「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第8部
蒼天剣・騒心録 1
晴奈の話、第491話。
心残りの整理。
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1.
ゴールドコースト、金火狐財団の屋敷。
「お待ちしとりましたで、皆さん」
財団総帥、ヘレン・ゴールドマン女史はニコニコとした顔で、晴奈たちを出迎えてくれた。
「先にお送りした手紙でお伝えした通り、王国軍を派遣するには時間的な……」「ああ、はいはい。分かっとりますよ、なんぼ何でもジーン王国さんから仰山来てもらおうと思てませんて」
そう言って、ヘレンは口元に扇子を当てて笑う。
「え……、しかし、手紙には」
「まあ、次善の策としてセイナちゃんが自ら来るかもと思てましたからな。
それか、央南連合さんは最近王国さんと仲良うしたいっちゅううわさも上っとりますし、連合さんの方から精鋭の方を寄越すんやないかと見当付けとりました。
もっとも大将さんが直々に来はるとはちょっと、予想外でしたけども」
「はは……」
エルスもニコニコと笑っている。
「しかしお美しい方と聞いていましたが、うわさ通りですね」
「あら、嬉しいこと言うてくれはりますな。と、お話はこのくらいにしときましょか。
ジュリアちゃん、ミッドランドの状況、説明お願いします」
ヘレンに促され、ジュリアは晴奈たちの前に移動式の黒板を立てて説明を始めた。
「それでは、前回の調査結果から説明します。
我々調査チームはラーガ邸に隠し扉を発見し、そこから屋敷の地下、広大な神殿へと進入できることを確認しました。しかし進入を試みたところ、大型獣程度の体長のモンスターと遭遇したため、我々は退却せざるを得ず、神殿内の調査は行えませんでした。
なお、我々より先に調査していたラルフ・ホーランド教授の証言によれば、神殿の地下には『テンコ』と名乗る狐獣人が潜んでいたそうです。我々の予想では、そのテンコなる人物が昏倒事件やモンスター大量発生の重要関係者、もしくは主犯ではないかと」
「神殿の地下に居たってコトは、そのテンコってのはモンスターじゃないの?」
小鈴の質問に、ジュリアは小さく首を振った。
「ラルフ教授によれば、確かに人らしかったそうよ。……もっとも、人を象ったモンスターと言う可能性もあるけれど。
ああ、それから、そのモンスターについてですが。なにぶん暗かったので十分には確認できていませんが、ラーガ邸の隠し扉よりも、明らかに体格が大きかったことを考えると、神殿内に元から生息していたか、それとも、ラーガ邸隠し扉以外の出入り口から進入したものと思われます」
「つまり、モンスターが集まってきたのは、神殿内に入るためだったと言う見方もできるわけですね?」
ネロの推察に、ジュリアは小さくうなずく。
「ええ、十分考えられるかと。もっとも、その理由は不明ですが」
「それを言っちゃうと、何もかもが理由不明だよね」
トマスがここで、口を挟んでくる。
「何故、人が倒れるようになってしまったのか? 何故、モンスターが集まっているのか? そして何故、そのテンコなる人物は神殿に潜んでいるのか?
……どう考えても、情報が圧倒的に不足している」
「ええ、仰る通りです。ですので、コウさんたちを調査チームに加え、もう一度ミッドランドの探査を行わなければなりません」
「ああ、承知している」
晴奈は椅子から立ち上がり、自分の胸をどんと叩いた。
「お任せください、ヘレン殿。
この黄晴奈、戦闘の類であれば何一つ、不足を取ることはありません。どうぞ、ご安心ください」
と、誇らしげにそう言い切った瞬間――晴奈は、自分の心の奥底でざわ、と何かが鳴るのを聞いた。
(……え?)
それに気付いた様子も無く、ヘレンがうれしそうにうなずく。
「うんうん、相変わらず頼もしいですわぁ、セイナちゃんは。何や、前よりかっこよくならはった気がしますなぁ」
晴奈はともかく、頭を下げた。
「……いえ、そんなことは」
表面上はヘレンに応対していたが、心の中は別の場所に飛んでいた。
(な……、何だ、今の音は? 何の、音だったのだ……?)
そのざわめきの中で、晴奈はふと、ある用事を済ませていなかったことを思い出した。
(ああ、そう言えば。殺刹峰を倒した直後はバタバタと慌しかったせいで、直接訪問できなかったところがある。
行ってみなければな……)
潮の香りが漂う路地を進み、目的の場所に到着する。
(そうだ。あの時助けてもらった礼も返せず)
そこは、シルビアたちの住む教会の裏手――墓地だった。
(心残りと言えば、心残りだった。……すまぬことをした)
晴奈は墓と墓の間を縫うように通り、やがてまだ造られて1年も経っていない、真新しい墓の前で立ち止まった。
「遅くなったが……、会いに来たぞ」
「ウィルバー・ウィルソン / ロウ・ウィアード
492~519
何故、彼は闘ったのか? 彼は『家族のためだ』と言った。
家族を想うその遺志はきっと、彼の家族に受け継がれただろう」
「……ありがとう、ウィル。あの時、死の淵でお前に叱咤されなければ、きっと私はあそこで果てていたに違いない。お前には、心の底から感謝している。
ゆっくり、休んでくれ」
晴奈は深々と、墓に向かって頭を下げた。
(……うっ?)
その途端――また、晴奈の心がざわつき始めた。
(何なのだ、このざわめきは……? これから、戦いが始まると、言う、のに……っ)
そのざわめきは晴奈の耳を、内側から、ひどく揺らした。
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ゴールドコースト、金火狐財団の屋敷。
「お待ちしとりましたで、皆さん」
財団総帥、ヘレン・ゴールドマン女史はニコニコとした顔で、晴奈たちを出迎えてくれた。
「先にお送りした手紙でお伝えした通り、王国軍を派遣するには時間的な……」「ああ、はいはい。分かっとりますよ、なんぼ何でもジーン王国さんから仰山来てもらおうと思てませんて」
そう言って、ヘレンは口元に扇子を当てて笑う。
「え……、しかし、手紙には」
「まあ、次善の策としてセイナちゃんが自ら来るかもと思てましたからな。
それか、央南連合さんは最近王国さんと仲良うしたいっちゅううわさも上っとりますし、連合さんの方から精鋭の方を寄越すんやないかと見当付けとりました。
もっとも大将さんが直々に来はるとはちょっと、予想外でしたけども」
「はは……」
エルスもニコニコと笑っている。
「しかしお美しい方と聞いていましたが、うわさ通りですね」
「あら、嬉しいこと言うてくれはりますな。と、お話はこのくらいにしときましょか。
ジュリアちゃん、ミッドランドの状況、説明お願いします」
ヘレンに促され、ジュリアは晴奈たちの前に移動式の黒板を立てて説明を始めた。
「それでは、前回の調査結果から説明します。
我々調査チームはラーガ邸に隠し扉を発見し、そこから屋敷の地下、広大な神殿へと進入できることを確認しました。しかし進入を試みたところ、大型獣程度の体長のモンスターと遭遇したため、我々は退却せざるを得ず、神殿内の調査は行えませんでした。
なお、我々より先に調査していたラルフ・ホーランド教授の証言によれば、神殿の地下には『テンコ』と名乗る狐獣人が潜んでいたそうです。我々の予想では、そのテンコなる人物が昏倒事件やモンスター大量発生の重要関係者、もしくは主犯ではないかと」
「神殿の地下に居たってコトは、そのテンコってのはモンスターじゃないの?」
小鈴の質問に、ジュリアは小さく首を振った。
「ラルフ教授によれば、確かに人らしかったそうよ。……もっとも、人を象ったモンスターと言う可能性もあるけれど。
ああ、それから、そのモンスターについてですが。なにぶん暗かったので十分には確認できていませんが、ラーガ邸の隠し扉よりも、明らかに体格が大きかったことを考えると、神殿内に元から生息していたか、それとも、ラーガ邸隠し扉以外の出入り口から進入したものと思われます」
「つまり、モンスターが集まってきたのは、神殿内に入るためだったと言う見方もできるわけですね?」
ネロの推察に、ジュリアは小さくうなずく。
「ええ、十分考えられるかと。もっとも、その理由は不明ですが」
「それを言っちゃうと、何もかもが理由不明だよね」
トマスがここで、口を挟んでくる。
「何故、人が倒れるようになってしまったのか? 何故、モンスターが集まっているのか? そして何故、そのテンコなる人物は神殿に潜んでいるのか?
……どう考えても、情報が圧倒的に不足している」
「ええ、仰る通りです。ですので、コウさんたちを調査チームに加え、もう一度ミッドランドの探査を行わなければなりません」
「ああ、承知している」
晴奈は椅子から立ち上がり、自分の胸をどんと叩いた。
「お任せください、ヘレン殿。
この黄晴奈、戦闘の類であれば何一つ、不足を取ることはありません。どうぞ、ご安心ください」
と、誇らしげにそう言い切った瞬間――晴奈は、自分の心の奥底でざわ、と何かが鳴るのを聞いた。
(……え?)
それに気付いた様子も無く、ヘレンがうれしそうにうなずく。
「うんうん、相変わらず頼もしいですわぁ、セイナちゃんは。何や、前よりかっこよくならはった気がしますなぁ」
晴奈はともかく、頭を下げた。
「……いえ、そんなことは」
表面上はヘレンに応対していたが、心の中は別の場所に飛んでいた。
(な……、何だ、今の音は? 何の、音だったのだ……?)
そのざわめきの中で、晴奈はふと、ある用事を済ませていなかったことを思い出した。
(ああ、そう言えば。殺刹峰を倒した直後はバタバタと慌しかったせいで、直接訪問できなかったところがある。
行ってみなければな……)
潮の香りが漂う路地を進み、目的の場所に到着する。
(そうだ。あの時助けてもらった礼も返せず)
そこは、シルビアたちの住む教会の裏手――墓地だった。
(心残りと言えば、心残りだった。……すまぬことをした)
晴奈は墓と墓の間を縫うように通り、やがてまだ造られて1年も経っていない、真新しい墓の前で立ち止まった。
「遅くなったが……、会いに来たぞ」
「ウィルバー・ウィルソン / ロウ・ウィアード
492~519
何故、彼は闘ったのか? 彼は『家族のためだ』と言った。
家族を想うその遺志はきっと、彼の家族に受け継がれただろう」
「……ありがとう、ウィル。あの時、死の淵でお前に叱咤されなければ、きっと私はあそこで果てていたに違いない。お前には、心の底から感謝している。
ゆっくり、休んでくれ」
晴奈は深々と、墓に向かって頭を下げた。
(……うっ?)
その途端――また、晴奈の心がざわつき始めた。
(何なのだ、このざわめきは……? これから、戦いが始まると、言う、のに……っ)
そのざわめきは晴奈の耳を、内側から、ひどく揺らした。
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セイナもずいぶんと気配に敏感になったのか。
あるいは、それぐらいなまでに強烈な何かが襲ってきているのか。
どちらにしても、前回の狐が関与しているのでしょうかね。
あるいは、それぐらいなまでに強烈な何かが襲ってきているのか。
どちらにしても、前回の狐が関与しているのでしょうかね。
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ただ、それは敵ではありません。
もっと別の何かです。