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    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第8部

    蒼天剣・騒北録 4

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    晴奈の話、第469話。
    大局を見直す。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     520年、7月末。
     トマスは軍本部からの召集を受け、会議に出席した。
     会議の場には軍幹部だけではなく、王室政府の大臣たち、大学の教授や「知星」勲章を授かった博士など、ジーン王国を代表する権威たちも参じている。
    「とうとう、恐れていた事態が起きた。ヒノカミ中佐が中央政府を陥落させ、その政治基盤を乗っ取ったそうだ。
     これは有史以来稀に見る、全世界的クーデターだ」
    「そうですか……」
    「これを受けて、世界的に大混乱が起こっている」
    「端的な影響としては、為替市場ではクラムの大暴落、交通に関しては央北への航路が全面的に封鎖。他にも被害は、いくつもある」
     そこで一旦沈黙が流れ、やがて上座の一人が重々しく口を開いた。
    「……そして最も、我々にとって悪影響、被害となっているのが、世界各国からの、ヒノカミ中佐への管理不行き届きによる非難だ」
    「ああ……」
     周りから一斉に、重苦しいため息が漏れる。
    「軍事的、政治的、経済的に、我々もまた閉鎖状態にある。
     既に央中・央南との貿易は凍結状態にあり、国民への影響もじきに出るだろう」
    「寒さの厳しい北方は、食糧の3分の1を輸入に頼っている。このまま凍結状態が続けば間違いなく、国民は飢えることになる」
    「よしんば、そうした最悪の事態を回避できたとしても、国内の物価は高騰する反面、貿易の凍結と為替の混乱のために、我が国の対外的な貨幣価値は大幅に下落する」
     そこでトマスが、結論を先に述べた。
    「つまりこのまま手をこまねいていては、我が国は経済的に崩壊する、と」
    「……そうだ」
    「そこでこの事態を回避すべく、国内の有識者を集めて会議を開いたわけだ」
    「何か打開策、改善策はないだろうか」
     上座の議長が全員に尋ねるが、皆うなるばかりで発言しない。
     たまに発言しても、「ヒノカミ中佐と和平交渉し、交流を作ろう」、「こうなったら我々も央北に乗り込み、ヒノカミを倒そう」と言ったようなものばかりである。
     会議は「国の安定を図る」ことよりも、「フーとの関係をどうするか」に目が向いていた。

     そんな空気の中――トマスはふと、ネロと対局していた時のことを思い出した。
    「それにしても、分からない」
    「ん? 何が?」
     ネロの陣地だらけになった盤上から顔を上げ、トマスは尋ねた。
    「途中まで間違いなく、僕の優勢だったはずなんだ。一体、どこからおかしくなったのか……」
    「……うーん、まあ、私見だけど」
     ネロは盤上の石を片付けながら、やんわりと説明する。
    「トマス、君の戦略傾向はどうも、大局に向きすぎる感じがある。実際の攻防より、作戦で戦局を制しようと目論んでるように見える」
    「うーん……、かも知れない」
    「でもその反面、一度局地戦で負けると、その負けをどうにか挽回するべく、終盤までズルズルと引きずり続ける傾向がある。一旦僕からの攻撃を受けた途端、急に後手後手な対応をするようになっていた。
     理想先行型だけど、実行力には欠ける、……って感じかな。確かに序盤、盤面全体に手を広げて先制しようとする考えは良かった。多分そのまま展開を進めていれば、勝っていたと思うよ」
    「本当かなぁ……?」
     お世辞かと疑うトマスに、ネロはにっこりと笑ってうなずいた。
    「本当だとも。ただ、僕の奇襲と言うか、特攻と言うか……、それに惑わされて、折角進めていたいい手を乱してしまった。それが敗因だろうね。
     あの時、最初の予定通りに進めていれば――言い換えれば、僕の小技なんか無視していれば、そのまま押し切れたはずさ。
     君は小さいことを、少し気にし過ぎる」

    (小を無視、……か。
     ここでの『小』はフー。じゃあ『大』は、……言うまでも無いな)
     トマスは決心し、手を挙げた。
    「思ったのですが。我々はヒノカミ中佐に振り回され過ぎているような、そんな気がします」
    「ふむ……」
    「ヒノカミ中佐と彼の軍閥は、非常に強い推進力を持つ、明確な指針を持った組織であり、常に先手を打ってきています。
     それに対し、我々はこうして『どう対処すべきか』『どう対応すべきか』と後手後手で話をしている状態です。
     このままの状態を続けていてはいずれ、ヒノカミ中佐に食い潰されるのは、目に見えています」
     軍の中には、まだフーを格下と見ている者もいる。トマスの意見に、軍幹部の何人かは「何を馬鹿な」と言いたげな視線を向けてきた。
     それでもトマスは、発言を止めない。
    「ここは一旦、ヒノカミを放っておいてはどうでしょうか?」
    「は?」
    「何を言ってるんだ、君は。これは世界的な問題なのだぞ」
    「だからこそです。央北を手に入れたヒノカミには最早、我々に目を向ける暇などないでしょう。言い換えれば、地方の我々がどこで何をしようと、彼は手を出す間も無いはずです。
     まずは、後退しつつある経済・政治基盤の復旧が先決と思われます。そのためには、これまで我々との貿易を続けてきた央中・央南との関係を修復することが最も効果的ではないかと」
    「なるほど、そう言われれば一理ある、と言える」
     大臣の一人が小さくうなずき、続いて尋ねてきた。
    「では、……えーと、何だったかな、君」
    「ナイジェルです。トマス・ナイジェル」
    「ああ、あのじじ……、『知多星』博士のお孫さんか。
     ではナイジェル君、君はどうやって央中・央南との関係を元に戻すつもりかな?」
    「僕の親しい友人に、央中のヘレン・ゴールドマン金火狐財団総帥と、央南の黄紫明央南連合主席の両氏と懇意にしている女性がいます。
     央中・央南の権力者に、彼女を介して話ができれば、関係修復もそう難しいものではないかと」

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    2016.10.23 修正
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    一般にクーデターが発生すると、
    重篤な社会不安の発生により、国際社会から孤立してしまいます。
    出張ってくるような国がいるかどうか……。

    NoTitle 

    確かにクーデターは大変ですよね。
    結構、貿易やそれらの状況が一変してしまいますからね。
    それはそれで他国が出張ってこれるチャンスでもあるのですが。
    結果は今も昔もそこまで変わらないですけどね
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