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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第8部

    蒼天剣・騒心録 5

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    晴奈の話、第495話。
    友達から、……恋人に?

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    5.
     一通りの準備が整い、晴奈たちは財団が用意した馬車に乗って、ミッドランドへと向かっていた。
    「お姉さま、どうされたのかしら?」
    「さあ……?」
     明奈とフォルナは、一人端の席に座って物思いにふける晴奈を眺めていた。
     二人とも、晴奈を慕う「妹」同士である。打ち解けるのも早かったし、話題の半分は晴奈のことだった。
    「旅から帰ってきて、ずっとあの調子なんです。心ここにあらず、と言う具合で」
    「心配ですわね。これから危険な任務だと言うのに」
    「そうですね。このままあんな風にぼんやりとされては、こっちが心配になってしまいますし。
     ……お姉さま」
     明奈が声をかけてみたが、晴奈は反応しない。半ば無表情に、目の前の誰も座っていない席を眺めている。
    「お姉さま」
     今度はフォルナが呼びかける。しかし、こちらにも反応しない。見かねた小鈴が、晴奈の頭をポンと叩いた。
    「晴奈、呼んでるわよ」
    「え?」
    「ほれ、妹ちゃん」
     小鈴は晴奈の首をくい、と回して、明奈たちに向けさせた。
    「ああ……、どうした?」
    「どうしたも、こうしたもございませんわ」
    「どうなさったんですか? ここの所ずっと、上の空ですけれど」
    「そうかな?」
     頭をかきかける晴奈を、フォルナがたしなめた。
    「そうですわ。今だって、お呼びしたと言うのに」
    「そうだったか。失敬」
    「何か、悩みでも?」
    「いや……、何もない」
    「本当に?」
     二人の問いに、晴奈は軽くうなずいた。
    「ああ。差し当たって、気にかけていることは一切ない。ただ……」
    「ただ?」
     晴奈は一瞬、二人から視線をずらし、外を眺めた。
    「……ただ、思うのは。私のやってきた、これまでのことは」
     晴奈は立ち上がり、明奈たちの横に腰かけ直した。
    「一体何か、意味があったのかな、と」
    「はい?」
    「思うんだ、最近。私はこれまでずっと、目先の問題の解決に力を注いできた。が、それで己にとって、何かためになることはあったかと考えてみたが、思いつくのは己の技量が上達したことのみ。形に残ったものが、何もないなと」
    「はあ……」
    「ウィルは死した後、家族と孤児院を残した。今、ウィルの家族は幸せに暮らしているし、孤児院も少なからず、街の助けになるだろう。
     が、私はどうだろうか? ウィルと同い年になった今、仮にここで死んだとする。となると、何が残るだろう。私は何を残せるだろうか、と。
     明奈、フォルナ。私は何を残せるだろうか?」
     晴奈の問いに、明奈とフォルナは顔を見合わせた。
    「少なくとも、わたしとフォルナさんの縁は、お姉さまがいなければつながりませんね」
    「ああ。でもそれは、『私がいた時に』だ。
     もし仮に、去年にでも――殺刹峰かどこかで――私が死んでいたら、果たして明奈とフォルナは仲良くなっただろうか?」
    「それは、……まあ、仮定の話に仮定を持ち込むのも野暮ったいですが、なったかも分かりませんよ」
    「そうだろうな。……何を言いたいのか、私も分からなくなってきたな。……話は、これで終わりにしよう」
     そう言って、晴奈は立ち上がりかける。

     と、今まで下を向いて眠っていたエルスが顔を挙げた。
    「人はむなしく、業績こそすべて」
    「え?」
    「分かるよ、セイナ。僕もそんな気持ちになることが、時々ある。
     僕にしても、これまでの30余年でやったことって言えば、王国のために働き、連合のために働き、そして今もそのために働き――僕が今ここで死んだら、きっと何も残らないだろうね。王国も連合も、僕をそれなりに評価するだろうけれど、それで終わりだろうさ。
     まだ僕は、何も形あるものを残していない。……そう考えると、心の中がざわつく」
    「ああ……うん」
     エルスは晴奈の隣に座り直し、話を続ける。
    「せめてね、何か一つでも、『これはリロイ・L・グラッドの存在がなければ生まれなかった』って言うのを、後世に残したいね」
    「ふむ」
    「……僕はね、セイナ」
     エルスは晴奈に、そっと耳打ちした。
    「もし、このゴタゴタが全部済んだら、結婚するなり何かして、落ち着こうと思うんだ。
     陳腐な話になるけど、自分の子供なんかはまさに、自分がいなきゃ生まれないからね」
    「そうだな」
     晴奈はクスっと、小さく笑った。
     と、エルスが一言付け加える。
    「……例えば君との子供なんて、どんな子だろうね」
    「は、……はあ?」
     続いて、晴奈の顔が真っ赤に染まる。それを見たエルスは、ニヤニヤしている。
    「冗談、だよ」
    「……なら、いい、が」
     エルスはさらに口角を上げ、もう一言つぶやいた。
    「本気と取っても、いいけどね。君が奥さんになってくれるなら、大歓迎さ」
    「……っ」
     エルスの言葉が本気なのかそうでないのか、晴奈には判断できなかった。
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    「残す」と言うことについては、自分の考えはちょっと違いますね。
    まだ若い、……んでしょうか。

    NoTitle 

    ま、何かを残せる人間の方が少ないものです。
    私もそういうところに拘りが若いころは・・・今も若いか。
    まあ、今を生き続けることで何かを残すことにつながるのだと私は自分で決めましたけどね。
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