「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第8部
蒼天剣・有頂録 2
晴奈の話、第522話。
重荷を下ろそう。
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2.
晴奈は辺りを見回した。
辺りには、空ばかりだ。他の山々も、雲も、はるか下にある。頭上には何一つ無い、まったくの青空の中だった。
「頂点、……か」
《恐らくキミのピークは、短くても後2~3年は続くだろう。そしてその後、緩やかに落ちていく。それは人間として、当然の流れ。
すべての生物に当然として訪れる、老い》
「そうか」
《……あんまり、ショックを受けた様子じゃないね?》
「いや、薄々考えてはいたことだ。いずれ訪れると思っていたものが、来ただけのこと。
……だが」
晴奈はもう一度辺りを見回し、つぶやいた。
「こんなに、……寒々しいのか」
《頂点ってのは、恐ろしく足場の狭いところさ。キミはタイカさんの弟子さえ退けるほどの力を持ってしまったから、ね。
ココに足を乗せられるのは、ボクみたいに『人間』じゃなくなったヒトだけさ》
「私は、人間では無いと?」
《いいや、人間さ。人間として、ピーク。行けるところまで来た。
……ここより上に。空の果てに、行きたい?》
そう問われ、晴奈は戸惑った。
「何だと?」
《ボクなら教えてやれる。人間の枠を外れて、さらにその上に行く方法を。……知りたい?》
「……いいや」
晴奈はその場に座り込み、首を横に振った。
「ここは寒すぎる。これよりさらに寒い場所へなど、行く気は起きぬ」
《そっか。ま、その方がいいよ。キミの言う通り、寒いもの》
白猫も、晴奈の横に座り込んだ。
《それに、そっちへ行っちゃったらもう、戻れないしね。……ほら、下を見てみなよ》
白猫の指差す方に、晴奈は視線を向ける。
「あ……」
そこには、皆がいた。
今までに会ってきた、大事な者たち――師匠の雪乃、親友のエルス、長い付き合いの小鈴、明奈やフォルナなどの弟妹たち、そして、トマスも。
《降りていけば、皆のところに戻れる。皆と、遊べるんだ。
いいじゃないか、それも。今までずっと、『自分は強い』『自分が皆を護らなければ』『自分は誰にも負けてはならない』って頑張ってきたけど、もうそれもしなくていい。皆とゆっくり、遊んでいいんだよ。
後もう少しで、キミの重荷は下ろせるよ。おつかれさん、セイナ》
「重荷……」
晴奈はそっと、白猫の肩に頭を乗せた。
「重荷か。そうか、そうだったんだな」
《おや、珍しい。キミが甘えてくるなんて》
「白猫、お主の言う通りだ。私はずっと、『強くあらねば』と心に抱き、剣士の道を歩き続けた。
それは確かに心地良かった。その抱負を抱き続けることで生まれる自信が、私には誇らしかったし、周りからの信頼も温かく感じられた。
だが最近になって、そう思う度、心の中がざわざわと鳴るようになった。どこかに、今まで感じなかった疲れが、少しずつ、少しずつ溜まっていた。その細かな、塵のような疲労が、ざわざわと鳴っていたんだ。
その塵は、私の心のどこかから沸いていた。それは、本当に小さな、粉のようなものだったから、若いうちには気が付かなかったし、気にも留めていなかった。
……でも、今は。頂に上った、今は。その塵は積もりに積もり、耐え難い重さとざわめきを生んでいた。
それはまさに、重荷と言うべきものだった。『強くあらねば』は、既に抱負ではなく責務になっていたんだ。
……この間、トマスと話をした時。トマスは『また央南に戻ったら、忙しくなるね』と言った。それを聞いて、私は嫌な気持ちになった。
また私は延々、延々と、目の前の敵を斬らなければならないのか、と」
《……だからテンコちゃんにとどめ、刺さなかったんだね》
白猫はそっと晴奈の肩に手を回し、優しく頭を抱きかかえた。
《もう戦うのに、疲れたんだね》
「……ああ……」
《悟ったんだね、19の時に言われたコト。
そうだよ。無闇な戦いを重ね、相手を次々殺してたら、それ以上のコトは何もできないんだ。
キミは今、テンコちゃんが可愛い子だって知っている。けど、あの時殺してしまっていたら、ただの危ない子だとしか思わなかっただろう。
それでいいんだ。それが分かったキミはもう、修羅なんかじゃない。
キミの業はもう、浄化されている》
「……っ……」
白猫からのその言葉に、晴奈の目からぽたぽたと、涙がこぼれ出す。
《泣きたいなら、泣きなよ。
ここは頂点――ボクの他には誰にも、その声は聞こえやしないんだから》
「……ああ……あああ……うああー……」
晴奈は白猫にしがみつくように、泣き出した。
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重荷を下ろそう。
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2.
晴奈は辺りを見回した。
辺りには、空ばかりだ。他の山々も、雲も、はるか下にある。頭上には何一つ無い、まったくの青空の中だった。
「頂点、……か」
《恐らくキミのピークは、短くても後2~3年は続くだろう。そしてその後、緩やかに落ちていく。それは人間として、当然の流れ。
すべての生物に当然として訪れる、老い》
「そうか」
《……あんまり、ショックを受けた様子じゃないね?》
「いや、薄々考えてはいたことだ。いずれ訪れると思っていたものが、来ただけのこと。
……だが」
晴奈はもう一度辺りを見回し、つぶやいた。
「こんなに、……寒々しいのか」
《頂点ってのは、恐ろしく足場の狭いところさ。キミはタイカさんの弟子さえ退けるほどの力を持ってしまったから、ね。
ココに足を乗せられるのは、ボクみたいに『人間』じゃなくなったヒトだけさ》
「私は、人間では無いと?」
《いいや、人間さ。人間として、ピーク。行けるところまで来た。
……ここより上に。空の果てに、行きたい?》
そう問われ、晴奈は戸惑った。
「何だと?」
《ボクなら教えてやれる。人間の枠を外れて、さらにその上に行く方法を。……知りたい?》
「……いいや」
晴奈はその場に座り込み、首を横に振った。
「ここは寒すぎる。これよりさらに寒い場所へなど、行く気は起きぬ」
《そっか。ま、その方がいいよ。キミの言う通り、寒いもの》
白猫も、晴奈の横に座り込んだ。
《それに、そっちへ行っちゃったらもう、戻れないしね。……ほら、下を見てみなよ》
白猫の指差す方に、晴奈は視線を向ける。
「あ……」
そこには、皆がいた。
今までに会ってきた、大事な者たち――師匠の雪乃、親友のエルス、長い付き合いの小鈴、明奈やフォルナなどの弟妹たち、そして、トマスも。
《降りていけば、皆のところに戻れる。皆と、遊べるんだ。
いいじゃないか、それも。今までずっと、『自分は強い』『自分が皆を護らなければ』『自分は誰にも負けてはならない』って頑張ってきたけど、もうそれもしなくていい。皆とゆっくり、遊んでいいんだよ。
後もう少しで、キミの重荷は下ろせるよ。おつかれさん、セイナ》
「重荷……」
晴奈はそっと、白猫の肩に頭を乗せた。
「重荷か。そうか、そうだったんだな」
《おや、珍しい。キミが甘えてくるなんて》
「白猫、お主の言う通りだ。私はずっと、『強くあらねば』と心に抱き、剣士の道を歩き続けた。
それは確かに心地良かった。その抱負を抱き続けることで生まれる自信が、私には誇らしかったし、周りからの信頼も温かく感じられた。
だが最近になって、そう思う度、心の中がざわざわと鳴るようになった。どこかに、今まで感じなかった疲れが、少しずつ、少しずつ溜まっていた。その細かな、塵のような疲労が、ざわざわと鳴っていたんだ。
その塵は、私の心のどこかから沸いていた。それは、本当に小さな、粉のようなものだったから、若いうちには気が付かなかったし、気にも留めていなかった。
……でも、今は。頂に上った、今は。その塵は積もりに積もり、耐え難い重さとざわめきを生んでいた。
それはまさに、重荷と言うべきものだった。『強くあらねば』は、既に抱負ではなく責務になっていたんだ。
……この間、トマスと話をした時。トマスは『また央南に戻ったら、忙しくなるね』と言った。それを聞いて、私は嫌な気持ちになった。
また私は延々、延々と、目の前の敵を斬らなければならないのか、と」
《……だからテンコちゃんにとどめ、刺さなかったんだね》
白猫はそっと晴奈の肩に手を回し、優しく頭を抱きかかえた。
《もう戦うのに、疲れたんだね》
「……ああ……」
《悟ったんだね、19の時に言われたコト。
そうだよ。無闇な戦いを重ね、相手を次々殺してたら、それ以上のコトは何もできないんだ。
キミは今、テンコちゃんが可愛い子だって知っている。けど、あの時殺してしまっていたら、ただの危ない子だとしか思わなかっただろう。
それでいいんだ。それが分かったキミはもう、修羅なんかじゃない。
キミの業はもう、浄化されている》
「……っ……」
白猫からのその言葉に、晴奈の目からぽたぽたと、涙がこぼれ出す。
《泣きたいなら、泣きなよ。
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「……ああ……あああ……うああー……」
晴奈は白猫にしがみつくように、泣き出した。
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~ Comment ~
NoTitle
ううむ。
セイナはすごいですね。
ピークや限界を受け入れるのはなかなか常人ではできないですけどね。
私も今がピークの年齢なので、
そこから劣るのが今でも怖いです。
セイナはすごいですね。
ピークや限界を受け入れるのはなかなか常人ではできないですけどね。
私も今がピークの年齢なので、
そこから劣るのが今でも怖いです。
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NoTitle
「もう来てしまったのか」と思う人も同程度いると思いますが、
時には「早く終わって欲しい」と願う人もいるかも知れません。
晴奈の剣士としての、これまでの人生は、
辛く苦しく、殺伐としていましたから。