「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第1部
蒼天剣・立志録 2
晴奈の話、2話目。
すべてのはじまり。
2.
すべての始まりは彼女が夜道をひた走る、その半日前だった。
その日も晴奈は親の言いつけ通り、舞踊の稽古と料理の教室に通っていた。前述の通り、「お前の将来を思って」とする親の意向からである。
(何が、私の将来よ?)
晴奈は一人、親への不満をつぶやく。親にとって「晴奈の将来」とは黄家の将来であり、親たちの家の将来のことなのである。
すべては晴奈が将来いい婿を手に入れられるようにと――彼女の意志を反映されること無く――やらされている、「花嫁修業」なのである。
(私は、あいつらの人形じゃない……)
ぶつぶつと、不平・不満をつぶやいている。それが、彼女の日課だったのだ。
その日まで、それだけが教室から家に帰るまでの変わりない毎日における、彼女の気晴らしだった。
いつもと違ったのは、ここからだった。
そうして道を歩いていたところで、彼女は治安の行き届いているこの街ではあまり見慣れないものに出くわしたのだ。
ケンカである。
「あ……」
酔っ払い風の、3人のむさくるしい男たちが、エルフの女性に絡んでいた。
一般的にエルフや長耳などと呼ばれている種族は目鼻立ちがはっきりしており、欧風の趣がある中央大陸北部――通称、央北地方や、北方の大陸に多い種族と見られがちだが、精神性と仁徳を重んじる央南地方の風土に、高い知性と、穏やかな性格を持つ彼らは、存外良くなじむらしく、この地でも見かけることが少なくない。
男たちはそのエルフににじり寄りながら、一緒に酒を飲もうと言い寄っている。
「だーらさー、つきあーってってー」
「断ります」
「そんらころ、いわらいれさー」
「断ります」
「いーじゃん、いーじゃんー」
「断ります」
晴奈は遠巻きに見つめながら、男たちに不快感を覚える。
(嫌な人たち! こんな日の出ているうちからあんなに酔って、恥ずかしいと思わないの?)
どうやらエルフの女も明らかに男たちを煙たがっているらしく、ひたすら「断ります」としか答えていない。
それを察したらしく、男たちの語気が次第に荒くなっていく。
「なんらよー、おたかくとまっちゃっれ」
「いいきに、あんあよー」
「きれるよ、きれちゃうよ」
男たちが女ににじり寄ってくる。
その下卑た顔が横一列に並ぶのを見た途端、晴奈はとっさに女の近くに寄り、手を引いていた。
「お姉さん、行こう? こんな人たちに構うこと無いよ」
間に割って入った晴奈を見て、男たちは憤る。
「なんらー、このガキ?」
「やっべ、うっぜ」
「うるせえ、あっちいけ!」
そのうち、男たちの一人が晴奈を突き飛ばした。
「きゃっ!」
晴奈はばたりと倒れ、手をすりむいてしまう。
それを見た女が「あっ」と声を上げ、こうつぶやいた。
「……騒ぎたくは無かったけれど、そんなわけには行かなくなったか」
女の雰囲気が変わったことに初めに気付いたのは恐らく、倒れて女を仰ぎ見ていた晴奈であろう。それまで逃げ腰だった様子に、急に凄みが差し始めた。
だがその時点で、男たちはまだ気付いていなかったらしい。
「じゃますっからだ、ガキ!」
「いけ、どっかいけ、しね!」
「さあ、おじょーさん、じゃまがき、え……、え?」
3人目の男が、ようやく気付いたらしい。何か言いかけて、途中で言葉が途切れたからだ。
「幼子に向かって、そのような態度! 容赦しない!」
女がそう叫んだ瞬間、晴奈に向かって「死ね」と言った男が吹っ飛んだ。
「ぎっ……」
叫ぼうとしたようだが途中で気を失ったらしく、そのまま仰向けに倒れて動かなくなる。
「お、おい」
「な、なにすん……」
続いてもう一人、くの字に折れてそのまま頭から倒れる。どうやら、女が何か仕掛けたらしいが、傍らで見ていたはずの晴奈でも、何が起こったのか分からない。
晴奈は立ち上がり、女から少し離れて再度、様子を伺う。そこで女の手に何かが握られているのが、チラリとだが確認できた。
「あ、あ……」
「まだ正気が残っているのならば、さっさとそこの2人を担いで立ち去りなさい」
「……はひ」
一人残った男は慌てて倒れた仲間を引きずりながら、その場から逃げていった。
女の手には刀が、刃を逆に返して握られていた。どうやらそれで男たちを叩き、ねじ伏せたらしい。
これが、後に晴奈の師匠となるエルフ――柊との出会いであった。
@au_ringさんをフォロー
すべてのはじまり。
2.
すべての始まりは彼女が夜道をひた走る、その半日前だった。
その日も晴奈は親の言いつけ通り、舞踊の稽古と料理の教室に通っていた。前述の通り、「お前の将来を思って」とする親の意向からである。
(何が、私の将来よ?)
晴奈は一人、親への不満をつぶやく。親にとって「晴奈の将来」とは黄家の将来であり、親たちの家の将来のことなのである。
すべては晴奈が将来いい婿を手に入れられるようにと――彼女の意志を反映されること無く――やらされている、「花嫁修業」なのである。
(私は、あいつらの人形じゃない……)
ぶつぶつと、不平・不満をつぶやいている。それが、彼女の日課だったのだ。
その日まで、それだけが教室から家に帰るまでの変わりない毎日における、彼女の気晴らしだった。
いつもと違ったのは、ここからだった。
そうして道を歩いていたところで、彼女は治安の行き届いているこの街ではあまり見慣れないものに出くわしたのだ。
ケンカである。
「あ……」
酔っ払い風の、3人のむさくるしい男たちが、エルフの女性に絡んでいた。
一般的にエルフや長耳などと呼ばれている種族は目鼻立ちがはっきりしており、欧風の趣がある中央大陸北部――通称、央北地方や、北方の大陸に多い種族と見られがちだが、精神性と仁徳を重んじる央南地方の風土に、高い知性と、穏やかな性格を持つ彼らは、存外良くなじむらしく、この地でも見かけることが少なくない。
男たちはそのエルフににじり寄りながら、一緒に酒を飲もうと言い寄っている。
「だーらさー、つきあーってってー」
「断ります」
「そんらころ、いわらいれさー」
「断ります」
「いーじゃん、いーじゃんー」
「断ります」
晴奈は遠巻きに見つめながら、男たちに不快感を覚える。
(嫌な人たち! こんな日の出ているうちからあんなに酔って、恥ずかしいと思わないの?)
どうやらエルフの女も明らかに男たちを煙たがっているらしく、ひたすら「断ります」としか答えていない。
それを察したらしく、男たちの語気が次第に荒くなっていく。
「なんらよー、おたかくとまっちゃっれ」
「いいきに、あんあよー」
「きれるよ、きれちゃうよ」
男たちが女ににじり寄ってくる。
その下卑た顔が横一列に並ぶのを見た途端、晴奈はとっさに女の近くに寄り、手を引いていた。
「お姉さん、行こう? こんな人たちに構うこと無いよ」
間に割って入った晴奈を見て、男たちは憤る。
「なんらー、このガキ?」
「やっべ、うっぜ」
「うるせえ、あっちいけ!」
そのうち、男たちの一人が晴奈を突き飛ばした。
「きゃっ!」
晴奈はばたりと倒れ、手をすりむいてしまう。
それを見た女が「あっ」と声を上げ、こうつぶやいた。
「……騒ぎたくは無かったけれど、そんなわけには行かなくなったか」
女の雰囲気が変わったことに初めに気付いたのは恐らく、倒れて女を仰ぎ見ていた晴奈であろう。それまで逃げ腰だった様子に、急に凄みが差し始めた。
だがその時点で、男たちはまだ気付いていなかったらしい。
「じゃますっからだ、ガキ!」
「いけ、どっかいけ、しね!」
「さあ、おじょーさん、じゃまがき、え……、え?」
3人目の男が、ようやく気付いたらしい。何か言いかけて、途中で言葉が途切れたからだ。
「幼子に向かって、そのような態度! 容赦しない!」
女がそう叫んだ瞬間、晴奈に向かって「死ね」と言った男が吹っ飛んだ。
「ぎっ……」
叫ぼうとしたようだが途中で気を失ったらしく、そのまま仰向けに倒れて動かなくなる。
「お、おい」
「な、なにすん……」
続いてもう一人、くの字に折れてそのまま頭から倒れる。どうやら、女が何か仕掛けたらしいが、傍らで見ていたはずの晴奈でも、何が起こったのか分からない。
晴奈は立ち上がり、女から少し離れて再度、様子を伺う。そこで女の手に何かが握られているのが、チラリとだが確認できた。
「あ、あ……」
「まだ正気が残っているのならば、さっさとそこの2人を担いで立ち去りなさい」
「……はひ」
一人残った男は慌てて倒れた仲間を引きずりながら、その場から逃げていった。
女の手には刀が、刃を逆に返して握られていた。どうやらそれで男たちを叩き、ねじ伏せたらしい。
これが、後に晴奈の師匠となるエルフ――柊との出会いであった。



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Comment ~
ファンタジーにエルフはセオリー
ファンタジーと思いきや現代の匂いがしてきた
教室という単語に
エルフだぁぁ
良い
か弱い女かと思いきや豹変
師匠か
教室という単語に
エルフだぁぁ
良い
か弱い女かと思いきや豹変
師匠か
~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
NoTitle
教室と言っても、学校とかではなく、いわゆる「習いもの」ですね。
学校のようなものはありますが。
友人からも高い評価を得ていました、柊さん。
もし人気投票など行ってみたら、上位に入るかもしれません。