「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第8部
蒼天剣・狐騒録 2
晴奈の話、第486話。
取り憑かれた教授。
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2.
ラルフ教授の専門は歴史学である。中央大陸の政治経済史を研究しており、現在この湖上の島国、ミッドランドに逗留しているのもそのためだ。
彼は晩年の研究として、「サウストレードの大交渉」を手がけていた。黒白戦争後の中央大陸全土における利権を巡り、大火と金火狐一族有数の英雄、二コル3世とが争った、「もう一つの黒白戦争」である。
その中に、ある不可解な、一つの条項が存在する――金火狐側が自殺覚悟で取り付けたとしか思えない、「央中全域の交通網と主要都市の整備・開発権、及び当該地域における利権の独占」と言う案件がそれである。
概要を分かりやすく言えば、「央中で、都市や交通網を金火狐が自由に開発、整備する権利を確保し、それによって得られる利益も金火狐が独占する」と言う、中央政府にとっては領土の半分近くを奪われるに等しい、暴挙としか思えないものだった。
彼は何故、ニコル3世が中央政府を敵に回してまでこの無茶苦茶な条項を通そうとしていたのかを研究していた。そしてラルフは、「大火の傀儡と化した中央政府に対抗する権力を得るため、ニコル3世は央中全域を己の帝国にしようとしていた」と言う仮説を打ち立てていた。
その裏づけとして、ラルフは央中の、金火狐の分家を回っていた。そしてそこで、もう一つ「歴史の謎」とされていた、ミッドランドの丘の造成の秘密に気付いたのだ。
彼はミッドランドの「魔法陣」に気付いてから、詳しい調査を行うために一旦祖国に戻った。戦争中だったこともあり、再びミッドランドに戻ってくるまでに、2年もの歳月をかけてしまったが、彼はまるで気に留めなかった。
(ふふふ……! 大! 大! 大! 大! 大、発、見! 歴史上の大発見だ!)
ラルフの頭には、自分の名声が高まることへの期待しかなかった。
そして彼は再び、ラーガ邸への不法侵入を試みた。仮説を実証するためには、何としてでも「丘の内部」に入らなければならなかったが、まだ机上の空論に過ぎないこの仮説のために、この島と屋敷を護る「水仙狼」ことラーガ家が、すんなり屋敷の中に通してくれるとは思えなかったからだ。
しかし今度は警備員に見つかることなく、侵入に成功した。
(……やはり……!)
彼の仮説通り屋敷の地下、丘の内部は巨大な空洞になっており、そこには広大な建造物が埋まっていた。
ラルフは丁寧に歩き回り、その内部を地図に書き起こしていく。2時間も回った頃には、彼の予想通り、巨大な魔法陣が地図上に現れていた。
丘の内部には、一つのフロアを丸ごと魔法陣にした神殿が埋まっていたのだ。
(私はあまり魔術に明るくは無いが……、これだけ巨大な魔法陣となると、相当なものを封印していると見える。一体、この下には何が……?)
マッピングしている最中に、さらに地下へと降りる階段を何ヶ所か見つけている。ラルフは下に降りようか、それとも戻って学会に報告する準備を整えようか、座り込んで考えた。
(うーむ……。流石に疲れてきたし……)
彼は立ち上がり、戻ることにした。
ところが――。
《おい……、そこの兎ジジイ》
「っ……!?」
まるで頭の中に直接伝わってくるように、声が聞こえてきた。
「だ、誰だ!?」
《そりゃこっちの台詞だよ、ジジイ。……ちょっと降りてきてくんねーかなぁ》
「お、降りる? 下へ、か?」
《上に降りるヤツなんざ見たコトねーよ、ボケ。いーから、来いよ》
「いや、しかし、私は……」
ラルフは既に疲労が色濃く、一刻も戻りたい気持ちで一杯だった。
《来いよ》
「う……っ?」
ふらりと、足が動く。
《そーだ、こっちに来い》
「あ、足がっ」
ラルフの意思とは無関係に、足が勝手に下り階段の方へと向かっていく。
「と、止まらない……っ」
《さあ……、来いよ……、ケケケケケっ》
彼は吸い込まれるように、さらに地下へと降りていった。
「おい! そこで何をしている!」
3時間後。ラーガ邸の警備員が、屋敷の廊下に座り込んでいるラルフを発見した。
「……きつね……」
「あ?」
「……きつね……」
「おい、じいさん?」
「……きつね……」
駆けつけた警備員たちは顔を見合わせる。
「何か変だぞ、このじいさん」
「ああ。目がうつろだし、何かブツブツ言ってるし。顔色も悪い……」
「『きつね』って何だ?」
「さあ……?」
「……きゅうびの……きつね……」
そうつぶやくなりラルフは倒れ込み、意識を失った。
ラルフは強度の衰弱状態と診断され、ミッドランド内の病院に搬送された。
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取り憑かれた教授。
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2.
ラルフ教授の専門は歴史学である。中央大陸の政治経済史を研究しており、現在この湖上の島国、ミッドランドに逗留しているのもそのためだ。
彼は晩年の研究として、「サウストレードの大交渉」を手がけていた。黒白戦争後の中央大陸全土における利権を巡り、大火と金火狐一族有数の英雄、二コル3世とが争った、「もう一つの黒白戦争」である。
その中に、ある不可解な、一つの条項が存在する――金火狐側が自殺覚悟で取り付けたとしか思えない、「央中全域の交通網と主要都市の整備・開発権、及び当該地域における利権の独占」と言う案件がそれである。
概要を分かりやすく言えば、「央中で、都市や交通網を金火狐が自由に開発、整備する権利を確保し、それによって得られる利益も金火狐が独占する」と言う、中央政府にとっては領土の半分近くを奪われるに等しい、暴挙としか思えないものだった。
彼は何故、ニコル3世が中央政府を敵に回してまでこの無茶苦茶な条項を通そうとしていたのかを研究していた。そしてラルフは、「大火の傀儡と化した中央政府に対抗する権力を得るため、ニコル3世は央中全域を己の帝国にしようとしていた」と言う仮説を打ち立てていた。
その裏づけとして、ラルフは央中の、金火狐の分家を回っていた。そしてそこで、もう一つ「歴史の謎」とされていた、ミッドランドの丘の造成の秘密に気付いたのだ。
彼はミッドランドの「魔法陣」に気付いてから、詳しい調査を行うために一旦祖国に戻った。戦争中だったこともあり、再びミッドランドに戻ってくるまでに、2年もの歳月をかけてしまったが、彼はまるで気に留めなかった。
(ふふふ……! 大! 大! 大! 大! 大、発、見! 歴史上の大発見だ!)
ラルフの頭には、自分の名声が高まることへの期待しかなかった。
そして彼は再び、ラーガ邸への不法侵入を試みた。仮説を実証するためには、何としてでも「丘の内部」に入らなければならなかったが、まだ机上の空論に過ぎないこの仮説のために、この島と屋敷を護る「水仙狼」ことラーガ家が、すんなり屋敷の中に通してくれるとは思えなかったからだ。
しかし今度は警備員に見つかることなく、侵入に成功した。
(……やはり……!)
彼の仮説通り屋敷の地下、丘の内部は巨大な空洞になっており、そこには広大な建造物が埋まっていた。
ラルフは丁寧に歩き回り、その内部を地図に書き起こしていく。2時間も回った頃には、彼の予想通り、巨大な魔法陣が地図上に現れていた。
丘の内部には、一つのフロアを丸ごと魔法陣にした神殿が埋まっていたのだ。
(私はあまり魔術に明るくは無いが……、これだけ巨大な魔法陣となると、相当なものを封印していると見える。一体、この下には何が……?)
マッピングしている最中に、さらに地下へと降りる階段を何ヶ所か見つけている。ラルフは下に降りようか、それとも戻って学会に報告する準備を整えようか、座り込んで考えた。
(うーむ……。流石に疲れてきたし……)
彼は立ち上がり、戻ることにした。
ところが――。
《おい……、そこの兎ジジイ》
「っ……!?」
まるで頭の中に直接伝わってくるように、声が聞こえてきた。
「だ、誰だ!?」
《そりゃこっちの台詞だよ、ジジイ。……ちょっと降りてきてくんねーかなぁ》
「お、降りる? 下へ、か?」
《上に降りるヤツなんざ見たコトねーよ、ボケ。いーから、来いよ》
「いや、しかし、私は……」
ラルフは既に疲労が色濃く、一刻も戻りたい気持ちで一杯だった。
《来いよ》
「う……っ?」
ふらりと、足が動く。
《そーだ、こっちに来い》
「あ、足がっ」
ラルフの意思とは無関係に、足が勝手に下り階段の方へと向かっていく。
「と、止まらない……っ」
《さあ……、来いよ……、ケケケケケっ》
彼は吸い込まれるように、さらに地下へと降りていった。
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「ああ。目がうつろだし、何かブツブツ言ってるし。顔色も悪い……」
「『きつね』って何だ?」
「さあ……?」
「……きゅうびの……きつね……」
そうつぶやくなりラルフは倒れ込み、意識を失った。
ラルフは強度の衰弱状態と診断され、ミッドランド内の病院に搬送された。



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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
キツネ憑き、猫憑きなどありますが。。。
存外こういうところからやってきるのでしょうか。
神隠しというのもありますからね。
そういうところの原理はまた調べてみたいですね。
存外こういうところからやってきるのでしょうか。
神隠しというのもありますからね。
そういうところの原理はまた調べてみたいですね。
- #1860 LandM
- URL
- 2014.03/27 19:58
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