「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第8部
蒼天剣・有頂録 3
晴奈の話、第523話。
体じゃなく、心が触れ合う。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
晴奈が落ち着いたところで、白猫はすっと立ち上がった。
《そろそろ降りようか》
「……ああ」
白猫の差し出した手を借り、晴奈は立ち上がる。
「……」
と、下に向かって歩こうとした足が止まる。
《どうしたの?》
「……すまない、白猫。もう戦いたくないと、そうは言った。
でも、後もう少しだけ、戦わないといけない」
《もう少し? ……ああ》
白猫はきょろ、と辺りを見回し、ある一点――雲間からほの見える、別の山の頂を指差した。
《あの子だね。あの、仮面の子》
「ああ。巴景とは、決着を付けないといけない。それだけは、避けては通れないんだ」
《そうだね。あの子も、キミと同じところに登ろうとしているし、間もなく達せられるだろう。後、1年以内に》
「そうか」
続いて白猫は、別の場所を指差した。そこにも山のシルエットが、ぼんやりと見える。
《それから、……アイツだね。あの『鉄の悪魔』、アル》
「そう。あの男こそ日上を、『ヘブン』を操り、世界を蹂躙する真の邪悪だ。
それを見て見ぬ振りなんて、例え私がどんなに老いさばらえて、頂点から遠く離れたとしても、到底できない。
巴景と、アラン。この二人と決着を付けるまでは、私はここから動くわけには行かない」
《だよね。……ま、降りたくなったらいつでも言ってよ。また一緒に、歩こう》
「頼んだ」
そう言ったところで、晴奈は登っていた際に思わず、「助かる」と言ってしまった理由が分かった。
(そうか……。
寂しかったんだ。この道を――ううん、どんな道でも。
一人きりで歩くことが)
「……い、おーい、セイナぁー」
誰かに呼ばれ、晴奈は目を開けた。
「……お、おぉ!?」
すぐ目の前に、トマスの顔がある。
「はっ……、離れろ!」
「あ、ご、ごめん。そんなに怒らなくても」
「近過ぎる! 何をする気だったのだ!」
トマスは後ずさりながら弁明する。
「な、何にもしてないって! 何回呼んでも起きなかったから、耳元で呼んでたんだよ! 本当に何もしなかったから!」
「……なら、いい」
晴奈は椅子から起き上がり、首を回す。
「んん、ん……。もう夜になってしまったのか」
「うん。だから、風邪でも引いたりしないかと思って、起こしたんだ」
「そうか。悪かったな、怒鳴ったりして」
「いいよ、君に怒られるのはもう慣れたから」
皮肉っぽく言ったトマスを見て、晴奈は思わず笑い出した。
「……はは、はっ。そうだな、私はお主に怒ってばかりいる」
「そうだよ、本当に……」
「……すまぬ」
晴奈はぺこりと、頭を下げた。
「え?」
「何と言うかな……、私は、どうにも『姉』なのだ。どうにも、他人が放っておけぬ。特にお主などは、見ていて口を出したくてたまらない。
つまるところ、私はいつでも上から見ているのだ。お主をまるで、手のかかる弟のように、いつも下への目線で見てしまっていた。……本当に、すまない」
「いや、そんなの、別に……」
トマスは困った素振りを見せながら応える。
「いいんだ、うん。君に怒られて、嫌な気分じゃない。むしろ、僕は一人っ子だったし、昔から勉強と研究ばっかりで屋内にこもってたから、祖父以外にあんまり怒られたりしたことがないし。
だから嬉しかったりするんだ。君が僕のこと、本当に気にかけてくれてるんだと思って」
それを聞いて、晴奈は逆に困った。
「お主は怒られて、嬉しくなるのか? ……変な奴だな」
「あ、違うって、そうじゃなくって。何て言えばいいのかな……」
トマスは手をバタバタさせながら、言葉を捜す。
「……ああ、そうだ。人と深く接する、って感じなのかな。何て言うか、密接につながってるって、そう思えるんだ。
それは例えば、君に触れているとかそう言うことじゃなく、心、……って言うのかな、そう言う精神的に深いところで、君と一緒にいる。そんな感じが、心地良いんだ」
「そうか」
晴奈はもう一度、椅子に座り直した。
「……お主は無神経でズケズケとした物言いばかりで、時には心底苛立たしくなることもある。
が……、お主は私のことを、いつも気にかけてくれている。私の身を、案じてくれている。その思いが……」
晴奈はトマスから顔を背け、ぼそっとつぶやいた。
「……楽にさせてくれるよ。お前といると、心地良いんだ」
@au_ringさんをフォロー
体じゃなく、心が触れ合う。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
晴奈が落ち着いたところで、白猫はすっと立ち上がった。
《そろそろ降りようか》
「……ああ」
白猫の差し出した手を借り、晴奈は立ち上がる。
「……」
と、下に向かって歩こうとした足が止まる。
《どうしたの?》
「……すまない、白猫。もう戦いたくないと、そうは言った。
でも、後もう少しだけ、戦わないといけない」
《もう少し? ……ああ》
白猫はきょろ、と辺りを見回し、ある一点――雲間からほの見える、別の山の頂を指差した。
《あの子だね。あの、仮面の子》
「ああ。巴景とは、決着を付けないといけない。それだけは、避けては通れないんだ」
《そうだね。あの子も、キミと同じところに登ろうとしているし、間もなく達せられるだろう。後、1年以内に》
「そうか」
続いて白猫は、別の場所を指差した。そこにも山のシルエットが、ぼんやりと見える。
《それから、……アイツだね。あの『鉄の悪魔』、アル》
「そう。あの男こそ日上を、『ヘブン』を操り、世界を蹂躙する真の邪悪だ。
それを見て見ぬ振りなんて、例え私がどんなに老いさばらえて、頂点から遠く離れたとしても、到底できない。
巴景と、アラン。この二人と決着を付けるまでは、私はここから動くわけには行かない」
《だよね。……ま、降りたくなったらいつでも言ってよ。また一緒に、歩こう》
「頼んだ」
そう言ったところで、晴奈は登っていた際に思わず、「助かる」と言ってしまった理由が分かった。
(そうか……。
寂しかったんだ。この道を――ううん、どんな道でも。
一人きりで歩くことが)
「……い、おーい、セイナぁー」
誰かに呼ばれ、晴奈は目を開けた。
「……お、おぉ!?」
すぐ目の前に、トマスの顔がある。
「はっ……、離れろ!」
「あ、ご、ごめん。そんなに怒らなくても」
「近過ぎる! 何をする気だったのだ!」
トマスは後ずさりながら弁明する。
「な、何にもしてないって! 何回呼んでも起きなかったから、耳元で呼んでたんだよ! 本当に何もしなかったから!」
「……なら、いい」
晴奈は椅子から起き上がり、首を回す。
「んん、ん……。もう夜になってしまったのか」
「うん。だから、風邪でも引いたりしないかと思って、起こしたんだ」
「そうか。悪かったな、怒鳴ったりして」
「いいよ、君に怒られるのはもう慣れたから」
皮肉っぽく言ったトマスを見て、晴奈は思わず笑い出した。
「……はは、はっ。そうだな、私はお主に怒ってばかりいる」
「そうだよ、本当に……」
「……すまぬ」
晴奈はぺこりと、頭を下げた。
「え?」
「何と言うかな……、私は、どうにも『姉』なのだ。どうにも、他人が放っておけぬ。特にお主などは、見ていて口を出したくてたまらない。
つまるところ、私はいつでも上から見ているのだ。お主をまるで、手のかかる弟のように、いつも下への目線で見てしまっていた。……本当に、すまない」
「いや、そんなの、別に……」
トマスは困った素振りを見せながら応える。
「いいんだ、うん。君に怒られて、嫌な気分じゃない。むしろ、僕は一人っ子だったし、昔から勉強と研究ばっかりで屋内にこもってたから、祖父以外にあんまり怒られたりしたことがないし。
だから嬉しかったりするんだ。君が僕のこと、本当に気にかけてくれてるんだと思って」
それを聞いて、晴奈は逆に困った。
「お主は怒られて、嬉しくなるのか? ……変な奴だな」
「あ、違うって、そうじゃなくって。何て言えばいいのかな……」
トマスは手をバタバタさせながら、言葉を捜す。
「……ああ、そうだ。人と深く接する、って感じなのかな。何て言うか、密接につながってるって、そう思えるんだ。
それは例えば、君に触れているとかそう言うことじゃなく、心、……って言うのかな、そう言う精神的に深いところで、君と一緒にいる。そんな感じが、心地良いんだ」
「そうか」
晴奈はもう一度、椅子に座り直した。
「……お主は無神経でズケズケとした物言いばかりで、時には心底苛立たしくなることもある。
が……、お主は私のことを、いつも気にかけてくれている。私の身を、案じてくれている。その思いが……」
晴奈はトマスから顔を背け、ぼそっとつぶやいた。
「……楽にさせてくれるよ。お前といると、心地良いんだ」
- 関連記事



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
ここから孤高が始まりますね。
この後のストーリーにも興味が持てますね。
強いということは孤高ということを教えてくれる・・・。
この後のストーリーにも興味が持てますね。
強いということは孤高ということを教えてくれる・・・。
宿敵――巴景は完璧に個人主義ですからね。
孤高、と言う表現がぴったり。
晴奈も戦いの中では、孤高の人。
晴奈と巴景二人の、共通する立ち位置や雰囲気を表すには、
山と言う表現が一番かな、と。
孤高、と言う表現がぴったり。
晴奈も戦いの中では、孤高の人。
晴奈と巴景二人の、共通する立ち位置や雰囲気を表すには、
山と言う表現が一番かな、と。
宿敵もまた、孤独なりですかね。
山に例えているのが斬新です、と云うより視覚的にイメージし易い、うーーん、巧いです。
もうーーー感心しました。
セイナの本音も聞けたし、なんか得した気分です。
山に例えているのが斬新です、と云うより視覚的にイメージし易い、うーーん、巧いです。
もうーーー感心しました。
セイナの本音も聞けたし、なんか得した気分です。
- #125 のくにぴゆう
- URL
- 2010.03/30 19:54
- ▲EntryTop
~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
NoTitle
ただし、晴奈自身は孤独であることを嫌っているようです。