「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第3部
蒼天剣・悪夢録 3
晴奈の話、第81話。
黒の中の黒。
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3.
(克大火が、ここに……!?)
その名を聞き、晴奈の心はひどく高揚した。
「明奈……。悪いが、付いてきてくれ」
「お姉さま?」
「ここに置いていけば、危険だ。……でも」
「でも?」
「……」
無意識に足が動く。明奈の手を引いたまま、燃え上がる野原に歩き出す。
「お姉さま……?」
不意に、免許皆伝の試験を受けた時、重蔵と話したことが思い出される。
――意味も無く戦えば、無為――
――無意味な戦いは、失わせる――
――戦いを繰り返せば、行き着く先は修羅の世界――
(だが、見てみたい……!
克大火は無双の剣豪と聞く。本当にいるのなら、一体どのような奴なのか、この目で確かめたい。
そして、機、あらば――戦ってみたい)
晴奈の剣士としての興味、誇りが刺激される。
既に明奈はここにいるし、後は安全な場所に逃げれば、それで終わる話である。わざわざ戦う意味は無いのだ。
(それでもこの先にいると言う剣豪を、この目で見てみたい)
そんな思いが、晴奈を突き動かしていた。
意味の無いことと分かっていても、晴奈はなぜか戦いそのものに惹かれていた。
無論、理性では無駄な戦いはしてはならないと弁えているし、そのことは免許皆伝以来、ずっと頭の中で繰り返し唱え、十二分に配慮し、気を付けている。だがそれでも、心のどこかで戦いへの欲求があるのだ。
勿論、そんな浅ましい欲求など、今まで師匠や友人たちと一緒にいる時、表面に出したことは無い。それどころか、自分自身もそんな恐ろしい感情は、今の今まではっきりとは自覚していなかった。
しかしこの時、晴奈ははっきりと己の心の中に潜む「戦うこと、それ自体への欲求」が、表へとあふれ出ているのを、ひしひしと感じていた。
(私は、修羅になりかけているのかな)
目の前に、それはいた。
爪先から髪、皮手袋、衣服や肌の色まで全身真っ黒な男が、そこら中に倒れた剣士たちから流れるおびただしい血と、周囲の草木やあばら家を焼く炎が撒き散らされた焼け野原の前で、エルフの老人を背後から突き上げていた。
「俺に敵うと思っていたのか?」
「が、ふ……」
男は老人をゆっくりと――周囲を焦土と化させ、何人もの人間を惨たらしく殺した者が、同時にこれほど優雅な動きを見せるのかと、晴奈は怖気を感じた――優しく、地面に横たわらせる。
老人は背中から胸にかけて、老人が使っていたであろう魔杖で貫かれている。どう見ても、致命傷である。
「とは言え力量と戦術の有効性は、認めてやろう。俺としたことが、少し手間取ってしまったからな」
男はそう言うと老人の前で屈み込み、両手を合わせた。
老人は、ナイジェル博士その人だった。
いつの間にか、明奈はいない。どうやら怯え、どこかに逃げたようだ。
だが――あれほど妹を心配した者とは同一人物と、自分でも思えないくらい――晴奈は安心していた。
(邪魔は、消えた)
そんな風に考えながら、晴奈は一歩、前へ踏み出す。
「……克、大火殿とお見受けする」
屈み込んでいた男が、背中を見せたまま立ち上がる。
背の高い晴奈よりさらに頭一個ほど高い、かなりの長身であり、ただ立つだけでも、胃をつかまれるような凄味がある。
「いかにも」
「た……」
晴奈は何か言葉を発しようとしたが、胸中が定まらない。自分でも何を言おうとしたのか分からないまま、言葉が途切れてしまった。
「た?」
大火が何の感情も込めない、乾いた声で聞き返してくる。
晴奈は何とか頭を動かし、口上を作る。
「……そこの御仁は、私の妹の恩人だ。それを殺したお前は、私の仇……」「ほざくな、戯言を」
その一言に、晴奈は身震いした。大火はクックッと、鳥のように短く笑う。
「お前に言っておく。嘘はもう少しうまくつくことだ、な」「う、っ……」
大火はくるりと身をひるがえし、顔を見せた。細い目と、その中にある、一切光を返さない暗黒の瞳が晴奈を射抜く。
「口では仇だの、敵だのと抜かしているが、心は別の色に燃えている。とても怒りや悲しみ、雪辱の念を抱いているとは思えんな」
「で、ではっ、どうだと言うのだ!?」
心の中に、一歩、また一歩と踏み込まれていく感触を覚える。
「喜んでいる。まるで世紀の財宝を見つけた冒険者だな。俺に会えたことが、それほど嬉しいのか?」
「ち、違う! 私は……」「いいや、違わんな」
大火は実際に一歩、晴奈に向かって踏み出す。その一歩は、晴奈にとっては心の奥底に踏み込まれるような印象を受けた。
「隠すな、『猫』。狩猟動物の血が、お前には流れているのだろう? お前は今、俺と戦いたがっているのだ。
そう、『これほど手ごたえのある獲物は、二人といない。例えこの戦いが意味を持たずとも、ただ純粋に、当代最高の剣士と仕合ってみたい』と、そう考えている」
「あ、う……」
一言一句に至るまで心の内を読まれた晴奈は、全身を何百、何千もの針で突き刺されるような恐怖を覚えた。
(ダメだ……! 勝てない! 彼奴は私のはるか上から、私を見下ろしているのだ!
どうやって地上を這う猫が、天空を翔ぶ大鴉を仕留められよう……!)
みるみる、晴奈の気力が削がれる。抜こうと手をかけていた刀が、抜けなくなる。足がガクガクと震え、立っているのさえやっとだった。
その様子を眺めていた大火は足を止め、またクックッと笑った。
「臆したか。ならば戦う理由は何もあるまい。こちらとしても、この地での『散策』に概ね満足したのでな。
では、失礼する」
気が付けば、晴奈は博士の骸の前に、ぺたんと座っていた。
と、後ろから声をかけられる。
「セイナ、タイカ・カツミはドコ!?」
リストの声だったが、晴奈は振り返ることができなかった。
泣いていたからだ。
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黒の中の黒。
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3.
(克大火が、ここに……!?)
その名を聞き、晴奈の心はひどく高揚した。
「明奈……。悪いが、付いてきてくれ」
「お姉さま?」
「ここに置いていけば、危険だ。……でも」
「でも?」
「……」
無意識に足が動く。明奈の手を引いたまま、燃え上がる野原に歩き出す。
「お姉さま……?」
不意に、免許皆伝の試験を受けた時、重蔵と話したことが思い出される。
――意味も無く戦えば、無為――
――無意味な戦いは、失わせる――
――戦いを繰り返せば、行き着く先は修羅の世界――
(だが、見てみたい……!
克大火は無双の剣豪と聞く。本当にいるのなら、一体どのような奴なのか、この目で確かめたい。
そして、機、あらば――戦ってみたい)
晴奈の剣士としての興味、誇りが刺激される。
既に明奈はここにいるし、後は安全な場所に逃げれば、それで終わる話である。わざわざ戦う意味は無いのだ。
(それでもこの先にいると言う剣豪を、この目で見てみたい)
そんな思いが、晴奈を突き動かしていた。
意味の無いことと分かっていても、晴奈はなぜか戦いそのものに惹かれていた。
無論、理性では無駄な戦いはしてはならないと弁えているし、そのことは免許皆伝以来、ずっと頭の中で繰り返し唱え、十二分に配慮し、気を付けている。だがそれでも、心のどこかで戦いへの欲求があるのだ。
勿論、そんな浅ましい欲求など、今まで師匠や友人たちと一緒にいる時、表面に出したことは無い。それどころか、自分自身もそんな恐ろしい感情は、今の今まではっきりとは自覚していなかった。
しかしこの時、晴奈ははっきりと己の心の中に潜む「戦うこと、それ自体への欲求」が、表へとあふれ出ているのを、ひしひしと感じていた。
(私は、修羅になりかけているのかな)
目の前に、それはいた。
爪先から髪、皮手袋、衣服や肌の色まで全身真っ黒な男が、そこら中に倒れた剣士たちから流れるおびただしい血と、周囲の草木やあばら家を焼く炎が撒き散らされた焼け野原の前で、エルフの老人を背後から突き上げていた。
「俺に敵うと思っていたのか?」
「が、ふ……」
男は老人をゆっくりと――周囲を焦土と化させ、何人もの人間を惨たらしく殺した者が、同時にこれほど優雅な動きを見せるのかと、晴奈は怖気を感じた――優しく、地面に横たわらせる。
老人は背中から胸にかけて、老人が使っていたであろう魔杖で貫かれている。どう見ても、致命傷である。
「とは言え力量と戦術の有効性は、認めてやろう。俺としたことが、少し手間取ってしまったからな」
男はそう言うと老人の前で屈み込み、両手を合わせた。
老人は、ナイジェル博士その人だった。
いつの間にか、明奈はいない。どうやら怯え、どこかに逃げたようだ。
だが――あれほど妹を心配した者とは同一人物と、自分でも思えないくらい――晴奈は安心していた。
(邪魔は、消えた)
そんな風に考えながら、晴奈は一歩、前へ踏み出す。
「……克、大火殿とお見受けする」
屈み込んでいた男が、背中を見せたまま立ち上がる。
背の高い晴奈よりさらに頭一個ほど高い、かなりの長身であり、ただ立つだけでも、胃をつかまれるような凄味がある。
「いかにも」
「た……」
晴奈は何か言葉を発しようとしたが、胸中が定まらない。自分でも何を言おうとしたのか分からないまま、言葉が途切れてしまった。
「た?」
大火が何の感情も込めない、乾いた声で聞き返してくる。
晴奈は何とか頭を動かし、口上を作る。
「……そこの御仁は、私の妹の恩人だ。それを殺したお前は、私の仇……」「ほざくな、戯言を」
その一言に、晴奈は身震いした。大火はクックッと、鳥のように短く笑う。
「お前に言っておく。嘘はもう少しうまくつくことだ、な」「う、っ……」
大火はくるりと身をひるがえし、顔を見せた。細い目と、その中にある、一切光を返さない暗黒の瞳が晴奈を射抜く。
「口では仇だの、敵だのと抜かしているが、心は別の色に燃えている。とても怒りや悲しみ、雪辱の念を抱いているとは思えんな」
「で、ではっ、どうだと言うのだ!?」
心の中に、一歩、また一歩と踏み込まれていく感触を覚える。
「喜んでいる。まるで世紀の財宝を見つけた冒険者だな。俺に会えたことが、それほど嬉しいのか?」
「ち、違う! 私は……」「いいや、違わんな」
大火は実際に一歩、晴奈に向かって踏み出す。その一歩は、晴奈にとっては心の奥底に踏み込まれるような印象を受けた。
「隠すな、『猫』。狩猟動物の血が、お前には流れているのだろう? お前は今、俺と戦いたがっているのだ。
そう、『これほど手ごたえのある獲物は、二人といない。例えこの戦いが意味を持たずとも、ただ純粋に、当代最高の剣士と仕合ってみたい』と、そう考えている」
「あ、う……」
一言一句に至るまで心の内を読まれた晴奈は、全身を何百、何千もの針で突き刺されるような恐怖を覚えた。
(ダメだ……! 勝てない! 彼奴は私のはるか上から、私を見下ろしているのだ!
どうやって地上を這う猫が、天空を翔ぶ大鴉を仕留められよう……!)
みるみる、晴奈の気力が削がれる。抜こうと手をかけていた刀が、抜けなくなる。足がガクガクと震え、立っているのさえやっとだった。
その様子を眺めていた大火は足を止め、またクックッと笑った。
「臆したか。ならば戦う理由は何もあるまい。こちらとしても、この地での『散策』に概ね満足したのでな。
では、失礼する」
気が付けば、晴奈は博士の骸の前に、ぺたんと座っていた。
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一言でいうと、藪蛇です。