「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第2部
火紅狐・憧憬記 4
フォコの話、43話目。
悪人正機。
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悪人正機。
4.
裏通りを抜け、二人は港町の郊外、まばらに木々が立ち並ぶ林まで来ていた。
「ここなら誰も来ない」
ティナはそう言って――一応、辺りに人がいないのを確かめてから――帽子を取った。
「……」
フォコは、その下に何かあるのかと思っていたのだが、取り立てて何も見当たらない。さらさらとした、金色の髪があるだけである。
「……」
が、ティナが前髪を上げ、額を見せたところで、今まで帽子を被っていた理由が分かった。
「あ……」
そこには、刀傷が深々と付けられていた。
「ひどいでしょ」
「……ええ」
「あたしがこっち来たの、ちょうど今のホコウ君くらいの時だった。それまでは、西方のあちこちを流れ歩いてた」
「僕と同じくらいの……、ってことは、15くらいまで?」
「そう」
ティナは続けて、手袋と上着を脱ぎ始めた。
「いわゆる、浮浪児。ひどいことも色々された。それを拾ってくれたのが、おやっさん」
上半身がシャツだけになり、傷だらけの手と腕があらわになった。
「おやっさんのお金、盗もうとしてたあたしを、おやっさんはそのまま引き取ってくれた。で、こっちに、一緒に来たの。
西方は、ひどいところだよ。お金持ちとそうじゃない人の差が、すごく離れてる」
「……」
「ううん、どこもひどいのかも。南海も、同じくらいひどい。平気で人の物を奪い取って、いばってる奴がいるもの」
「そう、ですね」
「だから――好きにはなれない仕事だけど――海賊、ずっとやってる」
ティナは木の根元に腰かけ、話を続けた。
「あたしには何が正しくて、何がいけないのか、そう言うことを考えること自体が、よく分からないの。
清く正しくしないといけないなら、あたしは生きてなかった。いけないことばかりする海賊の仕事だって、弱い者いじめする奴らをこらしめてることになる。
ううん、そもそも、15までのあたしの周りに、良い人なんていなかった。みんなみんな、ひどい奴ばかりだった。そこに、善悪のことをどうこう言える雰囲気、全然無かったの」
「ティナさん……」
「ホコウ君、君は良い子だけど、分かって。良いこと言うばかりじゃ、ダメなんだって」
「……」
反論の材料が無く、フォコは何も言えなかった。
「もし、君がお金を捨てるなんて言ってたら、あたしは怒ってた。ううん、その後君が言ったことも、正直イラッとした。
君は、良い子過ぎるよ。分かってない、良い人じゃない奴の気持ちを」
「……分かりませんね、確かに」
フォコはしゃがみ込み、ティナと同じ目線になった。
「だって、僕の周りには良い人しかいないんですから」
「……」
「おやっさんだって、おかみさんだって、造船所の人たちだって、みんな良い人ばかりです。もちろん、ティナさんも」
「そんなわけ、ないよ」
「いいえ!」
フォコは強い口調で、己を悪く言うティナを否定した。
「良い人ですって、ティナさんは! だって、昔やったって悪いことを、今は反省してるんでしょう?」
「それは、そうだけど」
「じゃあもう悪い人じゃないです。良い人ですよ。本当に悪い奴は、いつまでも反省なんかしませんから」
「……君は本当に」
ティナはまた帽子を被り、ため息混じりにこうつぶやいた。
「本当に、良い子過ぎるね」
二人は裏通りを、今度はフォコが手を引いて戻っていった。
「あっ」「あれ?」
と、大通りに出たところで、マナたちに出くわした。
「……あらあら?」
「な、何ですか?」
二人の様子を見たマナは、ニヤニヤと笑う。
「ホコウ君、エスコートしてんの?」
「えっ」
フォコは慌てて、ティナから手を離した。
「ふふ、照れちゃってー」
「いやいやいやいや」
「……」
フォコもティナも、顔を赤くする。と、アミルも妻と同様にニヤニヤしながら、帰るよう促した。
「そろそろ夕方だ。日が高いうちに戻ろう」
「そうね。さ、お二人さん。一緒に帰りましょ」
「あ、はい」
「手を、つないでねっ」
からかうマナに、フォコはまた顔を赤くした。
帰りの船の上で、フォコはまた、ティナと二人になっていた。
「……ありがとう」
「え?」
突然礼を言われ、フォコは首をかしげる。
「何がですか?」
「あたしのこと、良い人だって」
「いえ、思ったことをそのまんま言っただけですから」
「……うん。だからありがとう」
「いえ……」
ティナはちょい、と帽子のつばを上げ、フォコをじっと見つめた。
「憧れてたの」
「?」
「さっき、良いこと悪いことを考えるのが良く分からないって言ったけど、やっぱり、良い人だって言われてみたかった。そう言うの、ちょっと、憧れてた。
……ありがとう」
そう言って、ティナはちょん、とフォコの額にキスをした。
「……っ」
「内緒だよ」
ティナは帽子を深く被り、フォコの側から離れていった。
「……えへ、へへ」
フォコは顔を赤くし、その場に座り込んだ。
「……く、くく、青春してる……」
ちなみにその様子を、物陰からマナ夫妻が笑って眺めていたことに、フォコたちは気付いていなかった。
火紅狐・憧憬記 終
裏通りを抜け、二人は港町の郊外、まばらに木々が立ち並ぶ林まで来ていた。
「ここなら誰も来ない」
ティナはそう言って――一応、辺りに人がいないのを確かめてから――帽子を取った。
「……」
フォコは、その下に何かあるのかと思っていたのだが、取り立てて何も見当たらない。さらさらとした、金色の髪があるだけである。
「……」
が、ティナが前髪を上げ、額を見せたところで、今まで帽子を被っていた理由が分かった。
「あ……」
そこには、刀傷が深々と付けられていた。
「ひどいでしょ」
「……ええ」
「あたしがこっち来たの、ちょうど今のホコウ君くらいの時だった。それまでは、西方のあちこちを流れ歩いてた」
「僕と同じくらいの……、ってことは、15くらいまで?」
「そう」
ティナは続けて、手袋と上着を脱ぎ始めた。
「いわゆる、浮浪児。ひどいことも色々された。それを拾ってくれたのが、おやっさん」
上半身がシャツだけになり、傷だらけの手と腕があらわになった。
「おやっさんのお金、盗もうとしてたあたしを、おやっさんはそのまま引き取ってくれた。で、こっちに、一緒に来たの。
西方は、ひどいところだよ。お金持ちとそうじゃない人の差が、すごく離れてる」
「……」
「ううん、どこもひどいのかも。南海も、同じくらいひどい。平気で人の物を奪い取って、いばってる奴がいるもの」
「そう、ですね」
「だから――好きにはなれない仕事だけど――海賊、ずっとやってる」
ティナは木の根元に腰かけ、話を続けた。
「あたしには何が正しくて、何がいけないのか、そう言うことを考えること自体が、よく分からないの。
清く正しくしないといけないなら、あたしは生きてなかった。いけないことばかりする海賊の仕事だって、弱い者いじめする奴らをこらしめてることになる。
ううん、そもそも、15までのあたしの周りに、良い人なんていなかった。みんなみんな、ひどい奴ばかりだった。そこに、善悪のことをどうこう言える雰囲気、全然無かったの」
「ティナさん……」
「ホコウ君、君は良い子だけど、分かって。良いこと言うばかりじゃ、ダメなんだって」
「……」
反論の材料が無く、フォコは何も言えなかった。
「もし、君がお金を捨てるなんて言ってたら、あたしは怒ってた。ううん、その後君が言ったことも、正直イラッとした。
君は、良い子過ぎるよ。分かってない、良い人じゃない奴の気持ちを」
「……分かりませんね、確かに」
フォコはしゃがみ込み、ティナと同じ目線になった。
「だって、僕の周りには良い人しかいないんですから」
「……」
「おやっさんだって、おかみさんだって、造船所の人たちだって、みんな良い人ばかりです。もちろん、ティナさんも」
「そんなわけ、ないよ」
「いいえ!」
フォコは強い口調で、己を悪く言うティナを否定した。
「良い人ですって、ティナさんは! だって、昔やったって悪いことを、今は反省してるんでしょう?」
「それは、そうだけど」
「じゃあもう悪い人じゃないです。良い人ですよ。本当に悪い奴は、いつまでも反省なんかしませんから」
「……君は本当に」
ティナはまた帽子を被り、ため息混じりにこうつぶやいた。
「本当に、良い子過ぎるね」
二人は裏通りを、今度はフォコが手を引いて戻っていった。
「あっ」「あれ?」
と、大通りに出たところで、マナたちに出くわした。
「……あらあら?」
「な、何ですか?」
二人の様子を見たマナは、ニヤニヤと笑う。
「ホコウ君、エスコートしてんの?」
「えっ」
フォコは慌てて、ティナから手を離した。
「ふふ、照れちゃってー」
「いやいやいやいや」
「……」
フォコもティナも、顔を赤くする。と、アミルも妻と同様にニヤニヤしながら、帰るよう促した。
「そろそろ夕方だ。日が高いうちに戻ろう」
「そうね。さ、お二人さん。一緒に帰りましょ」
「あ、はい」
「手を、つないでねっ」
からかうマナに、フォコはまた顔を赤くした。
帰りの船の上で、フォコはまた、ティナと二人になっていた。
「……ありがとう」
「え?」
突然礼を言われ、フォコは首をかしげる。
「何がですか?」
「あたしのこと、良い人だって」
「いえ、思ったことをそのまんま言っただけですから」
「……うん。だからありがとう」
「いえ……」
ティナはちょい、と帽子のつばを上げ、フォコをじっと見つめた。
「憧れてたの」
「?」
「さっき、良いこと悪いことを考えるのが良く分からないって言ったけど、やっぱり、良い人だって言われてみたかった。そう言うの、ちょっと、憧れてた。
……ありがとう」
そう言って、ティナはちょん、とフォコの額にキスをした。
「……っ」
「内緒だよ」
ティナは帽子を深く被り、フォコの側から離れていった。
「……えへ、へへ」
フォコは顔を赤くし、その場に座り込んだ。
「……く、くく、青春してる……」
ちなみにその様子を、物陰からマナ夫妻が笑って眺めていたことに、フォコたちは気付いていなかった。
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短編・掌編

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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
う~む。どこの世界でも貧富の差はある。
それがファンタジーであっても。
だから、ティナのような人もフォコのような人もいる。
こういう描写があるところが、黄輪さんの作品で素晴らしいところでもあるんですよね。臨場感があるというか、リアリティがあるというか。読み応えがあります。
それがファンタジーであっても。
だから、ティナのような人もフォコのような人もいる。
こういう描写があるところが、黄輪さんの作品で素晴らしいところでもあるんですよね。臨場感があるというか、リアリティがあるというか。読み応えがあります。
NoTitle
ポールさん、相変わらず鋭いw
「火紅狐」の三大ヒロインですからねぇ。
後二人が誰かは、なんとなく分かると思います。
「火紅狐」の三大ヒロインですからねぇ。
後二人が誰かは、なんとなく分かると思います。
NoTitle
ティナちゃんほんとにかわいいですな(^^)
でもかわいければかわいいだけその後の展開が怖い(笑)
でもかわいければかわいいだけその後の展開が怖い(笑)
NoTitle
ありがとうございます(*´∀`)
このシーンは欧風の恋愛映画みたいに書けて、自分でもちょっとお気に入りだったり。
このシーンは欧風の恋愛映画みたいに書けて、自分でもちょっとお気に入りだったり。
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NoTitle
ファンタジー世界にはファンタジー世界の、厳しい現実がある。
そう思って書いてます。