「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第8部
蒼天剣・狐騒録 1
晴奈の話、第485話。
ミッドランドに眠る怪物。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
《……ん……》
暗く、静かな底。
《誰だ……オレを呼ぶのは……》
「何か」がうっすらと、目を覚ました。
《その声は……》
どこからか、波紋のように声が響いてくる。
《久しぶりだな》
《……おや……っ……お前、は……!》
その「何か」は突然、猛る声でまくしたてた。
《テメエぇぇ……! よくもまあ、オレに気安く声をかけられるな!?》
《落ち着け》
《落ち着いてられっか! テメーのせいで、オレはこの『結界』に閉じ込められたんだ!》
時間が経つにつれ、その「何か」は闇の中から具体的な形を帯び始めた。
《封じ返してやる……! いつかオレが、この『結界』から出たその時には……ッ!》
《できると思うのか? 俺が施した、物理的にも魔術的にも分厚いその『システム』をお前如きが破ることなど、ましてや俺を封じるほど巨大なものを構築するなど、到底不可能だ。
それよりも、天狐》
やがて闇の中にうっすらと、黒い袴装束姿の、半透明の「狐」が浮かび上がった。
しかしあからさまに、普通の、そこいらにいるような狐獣人ではない――ふかふかとした毛並みのいい狐の尻尾が、九つもあるからだ。
《少しばかり力を返してもらうぞ。不本意だが、な》
《何だと……?》
《ある事情により、魔力を使い切ってしまった。自力での復活は困難だ。勿論、それなりの代償は払おう》
《契約は公平にして対等の理なり、だな。お懐かしいことで。
……それで、何を払ってくれる?》
《結界を緩めよう。肉体は動かせないままだが、こうして魂は動かせるようにした。……その結界内に限るが、な》
《なるほど……。まあ、そりゃ、うん……》
天狐と呼ばれた狐獣人は先程の剣幕を潜め、ニヤリと口の端を歪ませた。
《……分かった。どれぐらいほしいんだ?》
《そうだな……、その尻尾一房、と言うところか。それだけあれば十分だ。先に廃棄したものと併せて、それで何とか、残りの『システム』復旧の目処は立つ》
《持ってけ》
天狐がそう言った次の瞬間、背後の尻尾が一つ消えた。
時間は大分さかのぼって――。
まだ晴奈が央中を旅していた頃、518年中秋。
「まったく、最近の若者は……! 崇高なる学術研究を何だと思っているのだろうか!」
不法侵入により、ラーガ邸の警備員室でこってり絞られたラルフ・ホーランド名誉教授は、日が暮れる頃になってようやく釈放された。
ラルフはブツブツと文句を吐きながら、丘を下っていく。
「よりにもよって私を盗っ人扱いするとは! これでも知星勲章を賜った高名な学者だぞ、私は!
しかも詰問の間ずっと、茶しか出さんとは! 年長者を敬うと言うことを知らんのか、最近の若者は!」
散々愚痴ったところで、ようやく気が落ち着いてくる。
「……っとと、私としたことが少々熱くなってしまった。いかんいかん、学者たる者、冷静にならねば。
……ふむ、この時間になるとなかなか、街の灯りが美しい」
丘からは街全体が見渡せる。既に二つの月が空に上り、やんわりと照らしている。それに対抗するかのように、街の灯は煌々と街道を赤く染めている。
その灯の並びはまるで――。
「まるで、魔法陣のような……」
ラルフはそうつぶやいて、ある仮説を閃いた。
「……! まさか、それなのか!?」
その閃きが正しいか証明するため、ラルフは丘を滑るように駆け下り、宿へと急いだ。
宿へ戻るなり、ラルフは持って来た資料を片っ端から漁り始めた。
「……ふむ、……いや、……そうか、なるほど……!
ニコル3世は、『それ』をこの街に、あの丘の中に隠したのか! そしてあの魔法陣は、その何かを封印するための……!
そうか……、金は既に使いきった後だったのか! 恐らくはあの丘を作る際、中の施設を造るための、莫大な造成費だろうな。であれば、逆算して……、恐らくは天帝廟や黒鳥宮以上の、壮大な神殿だろうな。
……ふふっ、ふふふ、これは素晴らしいっ!」
ラルフは己の発見に感極まり、ベッドの上に立ってうなる。
「おおおう……! これは世紀の大発見だ! これで私はあのエドムントと同じ、『知多星』と称されるかも知れん! いや、それよりももっと素晴らしいことになるだろう! 私の名が歴史に残る大チャンスだ!
ああっ、神よ……! この私に未曾有の大発見をさせてくださったこと、感謝いたします……!」
さらに感極まり、ラルフはベッドの上でひざまずき、祈りを捧げた。
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ミッドランドに眠る怪物。
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《……ん……》
暗く、静かな底。
《誰だ……オレを呼ぶのは……》
「何か」がうっすらと、目を覚ました。
《その声は……》
どこからか、波紋のように声が響いてくる。
《久しぶりだな》
《……おや……っ……お前、は……!》
その「何か」は突然、猛る声でまくしたてた。
《テメエぇぇ……! よくもまあ、オレに気安く声をかけられるな!?》
《落ち着け》
《落ち着いてられっか! テメーのせいで、オレはこの『結界』に閉じ込められたんだ!》
時間が経つにつれ、その「何か」は闇の中から具体的な形を帯び始めた。
《封じ返してやる……! いつかオレが、この『結界』から出たその時には……ッ!》
《できると思うのか? 俺が施した、物理的にも魔術的にも分厚いその『システム』をお前如きが破ることなど、ましてや俺を封じるほど巨大なものを構築するなど、到底不可能だ。
それよりも、天狐》
やがて闇の中にうっすらと、黒い袴装束姿の、半透明の「狐」が浮かび上がった。
しかしあからさまに、普通の、そこいらにいるような狐獣人ではない――ふかふかとした毛並みのいい狐の尻尾が、九つもあるからだ。
《少しばかり力を返してもらうぞ。不本意だが、な》
《何だと……?》
《ある事情により、魔力を使い切ってしまった。自力での復活は困難だ。勿論、それなりの代償は払おう》
《契約は公平にして対等の理なり、だな。お懐かしいことで。
……それで、何を払ってくれる?》
《結界を緩めよう。肉体は動かせないままだが、こうして魂は動かせるようにした。……その結界内に限るが、な》
《なるほど……。まあ、そりゃ、うん……》
天狐と呼ばれた狐獣人は先程の剣幕を潜め、ニヤリと口の端を歪ませた。
《……分かった。どれぐらいほしいんだ?》
《そうだな……、その尻尾一房、と言うところか。それだけあれば十分だ。先に廃棄したものと併せて、それで何とか、残りの『システム』復旧の目処は立つ》
《持ってけ》
天狐がそう言った次の瞬間、背後の尻尾が一つ消えた。
時間は大分さかのぼって――。
まだ晴奈が央中を旅していた頃、518年中秋。
「まったく、最近の若者は……! 崇高なる学術研究を何だと思っているのだろうか!」
不法侵入により、ラーガ邸の警備員室でこってり絞られたラルフ・ホーランド名誉教授は、日が暮れる頃になってようやく釈放された。
ラルフはブツブツと文句を吐きながら、丘を下っていく。
「よりにもよって私を盗っ人扱いするとは! これでも知星勲章を賜った高名な学者だぞ、私は!
しかも詰問の間ずっと、茶しか出さんとは! 年長者を敬うと言うことを知らんのか、最近の若者は!」
散々愚痴ったところで、ようやく気が落ち着いてくる。
「……っとと、私としたことが少々熱くなってしまった。いかんいかん、学者たる者、冷静にならねば。
……ふむ、この時間になるとなかなか、街の灯りが美しい」
丘からは街全体が見渡せる。既に二つの月が空に上り、やんわりと照らしている。それに対抗するかのように、街の灯は煌々と街道を赤く染めている。
その灯の並びはまるで――。
「まるで、魔法陣のような……」
ラルフはそうつぶやいて、ある仮説を閃いた。
「……! まさか、それなのか!?」
その閃きが正しいか証明するため、ラルフは丘を滑るように駆け下り、宿へと急いだ。
宿へ戻るなり、ラルフは持って来た資料を片っ端から漁り始めた。
「……ふむ、……いや、……そうか、なるほど……!
ニコル3世は、『それ』をこの街に、あの丘の中に隠したのか! そしてあの魔法陣は、その何かを封印するための……!
そうか……、金は既に使いきった後だったのか! 恐らくはあの丘を作る際、中の施設を造るための、莫大な造成費だろうな。であれば、逆算して……、恐らくは天帝廟や黒鳥宮以上の、壮大な神殿だろうな。
……ふふっ、ふふふ、これは素晴らしいっ!」
ラルフは己の発見に感極まり、ベッドの上に立ってうなる。
「おおおう……! これは世紀の大発見だ! これで私はあのエドムントと同じ、『知多星』と称されるかも知れん! いや、それよりももっと素晴らしいことになるだろう! 私の名が歴史に残る大チャンスだ!
ああっ、神よ……! この私に未曾有の大発見をさせてくださったこと、感謝いたします……!」
さらに感極まり、ラルフはベッドの上でひざまずき、祈りを捧げた。



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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
魔術の契約はかなり深いものをかんじさせますよね。
・・・ということを読んでいて思います。
お金の契約はともかく、
それ以外だと命や生命・寿命との等価交換など深いものになってきますからね。
魔術だと殊更そういうことを感じさせます。
・・・ということを読んでいて思います。
お金の契約はともかく、
それ以外だと命や生命・寿命との等価交換など深いものになってきますからね。
魔術だと殊更そういうことを感じさせます。
- #1858 LandM
- URL
- 2014.03/22 20:18
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NoTitle
社会的に抹殺されたり、体で払わされたりしますからね。
すべからく「契約」は堅い約束であり、
決して破ってはいけないものだと思っています。