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    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第8部

    蒼天剣・黒隠録 1

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    晴奈の話、第461話。
    黒い隠者の助言。

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    1.
     北方史も、中央史と同じくらいに歴史が深い。双月暦の始まりとほぼ同時期から、明確な政治組織が誕生しており、経済も発展していた。
     その歴史を創ったのは、現在のジーン王国の先祖、レン・ジーンと言うエルフだそうだ。だが彼の代からずっとジーン王国が続いてきたわけではなく、実は一度滅んでいる。
     それが北方史の大きな特徴なのだ――いつの世にも北方の内外で、戦争が起こっている。だから当然、軍事行動における経験や技術、戦略性の質の高さは、他の地域に比べて非常に優れている。
     それを象徴するのが、長年首都フェルタイルの一角に陣取り続けている、広大な軍司令本部である。



     その、軍本部にて。
    「なんと……」
     1年ぶりに姿を現した軍の頭脳、トマス博士によって、日上軍閥が起こした数々の軍務規定違反――トマスを不当に監禁し、軍本部にまともな連絡や報告もせずに、北海へ出向いた件――の告発を受け、幹部たちは揃って頭を抱えた。
     一様に渋い顔を並べる幹部たちに向け、トマスはこう続ける。
    「これは明らかに、ヒノカミ中佐の暴走です。このまま看過していれば、間違いなく軍本部に対しても牙を剥くでしょう」
    「確かに」
    「至急、軍閥解体の処置を取りましょう」
     一人がそう言った途端に、他の者も揃って大きくうなずいた。
    「これまでの功績は確かに評価できるものではあるが、こうなってしまってはな……」
    「ああ。それに元々、ヒノカミ君はそれほど優秀とも思えなかった」
    「うむ。元々から反抗的態度の目立つ男であったし……」
     フーの悪事が露呈した途端に、彼らはあっさりと掌を返したらしい。幹部たちから、フーに対する非難が次々に漏れ始めた。
     それを聞いたトマスは、内心ひどく不愉快になっていた。
    (何と言う責任転嫁だろうか。人員管理だとか監督責任とか、そう言う自分たちの不明や放任、ミスは全部棚上げして、フー一人になすりつけるつもりなんだな。
     第一、僕はもう1年以上も監禁されていたんだ。軍の重要人物であるはずの僕をろくに捜索もせず、のんきに放って構えていたって言うのか? ……恐らくそうだろうな。彼らの慌てよう、どう見ても想定外だったと言いたげな態度だ。軍の対応としては、あんまりじゃないか。
     下の人間に仕事を丸投げしておいて、それを管理も統制もできてないなんて、幹部としては最低だ。彼らにはまるで、軍人としての誇りや責任感が見られない。
     今さらフーを悪者にしておいて、そのくせ今までフーに頼りっきりだった、無責任の塊のような幹部陣――もしフーがいなかったら、この戦争はどうなっていただろうか?)
     トマスは軍本部に深く失望しながら、報告を終えた。



     軍への報告から2時間後、トマスの家。
    「そうか……」
     トマスの厚意に甘え、晴奈たちは彼の家に泊まっていた。
     居間でトマスから軍の対応を聞いた晴奈も、ため息をつく。
    「何と言うお粗末な応対だ」
    「僕もそう思うよ。何もかも後手後手に回っているし、起こった問題には軒並み責任逃れをしようとしている。フーが抜けてしまったら、その後の戦争継続は絶望的だろうね」
    「だが、不問に処すわけにも行くまい。自分の組織に仇なしたわけだからな」
     晴奈の意見に、トマスは頭をポリポリとかきながら反論する。
    「まあ、そうだけど……。でも今、彼の軍閥以外に、この戦争に勝てそうなセクションは無いんだよ。それを考えると、結局お咎めなしになるかも知れない」
    「はぁ!?」
     晴奈は座っていた椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、声を荒げる。
    「何を馬鹿な!? 盗みを働き、無実の人間を投獄し、軍を私物化して自分勝手に振舞った奴が、何の制裁も受けぬと言うのか!?」
    「仕方ないじゃないか。今この戦争に負ければ、この国は滅びてしまう。そうなれば元も子も……」
    「ならば私やお主が受けた屈辱は、そして奴に振り回され被害を受けた者たちはどうなってもいいと、そう言うのか!?」
     晴奈はトマスの言い分が納得できず、食い下がる。
    「そりゃ、許されないことではあるけど。でも、そしたらさ――フーがいなくなった後、誰が戦争を勝利に導ける? 誰がこの国を平和にできるんだい?」
    「……むう」
     トマスに言い返すことができず、晴奈は黙り込む。

     と――離れて本を読んでいたネロがすっと立ち上がり、晴奈を援護した。
    「それは違うんじゃないかな」
    「え?」
     思ってもいない方向から話に加わられたためか、トマスはぎょっとしている。
     ネロはにこっと笑いながらトマスに近付きつつ、持論を述べ始める。
    「君の意見は『ヒノカミ中佐がいなければ戦争には勝ち得ない』と言う前提に基づくものだ。でも彼は、タイカに勝ったのかい? コスズさんからは、負けたと聞いたけど」
    「いや、確かにそれは……」
    「もちろん一般的には、前回負けたから捲土重来して勝つ、と言うケースも無いことは無い。でもそれは確実ではないし、ましてや相手は『黒い悪魔』。勝てる可能性は非常に低いものだ。
     そう考えると君の意見、即ちヒノカミ中佐を放免し戦線復帰させると言う戦略は、君が主張するような効果はほとんど期待できない。となれば戦争の終結に、確実に結びつくものだとは言えないだろう?」
    「う……、ん」
     ネロに論破され、トマスはうろたえた様子を見せる。
     畳み掛けるように、ネロの言葉は続く。
    「現時点で確実に起こっていることは、ヒノカミ中佐が悪事を働いたことと、それによって少なからず被害が出たことだ。
     君やセイナのような優秀な人間が何人も、1年、2年もの長い時間を無駄にしている。それは大きな被害と考えるべきじゃないかな」
    「まあ、確かに……」
    「そもそも、タイカは攻撃されたら攻撃し返すタイプだけど、冷静な話し合いや交渉、取引を持ちかけられれば、それに応じるタイプでもある。
     戦争って言う暴力に訴えるより、何らかの取引を以って穏便に話し合い、戦争を終結させた方が、確実かつ速やかに、この国のためになるんじゃないかな」
     ここでトマスが、「反論の糸口をつかんだ」とばかりに目を光らせた。
    「取引だって? カツミは金や利権じゃ動かないし、何を取引にしろって言うんだ? それこそ机上の空論、絵空事だろう?」
    「単なる俗人なら金や利権だろうけれど、彼には彼の望むものがある」
     ネロはソファに座り直し、また本に視線を落としながら答えた。
    「中佐の身柄と、彼が盗んだ『バニッシャー』をタイカに引き渡すんだよ。
     王国側にとっては、それなら中佐への処罰にもなるし、何だかんだ言っても戦争の発端になった神器が彼の手元にあるなら、これ以上何の騒ぎも起きない。
     タイカもその2つなら納得するだろう。『バニッシャー』が手元に戻るなら言うことは無いだろうし、自分に散々牙を向き、失礼千万を働いた中佐の生殺与奪を握れるのなら、十分満足するさ」
    「な……、る、ほど。うん、そう、まあ、一考の余地は、ある、んじゃない、……かな」
     トマスが言いくるめられるのを見て、晴奈は目を丸くした。
    (こいつ……、できるな。
     無神経でひ弱だが、トマスは王国軍の参謀格だ。それを弁舌でひょいひょいとあしらってしまうとは、相当な頭脳の持ち主だな)
     晴奈は改めて、ネロの聡明さに注目した。

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    2016.10.23 修正
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