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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第8部

    蒼天剣・騒心録 2

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    晴奈の話、第492話。
    子供と夢。

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    2.
    「あら、……セイナさん!」
     晴奈は墓を参ったついでに、シルビアの教会に立ち寄っていた。
     出迎えたシルビアは、泣きそうな笑顔で晴奈に頭を下げた。
    「本当に、……本当に、ありがとうございました」
    「いや、礼など。こちらこそ、礼を述べなければ」
    「え?」

     晴奈は殺刹峰のアジトでウィルに会った話を、シルビアと子供たちに聞かせた。
    「まあ……、そんなことが」
    「……かっこいいね、お父さん」
     話を聞かされたシルビアたちは、神妙な顔でうなずいていた。
    「ともかく、死地で助けてくれた礼をしなければと思い立ち、こちらを訪ねた次第です」
    「そうでしたか……」
    「それにトレノから、『一度ウィルの顔を見に来てよ』と言われていたので」
     そう言って、晴奈はトレノに笑いかけた。
    「あ、届いたんだね、手紙! えっと、じゃあ、その、見る?」
    「ああ、案内してくれるか?」
    「はいっ!」
     晴奈はトレノに手を引かれ、造られてまだ一年も経っていないその建物――恐らくは、その子が産まれる前、父親が死んで間もない頃に建設が始まったのだろう――に渡り、乳児用のベッドが並んだ部屋に通された。
    「ここね」
     トレノが部屋の前で立ち止まり、説明してくれた。
    「最初はこじいんだけのつもりだったんだけど、ご近所さんから『商売が忙しい時とか、ウチの子もあずかってくんないか』って頼まれたんだ」
    「なるほど、託児所も兼ねたわけだ」
     並んだベッドには既に、それら商売人たちの子と思われる赤ん坊がチラホラ横になっている。そしてその赤ん坊たちの中に、黒髪に銀色の毛並みの「狼」がすやすやと眠っているのが確認できた。
    「この子がウィルだよ」
    「ふむ。……ぱっと見た感じでは」
    「お母さん似、でしょ?」
    「ああ。『狼』である以外は、シルに良く似ているな。男の子は母親に似るとは良く聞くが、本当らしいな」
    「そうだね。みんなからも良く言われる。
     ……先生、お母さんのこと、シルって呼んだね?」
    「うん?」
     言われて、晴奈は自分がシルビアのことを、妙に親しげに呼んだことに気付いた。
    (……あれ?)
     晴奈は以前にも、同じようなことをしていたのを思い出した。

     それは、518年の天玄。
     晴奈は流れていくウィルバーに、思わず「ウィル」と呼びかけていた。
    「おい、ウィルバー、おい……」
     ずっと、晴奈にとってウィルバー・ウィルソンと言う男は間違いなく、「敵」だった。
     だが長年戦い合ううち、晴奈はなんとなく、ウィルバーのことを憎からず思うようになっていた。
    「おい、ウィルバー! 目を覚ませ、ウィル!」
     と言っても、それは単純に恋愛感情だったわけではない。その心中は対立意識と、親近感と、ある種の信頼めいたものが、複雑に混ざり合っていた。
    「ウィル……!」
     どれほど敵同士と向かい合っていても、その素行や性格を軽んじていても。いや、そうした対立も逆に、二人を強く引き合わせていたのかも知れない。
     それらの関係・感情をすべて、一言でまとめれば――晴奈にとって、ウィルバーは一番の友人、親友だったのだ。
     長年抱いていたその思いがこの時、晴奈の口からウィルバーを愛称で呼ばせるに至らせたのだ。

    (……っ)
     晴奈はその場に立ちすくんだ。トレノは気付かず、赤ん坊のウィルの頬をぷにぷにとつついている。
    (……ぅ……うっ)
     心の中がまた、ざわざわと激しく鳴り出す。
    (まただ……なんだ……これは……?)
     晴奈の目の前が、ぐにゃりと曲がった。
    「可愛いでしょ、せんせ……」
     視界が暗転する前、トレノがようやくこちらを振り向いた。



    「……どうしたの?」
     呼びかけられ、晴奈は顔を挙げた。
    「……あ、……いや」
     呼びかけた猫獣人の男の子は、心配そうに見つめていた。
    「顔色、わるいよ? 大丈夫?」
    「心配無用、……だ」
     まだ頭の中に気持ち悪い渦が巻いていたが、何とか平静は取り戻せた。
    「疲れが溜まっていたのかも知れぬ。少し、休むとしよう」
     晴奈は男の子に手を引かれ、近くの椅子に腰かけた。
    「ダメだよ、無理しちゃ」
    「はは……」
     晴奈は笑ってごまかし、男の子の頭を撫でた。
    「いや、……久しぶりの旅行で、多少はしゃいでしまったようだ」(は……?)
     晴奈の口は、勝手に動いていた。晴奈は心の中で、自分の妙な言動をいぶかしがる。
    (久しぶりの、旅行? この前、旅から戻ってきたばかりだろう? 一体、何を)「思い出すよ、昔、私がこの辺りを旅していた時のことを」
     また、晴奈は妙なことを口走る。
    「ここ、前にも来たことあるの?」
    「ああ」(おい?)
    「晴奈」の横に、男の子がちょこんと座る。
    「いつ?」
    「いつだったかな、えーと……」(1年も経ってないだろう?)「……そう、12、3年ほど昔かな」(はぁ!?)
     晴奈は勝手にしゃべる自分を、抑えようとした。
    (何をやっているんだ、私は? シルの教会で、ここに住むトレノを相手に、一体何を話して……、トレノ?)
     よくよく見てみれば、横にいる男の子は黒髪に白い毛並みをしたトレノではない。髪が黒いのは一緒だが、猫耳と尻尾は白地に茶色だ。顔も違う。
    「その頃、何をやってた? どんな旅だったの?」
    「今とそれほど、変わらない。その時も私は、剣士だった。旅は、その関係でやっていた」
    「へぇ。むしゃしゅぎょー、ってやつ?」
    「……いや、その。……まあ、そうしておいてくれ」
    「すごいね、母さん」
     そう呼ばれ、「晴奈」ははにかんだ。
    「……ふふっ」(な……、え……?)
     晴奈は勝手ににやける自分に驚きつつも、その男の子に見覚えがあったのを思い出した。
    (これは、夢なのか?
     ……この子は、そう、確か北方へ渡る船で、夢に出てきた子だ。あの時よりも成長しているが、面影がある)
    「……ねえ、母さん」
    「うん?」
    「オレもいつか、むしゃしゅぎょーに出てみたい」
    「……はは、それはいい。剣士を目指すなら、やってみろ」
    「うん」
    「晴奈」は男の子の頭を、優しく撫でた。
    「期待しているぞ、秋也」
     晴奈はここでようやく、その子の名前を思い出した。

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    2016.11.20 修正
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    「友」と言っても、単純に仲良くするだけの関係を指すわけではないですからね。
    競い合う関係にも、友情は生まれるものです。

    NoTitle 

    長年戦った相手だからこその親近感はあるのでしょうね。
    普段は話もしないですけど、余儀なく相手として立ちはだかる。。。というのは学力テストでもありますけど。そういう相手は一種親近感がわくものですよね。
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