「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第9部
蒼天剣・無頼録 8
晴奈の話、第536話。
古戦場への帰郷。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
8.
巴景は央南に戻ってきていた。
(何年ぶりかしらね?
お頭のアジトから殺刹峰に運ばれたのが、確か516年。ああ、もう5年も経ってしまったのね)
5年の歳月が流れ、そのアジト――天原桂の隠れ家だった場所は、既に朽ち果てていた。
(……懐かしい。そう、ここが私の故郷だった)
とうに腐り落ちた扉を踏み越え、巴景はアジトの中に入った。
「……ただいま」
巴景はぼそっとつぶやき、半ば苔むした畳の上に座り込んだ。
既に天玄には立ち寄っており、そこで篠原が死んだことも、朔美が投獄されたことも聞いている。
そして、妹のように思っていた霙子が、晴奈の手引きで紅蓮塞に入ったことも。
(ま、裏切りとは言わないわ。むしろあなたが、お頭たちに裏切られていたんだし)
紅蓮塞に行き、霙子の顔を見てみようかとも一瞬思ったが、巴景の方には会わせる「顔」が無い。
(霙子は晴奈がいた柊一門――ああ、今は焔本家一門だっけ――に付いたって言うし、晴奈の敵である私は、一門の敵でもある。会っても霙子は、困った顔をするだけでしょうね)
畳から腰を上げ、巴景は地下へ足を向けた。
(この場所で、晴奈は功名を立てた。
敵に捕まりながらも、それを逆手にとって殲滅へと導いた、『縛返しの猫侍』。……フン)
晴奈が捕まっていた倉庫の前を通り、晴奈とウィルが敵から刀を奪った曲がり角を通り、そして――。
(そう、ここ。ここが、私と晴奈が、初めに戦った場所)
いまだ焦げ跡と、炭になった木箱が残る倉庫の中に入り、巴景はしゃがみ込んだ。
「……ふふっ。私がつけた、『地断』の跡。まだ残ってる」
その切れ目を撫で、巴景は懐かしさに浸る。
(そう言えば、あの時一緒に戦った柳って、本当は殺刹峰の手先だったのよね。今、どうしてるのかしら? 金火公安に協力してたって言うし、もう保釈されてるかしら)
同僚の顔を思い出し、巴景の足は幼い頃からずっと使っていた、自分の寝室だった場所に向かう。
(みんな、どうしてるかしら? 何人かは、おかみさんと同じように央南で投獄されたと思うけど、残りはみんな、殺刹峰に連れて行かれたのかしらね。……となると、やっぱり央北に投獄されたか、フローラに殺されたか、それともペルシェと一緒に抜けてしまったか。
……どの場合にせよ、もう会えないでしょうね)
自分の部屋に着き、巴景は床に溜まった5年分のほこりを、「人鬼」で変化させた風の脚で払う。
「……ケホ。流石、5年分ね」
巴景は床に座り込み、仮面を外した。
「5年、かぁ」
仮面を外し、その下に残る火傷を撫でながら、巴景は自分の部屋を見渡す。
(私がここに住んだのは507年、13歳の時。
それから22歳までの9年間、ここに住んで修行を重ねて。お頭の奥義、『地断』を会得したのは確か、17歳の時だったっけ。
その1年後に、初任務。妖狐になった天原櫟の、暗殺。……そっか、そこから晴奈との縁が生まれたのね。
……今一度、強まったわ。晴奈を倒したいと言う、その思いが)
巴景は仮面を付け直し、部屋を出た。
(『地断』、『人鬼』。地、人と来れば、もう一つほしいところ、よね?)
巴景は「ビュート」を抜き、精神を集中する。
(そう、天。天をつかまなければ、あの女には届かない。そんな気がするのよ)
先程立ち寄った因縁の倉庫に、もう一度足を運ぶ。
(……いいえ。つかむんじゃない)
巴景は倉庫の中央で、剣を上段に構える。
(破壊してやる。天を、衝く)
その時、巴景は不意に、晴奈と戦った時に述べた一言を思い出した。
――ここは私たちが殿の財産をたっぷり使って築いた要塞よ? これしきのことで崩れたりなんかしないわ――
(そう、アンタには崩せないわ。『巴美』、アンタにはね。
でも、私は崩せるわ。この『巴景』は、この要塞を崩せるのよ)
巴景の中で、急速に力が膨れ上がる。それに呼応し、「ビュート」が菫色の光を放つ。
「『天衝』!」
巴景は天井に向かって、ゴッと音を立てて打突を放った。
アジト跡から程近い、天神湖。
「お、引いてるぞ」
「えっ、えっ?」
湖に釣りに出かけていた焔流剣士、梶原謙は、傍らの娘、桃の竿に手を貸した。
「ほら、頑張れー」
「うっ、うん」
父娘二人で力を合わせ、湖中の魚と格闘する。
「ほれ、もうちょい、もうちょい」
「重いよー……」
「もうちょいだから、頑張れ、な? お母さんに、自慢してやれるぞ」
「……がんばるっ」
桃は尻尾をバタバタと振るわせ、力を振り絞る。その甲斐あって、どうにか魚は釣り上げられた。
「よーっしゃ、やったな桃」
「うんっ!」
釣り糸の先でもがく、桃のふかふかした尻尾と同じくらいに大きな魚を捕まえようと、謙は網を伸ばした。
と――グラ、と周囲が激しく揺れる。
「う、うわっ!?」
「あ、お父さーん!?」
その振動で体勢を崩した謙は足を滑らせ、湖に落っこちてしまった。それと同時に、折角釣った魚も湖へ戻ってしまう。
「あー……」
桃は逃した魚を見て、がっかりした声をあげかけた。
が、その声は途中で詰まった。目の端に、異様なものを捉えたからだ。
「……な、に、あれ?」
桃は確かにその時、森から空に向かって伸びる、一条の真っ赤な光を見た。
光は空遠くに飛んで行き、雲をも突き抜けて、そのまま見えなくなった。
「桃ぉー……、すまん、魚逃しちまった」
ようやく這い上がってきた謙が声をかけたが、呆然とする桃の耳には入らなかった。
天井に開いた穴を見て、巴景はほくそ笑んだ。
(一点集中。『地断』の衝撃を、一点に絞った突き。……まるで大砲ね)
巴景の握りしめていた「ビュート」からは、チリチリと灼ける音が聞こえていた。
「……待ってなさい、晴奈。今から、アンタのところに行ってやるから。
今こそ、決着を付けてやるわ! 最強の剣士は、この私よ!」
蒼天剣・無頼録 終
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古戦場への帰郷。
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巴景は央南に戻ってきていた。
(何年ぶりかしらね?
お頭のアジトから殺刹峰に運ばれたのが、確か516年。ああ、もう5年も経ってしまったのね)
5年の歳月が流れ、そのアジト――天原桂の隠れ家だった場所は、既に朽ち果てていた。
(……懐かしい。そう、ここが私の故郷だった)
とうに腐り落ちた扉を踏み越え、巴景はアジトの中に入った。
「……ただいま」
巴景はぼそっとつぶやき、半ば苔むした畳の上に座り込んだ。
既に天玄には立ち寄っており、そこで篠原が死んだことも、朔美が投獄されたことも聞いている。
そして、妹のように思っていた霙子が、晴奈の手引きで紅蓮塞に入ったことも。
(ま、裏切りとは言わないわ。むしろあなたが、お頭たちに裏切られていたんだし)
紅蓮塞に行き、霙子の顔を見てみようかとも一瞬思ったが、巴景の方には会わせる「顔」が無い。
(霙子は晴奈がいた柊一門――ああ、今は焔本家一門だっけ――に付いたって言うし、晴奈の敵である私は、一門の敵でもある。会っても霙子は、困った顔をするだけでしょうね)
畳から腰を上げ、巴景は地下へ足を向けた。
(この場所で、晴奈は功名を立てた。
敵に捕まりながらも、それを逆手にとって殲滅へと導いた、『縛返しの猫侍』。……フン)
晴奈が捕まっていた倉庫の前を通り、晴奈とウィルが敵から刀を奪った曲がり角を通り、そして――。
(そう、ここ。ここが、私と晴奈が、初めに戦った場所)
いまだ焦げ跡と、炭になった木箱が残る倉庫の中に入り、巴景はしゃがみ込んだ。
「……ふふっ。私がつけた、『地断』の跡。まだ残ってる」
その切れ目を撫で、巴景は懐かしさに浸る。
(そう言えば、あの時一緒に戦った柳って、本当は殺刹峰の手先だったのよね。今、どうしてるのかしら? 金火公安に協力してたって言うし、もう保釈されてるかしら)
同僚の顔を思い出し、巴景の足は幼い頃からずっと使っていた、自分の寝室だった場所に向かう。
(みんな、どうしてるかしら? 何人かは、おかみさんと同じように央南で投獄されたと思うけど、残りはみんな、殺刹峰に連れて行かれたのかしらね。……となると、やっぱり央北に投獄されたか、フローラに殺されたか、それともペルシェと一緒に抜けてしまったか。
……どの場合にせよ、もう会えないでしょうね)
自分の部屋に着き、巴景は床に溜まった5年分のほこりを、「人鬼」で変化させた風の脚で払う。
「……ケホ。流石、5年分ね」
巴景は床に座り込み、仮面を外した。
「5年、かぁ」
仮面を外し、その下に残る火傷を撫でながら、巴景は自分の部屋を見渡す。
(私がここに住んだのは507年、13歳の時。
それから22歳までの9年間、ここに住んで修行を重ねて。お頭の奥義、『地断』を会得したのは確か、17歳の時だったっけ。
その1年後に、初任務。妖狐になった天原櫟の、暗殺。……そっか、そこから晴奈との縁が生まれたのね。
……今一度、強まったわ。晴奈を倒したいと言う、その思いが)
巴景は仮面を付け直し、部屋を出た。
(『地断』、『人鬼』。地、人と来れば、もう一つほしいところ、よね?)
巴景は「ビュート」を抜き、精神を集中する。
(そう、天。天をつかまなければ、あの女には届かない。そんな気がするのよ)
先程立ち寄った因縁の倉庫に、もう一度足を運ぶ。
(……いいえ。つかむんじゃない)
巴景は倉庫の中央で、剣を上段に構える。
(破壊してやる。天を、衝く)
その時、巴景は不意に、晴奈と戦った時に述べた一言を思い出した。
――ここは私たちが殿の財産をたっぷり使って築いた要塞よ? これしきのことで崩れたりなんかしないわ――
(そう、アンタには崩せないわ。『巴美』、アンタにはね。
でも、私は崩せるわ。この『巴景』は、この要塞を崩せるのよ)
巴景の中で、急速に力が膨れ上がる。それに呼応し、「ビュート」が菫色の光を放つ。
「『天衝』!」
巴景は天井に向かって、ゴッと音を立てて打突を放った。
アジト跡から程近い、天神湖。
「お、引いてるぞ」
「えっ、えっ?」
湖に釣りに出かけていた焔流剣士、梶原謙は、傍らの娘、桃の竿に手を貸した。
「ほら、頑張れー」
「うっ、うん」
父娘二人で力を合わせ、湖中の魚と格闘する。
「ほれ、もうちょい、もうちょい」
「重いよー……」
「もうちょいだから、頑張れ、な? お母さんに、自慢してやれるぞ」
「……がんばるっ」
桃は尻尾をバタバタと振るわせ、力を振り絞る。その甲斐あって、どうにか魚は釣り上げられた。
「よーっしゃ、やったな桃」
「うんっ!」
釣り糸の先でもがく、桃のふかふかした尻尾と同じくらいに大きな魚を捕まえようと、謙は網を伸ばした。
と――グラ、と周囲が激しく揺れる。
「う、うわっ!?」
「あ、お父さーん!?」
その振動で体勢を崩した謙は足を滑らせ、湖に落っこちてしまった。それと同時に、折角釣った魚も湖へ戻ってしまう。
「あー……」
桃は逃した魚を見て、がっかりした声をあげかけた。
が、その声は途中で詰まった。目の端に、異様なものを捉えたからだ。
「……な、に、あれ?」
桃は確かにその時、森から空に向かって伸びる、一条の真っ赤な光を見た。
光は空遠くに飛んで行き、雲をも突き抜けて、そのまま見えなくなった。
「桃ぉー……、すまん、魚逃しちまった」
ようやく這い上がってきた謙が声をかけたが、呆然とする桃の耳には入らなかった。
天井に開いた穴を見て、巴景はほくそ笑んだ。
(一点集中。『地断』の衝撃を、一点に絞った突き。……まるで大砲ね)
巴景の握りしめていた「ビュート」からは、チリチリと灼ける音が聞こえていた。
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彼女の戦いの日々は、まだまだ続くようです。