「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第2部
火紅狐・密約記 1
フォコの話、56話目。
思いをめぐらせる。
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思いをめぐらせる。
1.
双月暦303年の初め。
フォコ、ジョーヌ夫妻、モーリスの4人は、南海地域の中央にある島、バジル島に来ていた。紆余曲折を経て完成した豪華客船、「ブリス号」がこの島に停泊しており、そこで催される船上パーティに夫妻が招かれたからだ。フォコとモーリスは、その付き人である。
「いやぁ、役得役得」
この日のクリオは、普段の着流し同然のラフな格好ではなく、ぴっちりとしたスーツを着ている。西方での正装だそうだが、フォコの目には仮装にしか見えない。
対してルーの方は、「兎と芸術の世界」で知られる生粋の西方人らしく、おしゃれなドレスが良く似合う。
「本当、頑張って造った甲斐がありましたね」
「モーリス、火紅。楽しんでいけよ、今日は」
そう声をかけられ、フォコの方は素直にうなずく。
「はい」
一方、モーリスの方は緊張しているのか、しきりに汗をかいている。
「善処する」
「なーにがゼンショだよ、お祭りだってのに。……しっかし」
クリオは肩をすくめ、通りに目をやる。
「間が悪いよな、アバントも。こんなお祭り時に、風邪引くなんてよ」
当初、秘書役はアバントの予定だった。ところがアバントが、「体調が悪くなった。済まないが、誰かを代わりに行かせてくれ」と断ったのである。
「まったくだ。彼ならともかく、私が祭事や祝賀に来ても仕方が無い。私には合わない、こんな空気は」
愚痴をこぼすモーリスに、クリオは肩をすくめる。
「ま、そう言うなよ。今日はおごるからよ」
「そう言われても、私には特に周遊するような場所が無い。そもそもこの島にも、馴染みが無いし」
「んじゃ今日馴染めばいいじゃねーか。ウダウダ言うなよ」
乗ってこないモーリスに、クリオも段々イライラとしてくる。それをなだめようと、フォコが口を挟んだ。
「じゃ、じゃあ僕が楽しみます!」
「よーし、いい答えだ。オトコはそうでなくっちゃな」
フォコの言葉にクリオはニヤリとしかけたが、ルーが頬を膨らませてクリオの猫耳を引っ張った。
「あなた、ホコウ君をどこに連れて行くつもりなのかしら?」
「いや痛ててて、言葉のアヤだって、ふざけただけだって、痛てーって」
同時刻、ナラン島。
「……」
自室にこもり、アバントは窓から外を眺めていた。
「……でねー」「うんうん」
耳を澄ませば、クリオの娘たちが遊ぶ声が聞こえてくる。
(ここは平和だな。……外にも、船の影はなし。どうやら、しばらくはここを襲撃したりしないようだ)
アバントは窓から離れ、ベッドの淵に座る。
(いやいや、襲撃などされてたまるか。……ここはいずれ、俺が受け取る土地だからな。
あの『密約』は、守ってもらわないと困る)
眉間をもみつつ、アバントは一ヶ月前に行った密談を思い返していた。
(あと1年。そう、あと1年我慢していれば、この島も、ジョーヌ海運も俺のものになる。
そうなったらまずすべきは、この島の改装だ。その時になればもう、海賊なんかしやしないんだから。ここはいい島だ。海も美しいし、空気もすっきりしている。夕日も感動的だ。
……それに引き換え、この砂猫楼の醜いことと言ったら! おやっさん――クリオの、ガサツでルーズで騒々しいところが、そのまんま形になって現れたような家だ! 我慢して暮らしてきたが、こんなゴミみたいな屋敷はもううんざりなんだ!
そんなゴミをでたらめに置いておくより、いっそ、ここはリゾートにするべきだ。うん、それがいい。このゴミ屋敷を潰して、おしゃれなホテルを造ろう。南のヨレヨレした造船所も造り替えて、マリーナにするのがいい。ああ、いいぞいいぞ、きっとこれはいい儲けになる。
夢が広がるなぁ……! ああ、本当にあの人に協力して良かった! これで俺は、成り上がれるんだ!)
考えるうちに、アバントの口から笑いがこみ上げてくる。
「ふ、ふっ……、いいぞ、いい! そうすべきだ! そうすべきだった!」
枕を抱え、バシバシと叩きながら、アバントは笑い転げていた。
と――。
「大丈夫ですか?」
ドアの向こうから、女の声が聞こえてきた。
「……っ」
「苦しそうな声、しましたけど」
(おっと……、危ない危ない)
アバントは体裁を繕おうと、咳をしてみせた。
「ゴホ、ゴホッ、……ああ、うん、大丈夫だ。ちょっと、夢を見ていたんだ」
「そうですか。……入っても?」
「ああ、どうぞ。鍵を開けるよ」
アバントはドアを開け、その向こうに立っていたのが誰か確認した。
「ああ、ティナか」
「はい」
「何か用だったか?」
「えっと、飲み物でもと思って。元気になるように、ライムを搾ってきました」
「そうか、ありがとう」
アバントはティナが持って来たジュースを受け取り、会釈する。
「気が利くね」
「いえ。……それじゃ」
ティナは小さく頭を下げ、くるりと背を向けた。
と、そこでアバントの喉から、思わず声が漏れた。
「ん?」
「……何でしょう」
ティナは振り返り、帽子の下からけげんな目を向けた。
「あ、いや。……何か、変わった気がしたんだ」
「そうですか?」
「何て言うか、女らしくなったって言うか」
「……どうでしょう。じゃ、失礼します」
ティナはもう一度背を向け、そのまま廊下の向こうへ歩き去っていった。
その後姿を、アバントは凝視していた。
(見間違い? いや、そうじゃない。本当に、女の魅力が出ている。……ホコウのせい、か?
……いい女に、なったな)
アバントは思わず、舌なめずりしていた。
(……そうだ。どうせ、ホコウのヤツもクリオの巻き添えになるんだ。そうなりゃ……)
アバントの心に、じわりと黒いものがたなびいた。
双月暦303年の初め。
フォコ、ジョーヌ夫妻、モーリスの4人は、南海地域の中央にある島、バジル島に来ていた。紆余曲折を経て完成した豪華客船、「ブリス号」がこの島に停泊しており、そこで催される船上パーティに夫妻が招かれたからだ。フォコとモーリスは、その付き人である。
「いやぁ、役得役得」
この日のクリオは、普段の着流し同然のラフな格好ではなく、ぴっちりとしたスーツを着ている。西方での正装だそうだが、フォコの目には仮装にしか見えない。
対してルーの方は、「兎と芸術の世界」で知られる生粋の西方人らしく、おしゃれなドレスが良く似合う。
「本当、頑張って造った甲斐がありましたね」
「モーリス、火紅。楽しんでいけよ、今日は」
そう声をかけられ、フォコの方は素直にうなずく。
「はい」
一方、モーリスの方は緊張しているのか、しきりに汗をかいている。
「善処する」
「なーにがゼンショだよ、お祭りだってのに。……しっかし」
クリオは肩をすくめ、通りに目をやる。
「間が悪いよな、アバントも。こんなお祭り時に、風邪引くなんてよ」
当初、秘書役はアバントの予定だった。ところがアバントが、「体調が悪くなった。済まないが、誰かを代わりに行かせてくれ」と断ったのである。
「まったくだ。彼ならともかく、私が祭事や祝賀に来ても仕方が無い。私には合わない、こんな空気は」
愚痴をこぼすモーリスに、クリオは肩をすくめる。
「ま、そう言うなよ。今日はおごるからよ」
「そう言われても、私には特に周遊するような場所が無い。そもそもこの島にも、馴染みが無いし」
「んじゃ今日馴染めばいいじゃねーか。ウダウダ言うなよ」
乗ってこないモーリスに、クリオも段々イライラとしてくる。それをなだめようと、フォコが口を挟んだ。
「じゃ、じゃあ僕が楽しみます!」
「よーし、いい答えだ。オトコはそうでなくっちゃな」
フォコの言葉にクリオはニヤリとしかけたが、ルーが頬を膨らませてクリオの猫耳を引っ張った。
「あなた、ホコウ君をどこに連れて行くつもりなのかしら?」
「いや痛ててて、言葉のアヤだって、ふざけただけだって、痛てーって」
同時刻、ナラン島。
「……」
自室にこもり、アバントは窓から外を眺めていた。
「……でねー」「うんうん」
耳を澄ませば、クリオの娘たちが遊ぶ声が聞こえてくる。
(ここは平和だな。……外にも、船の影はなし。どうやら、しばらくはここを襲撃したりしないようだ)
アバントは窓から離れ、ベッドの淵に座る。
(いやいや、襲撃などされてたまるか。……ここはいずれ、俺が受け取る土地だからな。
あの『密約』は、守ってもらわないと困る)
眉間をもみつつ、アバントは一ヶ月前に行った密談を思い返していた。
(あと1年。そう、あと1年我慢していれば、この島も、ジョーヌ海運も俺のものになる。
そうなったらまずすべきは、この島の改装だ。その時になればもう、海賊なんかしやしないんだから。ここはいい島だ。海も美しいし、空気もすっきりしている。夕日も感動的だ。
……それに引き換え、この砂猫楼の醜いことと言ったら! おやっさん――クリオの、ガサツでルーズで騒々しいところが、そのまんま形になって現れたような家だ! 我慢して暮らしてきたが、こんなゴミみたいな屋敷はもううんざりなんだ!
そんなゴミをでたらめに置いておくより、いっそ、ここはリゾートにするべきだ。うん、それがいい。このゴミ屋敷を潰して、おしゃれなホテルを造ろう。南のヨレヨレした造船所も造り替えて、マリーナにするのがいい。ああ、いいぞいいぞ、きっとこれはいい儲けになる。
夢が広がるなぁ……! ああ、本当にあの人に協力して良かった! これで俺は、成り上がれるんだ!)
考えるうちに、アバントの口から笑いがこみ上げてくる。
「ふ、ふっ……、いいぞ、いい! そうすべきだ! そうすべきだった!」
枕を抱え、バシバシと叩きながら、アバントは笑い転げていた。
と――。
「大丈夫ですか?」
ドアの向こうから、女の声が聞こえてきた。
「……っ」
「苦しそうな声、しましたけど」
(おっと……、危ない危ない)
アバントは体裁を繕おうと、咳をしてみせた。
「ゴホ、ゴホッ、……ああ、うん、大丈夫だ。ちょっと、夢を見ていたんだ」
「そうですか。……入っても?」
「ああ、どうぞ。鍵を開けるよ」
アバントはドアを開け、その向こうに立っていたのが誰か確認した。
「ああ、ティナか」
「はい」
「何か用だったか?」
「えっと、飲み物でもと思って。元気になるように、ライムを搾ってきました」
「そうか、ありがとう」
アバントはティナが持って来たジュースを受け取り、会釈する。
「気が利くね」
「いえ。……それじゃ」
ティナは小さく頭を下げ、くるりと背を向けた。
と、そこでアバントの喉から、思わず声が漏れた。
「ん?」
「……何でしょう」
ティナは振り返り、帽子の下からけげんな目を向けた。
「あ、いや。……何か、変わった気がしたんだ」
「そうですか?」
「何て言うか、女らしくなったって言うか」
「……どうでしょう。じゃ、失礼します」
ティナはもう一度背を向け、そのまま廊下の向こうへ歩き去っていった。
その後姿を、アバントは凝視していた。
(見間違い? いや、そうじゃない。本当に、女の魅力が出ている。……ホコウのせい、か?
……いい女に、なったな)
アバントは思わず、舌なめずりしていた。
(……そうだ。どうせ、ホコウのヤツもクリオの巻き添えになるんだ。そうなりゃ……)
アバントの心に、じわりと黒いものがたなびいた。



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もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

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短編・掌編

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未分類

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雑記

もくじ
クルマのドット絵

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携帯待受

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カウンタ、ウェブ素材

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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
正装というのは確かに文化を問われる話ですよね。
昔はそれぞれの国で正装がありましたからね。
今では地球もスーツで統一されていますが、考え方とか文化がよくわかりますよね。
正装という文化という視点も大切ですね。。。
昔はそれぞれの国で正装がありましたからね。
今では地球もスーツで統一されていますが、考え方とか文化がよくわかりますよね。
正装という文化という視点も大切ですね。。。
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NoTitle
その国の文化水準が、文字通り目に見えるわけですし。
一応言及しますが、スーツが世界のどこでも通用するわけではありません。
欧米の常識が通じなかったり、むしろ嫌うような国や土地もありますし……。