「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第2部
火紅狐・密約記 2
フォコの話、57話目。
四者会談。
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四者会談。
2.
302年の暮れから、303年の1月半ばにかけて、ジョーヌ海運特別造船所は所員全員に長期休暇を取らせた。
休日返上でずっとかかりっきりだった「ブリス号」を無事に納品し終え、かなりの額が入ったため、クリオが「たまにはみんな、ゆっくりしなきゃな」と労ったのだ。
ボーナスと共に一ヶ月近い休暇を得た所員たちは、めいめいバカンスを過ごしていた。クリオ一家とアミル夫妻はナラン島に留まって釣りや泳ぎを楽しみ、フォコとティナは連れ立ってサラム島へ遊びに行き、ジャールは故郷の島へ、また、モーリスとアバントも、故郷の西方に戻っていた。
モーリスの方は書籍と新しい造船技術を求めた、何とも知的な休暇だったが、アバントの方は――。
「お集まりいただき、まことにありがとうございます」
眼鏡をかけた短耳の男の挨拶で、その密談は始められた。
(何と、言うか……)
アバントは集められたメンバー二名の顔ぶれに、ゴクリと固唾を呑んだ。
(この人のすごさが、改めて分かった。俺なんかじゃ、このお方たちを招くどころか、顔すら拝めないからな)
「して、我々をこんな薄暗い部屋に通した理由は何かね?」
メンバーの一人は、西方の大富豪、兎獣人のセブス・エール。海運業・水産業面で、クリオの同業者と言える人物である。
「そうじゃ。妾にこのような埃っぽい席を用意するとは、無礼千万なるぞ」
もう一人は、レヴィア王国女王、猫獣人のアイシャ・レヴィア。言うまでも無く、現在の南海紛争の中心人物である。
「その点につきましては、何卒ご容赦ください。その代わりあなた方お二人と、何かと衝突しているあのチョビヒゲの猫獣人を、完膚なきまでに叩きのめすためのお話を、ご用意しておりますので」
「ヒゲの『猫』?」「まさか……、あの、あいつか?」
「そう、その通り。その、そいつ。クリオ・ジョーヌ氏のことです」
「……不愉快じゃ」
アイシャは眉をひそめ、けばけばしい扇で口元を隠す。
「あのケチな小男の話なぞ、聞きとうない」
「私も同感だ。叩きのめす、と言うところからまず気に食わない」
セブスも片眼鏡を通し、男を忌々しげににらみつける。
「そんな血生臭い話など、私の耳は受け付けない」
「そうですか。いや残念、折角1年で『砂嵐』を鎮める計画がありましたのに」
この発言に、レヴィアが食いついた。
「『砂嵐』、……じゃと?」
「ええ。私の計画が実れば、あなたの悩みの種、砂嵐海賊団は1年で消滅させられます。
存じておりますよ、あなたの領土拡大計画の最大の障害であり、野の人間たちに義賊ともてはやされている海賊団のうわさと、その正体」
「……つまり、お主はジョーヌが、その海賊団を率いておると?」
「その通りです」
それを聞いて、アイシャは立ち上がった。
「こうしてはおれぬ! 早く戻らねば!」
「え、ちょっ」
それを見て、思わずアバントはうろたえた声を漏らす。
「何を急ぐのです」
反面、男は悠然と構え、アイシャに問いかける。
「決まっておるわ! 即刻あの小男の本拠、ナラン島へ赴き、総攻撃を仕掛けるのじゃ!」
「ま、待ってください!」
アバントは顔を蒼くし、止めようとした。
「ナラン島には小さい子供も……」「関係ない! 妾はあの海賊どもに散々煮え湯を飲まされてきたのじゃ! それにどうせ海賊の子じゃったら、そのうち海賊になるわ! 今のうちに芽を摘み取るのが得策じゃろう!?」「な……っ」
アイシャの暴論に、アバントは怒りを覚える。
傍観していたセブスも、ここで席を立とうとした。
「付き合っていられんな。私はこれで失礼させていただく」
「……フッ」
と、男は三人を一瞥して、鼻で笑って見せた。
「……何がおかしいのかね?」
セブスは男を再度にらみつける。
「ええ。レヴィア陛下の言も、エール翁の立ち振る舞いも、スパス君のうろたえようも。失礼ながら笑いを禁じえませんね。
お三方、どうかもう少しばかり、因果と言うものを真摯に考えていただきたい。
まずレヴィア陛下。あなたはジョーヌ氏と言う人間を理解できていない。もし安易に総攻撃を仕掛ければ、あの男は報復に出るでしょう。それこそ、南海全域に渡る形で」
「何を馬鹿な。あの小男にそんな力なぞ……」「あるのですよ」
男は不敵に笑い、論拠を挙げる。
「失礼を承知で申し上げれば、レヴィア王国の評判は芳しくない。それは何故か? 領土拡大計画の進行により、南海各地で襲撃、略奪行為を続けているからです。
そしてそこに住む者は、それを良しとしているでしょうか? 答えはノー。レヴィア王国に対し、敵意を抱いているはずです」
「そんなもの、蹴散らせば良い!」
「ええ、可能でしょう。しかし散らしたところで、彼らは別のところに固まり直すだけです。そしてそこには、さらなる敵意が発生するでしょう。それをまた、あなたは蹴散らすのでしょう?」
「当然じゃ」
「そのいたちごっこの果てに、何が起こるか? それはお考えになっていますか?」
「我々の勝利じゃ」
「いいえ違います。続けていればいずれレヴィア王国は疲弊し、そしてその疲弊した国力では御しがたい反乱が起きる。
その反乱を指揮するのは一体、誰でしょう? 恐らくは資金力と評判、そして統率力に優れた人間が指揮を執ることになるでしょう。それが誰か、あなたはお分かりか?」
「それが……、ジョーヌじゃと?」
男は大仰に首を振り、肯定する。
「その通りです」
302年の暮れから、303年の1月半ばにかけて、ジョーヌ海運特別造船所は所員全員に長期休暇を取らせた。
休日返上でずっとかかりっきりだった「ブリス号」を無事に納品し終え、かなりの額が入ったため、クリオが「たまにはみんな、ゆっくりしなきゃな」と労ったのだ。
ボーナスと共に一ヶ月近い休暇を得た所員たちは、めいめいバカンスを過ごしていた。クリオ一家とアミル夫妻はナラン島に留まって釣りや泳ぎを楽しみ、フォコとティナは連れ立ってサラム島へ遊びに行き、ジャールは故郷の島へ、また、モーリスとアバントも、故郷の西方に戻っていた。
モーリスの方は書籍と新しい造船技術を求めた、何とも知的な休暇だったが、アバントの方は――。
「お集まりいただき、まことにありがとうございます」
眼鏡をかけた短耳の男の挨拶で、その密談は始められた。
(何と、言うか……)
アバントは集められたメンバー二名の顔ぶれに、ゴクリと固唾を呑んだ。
(この人のすごさが、改めて分かった。俺なんかじゃ、このお方たちを招くどころか、顔すら拝めないからな)
「して、我々をこんな薄暗い部屋に通した理由は何かね?」
メンバーの一人は、西方の大富豪、兎獣人のセブス・エール。海運業・水産業面で、クリオの同業者と言える人物である。
「そうじゃ。妾にこのような埃っぽい席を用意するとは、無礼千万なるぞ」
もう一人は、レヴィア王国女王、猫獣人のアイシャ・レヴィア。言うまでも無く、現在の南海紛争の中心人物である。
「その点につきましては、何卒ご容赦ください。その代わりあなた方お二人と、何かと衝突しているあのチョビヒゲの猫獣人を、完膚なきまでに叩きのめすためのお話を、ご用意しておりますので」
「ヒゲの『猫』?」「まさか……、あの、あいつか?」
「そう、その通り。その、そいつ。クリオ・ジョーヌ氏のことです」
「……不愉快じゃ」
アイシャは眉をひそめ、けばけばしい扇で口元を隠す。
「あのケチな小男の話なぞ、聞きとうない」
「私も同感だ。叩きのめす、と言うところからまず気に食わない」
セブスも片眼鏡を通し、男を忌々しげににらみつける。
「そんな血生臭い話など、私の耳は受け付けない」
「そうですか。いや残念、折角1年で『砂嵐』を鎮める計画がありましたのに」
この発言に、レヴィアが食いついた。
「『砂嵐』、……じゃと?」
「ええ。私の計画が実れば、あなたの悩みの種、砂嵐海賊団は1年で消滅させられます。
存じておりますよ、あなたの領土拡大計画の最大の障害であり、野の人間たちに義賊ともてはやされている海賊団のうわさと、その正体」
「……つまり、お主はジョーヌが、その海賊団を率いておると?」
「その通りです」
それを聞いて、アイシャは立ち上がった。
「こうしてはおれぬ! 早く戻らねば!」
「え、ちょっ」
それを見て、思わずアバントはうろたえた声を漏らす。
「何を急ぐのです」
反面、男は悠然と構え、アイシャに問いかける。
「決まっておるわ! 即刻あの小男の本拠、ナラン島へ赴き、総攻撃を仕掛けるのじゃ!」
「ま、待ってください!」
アバントは顔を蒼くし、止めようとした。
「ナラン島には小さい子供も……」「関係ない! 妾はあの海賊どもに散々煮え湯を飲まされてきたのじゃ! それにどうせ海賊の子じゃったら、そのうち海賊になるわ! 今のうちに芽を摘み取るのが得策じゃろう!?」「な……っ」
アイシャの暴論に、アバントは怒りを覚える。
傍観していたセブスも、ここで席を立とうとした。
「付き合っていられんな。私はこれで失礼させていただく」
「……フッ」
と、男は三人を一瞥して、鼻で笑って見せた。
「……何がおかしいのかね?」
セブスは男を再度にらみつける。
「ええ。レヴィア陛下の言も、エール翁の立ち振る舞いも、スパス君のうろたえようも。失礼ながら笑いを禁じえませんね。
お三方、どうかもう少しばかり、因果と言うものを真摯に考えていただきたい。
まずレヴィア陛下。あなたはジョーヌ氏と言う人間を理解できていない。もし安易に総攻撃を仕掛ければ、あの男は報復に出るでしょう。それこそ、南海全域に渡る形で」
「何を馬鹿な。あの小男にそんな力なぞ……」「あるのですよ」
男は不敵に笑い、論拠を挙げる。
「失礼を承知で申し上げれば、レヴィア王国の評判は芳しくない。それは何故か? 領土拡大計画の進行により、南海各地で襲撃、略奪行為を続けているからです。
そしてそこに住む者は、それを良しとしているでしょうか? 答えはノー。レヴィア王国に対し、敵意を抱いているはずです」
「そんなもの、蹴散らせば良い!」
「ええ、可能でしょう。しかし散らしたところで、彼らは別のところに固まり直すだけです。そしてそこには、さらなる敵意が発生するでしょう。それをまた、あなたは蹴散らすのでしょう?」
「当然じゃ」
「そのいたちごっこの果てに、何が起こるか? それはお考えになっていますか?」
「我々の勝利じゃ」
「いいえ違います。続けていればいずれレヴィア王国は疲弊し、そしてその疲弊した国力では御しがたい反乱が起きる。
その反乱を指揮するのは一体、誰でしょう? 恐らくは資金力と評判、そして統率力に優れた人間が指揮を執ることになるでしょう。それが誰か、あなたはお分かりか?」
「それが……、ジョーヌじゃと?」
男は大仰に首を振り、肯定する。
「その通りです」



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今日の旅岡さん

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NoTitle
こういうところから戦争が始まるのでしょうねえ。。。
(-_-メ)
まあ、戦国時代なら許されるのでしょうけど。
迂闊に戦いをするのは下の下の戦略ですけどね。
(-_-メ)
まあ、戦国時代なら許されるのでしょうけど。
迂闊に戦いをするのは下の下の戦略ですけどね。
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戦いがある以上、そこには大なり小なり謀略・謀議があるだろうと思っています。
そして下の下と分かっていても、戦いは起こるもの。
世界の人々がすべて上質で、高潔な人ばかりでは無いですし……。