「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第9部
蒼天剣・訪黄録 1
晴奈の話、第537話。
宿敵の故郷で出会った、意外な人。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
必殺の技を完成させた巴景は、足早に黄海へと向かった。
(さあ……! 今こそ決着の時よ!)
既に前回の、晴奈との対決から1年半が経過し、巴景の「剣士」としての技量も、完成しつつあった。
身にまとう空気は、それそのものが凶器のような凄味を帯びている。道行く人々は皆、巴景の仮面と気迫に驚き、距離を取る。
勿論、そんなことに構う巴景ではない。
「ちょっと」
「は、はい」
通りがかりの人間をつかまえ、道を尋ねる。
「黄屋敷って、どこかしら?」
「え、えっと。この道を真っ直ぐ行くと、左手に大きな屋敷が見えます。そこが……」
「ありがと」
黄家の場所を尋ねたことで、街に巴景のうわさが伝播する。
「あの仮面、黄屋敷の場所を尋ねてたな」
「となると黄家の長女、黄晴奈に用事か?」
「でしょうね。武芸者っぽい身なりですし……」
「知り合いの剣士が旧交を温めに来たか」
「はたまた、異流派からの果し合いか」
が、そこで人々は顔を見合わせ、安心したような、しかしどことなくがっかりしたような表情を浮かべた。
「でもなあ……」
「いないの?」
黄屋敷に到着し、屋敷の使用人たちに晴奈の所在を尋ねたところ、晴奈は不在だと返された。それどころか黄州、いや、央南にすらいないのだと言う。
「はい、グラッド大将と、ナイジェル博士さんと言う方と一緒に、北方へ。何でも、軍事演習がどう、とか」
「そうなの……」
巴景はがっかりし、そのまま背を向けて立ち去ろうとした。
「ありがとね、それじゃ……」「あ、ちょっとお待ちになって」
と、屋敷の奥から巴景に声がかけられる。
「え?」
「あなた、晴ちゃんのお友達?」
奥から姿を表したのは、三毛耳の、年配の猫獣人の婦人だった。
「友達、じゃないけど。ちょっと、因縁があってね」
「あら、そうなの。……お名前、聞かせてもらってもいいかしら?」
巴景はこの婦人が誰なのか、直感的に察した。
「巴景よ。楓藤巴景。……あの、もしかして」
「ええ、そう。わたしは、桜三晴(みはる)。晴ちゃんのお母さんです」
三晴はそう言って、にっこりと笑った。
三晴は「折角来てもらったんだし、おもてなしくらいしないと」と、帰ろうとする巴景を引き止め、茶を振舞った。
「さ、どうぞどうぞ」
「はあ……、ども」
巴景は多少面食らいながらも、素直に茶を飲む。
「仮面、お取りにならないの?」
「ええ、……あなたの娘さんに、顔を傷つけられたもので」
嫌味のつもりでそう言ったが、三晴はこう返した。
「あら、そうなの。晴ちゃん、あなたにちゃんと謝ったかしら」
「いいえ」
「それじゃ帰ってきたら、叱らないといけませんね」
「へ」
まるで子供同士の他愛も無いケンカを見守るようなその口調に、巴景は二の句が継げない。
(まあ、確かにこの人は晴奈のお母さん、なんだけど。……調子狂うわね)
顔の傷がむずがゆくなり、巴景は仮面の下に指を入れてかこうとする。それを見た三晴が、「あら」と声を上げた。
「仮面、お取りになればよろしいのに」
三晴はひょいと、巴景の仮面に手を伸ばした。
「えっ」
あまりに唐突な行動だったため、巴景はまったく反応できず、仮面を剥ぎ取られてしまう。
「ちょ、ちょっと。返してよ」
「あら、綺麗なお顔」
「返してってば……」
仮面を取られ、巴景の態度は途端に弱々しくなる。
「隠す必要、無いんじゃない?」
「あ、あるわよっ。だって、醜いじゃない」
「そうかしら……」
「そうよ、だから返してよ、早く……」
ところが、三晴は「ちょっと待っててくださいね」と言って、仮面を持ったまま席を立ってしまった。
「な、何でよぉ……」
一人残された巴景は顔を手で覆い隠し、三晴が戻ってくるのを待つしかなかった。
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宿敵の故郷で出会った、意外な人。
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必殺の技を完成させた巴景は、足早に黄海へと向かった。
(さあ……! 今こそ決着の時よ!)
既に前回の、晴奈との対決から1年半が経過し、巴景の「剣士」としての技量も、完成しつつあった。
身にまとう空気は、それそのものが凶器のような凄味を帯びている。道行く人々は皆、巴景の仮面と気迫に驚き、距離を取る。
勿論、そんなことに構う巴景ではない。
「ちょっと」
「は、はい」
通りがかりの人間をつかまえ、道を尋ねる。
「黄屋敷って、どこかしら?」
「え、えっと。この道を真っ直ぐ行くと、左手に大きな屋敷が見えます。そこが……」
「ありがと」
黄家の場所を尋ねたことで、街に巴景のうわさが伝播する。
「あの仮面、黄屋敷の場所を尋ねてたな」
「となると黄家の長女、黄晴奈に用事か?」
「でしょうね。武芸者っぽい身なりですし……」
「知り合いの剣士が旧交を温めに来たか」
「はたまた、異流派からの果し合いか」
が、そこで人々は顔を見合わせ、安心したような、しかしどことなくがっかりしたような表情を浮かべた。
「でもなあ……」
「いないの?」
黄屋敷に到着し、屋敷の使用人たちに晴奈の所在を尋ねたところ、晴奈は不在だと返された。それどころか黄州、いや、央南にすらいないのだと言う。
「はい、グラッド大将と、ナイジェル博士さんと言う方と一緒に、北方へ。何でも、軍事演習がどう、とか」
「そうなの……」
巴景はがっかりし、そのまま背を向けて立ち去ろうとした。
「ありがとね、それじゃ……」「あ、ちょっとお待ちになって」
と、屋敷の奥から巴景に声がかけられる。
「え?」
「あなた、晴ちゃんのお友達?」
奥から姿を表したのは、三毛耳の、年配の猫獣人の婦人だった。
「友達、じゃないけど。ちょっと、因縁があってね」
「あら、そうなの。……お名前、聞かせてもらってもいいかしら?」
巴景はこの婦人が誰なのか、直感的に察した。
「巴景よ。楓藤巴景。……あの、もしかして」
「ええ、そう。わたしは、桜三晴(みはる)。晴ちゃんのお母さんです」
三晴はそう言って、にっこりと笑った。
三晴は「折角来てもらったんだし、おもてなしくらいしないと」と、帰ろうとする巴景を引き止め、茶を振舞った。
「さ、どうぞどうぞ」
「はあ……、ども」
巴景は多少面食らいながらも、素直に茶を飲む。
「仮面、お取りにならないの?」
「ええ、……あなたの娘さんに、顔を傷つけられたもので」
嫌味のつもりでそう言ったが、三晴はこう返した。
「あら、そうなの。晴ちゃん、あなたにちゃんと謝ったかしら」
「いいえ」
「それじゃ帰ってきたら、叱らないといけませんね」
「へ」
まるで子供同士の他愛も無いケンカを見守るようなその口調に、巴景は二の句が継げない。
(まあ、確かにこの人は晴奈のお母さん、なんだけど。……調子狂うわね)
顔の傷がむずがゆくなり、巴景は仮面の下に指を入れてかこうとする。それを見た三晴が、「あら」と声を上げた。
「仮面、お取りになればよろしいのに」
三晴はひょいと、巴景の仮面に手を伸ばした。
「えっ」
あまりに唐突な行動だったため、巴景はまったく反応できず、仮面を剥ぎ取られてしまう。
「ちょ、ちょっと。返してよ」
「あら、綺麗なお顔」
「返してってば……」
仮面を取られ、巴景の態度は途端に弱々しくなる。
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「あ、あるわよっ。だって、醜いじゃない」
「そうかしら……」
「そうよ、だから返してよ、早く……」
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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
セイナのそれと違う剣豪。
それもまた剣豪の人生。
私は巴景の方が好きですけどね。
また機会があれば、こちらの世界でも使ってみたいですね。
ここまで読むと感慨深い。。。
それもまた剣豪の人生。
私は巴景の方が好きですけどね。
また機会があれば、こちらの世界でも使ってみたいですね。
ここまで読むと感慨深い。。。
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もし使用されたいのであれば、またご一報ください。
また、公表される際には、当ブログの作品から引用したものであると言う旨を併記するよう、よろしくお願いします。
巴景は名前が変わると共に性格も二転三転した、
かなり特殊なキャラクタです。
晴奈が皆に慕われる、「英雄型」の剣豪とすれば、
巴景は誰にも従わないし従えない、「無頼型」の剣豪。
相容れない一方で、何かしらの共感も、両者にはありました。