「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第9部
蒼天剣・氷景録 2
晴奈の話、第553話。
リストの扇動演説。
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2.
同盟軍は迫り来る日上軍に対し、「一切の上陸を許さず、順次迎撃する」と言う、五月雨式の防衛作戦を執ることになった。
通常、防衛戦においては備蓄が物を言うのだが、今回は前述の通り、冬に起こる物資不足に備えて、軍が有していた備蓄の半分以上は民間に流れてしまっている。「間も無く敵が来る現状で無理矢理回収しようとしても、まず集まらないだろう」と、トマスやエルスと言った司令陣が判断し、残った軍備で対処することとなった。
また、通常ならば沿岸部の護りの要となっている軍艦も、氷結のために一切動かすことができない。また、軍艦に配備される兵士も、攻め込むのを基本とする海兵隊ばかりであり、防衛向きの人材ではない。
これほどネガティブな要素が揃ってはいるが、同盟軍には防衛以外の選択肢はなかった。沿岸部における最大の軍事拠点、グリーンプールを落とされれば、ジーン王国の兵士は皆、士気を大きく落とすことになる。そしてそれは、同盟全体の士気にも関わってくるのだ。
兵士が活力を失えば、今後の戦いは非常に苦しくなる。今ここで敵の猛攻を防ぎ切るしか、同盟軍に活路は無かった。
「銃士隊、全12分隊、配置整いました!」
「術士隊、全10分隊、配置整いました!」
「海兵隊、全16分隊、配置整いました!」
「歩兵隊、全24分隊……」
港に敷かれた防衛線に兵士が集まったことが、作戦本部内に陣取るエルスに次々報告される。
「ありがとう。総数は1500ってところかな。敵の数はどれくらい?」
尋ねたエルスに、斥候が答える。
「5000弱と思われます」
「……ありがとう」
圧倒的な差を聞かされ、流石のエルスも笑顔をこわばらせている。
「やれることは全部やろう」
エルスは晴奈たち主力を集め、会議を開いた。
「作戦を一つ、考えてはいるんだ」
「何だ?」
「氷海さ。人が乗れるとは言え、氷は氷だよ。しっかりした大地じゃない。それを割ることができれば、いくら兵士の数があっても役に立たなくなる。
それに、敵の中核は元北方人だ。この凍った海にはみんな、畏怖の念がある。ここで氷が割れ、敗走することになれば、逆にあっちの士気が大きく落ちるだろう。
この戦いは、兵力対兵力じゃない。士気対士気の戦いなんだ」
「なるほど。しかしどうやって割る?」
晴奈の質問に、ミラがひょいと手を挙げる。
「それはですねぇ、術士隊が引き受けますぅ。
物理的にぃ、氷を割るのは難しいと思うのでぇ、魔術で氷を溶かすなりぃ、変形させるなりしてぇ、割ろうと考えてますぅ」
「だから、僕たちはできるかぎり沖合には出ない。もしあんまり遠くに出ていたら、巻き込まれるか、分断される恐れがあるからね」
「しかし、それには不安があるよ」
ここでトマスが、眼鏡を直しながら反論する。
「その作戦は、僕らの行動範囲が著しく制限される。いくら防衛戦だからって、じっと固まっているわけにも行かないだろう?」
「もちろん割れる際には、合図を送る。それまでは、ある程度前に出てもらうつもりだよ」
「氷が割れるのは、どのくらいかな。厚いところでは、2メートルはあると聞くけど」
この問いに、ミラは表情を曇らせる。
「……多分、12時間くらいだと。……早くて」
「12時間か……。それまで、兵士が持つだろうか」
「持たせるしかあるまい」
晴奈の言葉を最後に、作戦会議は締めくくられた。
銃士隊にとって幸運なことに、日中は無風だった。
「いい? とにかく、近寄らせないコト。この防衛戦は、アタシたちの頑張りで結果が変わってくるって言っても過言じゃないわよ。
そりゃ相手の数は半端じゃないし、いずれは押し切られるわ。でもそうなるまでに、どれだけ相手が減ってるかで、この後戦うみんなの負担が変わってくる。負担が軽くなればなるだけ、この街を守り切れる確率も上がってくるのよ。
今日、ココが落とされなければ、この後あいつらがいくら攻撃してこようと、陥落するコトはまずない。今日の戦いにはかかってるのよ、色んな大事なモノが」
銃士隊の指揮権を任されたリストは彼らの前に立ち、士気をあげるべく演説する。
「絶対諦めず、最後の一発まで撃ちつくして。後から戦う、皆のためにも。
それじゃ全員、構えて!」
リストの命令に従い、銃士たちはそれぞれ射撃体勢に入った。
「……頼んだわよ、『ポプラ』、それからみんな」
リストもディーノから贈られた狙撃銃、「ポプラ」の安全装置を外し、氷原の向こうから来る敵を待ち構えた。
銃士隊全員は静止したまま、凍った海の向こうをにらみ続ける。
やがて、太陽が彼らのにらむ方向に、傾きかけた頃――。
「……来たぞ!」
誰かが叫ぶ。
それと同時に、リストの目が、遠くから列を成して歩いてくる、黒い影を捉えた。
だが、まだ引き金を絞らない。
「みんな、待ちなさいよ! まだ、当たる距離じゃない」
皆もそれを分かっており、銃声はどこからも聞こえない。
「まだよ、まだ……」
黒い影は続々、水平線の向こうからやってくる。
「もう少しよ……」
その大量の黒い影は、やがてそれぞれが人の形と確認できるまでに近付いた。
「用意!」
リストの声と同時に、あちこちから銃を構え直す音が響く。
「……」
黒い影は足を止め、背負っていた盾をかざし始めた。
「……」
それでもまだ、リストは撃たない。
「……」
盾をかざしたまま静止していた敵軍がまた、ゆっくり、ゆっくりと歩を進め始めた。
「……」
その速度がじわじわと増していき、ついには走り始めた。
「……撃てーッ!」
リストは叫ぶとともに、「ポプラ」の引き金を絞った。
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同盟軍は迫り来る日上軍に対し、「一切の上陸を許さず、順次迎撃する」と言う、五月雨式の防衛作戦を執ることになった。
通常、防衛戦においては備蓄が物を言うのだが、今回は前述の通り、冬に起こる物資不足に備えて、軍が有していた備蓄の半分以上は民間に流れてしまっている。「間も無く敵が来る現状で無理矢理回収しようとしても、まず集まらないだろう」と、トマスやエルスと言った司令陣が判断し、残った軍備で対処することとなった。
また、通常ならば沿岸部の護りの要となっている軍艦も、氷結のために一切動かすことができない。また、軍艦に配備される兵士も、攻め込むのを基本とする海兵隊ばかりであり、防衛向きの人材ではない。
これほどネガティブな要素が揃ってはいるが、同盟軍には防衛以外の選択肢はなかった。沿岸部における最大の軍事拠点、グリーンプールを落とされれば、ジーン王国の兵士は皆、士気を大きく落とすことになる。そしてそれは、同盟全体の士気にも関わってくるのだ。
兵士が活力を失えば、今後の戦いは非常に苦しくなる。今ここで敵の猛攻を防ぎ切るしか、同盟軍に活路は無かった。
「銃士隊、全12分隊、配置整いました!」
「術士隊、全10分隊、配置整いました!」
「海兵隊、全16分隊、配置整いました!」
「歩兵隊、全24分隊……」
港に敷かれた防衛線に兵士が集まったことが、作戦本部内に陣取るエルスに次々報告される。
「ありがとう。総数は1500ってところかな。敵の数はどれくらい?」
尋ねたエルスに、斥候が答える。
「5000弱と思われます」
「……ありがとう」
圧倒的な差を聞かされ、流石のエルスも笑顔をこわばらせている。
「やれることは全部やろう」
エルスは晴奈たち主力を集め、会議を開いた。
「作戦を一つ、考えてはいるんだ」
「何だ?」
「氷海さ。人が乗れるとは言え、氷は氷だよ。しっかりした大地じゃない。それを割ることができれば、いくら兵士の数があっても役に立たなくなる。
それに、敵の中核は元北方人だ。この凍った海にはみんな、畏怖の念がある。ここで氷が割れ、敗走することになれば、逆にあっちの士気が大きく落ちるだろう。
この戦いは、兵力対兵力じゃない。士気対士気の戦いなんだ」
「なるほど。しかしどうやって割る?」
晴奈の質問に、ミラがひょいと手を挙げる。
「それはですねぇ、術士隊が引き受けますぅ。
物理的にぃ、氷を割るのは難しいと思うのでぇ、魔術で氷を溶かすなりぃ、変形させるなりしてぇ、割ろうと考えてますぅ」
「だから、僕たちはできるかぎり沖合には出ない。もしあんまり遠くに出ていたら、巻き込まれるか、分断される恐れがあるからね」
「しかし、それには不安があるよ」
ここでトマスが、眼鏡を直しながら反論する。
「その作戦は、僕らの行動範囲が著しく制限される。いくら防衛戦だからって、じっと固まっているわけにも行かないだろう?」
「もちろん割れる際には、合図を送る。それまでは、ある程度前に出てもらうつもりだよ」
「氷が割れるのは、どのくらいかな。厚いところでは、2メートルはあると聞くけど」
この問いに、ミラは表情を曇らせる。
「……多分、12時間くらいだと。……早くて」
「12時間か……。それまで、兵士が持つだろうか」
「持たせるしかあるまい」
晴奈の言葉を最後に、作戦会議は締めくくられた。
銃士隊にとって幸運なことに、日中は無風だった。
「いい? とにかく、近寄らせないコト。この防衛戦は、アタシたちの頑張りで結果が変わってくるって言っても過言じゃないわよ。
そりゃ相手の数は半端じゃないし、いずれは押し切られるわ。でもそうなるまでに、どれだけ相手が減ってるかで、この後戦うみんなの負担が変わってくる。負担が軽くなればなるだけ、この街を守り切れる確率も上がってくるのよ。
今日、ココが落とされなければ、この後あいつらがいくら攻撃してこようと、陥落するコトはまずない。今日の戦いにはかかってるのよ、色んな大事なモノが」
銃士隊の指揮権を任されたリストは彼らの前に立ち、士気をあげるべく演説する。
「絶対諦めず、最後の一発まで撃ちつくして。後から戦う、皆のためにも。
それじゃ全員、構えて!」
リストの命令に従い、銃士たちはそれぞれ射撃体勢に入った。
「……頼んだわよ、『ポプラ』、それからみんな」
リストもディーノから贈られた狙撃銃、「ポプラ」の安全装置を外し、氷原の向こうから来る敵を待ち構えた。
銃士隊全員は静止したまま、凍った海の向こうをにらみ続ける。
やがて、太陽が彼らのにらむ方向に、傾きかけた頃――。
「……来たぞ!」
誰かが叫ぶ。
それと同時に、リストの目が、遠くから列を成して歩いてくる、黒い影を捉えた。
だが、まだ引き金を絞らない。
「みんな、待ちなさいよ! まだ、当たる距離じゃない」
皆もそれを分かっており、銃声はどこからも聞こえない。
「まだよ、まだ……」
黒い影は続々、水平線の向こうからやってくる。
「もう少しよ……」
その大量の黒い影は、やがてそれぞれが人の形と確認できるまでに近付いた。
「用意!」
リストの声と同時に、あちこちから銃を構え直す音が響く。
「……」
黒い影は足を止め、背負っていた盾をかざし始めた。
「……」
それでもまだ、リストは撃たない。
「……」
盾をかざしたまま静止していた敵軍がまた、ゆっくり、ゆっくりと歩を進め始めた。
「……」
その速度がじわじわと増していき、ついには走り始めた。
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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
いよいよ口火を切りましたね。
戦争というのは派手なのか、あるいは静かに『起こるのか。
起こるきっかけは静かなものだと思いますが。
再来年ぐらいになりそうなのですが。
またユキノをグッゲンハイムでお借りしたいと思うのですが大丈夫でしょうか。
何度かお願いしていますが、改めて・・・ということです。
他のキャラクターをお借りするかは書いてみないと。。。
・・・ということなのですが。
戦争というのは派手なのか、あるいは静かに『起こるのか。
起こるきっかけは静かなものだと思いますが。
再来年ぐらいになりそうなのですが。
またユキノをグッゲンハイムでお借りしたいと思うのですが大丈夫でしょうか。
何度かお願いしていますが、改めて・・・ということです。
他のキャラクターをお借りするかは書いてみないと。。。
・・・ということなのですが。
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NoTitle
いつも通り、出典を明らかにしていただければ問題ありません。
ただし、間違えないでいただきたいのは、
僕はLandMさんにキャラをお貸しするために小説を書いているのではない、と言うことです。
「書いてみないとキャラを使うかどうか分からない」というのは、「自分の小説に合うようならば、あなたの小説のキャラを使ってやってもいい」と言うニュアンスにも取れます。
無論、LandMさんにはそんなつもりは無いのかもしれませんが、少なくとも僕はコメントの内容から、そう感じてしまいました。
僕が苦心して築いたキャラを、あまりぞんざいに扱うようなことをされないように、くれぐれもお気を付け下さい。