「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第8部
蒼天剣・蒼天録 5
晴奈の話、第480話。
霊剣の想起;星剣舞のエッセンス。
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5.
白虎は首筋に刀を当てられたまま、クスクス笑っている。
「クスクスクスクス。なるほど、なかなかの腕前でございますね」
「もっとも、篠原本人が相手であったならば、どうだったかは分からぬがな。
……試験はこれで終わりか?」
「いえいえ、まだまだ続きます」
白虎はひょいと身を引き、刀を構え直した。今度の構えは八相に近いが、体の向きが逆であり、しかも左手一本で、逆手に刀を持っている。
「次は『霊剣』でございます。晴奈様の『星剣舞』の、ひとつの完成形と言えるのではないでしょうか」
「む……」
どうやら、次に使うのは藤川英心――紅蓮塞で篠原、楢崎と共に「三傑」と称された剣士の技らしい。
「今度はこちらから、攻めさせていただきましょうか」
白虎はゆらりと、間合いを詰めてくる。警戒した晴奈は後ろに下がり、逆に間合いを広げていく。
ところが右手の甲に突然、チクリと痛みが走る。
「……えっ」
右手を見ると、人差し指と中指の股から手首にかけて、赤い筋が付けられていた。言うまでも無く、白虎が斬り付けたのだ。
「クスクスクスクス」
(一体、いつ斬り付けた……!?)
晴奈は右手と白虎を交互に見るが、どう思い返しても、白虎がいつ攻撃したのか分からない。
「ご覧いただけましたか」
「……いや」
「それでは、もう一度」
白虎はまた、じりじりと間合いを詰めてくる。
(『星剣舞』の、一つの完成形……? 私が無意識のうちに編み出した、不可視の剣舞。その完成形が、これだと言うのか?
確かに……、見えない。まったく、太刀筋が読めな、……う、っ?)
気付けばまた、頬に鋭い痛みが走る。
先程の手の甲と同様、深く斬られてはいないが、それでも顔面――文字通り、目と鼻の先――に攻撃を食らって、それを感知できないと言うことに、晴奈は愕然としていた。
「もう一度」
「……っ」
晴奈は見えない攻撃に備え、構えを防御重視の下段に変えかける。
(……いや)
だが思い直し、正眼に直した。
「『霊剣』?」
「うん、『霊剣』。知ってる、姉(あね)さん?」
藤川の娘、霙子が雪乃の弟子になって間もない頃、晴奈は二人きりで話をしたことがあった。(ちなみに晴奈にとっては妹弟子であるし、霙子も良太と同様『姉さん』と呼んでいる)
「うわさは聞いたことがあるが……、詳しくは知らぬな」
「稽古の時も、誰にも、いつ打ち込んでくるのか分からなかったんだって。気付いたらみんな、一本取られてたらしいわ」
「なるほど。幽霊の如き剣、『霊剣』と言うわけだな。一度、手合わせしてみたかったものだ」
晴奈の反応に、霙子は満面の笑顔になる。
「えへへっ……、すごいよね、お父ちゃんは。姉さんみたいなすごい剣士に、そう言わせるんだもの」
「いやいや、私などまだまだ。先の戦いでも、一歩間違えば討たれていたかも分からぬし」
霙子は口を尖らせ、晴奈の頬をぷにょ、とつつく。
「もー、謙遜しないでよぉ。……でもさ、エルスさんはあんまり驚かなかったんだよね」
「ほう?」
「れーせーに分析してさ、『人間の認識力を逆手に取った戦法』とか、『集中力が途切れる一瞬を見抜いて動けば、誰にも知覚されること無く叩ける』とか、そんなことばっかり言うのよ」
「はは、エルスらしいと言えばらしい」
共通の友人であるエルスの話になり、霙子も晴奈も饒舌になる。
「きっとエルスさんって、何だかんだやっても独身よ、きっと」
「そうか? 好色な男だが……」
「それでも、女の子の気持ちをつかむのは全然、よ。あたしとしては、素直に驚いてほしかったんだし」
「ああ、なるほど。そう考えると、そんな気もしてくるな」
「そうよ。向こうが『好きです』って押してきても、こっちも好きになるとは限らないじゃない。エルスさんはそーゆーとこで、押し間違えて失敗すると思うな」
「はは、手厳しい」
(退けば防御できるとは、限らぬ。どっちみち、こちらの虚を突いて攻撃してくるのだから、退いたところでそこを突かれることも、十分にありうる。
ならば……、無形には、無形。無相には、無相。無拍子には、無拍子)
晴奈は正眼に構えることもせず、だらりと両手を下げた。さらに体の力も抜き、風に揺れる柳のように脱力する。
「……ふむ」
白虎は構えたまま、動きを止める。
晴奈は脱力したまま、相手の様子を探っていた。
(相手は動かない、……いや、動けないのか? 『人間の認識力を』云々と言っていたと聞いたが、見方を変えればこちらの反応、動きを見て、相手は攻撃に移ると言うことか。
無拍子……無相……無形……何か、閃きそうな――ああ……、星が見えてきた)
晴奈の目に、既に白虎は映っていない。
冥府の川原で眺めていた、あの墜ちゆく星が見えてきた。
「……っ?」
気付くと、白虎が右肩を押さえてうずくまっている。
「お見事、でございます」
白と灰で彩られたローブと手袋に、赤い点が付いていた。
「次が、最後の試験でございます。ご想像はお付きとは思いますが」
「……楢崎瞬二の『剛剣』だな」
「その通りでございます」
白虎は大仰に立ち上がり、上段に構えた。
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白虎は首筋に刀を当てられたまま、クスクス笑っている。
「クスクスクスクス。なるほど、なかなかの腕前でございますね」
「もっとも、篠原本人が相手であったならば、どうだったかは分からぬがな。
……試験はこれで終わりか?」
「いえいえ、まだまだ続きます」
白虎はひょいと身を引き、刀を構え直した。今度の構えは八相に近いが、体の向きが逆であり、しかも左手一本で、逆手に刀を持っている。
「次は『霊剣』でございます。晴奈様の『星剣舞』の、ひとつの完成形と言えるのではないでしょうか」
「む……」
どうやら、次に使うのは藤川英心――紅蓮塞で篠原、楢崎と共に「三傑」と称された剣士の技らしい。
「今度はこちらから、攻めさせていただきましょうか」
白虎はゆらりと、間合いを詰めてくる。警戒した晴奈は後ろに下がり、逆に間合いを広げていく。
ところが右手の甲に突然、チクリと痛みが走る。
「……えっ」
右手を見ると、人差し指と中指の股から手首にかけて、赤い筋が付けられていた。言うまでも無く、白虎が斬り付けたのだ。
「クスクスクスクス」
(一体、いつ斬り付けた……!?)
晴奈は右手と白虎を交互に見るが、どう思い返しても、白虎がいつ攻撃したのか分からない。
「ご覧いただけましたか」
「……いや」
「それでは、もう一度」
白虎はまた、じりじりと間合いを詰めてくる。
(『星剣舞』の、一つの完成形……? 私が無意識のうちに編み出した、不可視の剣舞。その完成形が、これだと言うのか?
確かに……、見えない。まったく、太刀筋が読めな、……う、っ?)
気付けばまた、頬に鋭い痛みが走る。
先程の手の甲と同様、深く斬られてはいないが、それでも顔面――文字通り、目と鼻の先――に攻撃を食らって、それを感知できないと言うことに、晴奈は愕然としていた。
「もう一度」
「……っ」
晴奈は見えない攻撃に備え、構えを防御重視の下段に変えかける。
(……いや)
だが思い直し、正眼に直した。
「『霊剣』?」
「うん、『霊剣』。知ってる、姉(あね)さん?」
藤川の娘、霙子が雪乃の弟子になって間もない頃、晴奈は二人きりで話をしたことがあった。(ちなみに晴奈にとっては妹弟子であるし、霙子も良太と同様『姉さん』と呼んでいる)
「うわさは聞いたことがあるが……、詳しくは知らぬな」
「稽古の時も、誰にも、いつ打ち込んでくるのか分からなかったんだって。気付いたらみんな、一本取られてたらしいわ」
「なるほど。幽霊の如き剣、『霊剣』と言うわけだな。一度、手合わせしてみたかったものだ」
晴奈の反応に、霙子は満面の笑顔になる。
「えへへっ……、すごいよね、お父ちゃんは。姉さんみたいなすごい剣士に、そう言わせるんだもの」
「いやいや、私などまだまだ。先の戦いでも、一歩間違えば討たれていたかも分からぬし」
霙子は口を尖らせ、晴奈の頬をぷにょ、とつつく。
「もー、謙遜しないでよぉ。……でもさ、エルスさんはあんまり驚かなかったんだよね」
「ほう?」
「れーせーに分析してさ、『人間の認識力を逆手に取った戦法』とか、『集中力が途切れる一瞬を見抜いて動けば、誰にも知覚されること無く叩ける』とか、そんなことばっかり言うのよ」
「はは、エルスらしいと言えばらしい」
共通の友人であるエルスの話になり、霙子も晴奈も饒舌になる。
「きっとエルスさんって、何だかんだやっても独身よ、きっと」
「そうか? 好色な男だが……」
「それでも、女の子の気持ちをつかむのは全然、よ。あたしとしては、素直に驚いてほしかったんだし」
「ああ、なるほど。そう考えると、そんな気もしてくるな」
「そうよ。向こうが『好きです』って押してきても、こっちも好きになるとは限らないじゃない。エルスさんはそーゆーとこで、押し間違えて失敗すると思うな」
「はは、手厳しい」
(退けば防御できるとは、限らぬ。どっちみち、こちらの虚を突いて攻撃してくるのだから、退いたところでそこを突かれることも、十分にありうる。
ならば……、無形には、無形。無相には、無相。無拍子には、無拍子)
晴奈は正眼に構えることもせず、だらりと両手を下げた。さらに体の力も抜き、風に揺れる柳のように脱力する。
「……ふむ」
白虎は構えたまま、動きを止める。
晴奈は脱力したまま、相手の様子を探っていた。
(相手は動かない、……いや、動けないのか? 『人間の認識力を』云々と言っていたと聞いたが、見方を変えればこちらの反応、動きを見て、相手は攻撃に移ると言うことか。
無拍子……無相……無形……何か、閃きそうな――ああ……、星が見えてきた)
晴奈の目に、既に白虎は映っていない。
冥府の川原で眺めていた、あの墜ちゆく星が見えてきた。
「……っ?」
気付くと、白虎が右肩を押さえてうずくまっている。
「お見事、でございます」
白と灰で彩られたローブと手袋に、赤い点が付いていた。
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「……楢崎瞬二の『剛剣』だな」
「その通りでございます」
白虎は大仰に立ち上がり、上段に構えた。
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今日の旅岡さん

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うむ・・・この領域になるとグッゲンハイムでは神が称える領域と称する設定なのでしょうね。どこまで化け物になっていくんでしょうか、この御方は。・・・という、ことを驚きながら読んでおります。
- #1802 LandM
- URL
- 2013.11/25 05:58
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改めて振り返ってみると、すごい成長を遂げました。
はじめはただの町娘だったのに。