「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第8部
蒼天剣・騒心録 3
晴奈の話、第493話。
友人の変貌。
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3.
「……気が付かれました?」
目を開けると、シルビアの心配そうな顔がそこにあった。
「え……?」
晴奈は上体を起こし、きょとんとする。
「あの、先程倒れられて……」
「倒れた? 私が? ……ああ、そうか」
晴奈はようやく、自分が乳児室で気を失ったことを思い出した。
「大丈夫ですか?」
「ああ……。このところあちこちを飛び回っていたせいで、疲れていたのかも知れぬ」
「今日は、こちらで休んでいかれた方がいいのでは?」
「いや、宿があるので」
「そう思って、さっきフォルナさんが来た時」
アズサが、水を差し出しながら伝えた。
「『セイナさん、こっちでぐっすり眠っちゃったから、こっちに泊まらせておくね』って言っといたわ。心配させてもなんだし」
「……そうか。かたじけない。では、お言葉に甘えて」
晴奈は頭をかきながら、ぺこりと頭を下げた。
と、そこへ明るい声が飛び込んできた。
「あーっ!」
「な、何だ?」
驚く晴奈の視界に、派手な色をした頭髪と虎耳が映る。
「姉やん! こっち戻ってきてたん!?」
続いて、その派手な虎獣人が飛び込んできた。
「う、っく」
半ばタックルと言ってもいいその抱擁に、晴奈は目を白黒させる。
「お、おい。落ち着け、シリン」
虎獣人――シリンは、戸惑う晴奈に構わず頬を擦り付ける。
「おかえり、姉やんっ!」
「ああ、分かった、分かったから離せ」
「あ、ごめーん」
ようやく、シリンは体を離す。
「どないしたん、教会で横になって。……まさか、死ぬん?」
「阿呆」
晴奈は苦笑しつつ、シリンの額をぺちりと叩く。
「旅の疲れが出ただけだ。……それよりもシリン」
晴奈は、シリンの体に視線を落とした。
「どないしたん、はこっちの台詞だ。お主もなかなか、よく驚かせてくれるな」
「……えっへへー」
シリンの腹は、ぽっこりと膨らんでいた。
「相手は、フェリオか?」
「うん」
「いつ頃生まれる?」
「んー。……んー?」
シリンは腹に手を当て、考え込む。どうやら忘れているらしく、アズサがやれやれといった表情で助け舟を出した。
「今7ヶ月だから、来年頭くらい。1月半ばには」
「そうか。幸せなようで何よりだ」
「うん。……まあ、ちょっと残念なんは」
シリンははにかみ、肩をすくめた。
「今年のエリザリーグ、どっちも出られへんかったってコトやな。上半期のんは悪阻ひどーて、下半期もこのお腹やもん」
「それは仕方あるまい。……ふふっ」
晴奈は優しく、シリンの腹を撫でた。
「お前が母になるのか。……想像できぬな」
「ぷ」「クスっ」
晴奈の言葉に、周りの子供たちも、シルビアも笑った。
聞くところによると、シリンはゴールドコーストに戻ってから、フェリオのために花嫁修業をしていたらしい。
紅虎亭で働きながら料理を学び、教会にも顔を出して家事を学び、手伝っているうちにフェリオとの子供ができ、そのまま結婚。今は幸せに暮らしていると言う。
「生まれたら、またトレーニングせなな。体、ちょっとなまってきよるし」
「無理するなよ」
「あいあい」
その晩、晴奈とシリンは教会の台所に立ち、シルビアと子供たちと一緒に夕食の準備をしていた。
「そうよ、シリン。立ちっぱなしも体に悪いし、休んでいた方がいいわ」
「いや、こんくらい平気やって」
「ダメよ、意地張らないの。『先輩』の言うことは聞いておきなさい」
「……えへへ、うん」
一年先に母親になっているシルビアに諭され、シリンは素直に椅子へ向かった。
晴奈とシルビアは台所に向いたまま、会話を続ける。
「それにしても――いずれこうなるとは予想してはいたが――シリンがもう、母親になるとは」
「いいお母さんになれそうですよ。子供たちも、よくなついてるし」
「そうだな」
二人の背後からは、シリンと子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
「セイナさんは、まだ結婚しないの?」
「結婚、か。……考えもしていないな。相手もいないし」
「あら、そうなんですか。今、おいくつでしたっけ」
「27になる」
「もう、そんなにですか。……そうね、ロウと1歳違いでしたものね」
「ああ……」
話しながら、晴奈は内心首をかしげていた。
(何故こうも、恋愛話だの結婚話だのが最近、私の周りで沸くようになったのだ?)
鍋をにらみつつ、晴奈は考え込む。
(それに、あの夢。
私に子供? 考えられぬ。……いや、あの夢の中では私は、十年以上も歳をとっていた。となると30歳後半か、40くらいか。いてもおかしくないとは、言えぬこともない。が、そうなると当然、こう疑問が沸く。
相手は――あの子供の父親は、誰なのだ? 私の夫となる者とは一体、どこの何者なのだろうか。……まあ、もしかしたらあの子は、養子か何かかも知れぬが)
「……セイナさーん」
シルビアが心配そうな声をかけながら、トントンと肩を叩いてきた。
「お鍋、もういいんじゃないかしら」
「あ」
晴奈は慌てて、吹きこぼれる寸前の鍋を上げた。
夜。
シリンが家に帰り、子供たちとシルビアが寝静まった頃、晴奈はぽつりとつぶやいた。
「白猫、今日は来ないのか?」
問いかけたが、答えは返ってこない。
(来そうな、気がしたのだが)
心の中で念じてみても、現れる気配はない。
(来そうな、と言うよりも)
もう一度、「白猫」と小さく呼びかけたが、返事はなかった。
(来てほしいのかも知れぬ。こんなに、心がざわめく夜は)
結局その夜、白猫は晴奈の夢に現れなかった。
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友人の変貌。
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3.
「……気が付かれました?」
目を開けると、シルビアの心配そうな顔がそこにあった。
「え……?」
晴奈は上体を起こし、きょとんとする。
「あの、先程倒れられて……」
「倒れた? 私が? ……ああ、そうか」
晴奈はようやく、自分が乳児室で気を失ったことを思い出した。
「大丈夫ですか?」
「ああ……。このところあちこちを飛び回っていたせいで、疲れていたのかも知れぬ」
「今日は、こちらで休んでいかれた方がいいのでは?」
「いや、宿があるので」
「そう思って、さっきフォルナさんが来た時」
アズサが、水を差し出しながら伝えた。
「『セイナさん、こっちでぐっすり眠っちゃったから、こっちに泊まらせておくね』って言っといたわ。心配させてもなんだし」
「……そうか。かたじけない。では、お言葉に甘えて」
晴奈は頭をかきながら、ぺこりと頭を下げた。
と、そこへ明るい声が飛び込んできた。
「あーっ!」
「な、何だ?」
驚く晴奈の視界に、派手な色をした頭髪と虎耳が映る。
「姉やん! こっち戻ってきてたん!?」
続いて、その派手な虎獣人が飛び込んできた。
「う、っく」
半ばタックルと言ってもいいその抱擁に、晴奈は目を白黒させる。
「お、おい。落ち着け、シリン」
虎獣人――シリンは、戸惑う晴奈に構わず頬を擦り付ける。
「おかえり、姉やんっ!」
「ああ、分かった、分かったから離せ」
「あ、ごめーん」
ようやく、シリンは体を離す。
「どないしたん、教会で横になって。……まさか、死ぬん?」
「阿呆」
晴奈は苦笑しつつ、シリンの額をぺちりと叩く。
「旅の疲れが出ただけだ。……それよりもシリン」
晴奈は、シリンの体に視線を落とした。
「どないしたん、はこっちの台詞だ。お主もなかなか、よく驚かせてくれるな」
「……えっへへー」
シリンの腹は、ぽっこりと膨らんでいた。
「相手は、フェリオか?」
「うん」
「いつ頃生まれる?」
「んー。……んー?」
シリンは腹に手を当て、考え込む。どうやら忘れているらしく、アズサがやれやれといった表情で助け舟を出した。
「今7ヶ月だから、来年頭くらい。1月半ばには」
「そうか。幸せなようで何よりだ」
「うん。……まあ、ちょっと残念なんは」
シリンははにかみ、肩をすくめた。
「今年のエリザリーグ、どっちも出られへんかったってコトやな。上半期のんは悪阻ひどーて、下半期もこのお腹やもん」
「それは仕方あるまい。……ふふっ」
晴奈は優しく、シリンの腹を撫でた。
「お前が母になるのか。……想像できぬな」
「ぷ」「クスっ」
晴奈の言葉に、周りの子供たちも、シルビアも笑った。
聞くところによると、シリンはゴールドコーストに戻ってから、フェリオのために花嫁修業をしていたらしい。
紅虎亭で働きながら料理を学び、教会にも顔を出して家事を学び、手伝っているうちにフェリオとの子供ができ、そのまま結婚。今は幸せに暮らしていると言う。
「生まれたら、またトレーニングせなな。体、ちょっとなまってきよるし」
「無理するなよ」
「あいあい」
その晩、晴奈とシリンは教会の台所に立ち、シルビアと子供たちと一緒に夕食の準備をしていた。
「そうよ、シリン。立ちっぱなしも体に悪いし、休んでいた方がいいわ」
「いや、こんくらい平気やって」
「ダメよ、意地張らないの。『先輩』の言うことは聞いておきなさい」
「……えへへ、うん」
一年先に母親になっているシルビアに諭され、シリンは素直に椅子へ向かった。
晴奈とシルビアは台所に向いたまま、会話を続ける。
「それにしても――いずれこうなるとは予想してはいたが――シリンがもう、母親になるとは」
「いいお母さんになれそうですよ。子供たちも、よくなついてるし」
「そうだな」
二人の背後からは、シリンと子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
「セイナさんは、まだ結婚しないの?」
「結婚、か。……考えもしていないな。相手もいないし」
「あら、そうなんですか。今、おいくつでしたっけ」
「27になる」
「もう、そんなにですか。……そうね、ロウと1歳違いでしたものね」
「ああ……」
話しながら、晴奈は内心首をかしげていた。
(何故こうも、恋愛話だの結婚話だのが最近、私の周りで沸くようになったのだ?)
鍋をにらみつつ、晴奈は考え込む。
(それに、あの夢。
私に子供? 考えられぬ。……いや、あの夢の中では私は、十年以上も歳をとっていた。となると30歳後半か、40くらいか。いてもおかしくないとは、言えぬこともない。が、そうなると当然、こう疑問が沸く。
相手は――あの子供の父親は、誰なのだ? 私の夫となる者とは一体、どこの何者なのだろうか。……まあ、もしかしたらあの子は、養子か何かかも知れぬが)
「……セイナさーん」
シルビアが心配そうな声をかけながら、トントンと肩を叩いてきた。
「お鍋、もういいんじゃないかしら」
「あ」
晴奈は慌てて、吹きこぼれる寸前の鍋を上げた。
夜。
シリンが家に帰り、子供たちとシルビアが寝静まった頃、晴奈はぽつりとつぶやいた。
「白猫、今日は来ないのか?」
問いかけたが、答えは返ってこない。
(来そうな、気がしたのだが)
心の中で念じてみても、現れる気配はない。
(来そうな、と言うよりも)
もう一度、「白猫」と小さく呼びかけたが、返事はなかった。
(来てほしいのかも知れぬ。こんなに、心がざわめく夜は)
結局その夜、白猫は晴奈の夢に現れなかった。
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今日の旅岡さん

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ま、30歳ちかくなると周りは結婚の話が多くなりますからね。
私も周りの結婚のピークは去っていきましたが。
結婚の時期は人それぞれですからね。
私はまだ先でしょうが。
私も周りの結婚のピークは去っていきましたが。
結婚の時期は人それぞれですからね。
私はまだ先でしょうが。
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残念ながら自分には、恐らく結婚の機会は無いと思います。
自分が結婚なるものに、何ら希望を抱いていないので。