると言うのに)
アランの存在を少なからず「自分の立身出世に対する脅威」と見た巴景は、何とか彼に取り入り、信用を得られないかと、彼の素性に付いて調べることにした。
まずは仲良くなった側近の魔術師、ミラから話を聞くことにした。
「あー……、アランさん、ですかぁ」
聞いた途端に、ミラは表情を曇らせる。
「何か、嫌な思い出でもあったのかしら?」
「えー、まあ、はい。あの人ですねぇ、何て言うかぁ、ヤな人なんですよねぇ」
「やな、人?」
「はぁい。すっごく、そのぉ、態度がですねぇ……」
ミラは辺りをきょろきょろと見回しながら、小声で話す。
「中佐のことも平気で顎で使ってますしぃ、その下にいるアタシたちなんてぇ、空気扱いですよぉ。人間だって、全然思ってないみたいなんですぅ」
「そう……」
ミラの話を聞きながら、巴景はアランの姿を思い出す。
(人間じゃない、か。……私からすれば、あいつの方が人間離れしてるわ。この私がどう神経を張り巡らせても、あいつの気配が全然つかめないんだから。
顔もフードと鉄仮面で隠してるし。……って、仮面で隠してるのは私も同じか)
「トモエさぁん?」
「え? ……あ、ごめんなさいね。ちょっと考え事をしていたものだから」
「あ、はぁい。それでですね、あの人のせいで投獄された人も、何人かいるんですよぉ」
「へぇ?」
「例えばですね、ナイジェル博士とか。あの人、首都からわざわざ出向してきてくれたのにぃ、袋叩きにされてぇ、牢屋に入れられたんですよぉ」
「牢に入れるよう命じたのは、閣下なの?」
「直接はそうなんですけどぉ、指示したのは多分アランさんですよぉ、きっと」
それを聞いて、巴景はそのナイジェル博士と言う人物に興味を持った。
(アランによって投獄された人物、か。……もしかしたら、アランについて何かつかめるかも)
ミラに頼み、巴景はそのナイジェル博士に会ってみることにした。
「あの、内緒にしてくださいねぇ。勝手に面会したって言うことがばれたらぁ、アタシも牢屋行きになっちゃいますからぁ」
「はい、了解しております」
心配そうに頼み込むミラの目、いや、胸を見ながら敬礼した看守に苦笑しつつ、巴景は牢の奥へと進んだ。
「あの人?」
「はぁい。あの人がナイジェル博士ですぅ」
一番奥の独房に、生気を失った顔のエルフが座っていた。
エルフは青年期が長い種族なので、見た目からはその正確な年齢はつかめない。その上童顔のため、前もって24だと知らされていなければ、彼は二十歳前の少年にすら見えた。
「……誰かな?」
「アタシですぅ。ミラ・トラックス少尉ですぅ」
「トラックスさんか。今日は、何の用?」
「えっとですねぇ、あなたに会いたいって言う人がいるんですよぉ。この前側近になった傭兵さんなんですけどねぇ」
「傭兵、……が、側近に? へぇ、珍しいね」
長い間投獄されているらしく、顔も服も垢じみており、平常時ならば聡明さを表していたであろう丸眼鏡も右眼側がひび割れ、悲壮感しか伝わってこない。
それでもまだ、知性は失われていないらしい。彼は賢しげな目を、巴景に向けてきた。
「ふーん……。央南の剣士か。腕は相当立つみたいだね」
「え?」
いきなり素性を言い当てられ、流石の巴景も驚いた。博士と呼ばれたエルフは、素性を言い当てた根拠を話し始める。
「女性にしては体格ががっしりしているし、体全体の脂肪も妙に少ない。非常に運動量の多い生活をしていると言うことだ。
それに左手の指、小指以外にたこがある。何か棒状のものを、しょっちゅう握っているってことだ。でも左利きじゃないな、右手の中指にペンだこがあるもの。小指の力を抜いて、左手にウェイトを置いて握る――これは央南地方の剣術に特有の、刀剣の構え方だ」
「……ご明察ね」
「それは良かった。ああ、自己紹介が遅れたね。
僕はトマス。トマス・ナイジェルと言うんだ」
トマスは汚れた顔を袖で拭い、軽く頭を下げた。
「私はトモエ・ホウドウ。よろしくね、博士。……それで、一つ質問したいことがあるんだけど、いいかしら?」
「何だい?」
「何故あなたは投獄されたの?」
「うー……ん」
尋ねた途端、トマスは暗い顔を向けてきた。
「それは……、言えば君にとって、非常に困ることになると思う。それでも聞きたい?」
「……それなら、いいわ。わざわざ危ない橋を渡るのもバカらしいし」
「そうだろうね。他に聞きたいことは?」
巴景はトマスのつっけんどんな態度に、内心苛立ちを感じていた。
(コイツ……、さっきから人のこと、『女にしては』とか『脂肪が妙に少ない』とか、ズケズケ無神経に言ってくれるわね。
案外、投獄されたのも単純に、フーの機嫌を損ねたからじゃないの?)
「無い? あるなら早く言ってね」
トマスはうざったそうに眉をひそめる。プライドの高い巴景は、相手にそんな態度を取られてまで話を聞こうとする気にはなれなかった。
「別に。……さ、戻りましょ、ミラ」
「あ、はぁい。……それじゃお元気で、トマスさん」
「元気にしていられるわけないじゃないか、ははは……」
笑いながら言っているので彼にとっては軽口や冗談だったのだろうが、背を向けたミラはほんの少し顔をしかめていた。
「あなたが気を使ってくれてるって言うのに、無神経ねアイツ」
「え? いえ、そんな……」
「もう聞こえてないだろうし、素直に言っていいんじゃない?」
巴景にそう言われ、ミラは牢の奥を振り返る。
「……いい人なんですけどぉ、もうちょっと周りの空気を読んでほしいですねぇ」
トマスは本に目を通していた。巴景の言う通り、トマスの方も既に、二人への興味を失ったらしい。



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双月千年世界 目次 / あらすじ

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短編・掌編

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今日の旅岡さん

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もしかして……トモエちゃんって……初登場時より……頭が悪くなってる?(笑)
あのとき見せた人間操縦術の妙技はどこへいって……。
まさか洗脳の副作用?(笑)
あのとき見せた人間操縦術の妙技はどこへいって……。
まさか洗脳の副作用?(笑)
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巴景にはボケと言うか、天然味がほんのりあったりします。
頭は非常にいい方ですが、時折間の抜けたことをしでかすことも。
割と変人の部類です、トモちゃん。