「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第7部
蒼天剣・風立録 5
晴奈の話、第427話。
超人になったフー。
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5.
「……ん、んん」
フーが目を覚ました頃には、すでに夜が明け始めていた。床に寝そべっていたフーは、よろよろと立ち上がる。
「何だったんだ? 今の? ……アランさん?」
辺りを見回すが、アランの姿は無い。
「夢……、か? いや、……何だ? 何か、頭……体……の奥が、チリチリする」
昨日までの憂鬱な気持ちはどこかへ消えうせ、体の奥底から力が湧き出ているような爽快感が、全身に巡り回っている。
「何なんだ? ……力が、みなぎってる」
その日から、彼の人生はガラリと変わった。
彼の中で、「力」が目覚めたのだ。
ともかく朝になっていたし、軍からは――依然、何の命令も下されないままだが――毎朝本部に来るよう指示されている。
本部に向かい、出勤したことを告げた後、いつも通りに訓練場へと向かった。そしていつも通りに、錘(おもり)の付いた模擬剣で素振りをしようと、訓練場の受付に声をかけた。
「あの」
「……」
「すいません」
「……」
「剣、お願いします」
「……はい」
そしていつも通り、半分無視されたような状態で剣を渡される。
いつもと違ったのは、妙に軽い剣を渡されたことだ。
「……すいません。もっと重いもの、お願いします」
「……いつものだよ」
「なわけないじゃないっスか。やめてくださいよ、一々こんなくだらないことすんの」
「……チッ」
係員はうざったそうに舌打ちし、奥から台車で剣を運んできた。
「ならこの25キロのでも使ったらどうだ。重たいぞ」
「に、25、っスか」
普段使っているものより、数段重たいものを示される。恐らくは、よほど筋骨隆々とした戦士でもなければ扱うことのできない、半ばジョークのつもりで置いてあるものだろう。
(嫌な奴……)
だが、ここまでコケにされて退く気にもなれない。
「……じゃ、それで」
「ケケケ……」
内心「ふざけんな」と思いつつも、フーはそれを手に取った。
ところが――。
「……? あの」
「何だ? やっぱり変えるのか? ひひ……」
「アンタ、何がしたいんっスか?」
「あ?」
フーは手にした剣を、片手でひょいと上に掲げた。
「こんな風に持ち上げられる剣が、25のわけないじゃないっスか。どうせからかうなら、本当に25の渡せばいいじゃないっスか。人をバカにすんのも、いい加減にしてほしいんスけどね」
「いや、あの」
先程まで小馬鹿にしていた係員が、目を丸くしている。
「それ、本当に、25キロ、なんだけど」
「……へ?」
係員の勧めにより、フーは体力測定を行った。
その結果、驚くべきことが分かった。なんとフーの筋力は、これまでの5倍以上に跳ね上がっていたのだ。単純に言えば、これまで20キロの砂袋を肩に乗せてフラフラ担ぐのが精一杯だったフーは、100キロの鉄骨を片手で楽々持ち上げられるようになっていた。
さらに他の測定も行い、彼の能力は全体的に、飛躍的に上昇していることが判明した。頭脳も、五感も、そして魔力も――弱い部類に入る「虎」のはずだが――少なからず、むしろ常人より非常に強くなっていた。
一夜にして、彼は超人に変化していたのである。
こんな逸材を、軍が放っておくわけが無い。これまで冷遇されたことが嘘のように、軍は彼に手厚い扱いを施した。
「特別訓練プログラム?」
「ああ。最近、中央との関係が悪化しつつあるからね。戦争になる可能性が高い。それを見越して、優れた兵士を育成するための訓練を計画してるんだ」
フーに強化訓練を勧めたのは、この当時既に祖父の汚名を返上し、新たな軍の頭脳となっていたトマス・ナイジェル博士だった。「バニッシャー強奪事件」の関係者近辺で軍からの誹謗を免れた、数少ない人物である。
フーの師とトマスは祖父との関係で親しくしており、その関係でフーとトマスも顔見知りだった。この勧めは冷遇されていたフーを憐れんでのことである。
「これを受ければ、数ヵ月後には間違いなく王国軍の将校になれる。これまでの冷遇から、完全に開放されるはずだ」
「なるほど……」
「それだけじゃない。もし佐官クラスになれば、相当の社会的地位も得られる。今後の働きによっては、沿岸部の基地を任されるかもしれないよ」
「沿岸基地の責任者、っスか」
極寒の地である北方において、恵まれた土地は非常に少ない。王国の首都フェルタイルや観光都市ミラーフィールド周辺、そして南東部の沿岸以外は、満足に作物も実らない不毛の地なのである。
その沿岸部にある基地を任されると言うことは、裕福な生活が送れると言うことでもある。
「いいっスね」
「でも訓練は非常にハードになることが予想される。下手すれば、あの『黒い悪魔』を相手にしなきゃいけなくなるかも知れないからね」
「確かにそうっスよね。カツミは最近、中央政府から離れてるらしいっスけど、気紛れで参加する可能性もありますからね」
「へぇ……」
トマスはフーの見識に舌を巻き、眼鏡をつい、と直しながら感心した。
「どうしたの、ヒノカミ君? こないだまでこんな話振ってたら、『へー、そうなんスか』しか言わなかったのに」
「成長したんスよ、……ハハ」
その強化訓練を、フーはわずか二ヶ月で修了した。たった二ヶ月で、彼は軍のエースになれたのだ。
もちろん、他の兵士たちが凡庸だったと言うわけではない。王国軍全体から集められた優秀な兵士たちを凌駕するほど、フーの力がずば抜けていたのである。
フーの階級は、一気に大尉へと上がった。かつて彼の師が20代半ばで就いていた階級に、たった18歳のフーが並んだのだ。
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超人になったフー。
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「……ん、んん」
フーが目を覚ました頃には、すでに夜が明け始めていた。床に寝そべっていたフーは、よろよろと立ち上がる。
「何だったんだ? 今の? ……アランさん?」
辺りを見回すが、アランの姿は無い。
「夢……、か? いや、……何だ? 何か、頭……体……の奥が、チリチリする」
昨日までの憂鬱な気持ちはどこかへ消えうせ、体の奥底から力が湧き出ているような爽快感が、全身に巡り回っている。
「何なんだ? ……力が、みなぎってる」
その日から、彼の人生はガラリと変わった。
彼の中で、「力」が目覚めたのだ。
ともかく朝になっていたし、軍からは――依然、何の命令も下されないままだが――毎朝本部に来るよう指示されている。
本部に向かい、出勤したことを告げた後、いつも通りに訓練場へと向かった。そしていつも通りに、錘(おもり)の付いた模擬剣で素振りをしようと、訓練場の受付に声をかけた。
「あの」
「……」
「すいません」
「……」
「剣、お願いします」
「……はい」
そしていつも通り、半分無視されたような状態で剣を渡される。
いつもと違ったのは、妙に軽い剣を渡されたことだ。
「……すいません。もっと重いもの、お願いします」
「……いつものだよ」
「なわけないじゃないっスか。やめてくださいよ、一々こんなくだらないことすんの」
「……チッ」
係員はうざったそうに舌打ちし、奥から台車で剣を運んできた。
「ならこの25キロのでも使ったらどうだ。重たいぞ」
「に、25、っスか」
普段使っているものより、数段重たいものを示される。恐らくは、よほど筋骨隆々とした戦士でもなければ扱うことのできない、半ばジョークのつもりで置いてあるものだろう。
(嫌な奴……)
だが、ここまでコケにされて退く気にもなれない。
「……じゃ、それで」
「ケケケ……」
内心「ふざけんな」と思いつつも、フーはそれを手に取った。
ところが――。
「……? あの」
「何だ? やっぱり変えるのか? ひひ……」
「アンタ、何がしたいんっスか?」
「あ?」
フーは手にした剣を、片手でひょいと上に掲げた。
「こんな風に持ち上げられる剣が、25のわけないじゃないっスか。どうせからかうなら、本当に25の渡せばいいじゃないっスか。人をバカにすんのも、いい加減にしてほしいんスけどね」
「いや、あの」
先程まで小馬鹿にしていた係員が、目を丸くしている。
「それ、本当に、25キロ、なんだけど」
「……へ?」
係員の勧めにより、フーは体力測定を行った。
その結果、驚くべきことが分かった。なんとフーの筋力は、これまでの5倍以上に跳ね上がっていたのだ。単純に言えば、これまで20キロの砂袋を肩に乗せてフラフラ担ぐのが精一杯だったフーは、100キロの鉄骨を片手で楽々持ち上げられるようになっていた。
さらに他の測定も行い、彼の能力は全体的に、飛躍的に上昇していることが判明した。頭脳も、五感も、そして魔力も――弱い部類に入る「虎」のはずだが――少なからず、むしろ常人より非常に強くなっていた。
一夜にして、彼は超人に変化していたのである。
こんな逸材を、軍が放っておくわけが無い。これまで冷遇されたことが嘘のように、軍は彼に手厚い扱いを施した。
「特別訓練プログラム?」
「ああ。最近、中央との関係が悪化しつつあるからね。戦争になる可能性が高い。それを見越して、優れた兵士を育成するための訓練を計画してるんだ」
フーに強化訓練を勧めたのは、この当時既に祖父の汚名を返上し、新たな軍の頭脳となっていたトマス・ナイジェル博士だった。「バニッシャー強奪事件」の関係者近辺で軍からの誹謗を免れた、数少ない人物である。
フーの師とトマスは祖父との関係で親しくしており、その関係でフーとトマスも顔見知りだった。この勧めは冷遇されていたフーを憐れんでのことである。
「これを受ければ、数ヵ月後には間違いなく王国軍の将校になれる。これまでの冷遇から、完全に開放されるはずだ」
「なるほど……」
「それだけじゃない。もし佐官クラスになれば、相当の社会的地位も得られる。今後の働きによっては、沿岸部の基地を任されるかもしれないよ」
「沿岸基地の責任者、っスか」
極寒の地である北方において、恵まれた土地は非常に少ない。王国の首都フェルタイルや観光都市ミラーフィールド周辺、そして南東部の沿岸以外は、満足に作物も実らない不毛の地なのである。
その沿岸部にある基地を任されると言うことは、裕福な生活が送れると言うことでもある。
「いいっスね」
「でも訓練は非常にハードになることが予想される。下手すれば、あの『黒い悪魔』を相手にしなきゃいけなくなるかも知れないからね」
「確かにそうっスよね。カツミは最近、中央政府から離れてるらしいっスけど、気紛れで参加する可能性もありますからね」
「へぇ……」
トマスはフーの見識に舌を巻き、眼鏡をつい、と直しながら感心した。
「どうしたの、ヒノカミ君? こないだまでこんな話振ってたら、『へー、そうなんスか』しか言わなかったのに」
「成長したんスよ、……ハハ」
その強化訓練を、フーはわずか二ヶ月で修了した。たった二ヶ月で、彼は軍のエースになれたのだ。
もちろん、他の兵士たちが凡庸だったと言うわけではない。王国軍全体から集められた優秀な兵士たちを凌駕するほど、フーの力がずば抜けていたのである。
フーの階級は、一気に大尉へと上がった。かつて彼の師が20代半ばで就いていた階級に、たった18歳のフーが並んだのだ。
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