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    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第9部

    蒼天剣・晴海録 5

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    晴奈の話、第563話。
    防衛戦、佳境へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     明け方が近付く頃、兵士たちの疲労はピークに達していた。既に半数以上が氷原から退却し、最終防衛線である港に上がり、再度守りを固めようとしている。
     リストも持っていた銃弾を撃ち尽くしていたため、港で補給を受けていた。
    「こんだけあれば、まだ十分戦えるわ。ありがと」
    「あの、チェスター指揮官。お休みになっては?」
     再び戦いに赴こうとするリストを、補給兵が引き止める。
    「もう9時間以上、戦い通しです。これ以上は……」
    「これ以上? まだできるわよ」
    「いいや、リスト」
     そこに、顔面に大きな湿布を貼ったエルスがやってきた。
    「目にクマができてる。顔色も悪い。今は興奮で疲れを忘れてるだけさ。そのうちにドッと、疲れの波が押し寄せてくる。休んだ方がいいよ」
    「……そうね。否定はしないわ。多分コレ終わったら、バタッと倒れちゃうでしょうね」
    「休みなよ。幸いと言うか、戦いは現在、膠着状態にある。今なら30分くらい、小休憩が取れる。それくらい休めば、多少はすっきりするはずさ」
    「ん、分かった。……ところでエルス」
     そこでリストが、エルスの顔面について尋ねてきた。
    「どしたの、その顔? 何で戦線に出てないアンタが負傷してんの?」
    「ま、ちょっとね」

     港の北端。
    「……ん、了解了解」
    「通信頭巾」で南端との連絡を取っていた小鈴が顔を挙げる。
    「邪魔が入ったけど、今んトコ順調だってさ。んで、簡単に氷を割るいい方法も教えてもらったわ」
    「そうか」
     晴奈たちが守る北端側も、ハインツたちを退けて以降は積極的な攻めが行われず、術士隊による砕氷作戦は順調に進められていた。
    「司令本部によれば、敵は正面突破一本に絞ってきたそーよ。こっちにいた敵も、そっちの方に集まってるみたい」
    「と言うことは、我々の仕事は大方終わったわけか」
    「そーなるわね。ま、後はじっくり腰を据えてましょ」
    「ああ」
     と、小鈴の説得で寝返った賞金稼ぎ二人も、晴奈たちの元にやってくる。
    「お茶入りました、タチバナさん、コウさん」
    「ん、ありがと」
     小鈴に大口の仕事と土地を紹介してもらえるとあって、二人は小鈴に愛想よく振舞っている。
    「……まあ、助けになるからいいが、腰の軽い奴らだな」
    「いーじゃん。悪いヤツらじゃないし」
    「そうだな」

     南端。
    「いい感じですねぇ」
     スティングレイとの戦いでヒントを得たミラは、銃士たちに頼んで火薬を集め、それを土の術で細長い針に変形させ、それを縦に発火・爆発させることで立て続けにヒビを入れ、割ると言う方法を考案した。
     これにより、想定していたよりももっと早く作戦遂行ができると判断し、ミラは北端の術士隊にも同様の方法を伝えていた。
     そして現在、ミラたちの眼前には横一線に、針状になった火薬を差した、細い穴が並んでいた。
    「後は、コレを爆破させるだけですねぇ」
    「そう、だな」
     二人は安堵のため息を、ほっとつきかけた。
     と――。
    「……っ」
    「な、……んだ?」
     薄闇の向こうから、何かが歩いてきていた。
     その赤い何かは、あまりにも禍々しいオーラを放っていた。



     時間は1時間前にさかのぼる。
    「……ぷはっ!」
     氷原の割れ目から鎖が飛び出し、続いてスティングレイが這い上がってきた。
    「し、死ぬかと、思った」
     彼はガチガチと歯を震わせながら、何とか氷原の上に戻ってきた。
    「わ、わしとしたことが、ま、まさかあんな手に、してやられるとは」
     体をこすり、暖を取ろうとしたその時だった。
    「……うん?」
     未だ倒れたままの、赤毛の魔術師の横に、フードを被った何者かが屈み込んでいた。
    「さあ、目覚めろ。王の糧となるために」
    「……っ、……ぁ、……ぃっ」
     赤毛の背中には、紫色に光る金属板が突き立てられていた。
     魔術に長けたスティングレイには、その金属板に彫られている絵が魔法陣だろうと言うことは分かったが、何が起ころうとしているのかまでは推測できなかった。
    「何を……、している?」
    「うん?」
     フードの男が立ち上がり、スティングレイを見る。
    「丁度いい。こいつで、己の力を試してみるがいい」
    「……ハイ……」
     背中に金属板を突きたてられたまま、赤毛は立ち上がった。
     その瞬間、スティングレイの全身に、極寒の海中に沈んだ時以上の怖気が走った。
    「なんだ……こいつは……!?」
    「……ア……ウア……」
     赤毛はまるで操り人形のように、かくんと右腕を掲げた。
    「……~ッ!」
     スティングレイは全身の鎖を前方に集め、防御姿勢を取る。
    「……がはッ……ば……馬鹿な……このわしが……」
     だがその鎖は粉々に割られ、化物のような爪の生えた赤毛の右腕が、スティングレイの胸に深々と突き刺さっていた。
    「さあ行け、王の奴隷。奴らを一人残らず、殺せ」
    「……ハイ……」
     赤毛は掲げたままの右腕からずるりとスティングレイの体を降ろし、ズルズルと音を立てて歩き始めた。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2016.12.11 修正
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    兵は神速を尊ぶと言いますからね。
    作戦行動は多少拙くても、出来る限り早く早く行うのが吉です。
    一応、兵法の類は読み漁ってるので、こう言うのには心得があります。

    NoTitle 

    織田信長の神速には休みなし。
    ・・ということがある通り。
    休まずぶっ通しで戦うのも戦場の妙というのがありますものね。ファンタジーでありながら、戦場の兵法が学べるのは良いですね。この辺は私もからきし駄目でござる。。。(/ω\)
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