「双月千年世界 2;火紅狐」
火紅狐 第3部
火紅狐・政争記 2
フォコの話、82話目。
二人の大商人。
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2.
「よう、大臣くん」
ランドの義理の母であり、央中の大商家、ネール職人組合の長であるルピアは、ランドに会うなり、彼の髪をクシャクシャと撫でてきた。
息子が政務大臣になったと聞き、央中クラフトランドからはるばる、ルピアが祝いに来てくれたのだ。
「わ、わ、ちょっと、ルピアさん」
「なんだなんだ、いきなり大物になったもんだなぁ、お前は~」
嬉しそうに髪をかき混ぜてくるルピアから逃れつつ、ランドははにかんだ。
「あはは……、僕もびっくりしてます」
「20半ばの若造が就く職じゃないからなぁ、大臣なんて」
「……ですよねぇ」
突然、ランドは神妙な顔になる。
「どうした?」
「あの、……やってないと思いますが」「勿論さ」
息子の言いたいことを察したらしく、ルピアは首を振った。
「私がやる人間と思うか? そんな面倒なこと」
「……ですよね」
「お前が大臣に就任したのはきっと、お前の実力でだよ。誰かが根回しなんて、そんなことをして何のメリットがある?」
「無いですね」
「だろう? 仮に私がやったとして、自己満足以上の利益は無い。そんな損な投資、私はやらんよ。
そもそも、そんなことをしなくても、お前はいずれなれる器だと信じていたしな」
「……ありがとう、ルピアさん」
ランドはようやく、ほっとした顔になった。
「……しっかし、お前」
ルピアは書類だらけの執務室に目をやり、呆れ気味に尋ねる。
「大丈夫か? 初っ端からこんなに飛ばしてたら、そのうち参ってしまうぞ」
「大丈夫ですよ」
ルピアの問いに、ランドはにっこりと笑って返した。
「僕の理想が叶う時が来たんですから、頑張らないと」
「……そうだな。応援してるよ」
ランドの執務室を後にしたルピアは、自分の頭をクシャクシャと軽くかき回しながら思案した。
(とは言え、不自然過ぎる。まだ25だぞ、ランドは。
そりゃノイマン塾を21で主席卒業、その直後に政務院の高級官僚になっちまった天才だ。
だけれども、大臣なんて職は、海千山千の経験を積んだ老獪な政治屋のやるもんだ。それを20代の青二才に任せるなんて、無謀、無策にも程があるってもんだ。
一体誰なんだ? こんな無謀人事で得をするのは……?)
考えながら政務院を抜け、ドミニオン城の庭園を歩いていると、向かいから多少見知った顔が歩いてきた。
「おや……?」
「よう、エンターゲート」
今や中央大陸最大クラスの商人となった男、ケネスである。
「こんなところで会うとは」
ケネスは――演技ではなさそうな――驚いた顔をしている。
ルピアもケネスも、特に相手に対して悪感情も好意も持っておらず、単なる同業者、商売敵である。そのため、互いに何の含みも無く言葉を交わした。
「ああ、うん。ちょっと私の息子がな」
「息子さん? ああ、こちらにお勤めなんですか」
「そうなんだ。ついこの前、昇進したって言うからさ。祝いに来てやってたんだ」
「ほう、それはおめでたい」
「それじゃ、私はこれで失礼するよ」
「ええ。また今度、入札の時にでも」
「ああ。今度は負けないぜ」
ルピアは軽く手を挙げてケネスに別れを告げ、庭園から立ち去った。
ケネスが向かったのは軍務院――軍務大臣バーミー卿の本拠、中央軍の本営である。
「どうも、閣下。南海再軍備計画関係の発注書と、ウエストポート軍港への件の納品書をお届けに参りました、……と」
執務室の扉をしっかりと施錠し、ケネスはそそくさと書類を渡す。
「うむ、……これでいいか」
「ええ、ありがとうございます」
書類にサインし、ケネスに返したところで、バーミー卿は本題を切り出す。
「済まんな、いきなり呼びつけてしまって」
「いえいえ、構いません。私の方も、こちらへ伺う用事がありましたからな」
「それなんだ」
バーミー卿は肩をすくめ、困った口ぶりになる。
「政務院が財務院・司法院と共同で、不透明な官業・政策に対して討議・是正勧告を行うと発表してきた。その中には現在君が推し進めている『計画』に関わるものも、数多くある」
「ほう」
「これが討議対象の一覧だ」
書類を一瞥したケネスは、「ふむ」と声を上げた。
「これは……、ほとんど、槍玉に上がっていると言っていいくらいですな、バーミー卿」
「『いいくらい』どころか実際、上げられているのだよ。
特にファスタ卿が執心しているのは、南海や央南などでの軍事行動の際に発生する、君との取引に関してだ。どうやら取引で交わされる特別手数料、いわゆるマージンに関して糾弾するつもりらしい」
「なるほど。いかにも政治腐敗、汚職に絡むネタですからな」
そう前置きし、ケネスはこう結論付けた。
「まあ、問題は無いでしょう。マージンを減らせ、無くせと言うのなら、その通りにすればいいのです。
もっと重要なのは、この取引で起こる『ゴタゴタ』ですからな。二束三文のマージンなど、無視しても構いませんし」
「そうか。……ふむ、では取引自体は存続させる方向で、対応していくことにしようか」
「ええ。……ああ、万が一」
ケネスはつい、と眼鏡を直し、付け加えた。
「あの青二才が、この『取引』の真意・本意に気付くようなら、処理することを推奨します」
「……うむ、分かった」
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「よう、大臣くん」
ランドの義理の母であり、央中の大商家、ネール職人組合の長であるルピアは、ランドに会うなり、彼の髪をクシャクシャと撫でてきた。
息子が政務大臣になったと聞き、央中クラフトランドからはるばる、ルピアが祝いに来てくれたのだ。
「わ、わ、ちょっと、ルピアさん」
「なんだなんだ、いきなり大物になったもんだなぁ、お前は~」
嬉しそうに髪をかき混ぜてくるルピアから逃れつつ、ランドははにかんだ。
「あはは……、僕もびっくりしてます」
「20半ばの若造が就く職じゃないからなぁ、大臣なんて」
「……ですよねぇ」
突然、ランドは神妙な顔になる。
「どうした?」
「あの、……やってないと思いますが」「勿論さ」
息子の言いたいことを察したらしく、ルピアは首を振った。
「私がやる人間と思うか? そんな面倒なこと」
「……ですよね」
「お前が大臣に就任したのはきっと、お前の実力でだよ。誰かが根回しなんて、そんなことをして何のメリットがある?」
「無いですね」
「だろう? 仮に私がやったとして、自己満足以上の利益は無い。そんな損な投資、私はやらんよ。
そもそも、そんなことをしなくても、お前はいずれなれる器だと信じていたしな」
「……ありがとう、ルピアさん」
ランドはようやく、ほっとした顔になった。
「……しっかし、お前」
ルピアは書類だらけの執務室に目をやり、呆れ気味に尋ねる。
「大丈夫か? 初っ端からこんなに飛ばしてたら、そのうち参ってしまうぞ」
「大丈夫ですよ」
ルピアの問いに、ランドはにっこりと笑って返した。
「僕の理想が叶う時が来たんですから、頑張らないと」
「……そうだな。応援してるよ」
ランドの執務室を後にしたルピアは、自分の頭をクシャクシャと軽くかき回しながら思案した。
(とは言え、不自然過ぎる。まだ25だぞ、ランドは。
そりゃノイマン塾を21で主席卒業、その直後に政務院の高級官僚になっちまった天才だ。
だけれども、大臣なんて職は、海千山千の経験を積んだ老獪な政治屋のやるもんだ。それを20代の青二才に任せるなんて、無謀、無策にも程があるってもんだ。
一体誰なんだ? こんな無謀人事で得をするのは……?)
考えながら政務院を抜け、ドミニオン城の庭園を歩いていると、向かいから多少見知った顔が歩いてきた。
「おや……?」
「よう、エンターゲート」
今や中央大陸最大クラスの商人となった男、ケネスである。
「こんなところで会うとは」
ケネスは――演技ではなさそうな――驚いた顔をしている。
ルピアもケネスも、特に相手に対して悪感情も好意も持っておらず、単なる同業者、商売敵である。そのため、互いに何の含みも無く言葉を交わした。
「ああ、うん。ちょっと私の息子がな」
「息子さん? ああ、こちらにお勤めなんですか」
「そうなんだ。ついこの前、昇進したって言うからさ。祝いに来てやってたんだ」
「ほう、それはおめでたい」
「それじゃ、私はこれで失礼するよ」
「ええ。また今度、入札の時にでも」
「ああ。今度は負けないぜ」
ルピアは軽く手を挙げてケネスに別れを告げ、庭園から立ち去った。
ケネスが向かったのは軍務院――軍務大臣バーミー卿の本拠、中央軍の本営である。
「どうも、閣下。南海再軍備計画関係の発注書と、ウエストポート軍港への件の納品書をお届けに参りました、……と」
執務室の扉をしっかりと施錠し、ケネスはそそくさと書類を渡す。
「うむ、……これでいいか」
「ええ、ありがとうございます」
書類にサインし、ケネスに返したところで、バーミー卿は本題を切り出す。
「済まんな、いきなり呼びつけてしまって」
「いえいえ、構いません。私の方も、こちらへ伺う用事がありましたからな」
「それなんだ」
バーミー卿は肩をすくめ、困った口ぶりになる。
「政務院が財務院・司法院と共同で、不透明な官業・政策に対して討議・是正勧告を行うと発表してきた。その中には現在君が推し進めている『計画』に関わるものも、数多くある」
「ほう」
「これが討議対象の一覧だ」
書類を一瞥したケネスは、「ふむ」と声を上げた。
「これは……、ほとんど、槍玉に上がっていると言っていいくらいですな、バーミー卿」
「『いいくらい』どころか実際、上げられているのだよ。
特にファスタ卿が執心しているのは、南海や央南などでの軍事行動の際に発生する、君との取引に関してだ。どうやら取引で交わされる特別手数料、いわゆるマージンに関して糾弾するつもりらしい」
「なるほど。いかにも政治腐敗、汚職に絡むネタですからな」
そう前置きし、ケネスはこう結論付けた。
「まあ、問題は無いでしょう。マージンを減らせ、無くせと言うのなら、その通りにすればいいのです。
もっと重要なのは、この取引で起こる『ゴタゴタ』ですからな。二束三文のマージンなど、無視しても構いませんし」
「そうか。……ふむ、では取引自体は存続させる方向で、対応していくことにしようか」
「ええ。……ああ、万が一」
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以前にポールさんが「フォコ君には終末港が似合いそう」と仰ってましたが、ケネスもそれ以上に似つかわしい性格してます。
今作屈指の悪役です。
今作屈指の悪役です。
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NoTitle
ただしその後の防御を、全く考えていませんでした。