「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第9部
蒼天剣・帰北録 1
晴奈の話、第541話。
英雄の凱旋。
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1.
双月暦520年11月末、北方、ジーン王国の首都、フェルタイル。
「お久しぶりですぅ、トマスさん、セイナさん、……あの、それから、グラッド、大尉も」
央南から戻ってきたトマスたちを出迎えたミラが、かつての戦犯、エルスを見て複雑な表情を浮かべた。
「ああ……、もうこっちの軍籍は抹消されてるから、普通にエルスって呼んでくれていいよ、ミラ少尉」
「へ? ……大尉、じゃなくてぇ、エルスさん、アタシのコトぉ、覚えてるんですかぁ?」
驚いた顔になったミラに、エルスはヘラヘラと笑顔を向ける。
「もちろん。君みたいに、魅力的な子はね」
「……あのぅ、すみませんでしたぁ」
ミラはぺこりと、エルスに頭を下げた。
「うん?」
「アタシたちみんな、あなたのコト、犯罪者だって。……妹さん、そのせいで、ふさぎ込んでしまうしぃ」
「……やっぱり、そっか。悪いことをしたよ、そう言う意味では。もっとちゃんと、説明ができれば良かったんだけどな」
と、ミラの後ろに立っていたバリーも同様に頭を下げる。
「すみません、でした。俺が、その、中佐と一緒に、その、盗んでしまって」
「ううん、むしろ個人的には感謝すべきかな。そのおかげで、僕の疑いが晴れたんだし。ありがとう、バリー軍曹」
「お、俺のことも、覚えてくださってた、ですか」
「うん。あれから通打、うまくなった? 投げ技の方が得意だったみたいだけど」
「は、はい!」
「……あの」
エルスとミラたちの様子を見ていた他の兵士たちが、恐る恐る近づいてきた。
「自分のことも、覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「うん。ボリス軍曹だったよね。奥さん、元気してる?」
「お、俺は?」
「もちろん覚えてるよ、ジェイク伍長。……あ、もう曹長になったんだね、おめでとう」
「私のことは……」
「うん、ユリア准尉だったよね。どう、氷の術? もうマスターしたの?」
エルスは近寄ってきた、かつて指導していた兵士たちすべての素性を覚えていた。
そして戦犯として侮蔑されていたことや、現在は央南連合の軍責任者であることなどに自分から触れようとせず、ただにこやかに振舞う様に安堵したのか、かつて彼を慕っていた兵士たちが皆、続々と集まってきた。
彼らは一様に敬礼し、エルスを出迎えてくれた。
「おかえりなさい、グラッドさん」
「うん、ただいま」
戦犯として扱われていたエルスがすんなり故郷に戻れたのには、理由がある。
元々、「ヘブン」の前身である日上軍閥が黒炎戦争時、央北と北方の緩衝地帯となっていた北海諸島すべてを手中に収めていたため、兵が差し向けられる以前より、北海はすでに「ヘブン」の管理下にあった。
王国側としては、目と鼻の先に敵が陣取っている状態である。好戦的傾向の強い王国軍としては、相当にプライドを刺激される状況だった。
そこで同盟が成立してすぐ、央中・央南に対し「合同軍事演習」を申し出たのだ。
一方、エルスの処遇に関しては、既にフーが「バニッシャー」を手にし、暴走した事実がある。「あのまま放っておけばフーと同様に暴走する者が現れていただろう。515年当時の状況から言って、使わず封印することは軍陣営が許さなかったであろうし、他に方法は無かっただろう」と判断され、軍から盗み出し国外逃亡した件は不問に処されることとなった。
軍からの指名手配が無くなったことで、元々からエルスを慕っていた兵士たちが、貶められていた彼の名誉を挽回しようと運動を起こした。
この運動と、エルスが央南連合軍の責任者となり、今回の軍事演習で不可欠な存在になっていたこともあり、軍本営も彼の地位復権に尽力する姿勢を見せた。
その「証明」が、この出迎えである。
「ついでに『中佐に格上げするから戻って来い』みたいなことまで言われたけどね」
「へぇ」
約半年ぶりに自分の家に戻ったトマスは、晴奈とともにエルスの、軍本部での顛末を聞いていた。
「でもそれってさ、『お前の罪を許してやるから、央南連合軍を抜けて自分たちの軍に戻れ』って言ってるよね」
「それはまた、上から目線もはなはだしい、と言うか」
「だろうね。だから、丁重に断ったよ」
エルスはへらへらと笑って、自分の意志を改めて表明した。
「僕はもう、央南連合の人間だよ。戦争が終わったらすぐ帰って、央南でのんびり暮らすつもりさ」
晴奈はそれを聞き、にっこりと笑い返した。
「はは、歓迎するよ」
「じゃ、僕も央南に行こうかなぁ」
トマスもそう言ったところで、エルスは深くうなずいた。
「うんうん、おいでおいで。君が来てくれたら、本当に嬉しい。二人でのんびり、囲碁でも打って暮らそうよ」
「いいね。是非行きたい」
と、不意にエルスが晴奈の方を向く。
「……セイナ? どしたの?」
「ぅへ?」
「顔赤いけど」
「顔? 赤いか?」
「うん。何か……」
そこでエルスは、チラ、とトマスを見て、もう一度晴奈を見た。
「……何か、想像してた?」
「していない。何も」
晴奈は手をぱたぱたと振り、否定した。
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双月暦520年11月末、北方、ジーン王国の首都、フェルタイル。
「お久しぶりですぅ、トマスさん、セイナさん、……あの、それから、グラッド、大尉も」
央南から戻ってきたトマスたちを出迎えたミラが、かつての戦犯、エルスを見て複雑な表情を浮かべた。
「ああ……、もうこっちの軍籍は抹消されてるから、普通にエルスって呼んでくれていいよ、ミラ少尉」
「へ? ……大尉、じゃなくてぇ、エルスさん、アタシのコトぉ、覚えてるんですかぁ?」
驚いた顔になったミラに、エルスはヘラヘラと笑顔を向ける。
「もちろん。君みたいに、魅力的な子はね」
「……あのぅ、すみませんでしたぁ」
ミラはぺこりと、エルスに頭を下げた。
「うん?」
「アタシたちみんな、あなたのコト、犯罪者だって。……妹さん、そのせいで、ふさぎ込んでしまうしぃ」
「……やっぱり、そっか。悪いことをしたよ、そう言う意味では。もっとちゃんと、説明ができれば良かったんだけどな」
と、ミラの後ろに立っていたバリーも同様に頭を下げる。
「すみません、でした。俺が、その、中佐と一緒に、その、盗んでしまって」
「ううん、むしろ個人的には感謝すべきかな。そのおかげで、僕の疑いが晴れたんだし。ありがとう、バリー軍曹」
「お、俺のことも、覚えてくださってた、ですか」
「うん。あれから通打、うまくなった? 投げ技の方が得意だったみたいだけど」
「は、はい!」
「……あの」
エルスとミラたちの様子を見ていた他の兵士たちが、恐る恐る近づいてきた。
「自分のことも、覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「うん。ボリス軍曹だったよね。奥さん、元気してる?」
「お、俺は?」
「もちろん覚えてるよ、ジェイク伍長。……あ、もう曹長になったんだね、おめでとう」
「私のことは……」
「うん、ユリア准尉だったよね。どう、氷の術? もうマスターしたの?」
エルスは近寄ってきた、かつて指導していた兵士たちすべての素性を覚えていた。
そして戦犯として侮蔑されていたことや、現在は央南連合の軍責任者であることなどに自分から触れようとせず、ただにこやかに振舞う様に安堵したのか、かつて彼を慕っていた兵士たちが皆、続々と集まってきた。
彼らは一様に敬礼し、エルスを出迎えてくれた。
「おかえりなさい、グラッドさん」
「うん、ただいま」
戦犯として扱われていたエルスがすんなり故郷に戻れたのには、理由がある。
元々、「ヘブン」の前身である日上軍閥が黒炎戦争時、央北と北方の緩衝地帯となっていた北海諸島すべてを手中に収めていたため、兵が差し向けられる以前より、北海はすでに「ヘブン」の管理下にあった。
王国側としては、目と鼻の先に敵が陣取っている状態である。好戦的傾向の強い王国軍としては、相当にプライドを刺激される状況だった。
そこで同盟が成立してすぐ、央中・央南に対し「合同軍事演習」を申し出たのだ。
一方、エルスの処遇に関しては、既にフーが「バニッシャー」を手にし、暴走した事実がある。「あのまま放っておけばフーと同様に暴走する者が現れていただろう。515年当時の状況から言って、使わず封印することは軍陣営が許さなかったであろうし、他に方法は無かっただろう」と判断され、軍から盗み出し国外逃亡した件は不問に処されることとなった。
軍からの指名手配が無くなったことで、元々からエルスを慕っていた兵士たちが、貶められていた彼の名誉を挽回しようと運動を起こした。
この運動と、エルスが央南連合軍の責任者となり、今回の軍事演習で不可欠な存在になっていたこともあり、軍本営も彼の地位復権に尽力する姿勢を見せた。
その「証明」が、この出迎えである。
「ついでに『中佐に格上げするから戻って来い』みたいなことまで言われたけどね」
「へぇ」
約半年ぶりに自分の家に戻ったトマスは、晴奈とともにエルスの、軍本部での顛末を聞いていた。
「でもそれってさ、『お前の罪を許してやるから、央南連合軍を抜けて自分たちの軍に戻れ』って言ってるよね」
「それはまた、上から目線もはなはだしい、と言うか」
「だろうね。だから、丁重に断ったよ」
エルスはへらへらと笑って、自分の意志を改めて表明した。
「僕はもう、央南連合の人間だよ。戦争が終わったらすぐ帰って、央南でのんびり暮らすつもりさ」
晴奈はそれを聞き、にっこりと笑い返した。
「はは、歓迎するよ」
「じゃ、僕も央南に行こうかなぁ」
トマスもそう言ったところで、エルスは深くうなずいた。
「うんうん、おいでおいで。君が来てくれたら、本当に嬉しい。二人でのんびり、囲碁でも打って暮らそうよ」
「いいね。是非行きたい」
と、不意にエルスが晴奈の方を向く。
「……セイナ? どしたの?」
「ぅへ?」
「顔赤いけど」
「顔? 赤いか?」
「うん。何か……」
そこでエルスは、チラ、とトマスを見て、もう一度晴奈を見た。
「……何か、想像してた?」
「していない。何も」
晴奈は手をぱたぱたと振り、否定した。



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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
書いてた本人もラブラブっぷりに苦い顔をしてました、この時。
尻に敷かれるんだろうなぁ、……と言うよりも、
会って間もない頃から二人の立ち位置、あんまり変わってません。
距離がめっちゃ縮んだだけで。
尻に敷かれるんだろうなぁ、……と言うよりも、
会って間もない頃から二人の立ち位置、あんまり変わってません。
距離がめっちゃ縮んだだけで。
NoTitle
憎いぜこんちくしょー!(笑)
でもトマスくん、尻に敷かれるんだろうなあ。相手は天下の剣士だもんなあ。
でもトマスくん、尻に敷かれるんだろうなあ。相手は天下の剣士だもんなあ。
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NoTitle
ずっと巴景の話でしたし。