「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第9部
蒼天剣・晴海録 2
晴奈の話、第560話。
紳士の戦い。
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2.
ノーラの攻撃を受けたエルスは地面につんのめりながら、そのままずるずると後ろに飛ばされていった。
「がっ、かふっ、げ、ぐ、っふ」
ようやく体が止まるが、呼吸しようにも、肺が広がってくれない。立ち上がることもできず、そのまま咳き込んでいた。
(ああ、やばいなぁ……。これは予想以上だ)
倒れたままのエルスに、ノーラは容赦なく蹴りを浴びせる。
「立ちなさいよ、クズ……ッ!」
「がっ、うあっ」
何度目かの蹴りで、エルスは自分の左奥歯と頬骨が折れ、右肩が外れるのを感じた。
(うう、痛い。まだ呼吸もままならないし、これはちょっときついかもなぁ)
「ほら、アンタ最強の諜報員だったんでしょ!? 英雄だったんでしょ!?」
ノーラはピクリとも動かないエルスを、なお踏みつける。
「その英雄サマが、最強の男が、私にいいようにやられるのッ!?」
(……何だかなぁ)
と、地面にへばりついていたエルスが突然消え、ノーラの足が地面を蹴る。
「い、った……っ!?」
「ノーラ、君は一体何が言いたいの?」
いつの間にか、エルスはノーラから2メートルほど離れた場所に立っている。左顔面が腫れ上がっているが、その口からはいつものように軽妙な言葉が飛び出す。
「僕を馬鹿にしてるの? それとも尊敬してるの?
英雄サマ、英雄サマって称えながら蹴りを浴びせるって、屈折してるね」
「い、いつの間に……?」
エルスは外れた肩を戻しながら、鼻血まみれの顔でにっこりと笑った。
「確かに僕は、適当なことばかり言っているように見られる。いつもヘラヘラしてるし、口から出るのは軽口ばかりだ。
だけどね、僕は今まで適当に生きてたことは、一瞬たりとも無い。どんな時だって、何をどうすれば最もいい結果が出るかを考えて、動いている。
本当は君のことも、央南に連れて行きたかったんだ。だけど運悪く、君は遠出していた。『バニッシャー』の再強奪は急ぎでやらなきゃならないことだったし、僕はそっちを選んだ。
でも君のことは、いつかどうにかして、迎えに行きたかった」
「……嘘よ」
ノーラはきっとエルスをにらみつけ、再度構える。
「本当さ。そのために、僕は央南での地位を確立した。今こうして、北方で指揮を執っていることこそ、その証明だ。
僕が何の権力も無い、一兵卒のままであったなら、こうして北方の土を踏むことはできなかっただろう?」
「……詭弁よ。だったら何で、もっと早く迎えに来てくれなかったのよ!」
ノーラが再度、間合いを詰める。
「その点は、本当に心から謝りたい。僕にもっと手腕があれば、もっと早く迎えに来られたのに、と悔やんでいる」
「口ばっかり!」
ノーラは下段、上段、中段と、エルスを惑わせるように蹴りを放つ。だが、そのどれもが空を切り、エルスには当たらない。
「本当さ。信じてほしい。……まあ、何を言っても結果は結果だね。君を助けられなかった」
「……っ」
ノーラの何度目かの蹴りがエルスの胸を突くが、ぺた、と軽い音が響くだけに留まる。エルスが後ろに退くことで、威力が削がれたのだ。
「……ねえ、ノーラ。まだやり直しは効くかい?」
「えっ?」
「今ここで、僕を許してほしい。僕のことを許して、僕たちの側に来てくれないか?」
「なっ……」
ノーラはエルスをにらみつけるが、声には今までのとげとげしさが感じられない。
「できるわけ、ない……っ」
「本当に?」
「……できない。できないわよ、もう。だってもう、アンタをボコボコにしてる、し……」
「許してほしいんだ。今までのことは、全身全霊をもって謝る。君の望むことなら、何でもする。
だから僕を許して、僕に付いてきてよ、ノーラ」
「……できないッ!」
ノーラは声を荒げ、両手を突き出した。
「『サンダースピア』!」
「……っ」
ノーラの掌から放たれた雷の槍が、エルスに向かって伸びる。
だが――。
「……ぐすっ」
槍はエルスの頭上はるか上を過ぎ、夜空の彼方へと飛んでいった。
エルスはそれを見上げもせず、目を赤くしているノーラへ、優しげに声をかける。
「もう一度聞いていい?」
「……いいわ」
「許してくれる?」
「……逆じゃ、ないの?」
ノーラはその場に座り込み、グスグスと鼻を鳴らす。
「私は、アンタの命を狙ったのよ? それを詰問するどころか、『許してくれ』? 逆でしょ、普通……」
「いや、普通なら」
エルスはノーラを、そっと抱きしめた。
「先に悪いことをした方が非難されるはずだろ? だったら僕が許される方が、先ってもんさ」
「……ばか」
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紳士の戦い。
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2.
ノーラの攻撃を受けたエルスは地面につんのめりながら、そのままずるずると後ろに飛ばされていった。
「がっ、かふっ、げ、ぐ、っふ」
ようやく体が止まるが、呼吸しようにも、肺が広がってくれない。立ち上がることもできず、そのまま咳き込んでいた。
(ああ、やばいなぁ……。これは予想以上だ)
倒れたままのエルスに、ノーラは容赦なく蹴りを浴びせる。
「立ちなさいよ、クズ……ッ!」
「がっ、うあっ」
何度目かの蹴りで、エルスは自分の左奥歯と頬骨が折れ、右肩が外れるのを感じた。
(うう、痛い。まだ呼吸もままならないし、これはちょっときついかもなぁ)
「ほら、アンタ最強の諜報員だったんでしょ!? 英雄だったんでしょ!?」
ノーラはピクリとも動かないエルスを、なお踏みつける。
「その英雄サマが、最強の男が、私にいいようにやられるのッ!?」
(……何だかなぁ)
と、地面にへばりついていたエルスが突然消え、ノーラの足が地面を蹴る。
「い、った……っ!?」
「ノーラ、君は一体何が言いたいの?」
いつの間にか、エルスはノーラから2メートルほど離れた場所に立っている。左顔面が腫れ上がっているが、その口からはいつものように軽妙な言葉が飛び出す。
「僕を馬鹿にしてるの? それとも尊敬してるの?
英雄サマ、英雄サマって称えながら蹴りを浴びせるって、屈折してるね」
「い、いつの間に……?」
エルスは外れた肩を戻しながら、鼻血まみれの顔でにっこりと笑った。
「確かに僕は、適当なことばかり言っているように見られる。いつもヘラヘラしてるし、口から出るのは軽口ばかりだ。
だけどね、僕は今まで適当に生きてたことは、一瞬たりとも無い。どんな時だって、何をどうすれば最もいい結果が出るかを考えて、動いている。
本当は君のことも、央南に連れて行きたかったんだ。だけど運悪く、君は遠出していた。『バニッシャー』の再強奪は急ぎでやらなきゃならないことだったし、僕はそっちを選んだ。
でも君のことは、いつかどうにかして、迎えに行きたかった」
「……嘘よ」
ノーラはきっとエルスをにらみつけ、再度構える。
「本当さ。そのために、僕は央南での地位を確立した。今こうして、北方で指揮を執っていることこそ、その証明だ。
僕が何の権力も無い、一兵卒のままであったなら、こうして北方の土を踏むことはできなかっただろう?」
「……詭弁よ。だったら何で、もっと早く迎えに来てくれなかったのよ!」
ノーラが再度、間合いを詰める。
「その点は、本当に心から謝りたい。僕にもっと手腕があれば、もっと早く迎えに来られたのに、と悔やんでいる」
「口ばっかり!」
ノーラは下段、上段、中段と、エルスを惑わせるように蹴りを放つ。だが、そのどれもが空を切り、エルスには当たらない。
「本当さ。信じてほしい。……まあ、何を言っても結果は結果だね。君を助けられなかった」
「……っ」
ノーラの何度目かの蹴りがエルスの胸を突くが、ぺた、と軽い音が響くだけに留まる。エルスが後ろに退くことで、威力が削がれたのだ。
「……ねえ、ノーラ。まだやり直しは効くかい?」
「えっ?」
「今ここで、僕を許してほしい。僕のことを許して、僕たちの側に来てくれないか?」
「なっ……」
ノーラはエルスをにらみつけるが、声には今までのとげとげしさが感じられない。
「できるわけ、ない……っ」
「本当に?」
「……できない。できないわよ、もう。だってもう、アンタをボコボコにしてる、し……」
「許してほしいんだ。今までのことは、全身全霊をもって謝る。君の望むことなら、何でもする。
だから僕を許して、僕に付いてきてよ、ノーラ」
「……できないッ!」
ノーラは声を荒げ、両手を突き出した。
「『サンダースピア』!」
「……っ」
ノーラの掌から放たれた雷の槍が、エルスに向かって伸びる。
だが――。
「……ぐすっ」
槍はエルスの頭上はるか上を過ぎ、夜空の彼方へと飛んでいった。
エルスはそれを見上げもせず、目を赤くしているノーラへ、優しげに声をかける。
「もう一度聞いていい?」
「……いいわ」
「許してくれる?」
「……逆じゃ、ないの?」
ノーラはその場に座り込み、グスグスと鼻を鳴らす。
「私は、アンタの命を狙ったのよ? それを詰問するどころか、『許してくれ』? 逆でしょ、普通……」
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エルスはノーラを、そっと抱きしめた。
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~ Comment ~
NoTitle
和解だあ~~ヽ(^o^)丿
ううむ。私の小説ではこういうことはないので、
良いですね。こういうシーンも。
ありがとうございます。
ううむ。私の小説ではこういうことはないので、
良いですね。こういうシーンも。
ありがとうございます。
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NoTitle
どんな敵であれ、できることなら穏便に、平和に対立を解消したいと願っています。
それが妹なら、なおさら。