「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第9部
蒼天剣・無頼録 6
晴奈の話、第534話。
鬼がやってくる。
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6.
屏風山脈、黒鳥宮。
「侵入者! 侵入者だーッ!」
その夜、宮内は騒然としていた。
突如門前に現れた侵入者が、目にもとまらぬ速さで門番3名を倒し、そのまま侵入してきたと言うのだ。
「直ちに僧兵全員で、くまなく探し出せ! 教団のメンツにかけて、絶対に逃がすなッ!」
ウィルとウェンディの兄であり、僧兵団のすべてを掌握しているワニオン・ウィルソン大司教は、この異状を聞きつけて即座に動いた。
「……まったく、こんな時を狙って来なくてもいいだろうに!」
現在、黒炎教団では一つの問題が起こっていた。
教主ウィリアムが重い病に臥せっており――ここ数年、弟が惨殺されたり、息子が遠い地で亡くなったと聞かされたりと、心労が重なったせいだろう――もってあと数週間かと言う状態にある。これ以上ストレスが重なれば、命に関わる。
ウィリアムを何より慕うワニオンとしては、これ以上心配させたくなかったのだ。
「報告します!」
と、僧兵長の一人がワニオンの前にやってくる。
「どうした? 捕まえたか?」
「いえ、それが……」
「ハァ、ハァ……」
ウィルの姉、ウェンディは肩で息をしながら、目の前の敵――巴景に矛を向けていた。
「く……、強い」
横にはすぐ下の弟、ウォルターが同様に息を切らしながら、三節棍を構えている。
「何が目的なの?」
ウェンディはずれた眼鏡を直しつつ、巴景に尋ねる。
「目的? そうね……、武者修行、かしらね。この黒鳥宮の中で一番強い人、出してほしいんだけど」
「なら、……まずは僕たちを倒してみろッ!」
ウォルターがいきり立ち、巴景に向かって棍を放つ。
「いいわよ」
巴景は向かってきた棍に、全力で剣を振り下ろす。ガイン、とけたたましい音を立てて、金属製の棍は真っ二つに割れた。
「なっ……」
目を丸くしたウォルターの前に、巴景が迫る。
「まず、一人」
巴景は剣を離した左腕をウォルターの首に回し、そのまま旋回する。
「げ……っ」
首を軸にして縦回転したウォルターは地面に頭を叩きつけられ、そのまま気絶した。
「次はあなた?」
巴景は再び剣を構え、ウェンディに向き直る。
「……ええ。行くわよ!」
ウェンディは大きく深呼吸し、巴景に向かって走り出した。ゴウ、ゴウと矛を唸らせ、巴景を捉えようと迫るが、巴景は間一髪で――文字通り、髪一本ほどのギリギリで避け、ウェンディのすぐ前に立った。
「……ッ」
「この距離なら、もう矛は役立たずね」
巴景はすとんと、ウェンディの鳩尾に貫手を放った。
「は、う……」
ウェンディの目がひっくり返り、そのまま前のめりに倒れた。
巴景は倒れたウェンディに目もくれず、くるりと振り返る。
「……それで、あなたがこの教団で一番強い人かしら?」
「そうだ。覚悟しろ、仮面の剣士」
騒ぎを聞きつけたワニオンが、大剣を手に駆けつけてきていた。
ワニオンは大剣を振り上げ、巴景に向かって飛び掛る。
「へ、え……」
巴景はその姿を見て、感嘆の声を上げる。
(背はざっと見て190以上、体重は100キロ超えてるでしょうね。なのに、とても軽やかな動き。大剣が、まるで子供のオモチャを振り回してるみたいに見えるわ)
「うりゃあーッ!」
ワニオンの振り下ろした剣が、一瞬前まで巴景が立っていた地面を削る。
「む、う」
ワニオンは素早く身を翻し、次の攻撃に移る。
「ふふ、流石ね」
巴景もひらりと体勢を変え、ワニオンと再び対峙する。
「これなら十分、相手になりそうね」
「何……?」
ワニオンの狼耳が、ピクと動く。
「相手とは、何のことだ」
「私の技の、練習相手。……いきなり仕掛けるのも剣士としてはアンフェアだろうし、教えてあげるわ」
そう言って巴景は、左手を火に変えた。
「なっ……?」
それを見たワニオンが目を丸くする。僧兵たちに助け起こされたウェンディ、ウォルターも、巴景の技に驚いていた。
「腕が燃えている……!?」
「焔? いや、あいつらのは剣を、か。じゃああれは、一体……?」
驚くウィルソン家の面々を見て、巴景は高らかに笑う。
「ふふっ、あははは……。驚いてくれて嬉しいわ。これが私の技よ。名付けて、『人鬼』」
巴景は両手を炎に変え、剣を構える。
「あなたは鬼が倒せるかしら?」
「……~ッ」
巴景の尋常ではない気迫に威圧され、巨漢のワニオンがたじろいだ。
だが、それでも無理矢理に奮い立ち、大剣を正眼に構えて精神集中する。
(黒炎様……、無闇に祈られることを、あなた様は嫌うと仰られました。
しかし、どうか、どうか祈らせてください)
「さ、行くわよ」
巴景が仮面の口に空いた穴から、ふーっと息を吐く。
その息さえも、まるでドラゴンの息吹のように赤く燃え盛り、空気をちりちりと熱していた。
(どうか黒炎様、目の前の悪鬼をこの私めが征伐できるよう、力をお与えください……ッ)
「はああああッ!」
巴景が恐るべき速さで、ワニオンの間合いに飛び込んでくる。
「……黒炎様あああッ!」
ワニオンは意を決し、巴景を迎え撃った。
1時間後、教主ウィリアムの耳に、息子たちが謎の剣士に大ケガを負わされたと、また、剣士は捕まることなく逃げてしまったと伝えられた。
「おお……」
それを聞いたウィリアムは上半身を起こし、従者につぶやいた。
「神は……」
従者は慌てて「お休みください」と伝えたが、ウィリアムは応えない。
「神は、もういないようだ……」
そのままウィリアムはうなだれ、二度と動くことはなかった。
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鬼がやってくる。
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6.
屏風山脈、黒鳥宮。
「侵入者! 侵入者だーッ!」
その夜、宮内は騒然としていた。
突如門前に現れた侵入者が、目にもとまらぬ速さで門番3名を倒し、そのまま侵入してきたと言うのだ。
「直ちに僧兵全員で、くまなく探し出せ! 教団のメンツにかけて、絶対に逃がすなッ!」
ウィルとウェンディの兄であり、僧兵団のすべてを掌握しているワニオン・ウィルソン大司教は、この異状を聞きつけて即座に動いた。
「……まったく、こんな時を狙って来なくてもいいだろうに!」
現在、黒炎教団では一つの問題が起こっていた。
教主ウィリアムが重い病に臥せっており――ここ数年、弟が惨殺されたり、息子が遠い地で亡くなったと聞かされたりと、心労が重なったせいだろう――もってあと数週間かと言う状態にある。これ以上ストレスが重なれば、命に関わる。
ウィリアムを何より慕うワニオンとしては、これ以上心配させたくなかったのだ。
「報告します!」
と、僧兵長の一人がワニオンの前にやってくる。
「どうした? 捕まえたか?」
「いえ、それが……」
「ハァ、ハァ……」
ウィルの姉、ウェンディは肩で息をしながら、目の前の敵――巴景に矛を向けていた。
「く……、強い」
横にはすぐ下の弟、ウォルターが同様に息を切らしながら、三節棍を構えている。
「何が目的なの?」
ウェンディはずれた眼鏡を直しつつ、巴景に尋ねる。
「目的? そうね……、武者修行、かしらね。この黒鳥宮の中で一番強い人、出してほしいんだけど」
「なら、……まずは僕たちを倒してみろッ!」
ウォルターがいきり立ち、巴景に向かって棍を放つ。
「いいわよ」
巴景は向かってきた棍に、全力で剣を振り下ろす。ガイン、とけたたましい音を立てて、金属製の棍は真っ二つに割れた。
「なっ……」
目を丸くしたウォルターの前に、巴景が迫る。
「まず、一人」
巴景は剣を離した左腕をウォルターの首に回し、そのまま旋回する。
「げ……っ」
首を軸にして縦回転したウォルターは地面に頭を叩きつけられ、そのまま気絶した。
「次はあなた?」
巴景は再び剣を構え、ウェンディに向き直る。
「……ええ。行くわよ!」
ウェンディは大きく深呼吸し、巴景に向かって走り出した。ゴウ、ゴウと矛を唸らせ、巴景を捉えようと迫るが、巴景は間一髪で――文字通り、髪一本ほどのギリギリで避け、ウェンディのすぐ前に立った。
「……ッ」
「この距離なら、もう矛は役立たずね」
巴景はすとんと、ウェンディの鳩尾に貫手を放った。
「は、う……」
ウェンディの目がひっくり返り、そのまま前のめりに倒れた。
巴景は倒れたウェンディに目もくれず、くるりと振り返る。
「……それで、あなたがこの教団で一番強い人かしら?」
「そうだ。覚悟しろ、仮面の剣士」
騒ぎを聞きつけたワニオンが、大剣を手に駆けつけてきていた。
ワニオンは大剣を振り上げ、巴景に向かって飛び掛る。
「へ、え……」
巴景はその姿を見て、感嘆の声を上げる。
(背はざっと見て190以上、体重は100キロ超えてるでしょうね。なのに、とても軽やかな動き。大剣が、まるで子供のオモチャを振り回してるみたいに見えるわ)
「うりゃあーッ!」
ワニオンの振り下ろした剣が、一瞬前まで巴景が立っていた地面を削る。
「む、う」
ワニオンは素早く身を翻し、次の攻撃に移る。
「ふふ、流石ね」
巴景もひらりと体勢を変え、ワニオンと再び対峙する。
「これなら十分、相手になりそうね」
「何……?」
ワニオンの狼耳が、ピクと動く。
「相手とは、何のことだ」
「私の技の、練習相手。……いきなり仕掛けるのも剣士としてはアンフェアだろうし、教えてあげるわ」
そう言って巴景は、左手を火に変えた。
「なっ……?」
それを見たワニオンが目を丸くする。僧兵たちに助け起こされたウェンディ、ウォルターも、巴景の技に驚いていた。
「腕が燃えている……!?」
「焔? いや、あいつらのは剣を、か。じゃああれは、一体……?」
驚くウィルソン家の面々を見て、巴景は高らかに笑う。
「ふふっ、あははは……。驚いてくれて嬉しいわ。これが私の技よ。名付けて、『人鬼』」
巴景は両手を炎に変え、剣を構える。
「あなたは鬼が倒せるかしら?」
「……~ッ」
巴景の尋常ではない気迫に威圧され、巨漢のワニオンがたじろいだ。
だが、それでも無理矢理に奮い立ち、大剣を正眼に構えて精神集中する。
(黒炎様……、無闇に祈られることを、あなた様は嫌うと仰られました。
しかし、どうか、どうか祈らせてください)
「さ、行くわよ」
巴景が仮面の口に空いた穴から、ふーっと息を吐く。
その息さえも、まるでドラゴンの息吹のように赤く燃え盛り、空気をちりちりと熱していた。
(どうか黒炎様、目の前の悪鬼をこの私めが征伐できるよう、力をお与えください……ッ)
「はああああッ!」
巴景が恐るべき速さで、ワニオンの間合いに飛び込んでくる。
「……黒炎様あああッ!」
ワニオンは意を決し、巴景を迎え撃った。
1時間後、教主ウィリアムの耳に、息子たちが謎の剣士に大ケガを負わされたと、また、剣士は捕まることなく逃げてしまったと伝えられた。
「おお……」
それを聞いたウィリアムは上半身を起こし、従者につぶやいた。
「神は……」
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「神は、もういないようだ……」
そのままウィリアムはうなだれ、二度と動くことはなかった。
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今日の旅岡さん

NoTitle
むむむ。
こちらの世界でも使っていたので名残惜しいですね。。。
また機会があればウィリアムさんを使うと思います。。。
よろしくお願いします。