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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第8部

    蒼天剣・有頂録 4

     ←蒼天剣・有頂録 3 →キャラ紹介;白猫(第3,4,5,8部)
    晴奈の話、第524話。
    二人で休みたい、二人で歩きたい。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     晴奈はチラ、とトマスの顔を横目で見て、また目をそらした。
    「最近ずっと、私と親しい者の誰もがこう思っているのが、ありありと見えてくるんだ。『黄晴奈なら何とかしてくれる。黄晴奈に任せれば安心だ。だって、あの人は強いのだから』と。
     ミッドランドの時も、そうだった。小鈴たちは早々に私から離れて、私一人に戦いを任せた。私は死にそうな目に遭いながら、一人で戦い抜いた。『皆のために』、『皆を助けるために』と戦っても、つまるところは私一人と敵一人の、一対一の戦いだったんだ。
     まあ、今までやってきたことだし、戦いは私の領分だ。そんな風に放っておいてもらっても、それは確かに大丈夫さ。実際、一人で勝ってしまったんだし。でも、そうされるのは、……ひどく寂しく、苦しいことなんだ。
     だってもし、私がどうにもできない相手がいたら、私は誰に頼ればいいんだろうか? ……結局そうなれば、私は無理矢理に自分を奮い立たせ、己の限界を超えて立ち回らないといけなくなる。今回だって、そうだったんだからな。
     他人は、私に頼ってくる。でも私が頼れる人間は、私以外にいない。そう考えると、私の人間関係は一方通行なんだ――向こうから接してくることばかりで、こちらから接することが無い。
     それはまるで、私一人が舞台に上げられ、その演舞を見守られているような――そんな感覚なんだ。だから誰も、私の方に来ない。舞台に上がる観客は、まずいないから」
    「そっか……」
     す、と晴奈の横にトマスが座り込んだ。
    「僕も、セイナを頼りにしてた一人だ。……ごめんね、何か」
    「ううん。お前は、それだけじゃないさ」
     晴奈は横のトマスを、じっと見つめた。
    「起こしに来てくれただろう? ……ふふ、こんなことでさえ、『晴奈なら起こさなくても大丈夫』と皆が思っている。実際、目覚めがいい方だからな。だから、来る者はいない。お前だけだ、わざわざ起こしに来てくれたのは。
     トマスはいつも、私のことを気にかけてくれている。私を、心配してくれる。それが本当に、嬉しいんだ」
     晴奈は夢の中で白猫にやったように、そっと頭をトマスの肩に乗せた。
    「え、ちょっ……」
    「私はあまり、物をねだらない方だが、……一つ、頼まれてくれるか?」
    「な、……何かな」
    「時々でいいから、こうしてお前の側で、休ませてくれないか?」
    「……いいよ。僕なんかの側でよければ」
    「お前が、いい。お前なら気兼ねなく、休ませてくれるから」
     既に日は落ち、甲板の上には誰もいない。冷たい海風が、二人の周りを過ぎていく。
    「……温かいな。二人だと、温かい」
    「……うん」
     晴奈とトマスはずっと、静かに座っていた。



     黄海に戻った晴奈は、トマスと過ごすことが多くなった。
    「なあ、トマス。『ヘブン』への対応は、どうなったんだ?」
    「そうだなぁ……、現状は、こう言う感じかな。
     北方・央中・央南の三地域が連携したことで、かなり強力な対抗力が得られた。多分、『ヘブン』は真っ向勝負を諦めると思う。兵力だけで見ても、央北は15万。こっちには北方8万、央中10万、央南12万の計30万だから、およそ2倍の差がある。これで戦争しようなんて、無謀としか言い様が無いからね。
     だから向こうの出方としては、共同路線か講和路線、つまり以前の中央政府のように穏便な付き合いをしたいと望んでくるはずだ。
     でも、こちらはそうも行かない。『ヘブン』のトップであるフーは、僕たちにとって特A級戦犯だからね。彼の身柄引き渡しは、何としてでも行われなければならない。
     その兼ね合い、妥協点を見つけるための協議が、これから行われることになると思う。まあ、多分フーを引き渡して『ヘブン』再編成、って流れになるんじゃないかな」
    「ふむ、なるほど」
     と、横を通りかかったエルスが二人を見て茶化す。
    「あれ? 自分の家に連れ込んでデート?」
    「ち、違う! 単に、政治動向をだな」
    「ま、いーけどねー」
    「……くっ」
     晴奈は顔を赤くし、エルスにギリギリ聞こえるくらいの小声でつぶやいた。
    「言うぞ。リストに、お主が私との子供がどうとか言って、あまつさえ別の女に手を出したと」
    「いやいや、ゴメンゴメン、本当にゴメン」
     エルスは態度を翻し、ペコリと頭を下げた。
    「冗談だって、冗談。あ、そうそう。政治の話なら、こっちからもニュースがあるから」
    「ほう?」
    「どんな話?」
     エルスは手に持っていた書類を、二人の前に並べた。
    「『ヘブン』の参謀・主任顧問だった人が突然、更迭されたんだ。以前の参謀が戻ってきたから、らしいんだけどね。その、前の人って言えば……」
    「……アラン・グレイ氏だね。……そうなると、まずいかも」
    「何がだ?」
     尋ねる晴奈に、トマスが残念そうに説明した。
    「グレイ氏はカチカチの強硬派、武闘派なんだ。フーに軍閥を作るよう指示したのも彼だし。
     彼が戻ってきたとなると当然、協議なんかしようなんて思わないだろう」
    「……戦争一択、か。最も残念な展開になるだろうな」
    「うん……」
     三人は一様に、重い表情を見せた。

     長きに渡る、央北の戦争に終焉が近付いていた。それは悲劇的な終焉であり、エルスも、トマスも、三地域同盟の首脳の誰もが、その回避を願っていた。
     しかし結局、その悲劇の幕は開いた。エルスたちの予想通り、「ヘブン」は戦争を選び、戦いが始まったのだ。



     いつか、晴奈の大先輩であった楢崎瞬二が、九尾闘技場の老いた主であったクラウンを、「魂の加齢臭がする」と評したことがある。
     戦いに次ぐ戦いの日々で、その心身を磨耗させたクラウン。その心は、晩年には狂気に蝕まれていた。

     晴奈もまた、長く連続した戦いの果てに、疲労し始めていた。
     肉体・技量は完成し、高みに上り詰めた。だがその心はじわじわと荒み、彼女は戦うことよりも、穏やかに暮らすことを望み始めていた。

     長い長い晴奈の戦いの歴史にもまた、終わりが近付いてきていた。

    蒼天剣・有頂録 終

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    第8部終了です。
    通例ならこの後、スピンオフを掲載していくんですが、
    まだアイデアがまとまらず、手が付けられていない状態です(´・ω・)

    明日は人物紹介を掲載し、順調に行けば明後日からスピンオフ開始ですが、
    もしも掲載されてなければ、その時はご容赦ください。
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    強いだけじゃ、いつか一人ぼっちになってしまう。
    それは心地良くも楽しくも無いのでしょう。

    次が「蒼天剣」最終部です。
    最後までよろしくお付き合い下さい。

    NoTitle 

    一旦の終了ですね。
    強くなりすぎるのも・・・。
    なんだか、ジャンプのるろうに剣心を思い出しますね。
    強くなりすぎると頼られ過ぎるが、自分でなんとかしないといけない葛藤が。。。

     

    労いの言葉、ありがとうございます(*´∀`)
    もしアイデアがまとまらなければ、ちょっとお休みするかも。

     

    お疲れさまでした。
    セイナと一緒に戦ってきた黄輪さんにも休養は大事です。
    ポチして帰ります
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