「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第9部
蒼天剣・獄下録 1
晴奈の話、第570話。
未来への展望。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
「トモエ作戦」以後、ジーン王国と「ヘブン」との戦いは、事実上の休戦状態が続いていた。
「ヘブン」は氷の上を進むと言う作戦を二度繰り返そうとはせず、ずっとスタリー島に駐留し続けていた。一方で王国軍側も、港前に防衛線を敷いたものの、それ以上の活動は行わず、軍備を蓄え、訓練を行うことに専念していた。
よって、年明けからの3ヶ月――平和な日々が、続いていた。
山間部、ミラーフィールド。
「さ、さ。遠慮しないで」
「ども」「いいんですか、本当に?」
「銀旋風」コンビは、ディーノの家を買うことになった。
ディーノの先導に恐縮する二人の背後から、小鈴がニヤニヤしながら声をかける。
「いいんじゃない? 先生、もうこの家引き払うって言ってるんだし」
「え?」「なんで」
「去年の戦いの時、奥さんと復縁したのよ。戦争終わり次第、央中に帰るんだってさ」
「そうだったんですか」「おめ」
ぺこりと頭を下げるデニスとミールに、ディーノは顔を赤らめながら手を振る。
「いや、そんな。まあ、その、元々一人暮らしをするための家ですから、若いご夫婦さんだとちょっと手狭になってしまうかも知れませんけど」
「ちょ、ちょ、まだ俺たち、そんなんじゃ」
顔を真っ赤にするデニスに、小鈴が突っ込む。
「またまた。どーせこの家に住み始めたら、そのうち結婚するつもりでしょ?」
「……ん、まあ、……うん」
王国首都、フェルタイル。
「またこの家に帰るなんて、思わなかった」
エルスとノーラは、幼い頃自分たちが住んでいた家を訪れていた。
エルスたちの母は7年前に亡くなっており、父も行方知れずになってしまっていたため、家は荒れに荒れていた。
「ここは今、誰の手にも渡ってないし、僕は使わない。君にあげるよ」
「でも、今さらこの家に戻ったって……」
「いいじゃないか」
エルスは色あせた椅子に座り、にっこりと笑う。
「やり直してみようよ。何の苦労も無かった、昔に」
「……そうね。頑張って、みようかな」
「うん。……おわっ」
エルスの座っていた椅子が、バキ、と音を立てて折れ、エルスがひっくり返った。
「あいたた……」
「……クスっ」
「あはは、やっと笑ってくれた」
そして――同市、トマス・ナイジェルの屋敷。
「穏やかだな……」
「そうだね」
トマスと二人きりでソファに座っていた晴奈は、トマスの肩に寄りかかっていた。
「温かいな……」
「……ぷっ」
突然、トマスが笑い出す。
「ん?」
「何だかセイナ、おばーちゃんみたいだよ」
「なっ」
晴奈は目を見開き、トマスを軽くにらむ。
「誰がおばーちゃんだ」
「だって、僕のところに来ては『温かいなー』『安らぐなー』って」
「……うーん。言われてみればそうだな」
「毎日そんなんじゃ、がくっと老けこんじゃうよ?」
「何を言うか」
晴奈はばし、と自分の腕を叩く。
「鍛錬は欠かしてない」
「……そっか。でもさ」
トマスは晴奈にきょとんとした顔を向ける。
「戦うの、嫌って言ってなかった? なのになんで、戦いに結びつくことを?」
「……ああ。確かにもう、戦うのは辛い。でも日々の鍛錬を怠ると、どうにも体がうずく。やらずにはいられないんだ」
「習慣、か。君はずっと、戦ってきたんだもんね。
ねえ、セイナ。この戦いが終わったら、どうするの?」
「……どうしようか、ずっと悩んでいる」
晴奈はソファにもたれかかり、額に手を当てる。
「でも、一つだけはっきりしていることはある。戦いをやめても、私は刀を置かない。生涯、剣士であり続けるだろうな」
「戦いたくないのに? なんで?」
「剣士が皆、殺伐と暮らしているわけじゃない。道場を開き、若い者を道に誤らせないよう鍛え、教えている者もいる」
「道に? どう言うこと?」
「何度も話した、篠原と言う者の話だが――奴は慢心と欲情のために堕落し、渇望と欲望にまみれた人生を送っていた。優れた剣士だったのに、だ。
技量と才能にあふれる人間を、正しく導くことができたなら。篠原のように獣道に迷い込むことなんか無く、素晴らしい人生を送れるだろう。いいや、正しく生きればどんな人間でも、幸せに生きていられるはずなんだ。
私は後輩の剣士たち、剣士になろうとする者たちが正しい道を進んでいけるよう、教えていきたいんだ」
「ふーん……。それじゃセイナは、先生になりたいんだね」
「先生? ……そうか。そうだな、それは先生、なんだな」
晴奈の脳裏に師匠・雪乃の顔が浮かぶ。
(そうだ……。師匠も、『わたしは生涯刀を置かない』と宣言していた。そして今、私がやりたいと思ったことを、師匠は今なお続けている。
ああ……。やっぱり師匠は、私にとって最も尊敬すべき方なんだな)
師匠のことを思い、トマスに指摘されたことを省みたその時、晴奈の心はこれまでになく満たされた。
(私は生涯、師匠に憧れるんだな。……そうか、そうだったんだ。
私が目指していたのは――師匠だったんだ。あの、強く、りりしく、かっこいい剣士。
私の目標は焔雪乃師匠、そのものだったんだ。
……ははっ、今さらだな。今さら、そんなことに気付くなんて)
「……あの、さ。セイナ」
思いふけっていたところに、トマスが真面目な、赤い顔をして口を開いた。
「その、先生になるって言う夢、僕は応援するよ。……で、でもさ、その、……僕にも、協力させてほしいなって言うか、側で見ていたいなって言うか、……いや、あの」
「……ん? 何が言いたいんだ、トマス?」
晴奈がきょとんとした顔をトマスに向けた、その時だった。
玄関の扉が、慌てた様子でノックされた。
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未来への展望。
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「トモエ作戦」以後、ジーン王国と「ヘブン」との戦いは、事実上の休戦状態が続いていた。
「ヘブン」は氷の上を進むと言う作戦を二度繰り返そうとはせず、ずっとスタリー島に駐留し続けていた。一方で王国軍側も、港前に防衛線を敷いたものの、それ以上の活動は行わず、軍備を蓄え、訓練を行うことに専念していた。
よって、年明けからの3ヶ月――平和な日々が、続いていた。
山間部、ミラーフィールド。
「さ、さ。遠慮しないで」
「ども」「いいんですか、本当に?」
「銀旋風」コンビは、ディーノの家を買うことになった。
ディーノの先導に恐縮する二人の背後から、小鈴がニヤニヤしながら声をかける。
「いいんじゃない? 先生、もうこの家引き払うって言ってるんだし」
「え?」「なんで」
「去年の戦いの時、奥さんと復縁したのよ。戦争終わり次第、央中に帰るんだってさ」
「そうだったんですか」「おめ」
ぺこりと頭を下げるデニスとミールに、ディーノは顔を赤らめながら手を振る。
「いや、そんな。まあ、その、元々一人暮らしをするための家ですから、若いご夫婦さんだとちょっと手狭になってしまうかも知れませんけど」
「ちょ、ちょ、まだ俺たち、そんなんじゃ」
顔を真っ赤にするデニスに、小鈴が突っ込む。
「またまた。どーせこの家に住み始めたら、そのうち結婚するつもりでしょ?」
「……ん、まあ、……うん」
王国首都、フェルタイル。
「またこの家に帰るなんて、思わなかった」
エルスとノーラは、幼い頃自分たちが住んでいた家を訪れていた。
エルスたちの母は7年前に亡くなっており、父も行方知れずになってしまっていたため、家は荒れに荒れていた。
「ここは今、誰の手にも渡ってないし、僕は使わない。君にあげるよ」
「でも、今さらこの家に戻ったって……」
「いいじゃないか」
エルスは色あせた椅子に座り、にっこりと笑う。
「やり直してみようよ。何の苦労も無かった、昔に」
「……そうね。頑張って、みようかな」
「うん。……おわっ」
エルスの座っていた椅子が、バキ、と音を立てて折れ、エルスがひっくり返った。
「あいたた……」
「……クスっ」
「あはは、やっと笑ってくれた」
そして――同市、トマス・ナイジェルの屋敷。
「穏やかだな……」
「そうだね」
トマスと二人きりでソファに座っていた晴奈は、トマスの肩に寄りかかっていた。
「温かいな……」
「……ぷっ」
突然、トマスが笑い出す。
「ん?」
「何だかセイナ、おばーちゃんみたいだよ」
「なっ」
晴奈は目を見開き、トマスを軽くにらむ。
「誰がおばーちゃんだ」
「だって、僕のところに来ては『温かいなー』『安らぐなー』って」
「……うーん。言われてみればそうだな」
「毎日そんなんじゃ、がくっと老けこんじゃうよ?」
「何を言うか」
晴奈はばし、と自分の腕を叩く。
「鍛錬は欠かしてない」
「……そっか。でもさ」
トマスは晴奈にきょとんとした顔を向ける。
「戦うの、嫌って言ってなかった? なのになんで、戦いに結びつくことを?」
「……ああ。確かにもう、戦うのは辛い。でも日々の鍛錬を怠ると、どうにも体がうずく。やらずにはいられないんだ」
「習慣、か。君はずっと、戦ってきたんだもんね。
ねえ、セイナ。この戦いが終わったら、どうするの?」
「……どうしようか、ずっと悩んでいる」
晴奈はソファにもたれかかり、額に手を当てる。
「でも、一つだけはっきりしていることはある。戦いをやめても、私は刀を置かない。生涯、剣士であり続けるだろうな」
「戦いたくないのに? なんで?」
「剣士が皆、殺伐と暮らしているわけじゃない。道場を開き、若い者を道に誤らせないよう鍛え、教えている者もいる」
「道に? どう言うこと?」
「何度も話した、篠原と言う者の話だが――奴は慢心と欲情のために堕落し、渇望と欲望にまみれた人生を送っていた。優れた剣士だったのに、だ。
技量と才能にあふれる人間を、正しく導くことができたなら。篠原のように獣道に迷い込むことなんか無く、素晴らしい人生を送れるだろう。いいや、正しく生きればどんな人間でも、幸せに生きていられるはずなんだ。
私は後輩の剣士たち、剣士になろうとする者たちが正しい道を進んでいけるよう、教えていきたいんだ」
「ふーん……。それじゃセイナは、先生になりたいんだね」
「先生? ……そうか。そうだな、それは先生、なんだな」
晴奈の脳裏に師匠・雪乃の顔が浮かぶ。
(そうだ……。師匠も、『わたしは生涯刀を置かない』と宣言していた。そして今、私がやりたいと思ったことを、師匠は今なお続けている。
ああ……。やっぱり師匠は、私にとって最も尊敬すべき方なんだな)
師匠のことを思い、トマスに指摘されたことを省みたその時、晴奈の心はこれまでになく満たされた。
(私は生涯、師匠に憧れるんだな。……そうか、そうだったんだ。
私が目指していたのは――師匠だったんだ。あの、強く、りりしく、かっこいい剣士。
私の目標は焔雪乃師匠、そのものだったんだ。
……ははっ、今さらだな。今さら、そんなことに気付くなんて)
「……あの、さ。セイナ」
思いふけっていたところに、トマスが真面目な、赤い顔をして口を開いた。
「その、先生になるって言う夢、僕は応援するよ。……で、でもさ、その、……僕にも、協力させてほしいなって言うか、側で見ていたいなって言うか、……いや、あの」
「……ん? 何が言いたいんだ、トマス?」
晴奈がきょとんとした顔をトマスに向けた、その時だった。
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2016.12.18 修正
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もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

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短編・掌編

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未分類

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雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
確かに刀を持つことが戦うことと同義ではないですからね。
そこは大切なところですね。
時代もあるのでしょうが。
普段は鍛錬の積み重ねですからね。
武術というものは。
そこは大切なところですね。
時代もあるのでしょうが。
普段は鍛錬の積み重ねですからね。
武術というものは。
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NoTitle
「人の鑑、模範となるべし」と言う考えがありました。
この世界においてもそれは同様だと思っています。
実はこの辺りで自分が言いたかった内容を、
別の作品の、晴奈と近しいとあるキャラにも、
形を多少変えて言わせています。
また機会があれば、そちらもお目通しいただければと思います。