「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第8部
蒼天剣・風砦録 4
晴奈の話、第450話。
トマス博士との出会い。
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4.
倒した兵士から鍵を奪い、晴奈たちは牢獄のある区画へと侵入した。
「さて、ナイジェル博士はどこに……?」
きょろきょろと辺りを見回すが、牢屋の中に人影は無い。どうやらあまり使われていないらしい。
「博士さーん」
晴奈と小鈴は手分けして牢屋を回る。
「博士、いらっしゃいますか?」
二人で声をかけ、博士を探す。
と、奥の方からボソボソと何かが聞こえた気がした。
「む……」
晴奈は声のした方に向かう。すると若い男の声で、こう言っているのが聞こえた。
「……いやいや、まだ女性かどうか……」
「何……?」
曲がり角を一つ隔てたところに立っているため、晴奈の姿が見えるわけも無い。それなのに、その男は晴奈が女性であることを見抜いた。
(この推理力。間違いない、ナイジェル博士だ)
「……よく、私が女性だとお分かりになりましたね」
「え……、本当に女性?」
姿を隠したまま、晴奈は男に問いかける。
「あなたが、ナイジェル博士ですか?」
「そう、だけど……。君は?」
晴奈はそこで角を曲がり、ナイジェル博士に姿を見せた。
「私は、セイナ・コウ。央南、の、……」
曲がったところで、晴奈は愕然とした。
(……少年? まさか……)
そこにいたのは、青年と言うにはあまりにも若く見える、眼鏡をかけたエルフの男だった。
「……どうしたのかな?」
「あ、いや。コホン、……セイナ・コウ。央南の剣士だ。お主は、えーと……」
「うん。トマス・ナイジェルだよ。童顔で実際の歳よりも若く見られるけどね」
トマスは晴奈が驚いた理由を見抜いていたらしく、憮然とした顔で眼鏡を直した。
「それでセイナさんだっけ、僕に何か用が?」
「ああ、道案内を頼みたいと思ってな」
「道案内?」
トマスはまた眼鏡を直し、疑問に満ちた目を向ける。
「えーと、セイナさんはこの砦の新しい傭兵とかじゃないのかな?」
「ああ。日上から『バニッシャー』を奪い返すため、この砦に来たのだ」
「『バニッシャー』を、奪い返す? ……詳しく聞かせてくれないか?」
顔は非常に幼いが、中身は一般的な青年らしい。
晴奈はほっとしつつ、小鈴を呼んで三人で話をすることにした。
「そうか……。おじいさま、央南で……」
トマスは晴奈からエルスとエド博士が「バニッシャー」を持って央南に亡命し、その地で博士が亡くなったこと、フーがエルスの留守中に「バニッシャー」を奪い逃走したこと、そして央中クラフトランドでフーと戦った話などを聞き、深いため息をついた。
「……今になってようやく、僕は祖父とリロイが正しかったんだと痛感したよ。
フーは確かに、『バニッシャー』をどこからか取り返していた。そしてそれを、僕に見せたんだ。それから、『このことは戦争が終わるまで秘密にする。お前のことは前々から気に入らなかったし、こうして見せびらかしてから監禁することにする』って言われて、ここに放り込まれたわけさ」
「そりゃまた、アコギな話ねぇ」
小鈴はうんうんとうなずき、トマスに同情していた。
「フーが暴走した原因は、間違いなく『バニッシャー』だ。あれが無かったらきっと、もう少しは僕の話に耳を傾けてくれただろうし、ましてや僕が閉じ込められることも無かっただろうね。
お祖父さまたちはきっと、あの剣が軍にあればこんな騒動がいずれ起こるだろうと、分かっていたんだろうな」
トマスは顔を上げ、晴奈に頼み込んだ。
「フーのところに案内する代わりに、お願いがあるんだ。僕を王国の首都、フェルタイルまで送っていってほしいんだ」
「首都に?」
「首都の軍本部に、この一件を報告する。フーの暴走を、これ以上看過できはしない」
「なるほど。……相分かった、トマス。お主を必ずフェルタイルまで送ってやろう」
「ありがとう、セイナさん、コスズさん」
晴奈は鍵を開けながら、トマスの顔をもう一度見た。
(やはり少年にしか見えぬ。……一体、何歳なのだ?)
「どうしたの、セイナさん?」
「あ、いや。……ああ、トマス。私に『さん』付けは無用だ。どうも尻尾がかゆくなる」
「あ、はい」
後で聞いたところによると、トマスは今年で24なのだと言う。晴奈も小鈴も「そうは見えない」と思ったが、口に出さないでおいた。
牢から開放されたトマスは、約束通り砦の最上階まで案内してくれた。
「おかしいな……?」
途中、トマスが首をかしげる。
「どうした?」
「兵士の数が少なすぎる。以前に訪れた際は、もっと多かったはずなんだけど」
「ふーん……?」
「あともう一つ、気になる点がある。
コスズさん、さっきからちょくちょく術を――『インビジブル』って言ってたっけ――解除したり掛け直したりしてるみたいだけど、なんでそんなことしてるの? 無駄でしょ?」
「分かってるわよ、んなコト」
トマスの指摘に、小鈴がイライラした様子で応じる。
「こっちだって解除したくてしてるワケじゃないの。勝手に解けちゃうのよ」
「へぇ?」
「砦に何か、術を強制解除するよーな機構でも付いてんのかしら……?」
「うーん、もしかしたら」
と、トマスが手を挙げてこう返す。
「その術って、発動中はしゃべっちゃダメなんじゃないかな。さっきから見てたら、二人のどっちかが口を開く度に解除されてるみたいだし」
「え?」
そう言われ、小鈴はあごに指を当てて思い返す。
「……そうかも」
「そう言えばモール殿がこの術を使った際、『黙っててね』と念押しされていた覚えが」
「あ、じゃあそれだよ。間違いないって。君たちのせいだったんだ」
トマスは自信たっぷりの顔で、二人にそう断言した。
「あ、……うん。まあ、そりゃ、そーなんでしょーけど、……さぁ」
「なに?」
「……別にぃ」
正論と言えば正論なのだが、トマスの言い方にはどうも、引っかかるものがある。
晴奈は憮然としつつも、こう尋ねてみた。
「その、老ナイジェル博士は魔術学の権威でもあったそうだが、トマスも魔術に詳しいのか?」
「ううん、全然」
あっけらかんと返され、晴奈と小鈴の中に何か、カチンと来るものがあった。
(……何と言うか)
(今かなり、ムカッと来たんだけど)
二人ともそうは思ったものの、これも口には出さないでおいた。
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トマス博士との出会い。
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倒した兵士から鍵を奪い、晴奈たちは牢獄のある区画へと侵入した。
「さて、ナイジェル博士はどこに……?」
きょろきょろと辺りを見回すが、牢屋の中に人影は無い。どうやらあまり使われていないらしい。
「博士さーん」
晴奈と小鈴は手分けして牢屋を回る。
「博士、いらっしゃいますか?」
二人で声をかけ、博士を探す。
と、奥の方からボソボソと何かが聞こえた気がした。
「む……」
晴奈は声のした方に向かう。すると若い男の声で、こう言っているのが聞こえた。
「……いやいや、まだ女性かどうか……」
「何……?」
曲がり角を一つ隔てたところに立っているため、晴奈の姿が見えるわけも無い。それなのに、その男は晴奈が女性であることを見抜いた。
(この推理力。間違いない、ナイジェル博士だ)
「……よく、私が女性だとお分かりになりましたね」
「え……、本当に女性?」
姿を隠したまま、晴奈は男に問いかける。
「あなたが、ナイジェル博士ですか?」
「そう、だけど……。君は?」
晴奈はそこで角を曲がり、ナイジェル博士に姿を見せた。
「私は、セイナ・コウ。央南、の、……」
曲がったところで、晴奈は愕然とした。
(……少年? まさか……)
そこにいたのは、青年と言うにはあまりにも若く見える、眼鏡をかけたエルフの男だった。
「……どうしたのかな?」
「あ、いや。コホン、……セイナ・コウ。央南の剣士だ。お主は、えーと……」
「うん。トマス・ナイジェルだよ。童顔で実際の歳よりも若く見られるけどね」
トマスは晴奈が驚いた理由を見抜いていたらしく、憮然とした顔で眼鏡を直した。
「それでセイナさんだっけ、僕に何か用が?」
「ああ、道案内を頼みたいと思ってな」
「道案内?」
トマスはまた眼鏡を直し、疑問に満ちた目を向ける。
「えーと、セイナさんはこの砦の新しい傭兵とかじゃないのかな?」
「ああ。日上から『バニッシャー』を奪い返すため、この砦に来たのだ」
「『バニッシャー』を、奪い返す? ……詳しく聞かせてくれないか?」
顔は非常に幼いが、中身は一般的な青年らしい。
晴奈はほっとしつつ、小鈴を呼んで三人で話をすることにした。
「そうか……。おじいさま、央南で……」
トマスは晴奈からエルスとエド博士が「バニッシャー」を持って央南に亡命し、その地で博士が亡くなったこと、フーがエルスの留守中に「バニッシャー」を奪い逃走したこと、そして央中クラフトランドでフーと戦った話などを聞き、深いため息をついた。
「……今になってようやく、僕は祖父とリロイが正しかったんだと痛感したよ。
フーは確かに、『バニッシャー』をどこからか取り返していた。そしてそれを、僕に見せたんだ。それから、『このことは戦争が終わるまで秘密にする。お前のことは前々から気に入らなかったし、こうして見せびらかしてから監禁することにする』って言われて、ここに放り込まれたわけさ」
「そりゃまた、アコギな話ねぇ」
小鈴はうんうんとうなずき、トマスに同情していた。
「フーが暴走した原因は、間違いなく『バニッシャー』だ。あれが無かったらきっと、もう少しは僕の話に耳を傾けてくれただろうし、ましてや僕が閉じ込められることも無かっただろうね。
お祖父さまたちはきっと、あの剣が軍にあればこんな騒動がいずれ起こるだろうと、分かっていたんだろうな」
トマスは顔を上げ、晴奈に頼み込んだ。
「フーのところに案内する代わりに、お願いがあるんだ。僕を王国の首都、フェルタイルまで送っていってほしいんだ」
「首都に?」
「首都の軍本部に、この一件を報告する。フーの暴走を、これ以上看過できはしない」
「なるほど。……相分かった、トマス。お主を必ずフェルタイルまで送ってやろう」
「ありがとう、セイナさん、コスズさん」
晴奈は鍵を開けながら、トマスの顔をもう一度見た。
(やはり少年にしか見えぬ。……一体、何歳なのだ?)
「どうしたの、セイナさん?」
「あ、いや。……ああ、トマス。私に『さん』付けは無用だ。どうも尻尾がかゆくなる」
「あ、はい」
後で聞いたところによると、トマスは今年で24なのだと言う。晴奈も小鈴も「そうは見えない」と思ったが、口に出さないでおいた。
牢から開放されたトマスは、約束通り砦の最上階まで案内してくれた。
「おかしいな……?」
途中、トマスが首をかしげる。
「どうした?」
「兵士の数が少なすぎる。以前に訪れた際は、もっと多かったはずなんだけど」
「ふーん……?」
「あともう一つ、気になる点がある。
コスズさん、さっきからちょくちょく術を――『インビジブル』って言ってたっけ――解除したり掛け直したりしてるみたいだけど、なんでそんなことしてるの? 無駄でしょ?」
「分かってるわよ、んなコト」
トマスの指摘に、小鈴がイライラした様子で応じる。
「こっちだって解除したくてしてるワケじゃないの。勝手に解けちゃうのよ」
「へぇ?」
「砦に何か、術を強制解除するよーな機構でも付いてんのかしら……?」
「うーん、もしかしたら」
と、トマスが手を挙げてこう返す。
「その術って、発動中はしゃべっちゃダメなんじゃないかな。さっきから見てたら、二人のどっちかが口を開く度に解除されてるみたいだし」
「え?」
そう言われ、小鈴はあごに指を当てて思い返す。
「……そうかも」
「そう言えばモール殿がこの術を使った際、『黙っててね』と念押しされていた覚えが」
「あ、じゃあそれだよ。間違いないって。君たちのせいだったんだ」
トマスは自信たっぷりの顔で、二人にそう断言した。
「あ、……うん。まあ、そりゃ、そーなんでしょーけど、……さぁ」
「なに?」
「……別にぃ」
正論と言えば正論なのだが、トマスの言い方にはどうも、引っかかるものがある。
晴奈は憮然としつつも、こう尋ねてみた。
「その、老ナイジェル博士は魔術学の権威でもあったそうだが、トマスも魔術に詳しいのか?」
「ううん、全然」
あっけらかんと返され、晴奈と小鈴の中に何か、カチンと来るものがあった。
(……何と言うか)
(今かなり、ムカッと来たんだけど)
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