「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第3部
蒼天剣・悪夢録 1
晴奈の話、第79話。
狙われる明奈。
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1.
明奈との再会を喜び、数週間を黄海で過ごした後、晴奈はまた紅蓮塞に戻った。
その後ふたたび修行の日々を過ごし、年が明けた双月暦516年はじめ頃。晴奈は黒炎教団についての、不穏なうわさをしばしば耳にするようになった。
「何でも『人質として得た教団員が脱走した』、『逃げた教団員は故郷の黄海に戻っている』と言うような話が、巷に多く上っているようです」
「ふーむ……」
晴奈からの報告に、重蔵は腕を組んでうなる。
「わしの方でも、そう言ったうわさは多少耳に入れておる。察するにその、『脱走した教団員』と言うのは……」
「ええ。ほぼ間違い無く私の妹、明奈のことでしょう。
そしてさらに、『教団は逃げた教団員を奪取すべく、黄海に攻め込む準備を進めている』とも」
「それが真実であれば、黄海で一騒動起こるのは確実じゃろうな」
「と言うわけで、近いうちにまた、黄海へと戻りたく……」
そう要請した晴奈に、重蔵は深くうなずき、快諾した。
「うむ。故郷の一大事とあれば、ここでじっとしているわけにも行かんじゃろう。すぐに向かいなさい。
ああ、それと念のため、うちの剣士を30名ほど連れて行きなさい。腕の立つ者をわしが見繕って、声をかけておく」
「よろしいのですか?」
思わぬ申し出に、晴奈は目を丸くする。
その様子に笑みを返しながら、重蔵はこう返した。
「黄家は我々に多大な寄進をしてくれておるし、黒炎の非道を許すわけにもいかん。何より晴さんの故郷じゃ。焔流の総力を挙げて護らねば、剣士の名折れじゃろう」
「ありがとうございます、家元」
重蔵の計らいにより、晴奈は焔流の剣士30余名を引き連れ、黄海へと戻った。
「父上、ただいま戻ってまいりました」
「おお、晴奈!」
「明奈が狙われていると言う噂を聞きつけ、塞より護衛を連れて参りました」
「そうか、そうか! うむ、焔の者たちと晴奈が来てくれれば安心だ!」
晴奈の父、紫明は晴奈の手を堅く握りしめて喜んだ。とても昔、晴奈を紅蓮塞から連れ戻そうとした者と同一人物とは思えず、晴奈は苦笑した。
しかし、運命とはやはり、皮肉なものであるらしい。
通常なら何と言うことの無い行為が、いやむしろ、明奈を護ろうとしてやったことが、ふたたび彼女がさらわれる原因を作ってしまったのである。
第一に、明奈が何の気無しに「甘いものが欲しい」と言ったこと。
そのまま明奈が菓子を買いに行けば、当然、出歩いている時に拉致される危険がある。そのため、晴奈が代わりに買いに行くことを提案した。
「でも、お姉さまにそんなことを頼むのは……」
申し訳無さそうにする明奈に、晴奈は肩をすくめる。
「いいよ、大した用事でもない。ほんの15分くらいだから、すぐ戻れるさ」
「……そう、ね。では、お願いいたします」
そんな感じで、晴奈も何の気無しに、街へと出て行った。
そして第二に、晴奈が出たその直後、ナイジェル博士が黄家の屋敷に現れたこと。
「博士、どうされたのですか? ご用があるなら、こちらから伺ったのに」
尋ねる紫明に、博士は小声で説明を始める。
「教団のうわさ、小生も聞いております。うわさが本当であれば、この屋敷はそう遠くないうちに襲撃されるでしょう。
セイナさんが人手を集めて戻られたとは聞いておりますが、それでも教団員の人海戦術は、油断ならざる機動力と攻撃力を持っております。正面からのぶつかり合いになれば、いくら焔流剣士とて、分が悪い」
「ううむ……」
博士の説明に、紫明も表情を曇らせる。
「まだそうなると決まったわけではありませんが……、もしも刃傷沙汰が起こると言うようなことになれば、黄海にとってはいい影響を及ぼすとは到底思えません。
この黄海を治める者として、そんな悪評を立てられたくはありませんし、何より犠牲者が出るような結果になることは、誰にとっても良いことではありませんからな」
「然り。となれば、犠牲だの傷害だのと言った凶事が起こる前に、騒動の中心人物、即ち娘さんを、騒動の中から離してしまうのがよろしいでしょう」
「つまり、明奈をどこかに隠す、と?」
「ええ。一つの案ですが、いかがでしょうか?」
博士の提案に、紫明は大きくうなずいた。
「ふむ、それがよろしいでしょう。しかし、どこに隠せば?」
「小生が買った家があります。そこならば手練のエルスもおりますし、守りは堅いでしょう」
「なるほど。では、善は急げです。すぐ、明奈を連れて行きましょう」
「こちらでも、かくまう手配をしておきます。
しかしくれぐれも、万全の警備で連れてきて下さい。敵にしても、護送の瞬間は『狙い目』ですから、……大人?」
元来せっかちな紫明は、既にその場にいなかった。
「……まあ、無茶はせんだろうが」
博士は肩をすくめつつ、屋敷を後にした。
だが、博士の予想とは裏腹に、紫明は性急な判断を下してしまっていた。
「……と言うわけだ。すぐ向かおう」
「でもお姉さまが、まだ戻られていませんし」
ためらう明奈に、紫明は自分の主張を強く推す。
「確かに晴奈が戻って来た後なら、より安全ではある。だがこう言うことは、手早く済ませなければならん。
それに、晴奈でなくとも、焔流の剣士たちは大勢いらっしゃる。彼らで不足と言うこともあるまい。な、だから早めに向かおう、明奈」
「……では、支度いたします」
父を説得しきれず、明奈は身支度を整え、屋敷を出た。
玄関を抜け、庭に出たところで、剣士たちがバタバタと近付いて来る。
「ご令嬢! さあ、参りましょう!」
「なあに、心配ご無用でございます!」
「我々焔剣士がいれば、黒炎の奴らなどに手出しなど!」
「……あの、みなさん」
意気揚々と口上を並べ立てる剣士たちに、明奈は顔をしかめ、抑えようとする。
「これは隠密行動ではないのですか? あまりに騒々しいと……」
「いやいや、心配なさらず!」
「辺りを見回りましたが、敵らしい者はおりません!」
「どうぞご安心を、……ご、ぼっ?」
大声を上げていた剣士たちの一人が突然、倒れる。
「……ひ、っ」
その背中に矢が突き刺さっているのを見て、明奈は悲鳴を上げた。
「き、教団員か!?」
明奈が危惧していた通り、騒ぎ過ぎたらしい――教団員たちがぞろぞろと、門や壁を越えて集まってきた。
もし晴奈が早く戻ってきていれば、あるいは紫明が性急に行動しなければ、この後起こる悲劇は食い止められたかもしれない。
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狙われる明奈。
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明奈との再会を喜び、数週間を黄海で過ごした後、晴奈はまた紅蓮塞に戻った。
その後ふたたび修行の日々を過ごし、年が明けた双月暦516年はじめ頃。晴奈は黒炎教団についての、不穏なうわさをしばしば耳にするようになった。
「何でも『人質として得た教団員が脱走した』、『逃げた教団員は故郷の黄海に戻っている』と言うような話が、巷に多く上っているようです」
「ふーむ……」
晴奈からの報告に、重蔵は腕を組んでうなる。
「わしの方でも、そう言ったうわさは多少耳に入れておる。察するにその、『脱走した教団員』と言うのは……」
「ええ。ほぼ間違い無く私の妹、明奈のことでしょう。
そしてさらに、『教団は逃げた教団員を奪取すべく、黄海に攻め込む準備を進めている』とも」
「それが真実であれば、黄海で一騒動起こるのは確実じゃろうな」
「と言うわけで、近いうちにまた、黄海へと戻りたく……」
そう要請した晴奈に、重蔵は深くうなずき、快諾した。
「うむ。故郷の一大事とあれば、ここでじっとしているわけにも行かんじゃろう。すぐに向かいなさい。
ああ、それと念のため、うちの剣士を30名ほど連れて行きなさい。腕の立つ者をわしが見繕って、声をかけておく」
「よろしいのですか?」
思わぬ申し出に、晴奈は目を丸くする。
その様子に笑みを返しながら、重蔵はこう返した。
「黄家は我々に多大な寄進をしてくれておるし、黒炎の非道を許すわけにもいかん。何より晴さんの故郷じゃ。焔流の総力を挙げて護らねば、剣士の名折れじゃろう」
「ありがとうございます、家元」
重蔵の計らいにより、晴奈は焔流の剣士30余名を引き連れ、黄海へと戻った。
「父上、ただいま戻ってまいりました」
「おお、晴奈!」
「明奈が狙われていると言う噂を聞きつけ、塞より護衛を連れて参りました」
「そうか、そうか! うむ、焔の者たちと晴奈が来てくれれば安心だ!」
晴奈の父、紫明は晴奈の手を堅く握りしめて喜んだ。とても昔、晴奈を紅蓮塞から連れ戻そうとした者と同一人物とは思えず、晴奈は苦笑した。
しかし、運命とはやはり、皮肉なものであるらしい。
通常なら何と言うことの無い行為が、いやむしろ、明奈を護ろうとしてやったことが、ふたたび彼女がさらわれる原因を作ってしまったのである。
第一に、明奈が何の気無しに「甘いものが欲しい」と言ったこと。
そのまま明奈が菓子を買いに行けば、当然、出歩いている時に拉致される危険がある。そのため、晴奈が代わりに買いに行くことを提案した。
「でも、お姉さまにそんなことを頼むのは……」
申し訳無さそうにする明奈に、晴奈は肩をすくめる。
「いいよ、大した用事でもない。ほんの15分くらいだから、すぐ戻れるさ」
「……そう、ね。では、お願いいたします」
そんな感じで、晴奈も何の気無しに、街へと出て行った。
そして第二に、晴奈が出たその直後、ナイジェル博士が黄家の屋敷に現れたこと。
「博士、どうされたのですか? ご用があるなら、こちらから伺ったのに」
尋ねる紫明に、博士は小声で説明を始める。
「教団のうわさ、小生も聞いております。うわさが本当であれば、この屋敷はそう遠くないうちに襲撃されるでしょう。
セイナさんが人手を集めて戻られたとは聞いておりますが、それでも教団員の人海戦術は、油断ならざる機動力と攻撃力を持っております。正面からのぶつかり合いになれば、いくら焔流剣士とて、分が悪い」
「ううむ……」
博士の説明に、紫明も表情を曇らせる。
「まだそうなると決まったわけではありませんが……、もしも刃傷沙汰が起こると言うようなことになれば、黄海にとってはいい影響を及ぼすとは到底思えません。
この黄海を治める者として、そんな悪評を立てられたくはありませんし、何より犠牲者が出るような結果になることは、誰にとっても良いことではありませんからな」
「然り。となれば、犠牲だの傷害だのと言った凶事が起こる前に、騒動の中心人物、即ち娘さんを、騒動の中から離してしまうのがよろしいでしょう」
「つまり、明奈をどこかに隠す、と?」
「ええ。一つの案ですが、いかがでしょうか?」
博士の提案に、紫明は大きくうなずいた。
「ふむ、それがよろしいでしょう。しかし、どこに隠せば?」
「小生が買った家があります。そこならば手練のエルスもおりますし、守りは堅いでしょう」
「なるほど。では、善は急げです。すぐ、明奈を連れて行きましょう」
「こちらでも、かくまう手配をしておきます。
しかしくれぐれも、万全の警備で連れてきて下さい。敵にしても、護送の瞬間は『狙い目』ですから、……大人?」
元来せっかちな紫明は、既にその場にいなかった。
「……まあ、無茶はせんだろうが」
博士は肩をすくめつつ、屋敷を後にした。
だが、博士の予想とは裏腹に、紫明は性急な判断を下してしまっていた。
「……と言うわけだ。すぐ向かおう」
「でもお姉さまが、まだ戻られていませんし」
ためらう明奈に、紫明は自分の主張を強く推す。
「確かに晴奈が戻って来た後なら、より安全ではある。だがこう言うことは、手早く済ませなければならん。
それに、晴奈でなくとも、焔流の剣士たちは大勢いらっしゃる。彼らで不足と言うこともあるまい。な、だから早めに向かおう、明奈」
「……では、支度いたします」
父を説得しきれず、明奈は身支度を整え、屋敷を出た。
玄関を抜け、庭に出たところで、剣士たちがバタバタと近付いて来る。
「ご令嬢! さあ、参りましょう!」
「なあに、心配ご無用でございます!」
「我々焔剣士がいれば、黒炎の奴らなどに手出しなど!」
「……あの、みなさん」
意気揚々と口上を並べ立てる剣士たちに、明奈は顔をしかめ、抑えようとする。
「これは隠密行動ではないのですか? あまりに騒々しいと……」
「いやいや、心配なさらず!」
「辺りを見回りましたが、敵らしい者はおりません!」
「どうぞご安心を、……ご、ぼっ?」
大声を上げていた剣士たちの一人が突然、倒れる。
「……ひ、っ」
その背中に矢が突き刺さっているのを見て、明奈は悲鳴を上げた。
「き、教団員か!?」
明奈が危惧していた通り、騒ぎ過ぎたらしい――教団員たちがぞろぞろと、門や壁を越えて集まってきた。
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