「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第9部
蒼天剣・回帰録 5
晴奈の話、第593話。
はじまりの、そのあと。
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5.
双月歴506年、黄州南境の街道にて。
「はぁ、はぁ……」
「……」
13歳の晴奈は、雪乃の後を必死に追いかけていた。
(まだ付いてくる気かしら……?)
一方の雪乃は、晴奈が諦めるのを待っていた。
(弟子にしてくださいって言われてもねぇ……。わたしまだ、修行中の身だし。弟子なんて取る気、全然無いもの。
ましてや、あんな苦労知らずそうなお嬢さま。物珍しさで、わたしに興味を持っただけでしょ、きっと。それか、お稽古ごとばかりの毎日に嫌気が差して、その現実逃避に、とか。
ともかく本気じゃないだろうし、こうやって『あなたとは世界が違うのよ』ってことを教えて、諦めさせなきゃ)
心の中ではそう考えてはいたが、心優しい雪乃は面と向かって「向いてない。帰れ」とは言い出せずにいる。
(……ああ、まだ付いてきてる)
たまに後ろを振り向くと、晴奈と目が合う。
(そんな目で見ても駄目よ。取る気、無いんだってば)
晴奈は期待に満ちた目を、自分に向けてくる。
「……晴奈ちゃん」
「はい! 何でしょうか!」
声をかけられただけで嬉しいのか、晴奈はキラキラと目を輝かせる。
「まだ、……コホン、まだ先は長いのよ? 大丈夫?」
まだ付いてくる気、と突っぱねようとしたが、期待に満ちた目を見てしまうと決意が鈍る。
「はい! 大丈夫です! 私まだ、行けます!」
「……そう。無理しちゃ駄目よ。……駄目だからね?」
「はいっ!」
心配してもらっていると勘違いしたらしく、晴奈は嬉しそうにうなずいてきた。
(もう……。気付いてよ、いい加減。空気読めないわね、この子)
雪乃は心の中で、ため息をついた。
歩き続けるうちに、夜を迎えた。
「……晴奈ちゃん。もう暗いから」
「あ、もしかして野宿ですか?」
暗くなってきたから帰れ、と言えず、雪乃はうなずいた。
「……ああ、うん、そうね。……うん、準備しよっか」
「はいっ! あ、えっと、火の点くもの探してきますね」
晴奈はそう言うなり、近くの林に走っていった。
「……ああ、もう。何で言えないのかしら」
雪乃はきっぱりと言い出せない自分に腹を立てつつも、毛布を荷物の中から取り出す。
(これ、二人くらい一緒に寝られそうね。風邪引かせないで済むかしら。……って違う!)
雪乃はプルプルと首を振り、考え直す。
(一緒に居させるのは今夜だけ! 明日になったらきっぱり、帰るように言わないと!)
心の中で決意を固めつつ、毛布を敷き終えた。
「……あら?」
と、晴奈が林に入ってから随分時間が経っているのに気づく。
「晴奈ちゃん、遅いわね? ……まさか」
雪乃の脳裏に、ふっと嫌な予感がよぎる。
(まさか、熊とか虎とか魔物とかに襲われてたり、……なんかしないわよね? まさか、ね?)
心配になり、雪乃は晴奈が入っていった林に足を踏み入れた。
「晴奈ちゃーん?」
呼びかけるが、返事は無い。
「晴奈ちゃん、どこー?」
再度呼びかける。
と、離れた場所から、かすかに返事が聞こえてきた。
「……柊さん……」
その声には、緊張が少なからず混じっていた。
「……晴奈ちゃん!?」
雪乃の背筋に、冷たいものが走る。雪乃は慌てて、声のした方に走っていった。
「グルルル……」
「グアッ、グアッ」
木を背にした晴奈の周りに、3匹の野犬がいた。雪乃が危惧した大型獣や魔物などではなかったが、それでも丸腰の、13歳の単なる町娘が敵う相手ではない。
「こ、来ないでっ!」
「ガウッ、ガウッ」
野犬はじりじりと、晴奈との距離を縮めていく。
「……っ」
晴奈は抱えていた薪を、ぽいぽいと野犬に向かって投げつけた。
駆けつけた雪乃がその様子を見て、肝を冷やす。
(あ、バカ! そんなことしたら……)
雪乃の思った通り、薪を投げつけられた野犬は逆上した。
「……グルル、グアアッ!」
「ひっ……!」
持っていた薪を投げ尽くしてしまい、晴奈は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
その瞬間、野犬が飛びかかる。
「晴奈ちゃん、危ないッ!」
だが同時に、雪乃が「火射」を放っていた。「燃える剣閃」が野犬の鼻面を掠め、野犬は晴奈のすぐ直前でバタバタともがく。
「グヒャ、キヒャッ……」
その様子と飛んできた炎に恐れをなし、他の野犬はすぐに逃げていく。鼻を焼かれた野犬も、ひんひんと情けない鳴き声を漏らしながら逃げていった。
「晴奈ちゃん、大丈夫!?」
「……は、はい」
晴奈は頭を抱えてうずくまったまま、ガタガタと震えていた。
「わたしがうかつだったわ。一人で枝拾いになんか、行かせたりして」
「す、すみません」
震える晴奈を見て、雪乃は軽くため息をつきつつ、彼女の肩を抱きしめた。
「……ほら、立って。もう大丈夫だから、ね?」
「は、い……」
雪乃は晴奈の手を引き、確保した寝床に戻った。
翌日。
(……ん……もう朝か)
雪乃が目を覚ますと、横には晴奈の姿が無かった。
(あら? ……やっと、諦めてくれたかしら。そりゃそうよね、夕べはあんなに怖い思いをしたんだもの)
ほっとため息をつきかけたその時、晴奈の声が飛んできた。
「おはようございます、柊さん!」
「ひゃっ、……せ、晴奈ちゃん?」
「どうしたんですか?」
雪乃は目をこすりながら、晴奈に尋ねた。
「どこに行ってたの?」
「はい、朝食の用意をと思って、近くの池に」
そう答えた晴奈に、雪乃は目を丸くした。
「夕べあんな目に遭ったのに、また一人で?」
「すみません。でも、剣士になるんだから、あれくらいは凌げるようにならないと、と思って」
そう答えた晴奈に、ついに雪乃は根負けした。
(……参った。この子、本気だわ)
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明日、いよいよ最終回です。
ご期待ください。
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双月歴506年、黄州南境の街道にて。
「はぁ、はぁ……」
「……」
13歳の晴奈は、雪乃の後を必死に追いかけていた。
(まだ付いてくる気かしら……?)
一方の雪乃は、晴奈が諦めるのを待っていた。
(弟子にしてくださいって言われてもねぇ……。わたしまだ、修行中の身だし。弟子なんて取る気、全然無いもの。
ましてや、あんな苦労知らずそうなお嬢さま。物珍しさで、わたしに興味を持っただけでしょ、きっと。それか、お稽古ごとばかりの毎日に嫌気が差して、その現実逃避に、とか。
ともかく本気じゃないだろうし、こうやって『あなたとは世界が違うのよ』ってことを教えて、諦めさせなきゃ)
心の中ではそう考えてはいたが、心優しい雪乃は面と向かって「向いてない。帰れ」とは言い出せずにいる。
(……ああ、まだ付いてきてる)
たまに後ろを振り向くと、晴奈と目が合う。
(そんな目で見ても駄目よ。取る気、無いんだってば)
晴奈は期待に満ちた目を、自分に向けてくる。
「……晴奈ちゃん」
「はい! 何でしょうか!」
声をかけられただけで嬉しいのか、晴奈はキラキラと目を輝かせる。
「まだ、……コホン、まだ先は長いのよ? 大丈夫?」
まだ付いてくる気、と突っぱねようとしたが、期待に満ちた目を見てしまうと決意が鈍る。
「はい! 大丈夫です! 私まだ、行けます!」
「……そう。無理しちゃ駄目よ。……駄目だからね?」
「はいっ!」
心配してもらっていると勘違いしたらしく、晴奈は嬉しそうにうなずいてきた。
(もう……。気付いてよ、いい加減。空気読めないわね、この子)
雪乃は心の中で、ため息をついた。
歩き続けるうちに、夜を迎えた。
「……晴奈ちゃん。もう暗いから」
「あ、もしかして野宿ですか?」
暗くなってきたから帰れ、と言えず、雪乃はうなずいた。
「……ああ、うん、そうね。……うん、準備しよっか」
「はいっ! あ、えっと、火の点くもの探してきますね」
晴奈はそう言うなり、近くの林に走っていった。
「……ああ、もう。何で言えないのかしら」
雪乃はきっぱりと言い出せない自分に腹を立てつつも、毛布を荷物の中から取り出す。
(これ、二人くらい一緒に寝られそうね。風邪引かせないで済むかしら。……って違う!)
雪乃はプルプルと首を振り、考え直す。
(一緒に居させるのは今夜だけ! 明日になったらきっぱり、帰るように言わないと!)
心の中で決意を固めつつ、毛布を敷き終えた。
「……あら?」
と、晴奈が林に入ってから随分時間が経っているのに気づく。
「晴奈ちゃん、遅いわね? ……まさか」
雪乃の脳裏に、ふっと嫌な予感がよぎる。
(まさか、熊とか虎とか魔物とかに襲われてたり、……なんかしないわよね? まさか、ね?)
心配になり、雪乃は晴奈が入っていった林に足を踏み入れた。
「晴奈ちゃーん?」
呼びかけるが、返事は無い。
「晴奈ちゃん、どこー?」
再度呼びかける。
と、離れた場所から、かすかに返事が聞こえてきた。
「……柊さん……」
その声には、緊張が少なからず混じっていた。
「……晴奈ちゃん!?」
雪乃の背筋に、冷たいものが走る。雪乃は慌てて、声のした方に走っていった。
「グルルル……」
「グアッ、グアッ」
木を背にした晴奈の周りに、3匹の野犬がいた。雪乃が危惧した大型獣や魔物などではなかったが、それでも丸腰の、13歳の単なる町娘が敵う相手ではない。
「こ、来ないでっ!」
「ガウッ、ガウッ」
野犬はじりじりと、晴奈との距離を縮めていく。
「……っ」
晴奈は抱えていた薪を、ぽいぽいと野犬に向かって投げつけた。
駆けつけた雪乃がその様子を見て、肝を冷やす。
(あ、バカ! そんなことしたら……)
雪乃の思った通り、薪を投げつけられた野犬は逆上した。
「……グルル、グアアッ!」
「ひっ……!」
持っていた薪を投げ尽くしてしまい、晴奈は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
その瞬間、野犬が飛びかかる。
「晴奈ちゃん、危ないッ!」
だが同時に、雪乃が「火射」を放っていた。「燃える剣閃」が野犬の鼻面を掠め、野犬は晴奈のすぐ直前でバタバタともがく。
「グヒャ、キヒャッ……」
その様子と飛んできた炎に恐れをなし、他の野犬はすぐに逃げていく。鼻を焼かれた野犬も、ひんひんと情けない鳴き声を漏らしながら逃げていった。
「晴奈ちゃん、大丈夫!?」
「……は、はい」
晴奈は頭を抱えてうずくまったまま、ガタガタと震えていた。
「わたしがうかつだったわ。一人で枝拾いになんか、行かせたりして」
「す、すみません」
震える晴奈を見て、雪乃は軽くため息をつきつつ、彼女の肩を抱きしめた。
「……ほら、立って。もう大丈夫だから、ね?」
「は、い……」
雪乃は晴奈の手を引き、確保した寝床に戻った。
翌日。
(……ん……もう朝か)
雪乃が目を覚ますと、横には晴奈の姿が無かった。
(あら? ……やっと、諦めてくれたかしら。そりゃそうよね、夕べはあんなに怖い思いをしたんだもの)
ほっとため息をつきかけたその時、晴奈の声が飛んできた。
「おはようございます、柊さん!」
「ひゃっ、……せ、晴奈ちゃん?」
「どうしたんですか?」
雪乃は目をこすりながら、晴奈に尋ねた。
「どこに行ってたの?」
「はい、朝食の用意をと思って、近くの池に」
そう答えた晴奈に、雪乃は目を丸くした。
「夕べあんな目に遭ったのに、また一人で?」
「すみません。でも、剣士になるんだから、あれくらいは凌げるようにならないと、と思って」
そう答えた晴奈に、ついに雪乃は根負けした。
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おお、懐かしい!!ユキノだあ。。。。
結局、今のところ一番好きなのはユキノになってしまってる私。。。(*´ω`)
次でラストですね。。。
結局、今のところ一番好きなのはユキノになってしまってる私。。。(*´ω`)
次でラストですね。。。
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次々回作でも登場させちゃいました。
「蒼天剣」をお楽しみいいただき、ありがとうございます。
最後までよろしく、ご覧ください。