「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第9部
蒼天剣・晴海録 9
晴奈の話、第567話。
軋む心。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
9.
戦闘開始から12時間が経ち、作戦終了時刻がすぐそこまで迫っている頃――。
「大丈夫、セイナ?」
「……」
港に戻り、休憩を取っていたリストは、同じく休憩室で休む晴奈に声をかける。だが、反応は返ってこない。
「セイナ?」
もう一度声をかけたところで、晴奈が顔を挙げた。
「……ん。何だ?」
「顔色、めちゃめちゃ悪いわよ」
「……ああ。そうだな、あまり気分は良くない」
晴奈はカップを抱えたまま、どんよりとした目で話し始めた。
「あの赤い怪物。聞けば、元は央北で投獄されていた、雨宮蓮馬と言う魔術師だったそうだ」
「央南人? 同郷だったの?」
「いいや、名前こそ央南風だが、実際は別の国の人間だと言っていた。……以前に、会ったことがあったのだ」
「へぇ……?」
晴奈はカップの茶を一息に飲み、話を続ける。
「その時も奴は敵方だったが、私に惚れていたと告白された」
「は? 敵なのに?」
「おかしな話だろう? 挙句、『投降して妻になってくれ』と抜かす始末だ。気味が悪すぎて即、断ったが。
……それでも、だ。私のことを、慕っていてくれたのだ。その、慕ってくれた者を私は、自らの手で、斬り捨てた」
「そう……」
かしゃ、とカップの割れる音がする。見ると、晴奈がカップを落とし、顔を両手で覆っていた。
「……もう、御免だ」
「セイナ?」
「……リスト。私は心に決めたことがある」
晴奈は顔を覆ったまま、ぽつりとつぶやいた。
「……この戦争が終わったら、私は二度と戦わない」
「え?」
「もうこれ以上、人を斬っていくのは耐えられぬ。もうこれ以上、業を背負いたくないのだ」
「業、……って、何言ってんの? アンタほどの剣士が、そんなコト言うなんて……?」
「……私が、まだ若い、少女の頃の時分は」
晴奈は顔から手を離し、真っ赤になった目を向ける。
「信条の相容れぬ『敵』とは単に戦う相手であり、それ以外の選択肢など無いと、そう考えていた。敵の素性など、考えもしていなかった。私の目には敵はただ、『敵』と名の付けられた物体でしかなかった。
だが敵方であったウィルと知り合い、親しくなってからの日々は、とても心地良いものだった。価値観の違う者と出会い、語らい、遊び、仲が深まるにつれ、私はそれまで感じたことの無い楽しさ、喜び、温かみをひしひしと感じていた。
だが奴が死に、復讐すると誓ってから、私の中に重たく、苦々しく、冷たいものを感じずにはいられなくなった。その存在はまさに『修羅』である私――戦いを欲し、戦いに明け暮れ、戦いによって己の心身を削っていく、私が忌避しつつ、その一方で、私を縛り付けていた、もう一人の私だったのだ」
「……」
「だが、死から蘇り、夢の内で白猫からの赦しを得て、その『修羅』はどこかに去って行ってくれた。そう、思って、いたのだ。
しかし……! しかし、つい今しがた、私がやったことは……っ」
晴奈の目から、つつ、と涙がこぼれる。
「修羅、そのものだ……! 戦うことでしか物事を解決できぬ、愚かな生き方だ!
そんな生き方はもう、こりごりだ。これ以上私は、修羅の道を歩みたくないのだ。
もう私には、戦える気力が無い」
「……そう……」
リストは沈みきった瞳で見つめてくる晴奈に、何の言葉もかけられなかった。
「準備、整いましたよぉ~!」
グリーンプール沿岸の氷を割り、日上軍を退ける作戦は、最終段階に入った。
氷原には針状に加工された火薬が一列に差し込まれ、南端から北端まで一直線に並んでいた。
「後は、火ぃ点けるだけね」
北端から作戦を進めてきた小鈴も、ようやくミラと合流することができた。
「ですねぇ。……じゃあ、早速行きますよぉ!」
ミラは術士隊に命じ、並んだ火薬に火の術をかけさせる。
「3……、2……、1……、発破ぁ!」
火はしゅるる……、と火薬に向かって伸び、間を置いて爆発し始めた。バン、バンと言うけたたましい音が、南北の二手に伸びていく。
「うまく行け……、うまく行け……!」
小鈴は両手を合わせ、祈る。
「大丈夫、きっと……!」
ミラも固唾を呑んで、成り行きを見守る。
やがて爆発は港の両端に達し、すべての火薬が燃え尽きた。
「……」
「……」
「……えっ」
だが――。
「割れた、けど……」
「こんなん、ひょいと乗り越えたらおしまいじゃない!」
爆発はたった数センチ程度しか、氷に亀裂を入れることができなかった。
「ダメ、だったか……!」
小鈴は顔をしかめ、その場に座り込んだ。
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軋む心。
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9.
戦闘開始から12時間が経ち、作戦終了時刻がすぐそこまで迫っている頃――。
「大丈夫、セイナ?」
「……」
港に戻り、休憩を取っていたリストは、同じく休憩室で休む晴奈に声をかける。だが、反応は返ってこない。
「セイナ?」
もう一度声をかけたところで、晴奈が顔を挙げた。
「……ん。何だ?」
「顔色、めちゃめちゃ悪いわよ」
「……ああ。そうだな、あまり気分は良くない」
晴奈はカップを抱えたまま、どんよりとした目で話し始めた。
「あの赤い怪物。聞けば、元は央北で投獄されていた、雨宮蓮馬と言う魔術師だったそうだ」
「央南人? 同郷だったの?」
「いいや、名前こそ央南風だが、実際は別の国の人間だと言っていた。……以前に、会ったことがあったのだ」
「へぇ……?」
晴奈はカップの茶を一息に飲み、話を続ける。
「その時も奴は敵方だったが、私に惚れていたと告白された」
「は? 敵なのに?」
「おかしな話だろう? 挙句、『投降して妻になってくれ』と抜かす始末だ。気味が悪すぎて即、断ったが。
……それでも、だ。私のことを、慕っていてくれたのだ。その、慕ってくれた者を私は、自らの手で、斬り捨てた」
「そう……」
かしゃ、とカップの割れる音がする。見ると、晴奈がカップを落とし、顔を両手で覆っていた。
「……もう、御免だ」
「セイナ?」
「……リスト。私は心に決めたことがある」
晴奈は顔を覆ったまま、ぽつりとつぶやいた。
「……この戦争が終わったら、私は二度と戦わない」
「え?」
「もうこれ以上、人を斬っていくのは耐えられぬ。もうこれ以上、業を背負いたくないのだ」
「業、……って、何言ってんの? アンタほどの剣士が、そんなコト言うなんて……?」
「……私が、まだ若い、少女の頃の時分は」
晴奈は顔から手を離し、真っ赤になった目を向ける。
「信条の相容れぬ『敵』とは単に戦う相手であり、それ以外の選択肢など無いと、そう考えていた。敵の素性など、考えもしていなかった。私の目には敵はただ、『敵』と名の付けられた物体でしかなかった。
だが敵方であったウィルと知り合い、親しくなってからの日々は、とても心地良いものだった。価値観の違う者と出会い、語らい、遊び、仲が深まるにつれ、私はそれまで感じたことの無い楽しさ、喜び、温かみをひしひしと感じていた。
だが奴が死に、復讐すると誓ってから、私の中に重たく、苦々しく、冷たいものを感じずにはいられなくなった。その存在はまさに『修羅』である私――戦いを欲し、戦いに明け暮れ、戦いによって己の心身を削っていく、私が忌避しつつ、その一方で、私を縛り付けていた、もう一人の私だったのだ」
「……」
「だが、死から蘇り、夢の内で白猫からの赦しを得て、その『修羅』はどこかに去って行ってくれた。そう、思って、いたのだ。
しかし……! しかし、つい今しがた、私がやったことは……っ」
晴奈の目から、つつ、と涙がこぼれる。
「修羅、そのものだ……! 戦うことでしか物事を解決できぬ、愚かな生き方だ!
そんな生き方はもう、こりごりだ。これ以上私は、修羅の道を歩みたくないのだ。
もう私には、戦える気力が無い」
「……そう……」
リストは沈みきった瞳で見つめてくる晴奈に、何の言葉もかけられなかった。
「準備、整いましたよぉ~!」
グリーンプール沿岸の氷を割り、日上軍を退ける作戦は、最終段階に入った。
氷原には針状に加工された火薬が一列に差し込まれ、南端から北端まで一直線に並んでいた。
「後は、火ぃ点けるだけね」
北端から作戦を進めてきた小鈴も、ようやくミラと合流することができた。
「ですねぇ。……じゃあ、早速行きますよぉ!」
ミラは術士隊に命じ、並んだ火薬に火の術をかけさせる。
「3……、2……、1……、発破ぁ!」
火はしゅるる……、と火薬に向かって伸び、間を置いて爆発し始めた。バン、バンと言うけたたましい音が、南北の二手に伸びていく。
「うまく行け……、うまく行け……!」
小鈴は両手を合わせ、祈る。
「大丈夫、きっと……!」
ミラも固唾を呑んで、成り行きを見守る。
やがて爆発は港の両端に達し、すべての火薬が燃え尽きた。
「……」
「……」
「……えっ」
だが――。
「割れた、けど……」
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NoTitle
おおう。。。鬱展開が続きますね。
・・・・。
・・・・・。
・・・・・・・。
もとより。戦争自体がそういうことなのですが。
・・・・。
・・・・・。
・・・・・・・。
もとより。戦争自体がそういうことなのですが。
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NoTitle
(第4部とか第6部とかでもめげてましたし)
元から少なからず無理してるところに、この惨劇。
晴奈の心に深い傷が付いたのは確かです。
誰か、支えてくれる人がいてくれたら、立ち直れる人ではありますが。