「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第9部
蒼天剣・晴海録 10
晴奈の話、第568話。
海の晴れる時。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
10.
皆が落胆し、絶望しかけたその時だった。
「コスズ、ミラ少尉、みんなそこから離れて!」
エルスが港から、大急ぎでやって来た。
「え?」
「そこは危ない! 早く!」
一体何が起きるのか分からなかったが、ともかくエルスの指示に従い、そこにいた全員が港へ戻る。
「何なの? まだ氷は……」
「それを今からやるのさ。
6時間くらい前だけど、『通信頭巾』で僕の方に、連絡が入ったんだ。最新鋭の軍艦が、こっちに向かってるってね」
「軍艦? でも氷海の中じゃ……」
「うん。確かにその軍艦は現在、凍結した海域の手前にいる。でも海戦のために来てもらったんじゃない」
エルスがそこまで説明した時だった。
ズガンと言う、とんでもない爆音が沖合いから聞こえてきた。
「な、何?」
「砲弾さ。あれを撃ち込んで、氷を割るのさ。
まったく、スケールがでかいことをさらっとやってくれるね、金火狐の総帥は」
「おぉ、ズバズバ割れとりますわ」
《良かった。計算、ピッタリだったんですね》
ヘレンの歓声に、ディーノが頭巾越しにほっとした声を送った。
北方近海まで来ていたヘレンは通信により、この作戦を伝え聞いていた。しかし、魔術や少量の爆薬でどうにかなるか、エルスにも確証は無かった。そんなエルスの不安を聞いたヘレンは、「砲弾を撃ち込み、その衝撃で割れないだろうか」と提案した。
勿論、滅多やたらに撃ち込むだけでは穴が空くばかりで、大した効果は得られない。そこで偶然グリーンプール郊外に来ていたディーノの知恵を借り、効果的な砲撃を計算してもらっていたのだ。
この作戦は功を奏し、やがて港全体に、ビキビキと氷の割れる音が響き始めた。
「海が……、割れる」
「すげえ……」
港にいた兵士たちは、感嘆の声をあげる。
「……やった!」
港と氷の間は500メートルを裕に超え、人が渡れる状態ではなくなった。勿論、「ヘブン」からの軍艦も、この距離では進めない。
歓喜の声が、港中に響き渡った。
「さあ、これだけで終わりじゃないよ」
「え、まだぁ?」
呆れる小鈴に、エルスはピンと人差し指を立てる。
「このまま放っておいたら、また凍って人が乗れるようになるからね。その前に、鉄柵やら何やらを敷いて、侵入不可能にしておかなきゃ」
「後一踏ん張りってコトね」
「そう言うこと」
「うっ……、うっ……」
全兵士が防衛成功に歓喜し、事後の作業に取り掛かってもなお、晴奈は港の休憩室で一人、沈んでいた。
(私はまた、人を斬った……。どうすればこの業から、抜け出せる……?)
晴奈の脳内は後悔と慙愧の念で乱れ、思考はひたすら暗がりへと落ち込んでいく。
と、遠慮がちなノックの音が、休憩室の中に響く。
「セイナ、いる?」
トマスの声だ。
「……っ」
晴奈は慌てて涙を拭き、喉を鳴らす。
「ん、んん、……ああ、ここにいる」
晴奈が応じると、そっとドアを開けて、トマスが入ってきた。
「ごめんね、休憩中に」
「ああ、いや。構わない。何か用か?」
「えーと、その、さ。君が落ち込んでるって、リストから聞いたんだ」
「……そうか」
晴奈はトマスから顔を背けようとする。だが、トマスは背けた方に回り込み、晴奈の顔を見つめてきた。
「な、何だ?」
「泣いてた?」
「……泣いてない」
晴奈は顔を伏せ、トマスの視線から逃れようとする。それでも、トマスは追及をやめようとしない。
「泣いてたよね? 目、真っ赤だよ」
「……泣いてなんか」
と、トマスが突然、晴奈の肩をぎゅっと抱きしめてきた。
「……えっ」
「セイナ。前に君自身が言ってたじゃないか。僕の側で、休ませてほしいって」
「……」
「ゆっくり、休んでよ。今ならみんな忙しいし、こっちには来やしないさ。……あ、それより」
トマスは立ち上がり、ドアに鍵をかけた。
「これで心配ないよ。さ、休んで」
「……ああ」
今度は、晴奈の方がトマスに抱きついた。
「ありがとう、トマス。……一人でいるより、心が落ち着く」
「そりゃそうだよ」
トマスは冗談めかして、こう返した。
「『修羅』は他人と相容れられない。ってことは、他人の温かみを知らないんだよ。
二人でいれば、そんなの寄ってきやしないさ」
「……うん」
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海の晴れる時。
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皆が落胆し、絶望しかけたその時だった。
「コスズ、ミラ少尉、みんなそこから離れて!」
エルスが港から、大急ぎでやって来た。
「え?」
「そこは危ない! 早く!」
一体何が起きるのか分からなかったが、ともかくエルスの指示に従い、そこにいた全員が港へ戻る。
「何なの? まだ氷は……」
「それを今からやるのさ。
6時間くらい前だけど、『通信頭巾』で僕の方に、連絡が入ったんだ。最新鋭の軍艦が、こっちに向かってるってね」
「軍艦? でも氷海の中じゃ……」
「うん。確かにその軍艦は現在、凍結した海域の手前にいる。でも海戦のために来てもらったんじゃない」
エルスがそこまで説明した時だった。
ズガンと言う、とんでもない爆音が沖合いから聞こえてきた。
「な、何?」
「砲弾さ。あれを撃ち込んで、氷を割るのさ。
まったく、スケールがでかいことをさらっとやってくれるね、金火狐の総帥は」
「おぉ、ズバズバ割れとりますわ」
《良かった。計算、ピッタリだったんですね》
ヘレンの歓声に、ディーノが頭巾越しにほっとした声を送った。
北方近海まで来ていたヘレンは通信により、この作戦を伝え聞いていた。しかし、魔術や少量の爆薬でどうにかなるか、エルスにも確証は無かった。そんなエルスの不安を聞いたヘレンは、「砲弾を撃ち込み、その衝撃で割れないだろうか」と提案した。
勿論、滅多やたらに撃ち込むだけでは穴が空くばかりで、大した効果は得られない。そこで偶然グリーンプール郊外に来ていたディーノの知恵を借り、効果的な砲撃を計算してもらっていたのだ。
この作戦は功を奏し、やがて港全体に、ビキビキと氷の割れる音が響き始めた。
「海が……、割れる」
「すげえ……」
港にいた兵士たちは、感嘆の声をあげる。
「……やった!」
港と氷の間は500メートルを裕に超え、人が渡れる状態ではなくなった。勿論、「ヘブン」からの軍艦も、この距離では進めない。
歓喜の声が、港中に響き渡った。
「さあ、これだけで終わりじゃないよ」
「え、まだぁ?」
呆れる小鈴に、エルスはピンと人差し指を立てる。
「このまま放っておいたら、また凍って人が乗れるようになるからね。その前に、鉄柵やら何やらを敷いて、侵入不可能にしておかなきゃ」
「後一踏ん張りってコトね」
「そう言うこと」
「うっ……、うっ……」
全兵士が防衛成功に歓喜し、事後の作業に取り掛かってもなお、晴奈は港の休憩室で一人、沈んでいた。
(私はまた、人を斬った……。どうすればこの業から、抜け出せる……?)
晴奈の脳内は後悔と慙愧の念で乱れ、思考はひたすら暗がりへと落ち込んでいく。
と、遠慮がちなノックの音が、休憩室の中に響く。
「セイナ、いる?」
トマスの声だ。
「……っ」
晴奈は慌てて涙を拭き、喉を鳴らす。
「ん、んん、……ああ、ここにいる」
晴奈が応じると、そっとドアを開けて、トマスが入ってきた。
「ごめんね、休憩中に」
「ああ、いや。構わない。何か用か?」
「えーと、その、さ。君が落ち込んでるって、リストから聞いたんだ」
「……そうか」
晴奈はトマスから顔を背けようとする。だが、トマスは背けた方に回り込み、晴奈の顔を見つめてきた。
「な、何だ?」
「泣いてた?」
「……泣いてない」
晴奈は顔を伏せ、トマスの視線から逃れようとする。それでも、トマスは追及をやめようとしない。
「泣いてたよね? 目、真っ赤だよ」
「……泣いてなんか」
と、トマスが突然、晴奈の肩をぎゅっと抱きしめてきた。
「……えっ」
「セイナ。前に君自身が言ってたじゃないか。僕の側で、休ませてほしいって」
「……」
「ゆっくり、休んでよ。今ならみんな忙しいし、こっちには来やしないさ。……あ、それより」
トマスは立ち上がり、ドアに鍵をかけた。
「これで心配ないよ。さ、休んで」
「……ああ」
今度は、晴奈の方がトマスに抱きついた。
「ありがとう、トマス。……一人でいるより、心が落ち着く」
「そりゃそうだよ」
トマスは冗談めかして、こう返した。
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