「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第2部
火紅狐・密約記 3
フォコの話、58話目。
覇権と秘密と利益と因果。
@au_ringさんをフォロー
覇権と秘密と利益と因果。
3.
「……むう」
ひたすら男の言葉に噛み付いていたアイシャは、そこで黙り込んだ。どうやら、男の述べた予測を、少なからず自分でも懸念していたらしい。
(ほう……? まるっきり、おやっさんの言ってるような『ワガママなバカ女』と言うわけでも無さそうだな)
感心するアバントをよそに、男は話を続ける。
「しかし今の彼に、それはできない。何故ならあなたに反逆する立場である『海賊』と言う身分を、公にしていないからです。今のジョーヌ氏は、公には単なる商人です。
ですがもし、あなたが安易に彼を襲い、その隠した身分をさらせば、きっと彼は開き直る。レヴィア王国に反意を持つ人間を率いて、反乱を始めるでしょう」
「……フン、寄せ集めに何ができるか!」
それでもなお強気に出るアイシャに、男はさらに畳み掛けた。
「できますとも。事実、その寄せ集め共の少数海賊団に、何度も煮え湯を飲まされているのでしょう?
現状でも手をこまねいているのに、一度反乱が起きればその戦力が拡大し、あなたの国に襲いかかるわけです。
それに何より、ジョーヌ氏はベール王国要人との親交が厚い。最悪の場合、ベール王国との総力戦になる可能性もある。
海賊、そしてベール王国。その両方を一気に倒せる力が、レヴィア王国にはあるのですか?」
「ぐっ……」
アイシャは言葉に詰まり、男をにらみつけるしかなかった。
と、むすっとした顔で傍観していたセブスが口を開く。
「それで、君。私を笑った理由を聞かせてもらおうか」
「はい。まずエール翁、あなたはジョーヌ氏をどう捉えていますか?」
「率直に言えば、下衆だ。若僧で異邦人の癖に、我々西方商人の仲間面をして、その反面我々の縄張りを食い散らかしている野良猫だ。その上、海賊とは! どうしようもない男だ」
「ええ、私も同感です。……が、あなたのその発言には引っかかるものがある」
「何?」
男は冷ややかな笑顔をセブスに見せ、指摘した。
「若僧だ、下衆だと罵りながら、若くして西方商人の一角となったことを咎めず、黙認している。何故今まで、あなたは彼を排除しようとなさらなかったのです?
あなたの権力と財力があれば、それは容易だったはずだ。西方商人のメンツを維持するためには、西方から叩き出すべきなのでは?」
「……そこまでするほどの者ではないと、そう、思っていたからだ」
「おや? 急に歯切れが悪くなったようですが」
男はニヤ、と口角を上げる。
「何を言う?」
「率直に申し上げましょう。あなたには、彼を攻撃できない、いや、したくない理由がある」
「……っ」
セブスの顔色が変わる。
「そんなものは、ない」
「ありますとも。プラチナ・エール嬢……、おっと、今はルーテシア・ジョーヌと名乗っていますかな。彼女がジョーヌ氏の、すぐ側にいたからだ」
「……誰だ、それ、は」
口では知らないような言い方をしているが、セブスの目は泳いでいる。そこでさらに、男は畳み掛けた。
「おやおや、ご存じないと? いいや、そんなわけがない。
私の調査によれば、16、7年ほど前に、あなたの末娘だったプラチナ嬢はあなたの元を離れ、そのまま行方知れずになりました。
そしてその1年後、ジョーヌ氏は現在のジョーヌ海運の前身である、ジョーヌ水上運輸を立ち上げています。奥方となった、ルーテシア氏と共に。
当時のジョーヌはまだ20代半ばのひよっこですし、ルーテシア氏も10代の頃。そんな彼らが、易々と店を作れるわけが無い。
一般にはジョーヌ氏は、不当な利益を以って成り上がったとうわさされていますし、彼自身も金の出所を明瞭にしていない。そのため彼には疑惑が付いて回っていますが――実際には、あなたの協力があったのではないですか?」
「……」
「おや、お答えいただけない? まあそうでしょう、西方商人の総元締であるあなたが、娘婿とは言え異邦人に易々と出資したなどと、そんなことは公言できますまい。
それに今、ジョーヌ氏は海賊行為を行っている。ここであなたとジョーヌ氏との関係が発覚すれば、あなたの地位は大きく揺らぐでしょう。
おっと……、お帰りの途中でしたね。お引止めしてしまい、失礼しました。どうぞお二人とも、お帰りいただいて結構です」
「ま、待て」「帰るとは、言うておらぬ」
当初とは打って変わって、セブスもアイシャも、大人しく席に座り直した。
席に座った二人を見て、男は笑顔を作る。
「話を聞いていただけるようで、何より。
さて、お二方はもう一人の出席者が誰か、ご存知でしょうか?」
「……いや」「誰じゃ?」
男はアバントを指し示し、紹介する。
「彼、アバント・スパス君は現在、ジョーヌ海運特別造船所の現場主任を務めている男です。言いかえれば、現地の内情に、非常に詳しい男です。
彼には現在、野心があります。即ち、彼はいずれ、ジョーヌ氏の地位に就きたいと考えているのです」
「ほう」「……ふむ」
大仰な紹介に、アバントは縮こまるしかなかった。
「この三人で、相互協力をお願いしたいのです。私はその橋渡しをする者です。
スパス君はジョーヌ海運総裁の座。レヴィア陛下は南海の覇権。そしてエール翁は秘密の保持と、娘さん、お孫さんの安全の確保」
「安全の、確保だと?」
「ええ。先程も申し上げた通り、現在ジョーヌ氏は海賊行為を続けています。このままではいずれ、彼の本拠地であるナラン島は危機にさらされる。
ここにおわすレヴィア陛下の命令があれば、すぐにでも攻撃されるでしょうな」
「く……」
セブスは怒りと困惑に満ちた目で、アイシャの顔を見る。
「何を言うか……。お主が先程、得策では無いと言うたばかりではないか」
「いえいえ、あくまでも『可能である』と言う話です。聡明な陛下は、そんなことをしないと分かっております。
しかし、やろうと思えば可能。そうでしょう、陛下?」
「ま、そうじゃな」
「や、やめろ!」
セブスが椅子を倒して立ち上がり、アイシャに叫ぶ。
「そんなことをしてみろ! 許しはせんぞ!」
「何じゃと? 商人風情が、何を偉そうに」
にらみ合う両者に、男が割って入る。
「ま、ま。ともかく私の話をお聞きください。
このまま安易にナラン島を攻めれば、レヴィア陛下は反乱の口実と火種を作ることになる。エール翁の娘さんとお孫さんは危機にさらされる。そしてスパス君は職を失うことになる。三方、大損なわけです。
それを回避し、さらに良い結果を生み出すため、あなた方は協力すべきなのです」
「では、お主には何が手に入る?」
とうとうと語った男に対し、アイシャは率直に尋ねた。
「私ですか? いやいや、私はただ単に、善意でやっていることです。これで皆さんとの縁が深まり、後の商売につながればと、そう考えているだけですよ」
男はしれっと、そう言ってのけた。
「……むう」
ひたすら男の言葉に噛み付いていたアイシャは、そこで黙り込んだ。どうやら、男の述べた予測を、少なからず自分でも懸念していたらしい。
(ほう……? まるっきり、おやっさんの言ってるような『ワガママなバカ女』と言うわけでも無さそうだな)
感心するアバントをよそに、男は話を続ける。
「しかし今の彼に、それはできない。何故ならあなたに反逆する立場である『海賊』と言う身分を、公にしていないからです。今のジョーヌ氏は、公には単なる商人です。
ですがもし、あなたが安易に彼を襲い、その隠した身分をさらせば、きっと彼は開き直る。レヴィア王国に反意を持つ人間を率いて、反乱を始めるでしょう」
「……フン、寄せ集めに何ができるか!」
それでもなお強気に出るアイシャに、男はさらに畳み掛けた。
「できますとも。事実、その寄せ集め共の少数海賊団に、何度も煮え湯を飲まされているのでしょう?
現状でも手をこまねいているのに、一度反乱が起きればその戦力が拡大し、あなたの国に襲いかかるわけです。
それに何より、ジョーヌ氏はベール王国要人との親交が厚い。最悪の場合、ベール王国との総力戦になる可能性もある。
海賊、そしてベール王国。その両方を一気に倒せる力が、レヴィア王国にはあるのですか?」
「ぐっ……」
アイシャは言葉に詰まり、男をにらみつけるしかなかった。
と、むすっとした顔で傍観していたセブスが口を開く。
「それで、君。私を笑った理由を聞かせてもらおうか」
「はい。まずエール翁、あなたはジョーヌ氏をどう捉えていますか?」
「率直に言えば、下衆だ。若僧で異邦人の癖に、我々西方商人の仲間面をして、その反面我々の縄張りを食い散らかしている野良猫だ。その上、海賊とは! どうしようもない男だ」
「ええ、私も同感です。……が、あなたのその発言には引っかかるものがある」
「何?」
男は冷ややかな笑顔をセブスに見せ、指摘した。
「若僧だ、下衆だと罵りながら、若くして西方商人の一角となったことを咎めず、黙認している。何故今まで、あなたは彼を排除しようとなさらなかったのです?
あなたの権力と財力があれば、それは容易だったはずだ。西方商人のメンツを維持するためには、西方から叩き出すべきなのでは?」
「……そこまでするほどの者ではないと、そう、思っていたからだ」
「おや? 急に歯切れが悪くなったようですが」
男はニヤ、と口角を上げる。
「何を言う?」
「率直に申し上げましょう。あなたには、彼を攻撃できない、いや、したくない理由がある」
「……っ」
セブスの顔色が変わる。
「そんなものは、ない」
「ありますとも。プラチナ・エール嬢……、おっと、今はルーテシア・ジョーヌと名乗っていますかな。彼女がジョーヌ氏の、すぐ側にいたからだ」
「……誰だ、それ、は」
口では知らないような言い方をしているが、セブスの目は泳いでいる。そこでさらに、男は畳み掛けた。
「おやおや、ご存じないと? いいや、そんなわけがない。
私の調査によれば、16、7年ほど前に、あなたの末娘だったプラチナ嬢はあなたの元を離れ、そのまま行方知れずになりました。
そしてその1年後、ジョーヌ氏は現在のジョーヌ海運の前身である、ジョーヌ水上運輸を立ち上げています。奥方となった、ルーテシア氏と共に。
当時のジョーヌはまだ20代半ばのひよっこですし、ルーテシア氏も10代の頃。そんな彼らが、易々と店を作れるわけが無い。
一般にはジョーヌ氏は、不当な利益を以って成り上がったとうわさされていますし、彼自身も金の出所を明瞭にしていない。そのため彼には疑惑が付いて回っていますが――実際には、あなたの協力があったのではないですか?」
「……」
「おや、お答えいただけない? まあそうでしょう、西方商人の総元締であるあなたが、娘婿とは言え異邦人に易々と出資したなどと、そんなことは公言できますまい。
それに今、ジョーヌ氏は海賊行為を行っている。ここであなたとジョーヌ氏との関係が発覚すれば、あなたの地位は大きく揺らぐでしょう。
おっと……、お帰りの途中でしたね。お引止めしてしまい、失礼しました。どうぞお二人とも、お帰りいただいて結構です」
「ま、待て」「帰るとは、言うておらぬ」
当初とは打って変わって、セブスもアイシャも、大人しく席に座り直した。
席に座った二人を見て、男は笑顔を作る。
「話を聞いていただけるようで、何より。
さて、お二方はもう一人の出席者が誰か、ご存知でしょうか?」
「……いや」「誰じゃ?」
男はアバントを指し示し、紹介する。
「彼、アバント・スパス君は現在、ジョーヌ海運特別造船所の現場主任を務めている男です。言いかえれば、現地の内情に、非常に詳しい男です。
彼には現在、野心があります。即ち、彼はいずれ、ジョーヌ氏の地位に就きたいと考えているのです」
「ほう」「……ふむ」
大仰な紹介に、アバントは縮こまるしかなかった。
「この三人で、相互協力をお願いしたいのです。私はその橋渡しをする者です。
スパス君はジョーヌ海運総裁の座。レヴィア陛下は南海の覇権。そしてエール翁は秘密の保持と、娘さん、お孫さんの安全の確保」
「安全の、確保だと?」
「ええ。先程も申し上げた通り、現在ジョーヌ氏は海賊行為を続けています。このままではいずれ、彼の本拠地であるナラン島は危機にさらされる。
ここにおわすレヴィア陛下の命令があれば、すぐにでも攻撃されるでしょうな」
「く……」
セブスは怒りと困惑に満ちた目で、アイシャの顔を見る。
「何を言うか……。お主が先程、得策では無いと言うたばかりではないか」
「いえいえ、あくまでも『可能である』と言う話です。聡明な陛下は、そんなことをしないと分かっております。
しかし、やろうと思えば可能。そうでしょう、陛下?」
「ま、そうじゃな」
「や、やめろ!」
セブスが椅子を倒して立ち上がり、アイシャに叫ぶ。
「そんなことをしてみろ! 許しはせんぞ!」
「何じゃと? 商人風情が、何を偉そうに」
にらみ合う両者に、男が割って入る。
「ま、ま。ともかく私の話をお聞きください。
このまま安易にナラン島を攻めれば、レヴィア陛下は反乱の口実と火種を作ることになる。エール翁の娘さんとお孫さんは危機にさらされる。そしてスパス君は職を失うことになる。三方、大損なわけです。
それを回避し、さらに良い結果を生み出すため、あなた方は協力すべきなのです」
「では、お主には何が手に入る?」
とうとうと語った男に対し、アイシャは率直に尋ねた。
「私ですか? いやいや、私はただ単に、善意でやっていることです。これで皆さんとの縁が深まり、後の商売につながればと、そう考えているだけですよ」
男はしれっと、そう言ってのけた。



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
NoTitle
このやさしいおじさんは、それをきっちり教えてくれるでしょう。