「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第9部
蒼天剣・訪黄録 4
晴奈の話、第540話。
巴景と明奈の船旅。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
4.
「ね、ここは薄めにした方が、全体的にまとまるんです」
「でも、傷が気になるし……」
「大丈夫ですって。ほら、鏡」
「……うーん、まあ、確かに」
北方へ向かう船の中で、巴景は明奈から化粧の仕方について学んでいた。
「今日はこんなところですね。……お腹、空きませんか?」
「ん、……まあ、空いてるわね」
「じゃ、ご飯食べに行きませんか?」
「いいけど」
船旅の間中、巴景は明奈のペースに乗せられていた。
食堂に付いたところで、明奈が声をかける。
「今日は何食べますか?」
「そうね、魚系で」
「取ってきますね」
「いいわよ、たまには自分で……」
「いいですよ。その代わり、席取っておいてくださいね」
「あ、うん」
やんわりと、しかしがっちりと主導権を握られ、巴景はされるがままになっている。
(調子狂うわ……。まだ三晴さんが側にいるみたい)
「取ってきましたよ、ご飯。アジで良かったですか?」
「ええ、ありがと」
同じことを、例えばむさ苦しい男が高圧的にしてくるのなら、撥ね付けたりぶちのめしたりするところなのだが、明奈はあくまでやんわりと、下手に接してくる。
「あ、お茶も持ってきますね。巴景さん、先にどうぞ」
「いいわ、待ってるから。一緒に食べましょう」
「はーい」
最初のうちは、晴奈の妹だからと半ば邪険に扱っていたが、いつの間にか仲良くなっていたりする。
(……どうしちゃったのかしらね、私。何だか自分が自分じゃないみたい。
あの子と一緒にいると、何だか憎しみで凝り固まってた自分の心の中が、解されていくような気がする。
あの子といると、……心が安らぐ)
巴景は仮面を付けない裸の顔で、明奈が戻ってくるのを待っていた。
「ねえ、明奈」
食事から戻った後、巴景は明奈に尋ねてみた。
「何ですか?」
「私、あなたのお姉さんを、殺すつもりしてるんだけど」
「はい」
何の含みも無い返事で返され、巴景は少し面食らう。
「はい、って……。いいの?」
「良くないですけど、そんな気がしないんです」
「……なめてるの? 私、本気よ」
にらみつける巴景に、明奈はふるふると首を振る。
「いいえ、なめてません。ただわたしは、姉が勝つと信じていますから」
「はっ」
その答えが癇に障り、巴景は「人鬼」で中指を火に変えた。
「私は全身、武器に変えられるのよ。今、あなたにこの指でデコピンして、そのまま額を焼くこともできる」
「だから、姉に勝てると?」
「そうよ」
「理屈になってないじゃないですか」
明奈はまるで怯まず、巴景に食って掛かってきた。
「巴景さんの言っていることは、『私はこんなに強いのだから、誰にでも勝てる』と言うことでしょう?
でもそんなの、『お金持ちは誰でも言うことを聞かせられる』とうそぶくのと一緒です。わたしが『いくらでも金をやるから自分を北方に連れて行け』と言ったら、巴景さんは一緒に行きましたか?」
「……そう言われていたら、行く気にならなかったわね」
「でしょう? どんなに力があっても、勝てるかどうかは別の話です」
そこで一旦言葉を切り、明奈はじっと巴景を見つめる。
「それに、わたしは姉が勝つと、『信じている』だけです。それは理屈でもなんでもなく、わたしの、ただの勝手な思い込みでしょう?」
「……」
巴景は怒りに満ちた目を向けつつ右手全体を火に変え、その手を明奈の顔へ寄せる。
「……」「……」
真っ赤な炎が、明奈のすぐ鼻先にまで迫る。
「……フン」
巴景はそこで火を収め、右手を元に戻した。
「ま、そうね。信じるだけなら勝手だし」
「ええ。わたしの勝手です」
「……ちょっと外、出てくる。鍵かけないでね」
「はい」
巴景は眉間を揉みながら、船室を出て行った。
(強いことと、勝つことは別、か。言ってくれるじゃない)
甲板に立ち、水平線を眺めながら、巴景は明奈の気丈さに感心していた。
(やっぱり、晴奈の妹ね。気、強いわ。……あははっ)
と、背後に気配を感じる。
「明奈?」
巴景は背を向けたまま、声をかける。
「はい」
「何の用?」
「私も風に当たりに」
「そう。……ねえ、明奈」
ここで振り返り、巴景はニヤリと笑った。
「賭け、しない?」
「何を賭けるんですか?」
「もし私が晴奈に勝ったら」
巴景は明奈の頭にポン、と手を乗せる。
「アンタ私の妹になって、これから私の旅にずっと付いてきなさい」
「はい?」
「気に入ったし」
この提案に明奈は目を丸くしていたが、やがて何かを思い付いたらしい。
「……では、姉があなたに勝ったら」
手を乗せられたまま、明奈もにっこり笑う。
「姉のこと、『姉さん』と呼んでくださいね」
「ねっ……」
この提案に、巴景の顔が引きつった。
「……い、いいわよ。どうせ、私が、勝つんだし」
「ええ、楽しみにしておきます」
にっこりと笑う明奈に、巴景は内心舌打ちした。
(……やっぱり調子狂うわ。やるわね、この子)
521年、3月。
巴景と明奈は晴奈の後を追い、北方の地に到着した。
蒼天剣・訪黄録 終
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巴景と明奈の船旅。
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4.
「ね、ここは薄めにした方が、全体的にまとまるんです」
「でも、傷が気になるし……」
「大丈夫ですって。ほら、鏡」
「……うーん、まあ、確かに」
北方へ向かう船の中で、巴景は明奈から化粧の仕方について学んでいた。
「今日はこんなところですね。……お腹、空きませんか?」
「ん、……まあ、空いてるわね」
「じゃ、ご飯食べに行きませんか?」
「いいけど」
船旅の間中、巴景は明奈のペースに乗せられていた。
食堂に付いたところで、明奈が声をかける。
「今日は何食べますか?」
「そうね、魚系で」
「取ってきますね」
「いいわよ、たまには自分で……」
「いいですよ。その代わり、席取っておいてくださいね」
「あ、うん」
やんわりと、しかしがっちりと主導権を握られ、巴景はされるがままになっている。
(調子狂うわ……。まだ三晴さんが側にいるみたい)
「取ってきましたよ、ご飯。アジで良かったですか?」
「ええ、ありがと」
同じことを、例えばむさ苦しい男が高圧的にしてくるのなら、撥ね付けたりぶちのめしたりするところなのだが、明奈はあくまでやんわりと、下手に接してくる。
「あ、お茶も持ってきますね。巴景さん、先にどうぞ」
「いいわ、待ってるから。一緒に食べましょう」
「はーい」
最初のうちは、晴奈の妹だからと半ば邪険に扱っていたが、いつの間にか仲良くなっていたりする。
(……どうしちゃったのかしらね、私。何だか自分が自分じゃないみたい。
あの子と一緒にいると、何だか憎しみで凝り固まってた自分の心の中が、解されていくような気がする。
あの子といると、……心が安らぐ)
巴景は仮面を付けない裸の顔で、明奈が戻ってくるのを待っていた。
「ねえ、明奈」
食事から戻った後、巴景は明奈に尋ねてみた。
「何ですか?」
「私、あなたのお姉さんを、殺すつもりしてるんだけど」
「はい」
何の含みも無い返事で返され、巴景は少し面食らう。
「はい、って……。いいの?」
「良くないですけど、そんな気がしないんです」
「……なめてるの? 私、本気よ」
にらみつける巴景に、明奈はふるふると首を振る。
「いいえ、なめてません。ただわたしは、姉が勝つと信じていますから」
「はっ」
その答えが癇に障り、巴景は「人鬼」で中指を火に変えた。
「私は全身、武器に変えられるのよ。今、あなたにこの指でデコピンして、そのまま額を焼くこともできる」
「だから、姉に勝てると?」
「そうよ」
「理屈になってないじゃないですか」
明奈はまるで怯まず、巴景に食って掛かってきた。
「巴景さんの言っていることは、『私はこんなに強いのだから、誰にでも勝てる』と言うことでしょう?
でもそんなの、『お金持ちは誰でも言うことを聞かせられる』とうそぶくのと一緒です。わたしが『いくらでも金をやるから自分を北方に連れて行け』と言ったら、巴景さんは一緒に行きましたか?」
「……そう言われていたら、行く気にならなかったわね」
「でしょう? どんなに力があっても、勝てるかどうかは別の話です」
そこで一旦言葉を切り、明奈はじっと巴景を見つめる。
「それに、わたしは姉が勝つと、『信じている』だけです。それは理屈でもなんでもなく、わたしの、ただの勝手な思い込みでしょう?」
「……」
巴景は怒りに満ちた目を向けつつ右手全体を火に変え、その手を明奈の顔へ寄せる。
「……」「……」
真っ赤な炎が、明奈のすぐ鼻先にまで迫る。
「……フン」
巴景はそこで火を収め、右手を元に戻した。
「ま、そうね。信じるだけなら勝手だし」
「ええ。わたしの勝手です」
「……ちょっと外、出てくる。鍵かけないでね」
「はい」
巴景は眉間を揉みながら、船室を出て行った。
(強いことと、勝つことは別、か。言ってくれるじゃない)
甲板に立ち、水平線を眺めながら、巴景は明奈の気丈さに感心していた。
(やっぱり、晴奈の妹ね。気、強いわ。……あははっ)
と、背後に気配を感じる。
「明奈?」
巴景は背を向けたまま、声をかける。
「はい」
「何の用?」
「私も風に当たりに」
「そう。……ねえ、明奈」
ここで振り返り、巴景はニヤリと笑った。
「賭け、しない?」
「何を賭けるんですか?」
「もし私が晴奈に勝ったら」
巴景は明奈の頭にポン、と手を乗せる。
「アンタ私の妹になって、これから私の旅にずっと付いてきなさい」
「はい?」
「気に入ったし」
この提案に明奈は目を丸くしていたが、やがて何かを思い付いたらしい。
「……では、姉があなたに勝ったら」
手を乗せられたまま、明奈もにっこり笑う。
「姉のこと、『姉さん』と呼んでくださいね」
「ねっ……」
この提案に、巴景の顔が引きつった。
「……い、いいわよ。どうせ、私が、勝つんだし」
「ええ、楽しみにしておきます」
にっこりと笑う明奈に、巴景は内心舌打ちした。
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2012.03.11 加筆修正
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双月千年世界 3;白猫夢

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決闘と戦争は違う。
巴景が望んでいるのは決闘なのだろうし。
宮本武蔵ではないが、それはそれで叶えてあげたい気もする。
なんだろう。。。
それが巴景の今の本懐なのだろうし。
巴景が望んでいるのは決闘なのだろうし。
宮本武蔵ではないが、それはそれで叶えてあげたい気もする。
なんだろう。。。
それが巴景の今の本懐なのだろうし。
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