「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第9部
蒼天剣・訪黄録 3
晴奈の話、第539話。
宿敵の妹との交渉。
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3.
狐につままれたような気分のまま、巴景は黄屋敷を後にした。
手には仮面と、化粧箱が握られている。三晴が「古いもので悪いけれど」と言いつつ、巴景に譲ったのだ。
「どうしろと……」
化粧箱をそこらに捨ててしまおうかとも思ったが、三晴のやんわりとした笑顔を思い出すと、そんな気にはなれない。
仮面も、何だか付ける気にならなかった。化粧で彩られた顔が、自分でも気に入ってしまったからだ。
「……どうしよう」
ともかく巴景は晴奈の足取りをつかむため、港や央南連合軍の詰所で情報収集を行った。
その結果、やはり黄屋敷で聞いた通り、晴奈は西大海洋同盟が行う合同軍事演習に参加するため、北方ジーン王国に渡っていることが分かった。
「やっぱり、北方か。……行かなきゃいけないわね」
巴景は北方へ渡る準備を整えるため、商店街へと踵を返した。
と――。
「あの」
ハァハァと、息を切らしながら声をかけてくる者がいる。
「何……?」
振り向くと、先程の三晴にどことなく似た顔立ちの「猫」が立っていた。
「あの、巴景さん、ですよね」
「そう、だけど」
「わたし、黄明奈って、言います。黄晴奈の、妹です。……すーはー」
肩で息をする明奈を見て、巴景は困惑する。
「え、っと……。妹さんが、私に何の用?」
「今しがた、母からあなたのこと、伺ったんです。……北方へ、向かわれるんですよね? 姉を追って」
「そのつもりだけど」
ようやく呼吸の整ってきた明奈は、巴景に深々と頭を下げた。
「一緒に、連れて行ってください!」
「はい?」
「姉は『いつ戦争状態に入るかも分からぬ。危険だから、お前は来るな』と言って、わたしを置いてけぼりにしたんです」
「まあ、普通そうでしょうね」
「でも」
明奈は真剣な面持ちで、巴景に頼み込む。
「わたし、どうしても一緒に行きたいんです! 姉は優れた剣士だって、色んなこと任せて大丈夫な人だって、みんな言いますけど」
優れた剣士と評したところで巴景は顔をしかめたが、明奈は構わず続ける。
「本当は、もっと脆い人なんです。一回失敗したらつまずく人なんです。困ったらへこむ人なんです。誰かが側にいなきゃ、元気になれない人なんです」
「……で?」
「きっと姉は、疲れてきてると思います。エルスさんや他のみんなの前では、弱いところなんか見せられないって思ってるでしょうから。
戦争が間もなく始まる今だからこそ、誰か、何でも気兼ねなく相談できる人間が近くに付いていなきゃ、心が折れてしまうと思うんです」
「それが、あなただと?」
「はい。……でも、わたし一人で北方に行くのは、不安で」
「だから、私と一緒に行きたいと」
巴景はフンと鼻を鳴らし、即座に断った。
「嫌よ」
「お願いします」
「嫌だってば」
嫌がる巴景に、明奈は切り札を出した。
「……お化粧、教えますから」
「……」
明奈は一歩にじり寄り、一層強い口調で交渉する。
「母から、巴景さんは化粧されたことが無いと聞いてます。わたしは、得意ですよ」
「大きなお世話よ。……まあ、でも」
巴景は眉間にシワを寄せながらも、渋々承諾した。
「アンタの言う通り、晴奈が今頃へこんでたりなんかしてたら、何のために私が北方へ行くのか、わけが分からなくなるわ。
無駄足踏むのも嫌だし、もしもの時のために連れて行った方がいいわね、そう言うことなら」
「……ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げた明奈に、巴景は肩をすくめながらこう言った。
「でも私、基本的に自分のことしか考えないわよ。
例えばアンタが船から海に落っこちても、私は助けないから」
「構いません」
「そ。……なら、ちゃっちゃと身支度して付いてきなさい」
「はいっ!」
こうして巴景は明奈と共に、北方へ渡ることとなった。
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宿敵の妹との交渉。
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3.
狐につままれたような気分のまま、巴景は黄屋敷を後にした。
手には仮面と、化粧箱が握られている。三晴が「古いもので悪いけれど」と言いつつ、巴景に譲ったのだ。
「どうしろと……」
化粧箱をそこらに捨ててしまおうかとも思ったが、三晴のやんわりとした笑顔を思い出すと、そんな気にはなれない。
仮面も、何だか付ける気にならなかった。化粧で彩られた顔が、自分でも気に入ってしまったからだ。
「……どうしよう」
ともかく巴景は晴奈の足取りをつかむため、港や央南連合軍の詰所で情報収集を行った。
その結果、やはり黄屋敷で聞いた通り、晴奈は西大海洋同盟が行う合同軍事演習に参加するため、北方ジーン王国に渡っていることが分かった。
「やっぱり、北方か。……行かなきゃいけないわね」
巴景は北方へ渡る準備を整えるため、商店街へと踵を返した。
と――。
「あの」
ハァハァと、息を切らしながら声をかけてくる者がいる。
「何……?」
振り向くと、先程の三晴にどことなく似た顔立ちの「猫」が立っていた。
「あの、巴景さん、ですよね」
「そう、だけど」
「わたし、黄明奈って、言います。黄晴奈の、妹です。……すーはー」
肩で息をする明奈を見て、巴景は困惑する。
「え、っと……。妹さんが、私に何の用?」
「今しがた、母からあなたのこと、伺ったんです。……北方へ、向かわれるんですよね? 姉を追って」
「そのつもりだけど」
ようやく呼吸の整ってきた明奈は、巴景に深々と頭を下げた。
「一緒に、連れて行ってください!」
「はい?」
「姉は『いつ戦争状態に入るかも分からぬ。危険だから、お前は来るな』と言って、わたしを置いてけぼりにしたんです」
「まあ、普通そうでしょうね」
「でも」
明奈は真剣な面持ちで、巴景に頼み込む。
「わたし、どうしても一緒に行きたいんです! 姉は優れた剣士だって、色んなこと任せて大丈夫な人だって、みんな言いますけど」
優れた剣士と評したところで巴景は顔をしかめたが、明奈は構わず続ける。
「本当は、もっと脆い人なんです。一回失敗したらつまずく人なんです。困ったらへこむ人なんです。誰かが側にいなきゃ、元気になれない人なんです」
「……で?」
「きっと姉は、疲れてきてると思います。エルスさんや他のみんなの前では、弱いところなんか見せられないって思ってるでしょうから。
戦争が間もなく始まる今だからこそ、誰か、何でも気兼ねなく相談できる人間が近くに付いていなきゃ、心が折れてしまうと思うんです」
「それが、あなただと?」
「はい。……でも、わたし一人で北方に行くのは、不安で」
「だから、私と一緒に行きたいと」
巴景はフンと鼻を鳴らし、即座に断った。
「嫌よ」
「お願いします」
「嫌だってば」
嫌がる巴景に、明奈は切り札を出した。
「……お化粧、教えますから」
「……」
明奈は一歩にじり寄り、一層強い口調で交渉する。
「母から、巴景さんは化粧されたことが無いと聞いてます。わたしは、得意ですよ」
「大きなお世話よ。……まあ、でも」
巴景は眉間にシワを寄せながらも、渋々承諾した。
「アンタの言う通り、晴奈が今頃へこんでたりなんかしてたら、何のために私が北方へ行くのか、わけが分からなくなるわ。
無駄足踏むのも嫌だし、もしもの時のために連れて行った方がいいわね、そう言うことなら」
「……ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げた明奈に、巴景は肩をすくめながらこう言った。
「でも私、基本的に自分のことしか考えないわよ。
例えばアンタが船から海に落っこちても、私は助けないから」
「構いません」
「そ。……なら、ちゃっちゃと身支度して付いてきなさい」
「はいっ!」
こうして巴景は明奈と共に、北方へ渡ることとなった。
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